病理結果  


  


 6月25日(月)手術後4日  円錐切除の結果がでた 
6日目
 昨晩10時消灯後、眠れない。頭の中がぐるぐる。眠れない上に、ちょっぴり寒気。あれ、熱があるのかな。巡回に見えた看護婦さんに(11時20分頃)声をかける「熱があるようなんですけど」。後、寒気と吐き気訴え。体温計持ってきてもらって37.8℃。気分の悪いのは不安に押しつぶされそうな自分の心だけでなく、身体の調子にもよることが確認できて、なんとなくホッ。持ってきてもらった掛け布団が(時期が夏だから毛布しかなく)暖かい。2時くらいにもう一度検温。やはり37.8℃。身体が反乱起こしたか。4時に寒気が消えた感じがしたので氷枕頼む。が、冷たすぎて寒くなる。だめだ、まだ熱。せっかくの枕はずしてうとうと。
 6時の検温、37.4℃に下がった。やれやれ。そのまま起きることも出来ずにトロトロ9時過ぎまで、どうせ朝食なしだし・・・。すっかり病人。着替える気にも本を読む気にもラジオを聴く気分にも慣れない。入院以来病人であることを拒絶するように振る舞っていた無理が、ここにきて出たか。自分が悪いって事が今朝は素直に認められる。心因性プラス手術後の炎症反応による熱?
 9時30分、DIP検査のための検査着に着替える。このときの体温37.2℃。10時くらいに放射線室より呼び出し。歩いていこうとしたら担当看護婦さんが、「ふらふらしてます、たおれられたら心配だし〜〜」と、車椅子用意してくれてそれにのって移動。まあ正常ではないけどさ。
 レントゲン室。造影剤を右手から点滴で100cc入れてその流れを撮すとのこと、時間を5分、10分、20分とおいてということでベッドの上でおとなしく。腎臓や膀胱の流れ具合の検査とのことだ。検査後は排出のために水分多くとるように、と。
 終了後、車椅子にて部屋へ。11時30分、ずいぶん時間がかかるものだ。着替えた後ベッドに倒れ込む。やはり起きているのはしんどい。12時までうとうと。
 泌尿器科外来からの連絡あり、こんどはそちらに行って下さいの声で目があく。呼ばれていったのだからすぐにでも検査かと思ったら、待たされる待たされる。受付すませて30分以上は待ったぞ。尿検査と膀胱を内視鏡で調べる由。空の膀胱に検査用の水(?)200cc入れます、といわれ、150でがまんできなくて止めてもらった。内視鏡の様子左側に映りますからといわれて眺めるも、何が正常か異常か分からず。入り口から、と、写真を4枚とっていた。医療機器の進歩、すごいんだなあ。
 終了後、診察室にて。婦人科の先生に頼まれて調べたけれど、膀胱も腎臓も異常ありません、と。ホッと安心。病室に戻ったら1時15分過ぎだった。やっと食事。検査ばかりでいろいろ身体の中に入っているから水分制限なければ出来るだけ水分とって早く体外に出すようにと泌尿器科の外来でも言われたので売店にて500mlのペットボトルの水、とりあえず3本購入してくる。
 2時、検温。37.1℃。、まだ熱がある。氷枕に入れ替えてもらった氷の冷たさが気持ちよく、さらにうとうと。主治医の先生の明日の説明時間、およそのめどを聞いて置いてくれると看護婦さんが言う。この間切り取ったのの結果が出るのだ。


 3時をすぎていただろうか、トロトロしている中、なにやら人の気配で目が覚める。教授回診。回りゾロゾロ・・・・。教授に病状説明(私の)、頭の上で、病理の結果がなんたらかんたら。CISは決定? 3aのまま続く、経過観察でも、・・・・、など言葉がとびかうも、ぼーっとしていてなんの事やら理解能力なし、今後のことは相談して、と大先生に答えているのが聞こえ、そのことは何となく分かったのだが。。。
 その後(多分回診終了後)、夫に連絡とってきてもらえるとしたら何時? との話あり、目0留出なくtelで連絡。5時前にきてもらえるように決まり、二人そろったら先生に連絡とってもらい話を聞くことになった。
 4時にオットきて待機。連絡入れたり、看護婦さんも気を遣ってくれたのだが、約束の時間だからと割り切れない場だから>病院、結局先生の説明は6時になってからだった。


 経過報告、説明を、女医の先生から受ける(先生は二人並んで座っていたので4人で机を囲んだ形だ)。


 病名、上皮内癌、0期。
 今回の円錐切除術で病片は取りきっている。浸潤部分はない。今後の治療方法としては二つの方法がある。一般的には子宮の単純摘出、再発の可能性は0.4%。もう一つは最近の傾向で、子宮の温存。ここで手術は終わりにして経過観察(3ヶ月毎)をすること。異形上皮なのが発生する可能性(再発率)5%弱。
 どちらにするかよく話し合って決めて下さい・・・と。
「もし先生でしたらどうなさいますか」と質問。
「うーん、私ねえ、痛いの嫌だから、3ヶ月おきの検診選びます、って答えるかも」って、ちょっと困った感じの笑い顔。
 子宮摘出の場合のメリットは再発の低さ、デメリットは合併症とか傷が残るとか、どうも痛いというのが最大のネックか。このまま温存した場合のメリット、これで終わる。デメリット、ちょっと再発の可能性が高い(ウィルス感染なのでウィルスがなくなったわけではないから)、それと3ヶ月ごとの検診が煩わしく感じるかもしれない、など。ただ、単純摘出なので入院は手術から2週間くらいで、花月でほぼ日常復帰できるとか、丁寧に話してもらう。
 結論は木曜日までに出して、もし切るなら週末外泊の月曜手術ということ(前に木曜手術予約していた分は取り消しでもっと優先順位の高い人に回す、それほど私も場合は急がないから後でということも説明あり)。わからないことががあったらまた聞いてくださいとの声。担当の看護婦さんも同席、先生二人に看護婦さん、こちら側にオットと私。看護婦さんが「私、明日も(勤務で)来ますから」と声をかけてくれる。夜勤の看護婦さんからも声がかかる「よく考えて分からないことは先生にどんどん聞いた方がいいですよ」と。あちこちからかかる励ましの言葉は力強い。
 病室に戻ったオット、うれしそう。もち、私も。最悪(ってどこまでだ)というか広範摘出も覚悟してたので、このままでもいいといわれて肩の荷おりる。
 熱は37.8℃で頭の中ボーッとしている。
 さて、どうしよう。“もし”の中で、考えなくもなかった。
 0期の場合、それでも年も年だから再発を防ぐために子宮は取りましょうといわれるだろうと思ってた。それを自分で考えろ〜〜と舵をわたされると・・・・。オットは、このままで、検診で異常がでたらそのときにまた手術すればと思っているようだ。
 私は? どうしよ、どうしよ。
 友、メール&tel。相談&おしゃべり、もしあなただったら?
 でも、人は人、決めるのは自分。自分にとって何がいいかで、この選択の責任は自分で負うものである。
 悩んだふりしても、明るい悩みだな。。。。
 ここまで勢いつけて入院してきたついでにバサッととってしまう方がいいか、という方向に傾きつつある。ジェンダーは、自分にとっての価値の位置はどのあたり? 何よりも3ヶ月ごとに「大丈夫かな、大丈夫かな」って心配するのが嫌だし。。。。。手術の痛みはすんでしまえば終わる? 心配(もし)を引きずるより楽か?
 「子宮温存」が流れ。うん、わかる。わかるけど、私の気持ちの中に「温存」したいほどの未練がないこと問題かも、って、実は今までずーっと引きずっている。自己欺瞞の一つだ。とあれ、どうするにしても、今身体の中に悪いものはない、ということに感謝しよう。
 早期発見、早期治療だったのだ。
 気持ちは摘出?  なんで?
 火・水とよく考えよ。オットと話して、って、決めるのは私。
 他の人はどうだったか、うーん。ネットでも0期上皮内癌は温存選んだ人の方が圧倒的に多かったような・・・。年の違いもあるけど。。。
 覚悟の荷がへんにずらされてしまったが、
 このままどさくさで、・・・・・・・。

 6月26日(火)手術後5日  選択
7日目
 体がだるい。熱は下がった? やや下痢気味。起きる気力がないし、本読む気にもなれないでトロトロの朝。朝食もあまり食べられず本格的に下痢か。薬を飲むための水もダメ。お腹に力が入らないはエネルギーはないは、気がついたら10時半。
 悪いところは無くなってしまったはずなのに、よっどいまの方が具合が悪い感じ。心のリバウンド。
 うーん、昨日の検査の点滴にあたったかなあ。確かヨウ素がどうとか・・・。
 それでもごろごろしてるの飽きてきたなあ、ここでやめれば、これも後3日ほどだし、とっちゃうとしたら残り20日。うーん。3ヶ月おきの検診×5=20回。肉体の痛みは過ぎれば忘れられるけれど、精神は抱え込んじゃうと火傷かなあ。
 とかとか・・・・。
 少しから打元気になって本など読み出して午後、友3人のメール、よく考えてって〜〜。うん、決めるのは自分。


 5時30分、主治医の診察。内診も特に問題なし、朝の採血(なかなかとれなくて3カ所注射針、内出血の青あざも鮮やかに浮き出ている)の結果、白血球は異常なし、炎症反応は少し高めとのこと。
 話の流れで、方針決めましたか、の問いに(おいおい昨日の今日ってことはなかったんじゃあ・・)「気持ちの上では手術をお願いしようと思う」といってしまい、これで一歩。術前の説明と同意書の面談のアポイトメント明日の6時という事で決定(オイオイ)。***今思うとこのたたみかけるような時間的病院からのつっこみはもう少しゆとりをこちらに与えて・・・つまりあまりどうですかとか聞かずに放って置くだけの時間の長さだけど・・・あれよあれよと進まなくてもよかったのに、など・・・(12月の今)***


 オットには今夜、彼が来てからだな。
 でも、悪いからとるのではなく、予防のためにとる、なら少し気が楽だし、M看護婦さんの話では手術日と翌日は寝たきりだけどその後は少し動けそうだし、痛いのは薬もあるだろうし・・・・、その後の検診毎のドキドキを考えると・・・・。
 今回のことで何よりわかったのは、自分の想像に苦しめられるということ。過多に現実を対応させていくドタバタ。きっとまた同じ事をする。こんな騒ぎを繰り返すのもいいけれど、そこで何かあってももう一度手術の勇気出すのって結構大変。今なら、どのみち手術って思ってたし、どさくさの勢いできれいさっぱり・・・・・・・・・・。後悔はない,たぶん。。。。。ないはず・・・だ。
 最新の傾向は温存型(心身のダメージを少なくする)ということらしいが、身のダメージはともかく心に関しては私の場合・・・・・・・・・・。


 だって、5%って、100人に5人っていうことは20人に1人ということは、たとえば学級基準(って、何でここでそんな基準がでるかというのはさておき<引きずってる<自分)にして40人学級としたら、うち2人だもの、確率論上の5%というのは実生活上の確率ではもっと高くなるとかなんていう講義の余話もあったっけ、再発可能性としてはねえ、低いのか高いのか、、、、なんて考え出すと絶対メビウスの輪になってしまうからね、輪は閉じねば!


 6時45分、夜の回診、見たことのない若い先生だったけれど「ちょっと早いけど夜の回診にきちゃいました」ってお茶目っぽいなあ。具合変わりありませんか、と聞かれて、まあ昼と大体同じです(下痢もとまらないので力無し)。その後、「月曜日に手術決めたんですね」ときたので、思わず「はい、きめちゃいました」って何か悪いこと見つかってペロッと舌をだすかんじ。こんな雰囲気は深刻さなんて無くちょっとドタバタタッチ。シリアスはきっと、切った後痛い痛いって思って後悔するときかな。
 あっ、まだオットに話してない。
 夜来たオットに話す。オットは家での子どもとのトラブルやら家事やらで果ててるらしいけど・・・。もう決めた。後3週間はよろしく〜〜と。明日の時刻の連絡など。

 6月27日(水)手術後6日  手術説明
8日目
 いつのまに水曜日? ってかんじ。そういえば今日は二人とも塾ないんだから水曜日に間違いない。下痢は夜中も続いていて何度も起きた。しんどい。朝もすっきり起きられず、お腹がおかしいまま。午前中は10時近くまでトロトロ。
 11時半、妹来訪。お見舞いいただく。その他、野菜、煮物など家族への差し入れ。枝豆も(オットや子どもは茹でられそうにないと告げてあったので)家族用に茹でてもらって(でも食べきれないほどありそう)、あと、本(^^)。おしゃべり1時半くらいまで2時間みっちり。とあれ悪くなくてよかった、から始まって、確率論。我が家のドタバタのこと、H氏やあちらの子どもたちのことなど例によっていろいろ。本乙に再手術といってもこれから悪いところとるわけではないから気が軽いというか・・・・・(と、どうも言い聞かせているらしい)。
 彼女曰く、親も今なら元気だし、子どもも安心で時期としてはいい。再発して手術というときにそれら周辺のことで受けにくいことだってあるかも、との言葉に、そういえば自分のことしか考えないで決めていて、そんな状況は思いも浮かべなかった自分を恥じてしまう。とあれ楽しいおしゃべり。***
 後日、この「今なら〜」の言葉まさに納得する羽目になる。後1月いや2月遅かったらどうだったろうか、と。***


 昼食後、お腹の調子大丈夫になったか、薬がやっと効いてきたか? 3時の入浴後の水が久々においしい。その後で売店に水を買いに行ったときにHの抹茶アイス買ってきて食べた。おいしい(^-^)。おいしいって健康だ。

 
 5時55分、オット来訪。
 6時15分より30分間、N先生より手術の説明。承諾書・同意書の件。

    
  手術名:複式単純子宮全摘術
   子宮頸部上皮内癌の診断にて上記手術を行います。
   卵巣は温存する予定ですが、異常があれば切除します。
   手術による危険性・合併症については説明させて
   頂きました。必要に応じて輸血を行います。
       ↑
      これに署名


 ** 手術の説明 **
 月曜日9時30分からの予定。9時に麻酔かける。8時30分までにオットは病室に。手術の危険性とか合併症の話を「まあ大丈夫だろう」と聞いて、悪く考えない受け取りかたして、でも何でだろう。病気であることと外科的処置への不安は別のものか。
 1〜2にちは寝たきり、食事抜き。でも寝返りはOK、足の曲げ伸ばしもできそう。それだけでも違う。病理確認もするのでそれには1週間くらいかかる。同じ1週間で抜糸。経過次第で2週間前後で退院。さらに2週間後、外来検診、そこで異常がなければ日常復帰可。車の運転はそれまではパス・・・など。切る前に全てがすんだ後のこと聞くも、必ず言葉の前に「一般的ですが、様子で・・・・」とつく。それはそうだよね。
 まあ8月には仕事復帰可能か。
 外泊の話になる。金曜日、6月30日(これって、あさって。明日も1日ごろごろだ)13時から日曜日午前中くらいまで。2泊2日。家で少し野菜料理しよ。
 パソ&メールなど。今時の温存を選ばなかった理由など・・・。


 娘からのメールでちょっと体調など悪そう。夫が帰った後家にtel。2回とも息子がでて娘に替わってもらい、薬のこと、講習のこと、ともかく寝て食べるように話す。更tel。どうも電話の向こうの調子悪そう。最後のtel(ポカリとか買ってきて飲ませて)は、ちょうど買いに行ってもらっているタイミングの良さ(感謝>オット)、もし悪かったら明日学校休むようにと。本人は「疲れじゃない?」と言っていたが、話によると水分は足りていたらしいけれど、先週は寒かった(はずだし、多分、雨の間)、今週は晴れて暑く、完全に体調落としてる。37℃あったという。気力もないからしんどかろう。明日休んでも、という可能性が本人に伝わっただけで、少しは休まろう。3度のtel(実は計5回、うち2回はオット)息子は声から元気そうなので、こちらは安心である。
 やはり子どものことが気になるのであった。日々病院に来る夫の疲労も深くなっているし、再手術せずに温存を選んでいれば、外泊の代わりに退院なのだから、家族への負担は悪かったかな、とは思うのだけれど・・・・・。
 逆に考えてみると、今、高1と高3の子ども、もう少し小さい年齢だったら経過観察を選んでいたかもしれない、きっと。自分の年齢&子どもの年齢、おそらくこの2つのバランスが私にとっての決断の指針の一つだったのだ。
 うん、去年だったら、再手術はしてないはず。
 など仮定をいくらしても、決定は変わらないって・・・。



もどる

すすむ