評価・感想
新しい戦争児童文学であるというのが、まず最初に持った感想である。
しかし、今までわたし達が読んできた戦争児童文学はほとんどが、戦争で家族が引き裂かれ、命や、財産を奪われ、人間性まで失っていった被害者の立場での戦争反対を訴えるものであった。(最近、加害者の立場での作品も1,2見られるようになったが)
しかし、この作品は少し今までの戦争児童文学とは視点が違うような気がする。
イスラエルの占領下にあり、しょっちゅう外出禁止令が出て、弟をイスラエル兵に殺された主人公のサミールは戦争の被害者であるが足の怪我をして入院したのはイスラエルの病院であり、手術はここにやってくるアメリカの医師であるという。
その病院でサミールはイスラエルの子ども達と少しずつ心を開いて仲間意識を芽生えさせていく。空想の中で、いっしょに火星探検に出かけたヨナタンが「君とぼくとは同じ星屑からできている、同じ星の子だ」ということで連帯感を主張している。
また、最後まで打ち解けなかったイスラエル兵を兄に持つツァヒとも、いっしょに植木鉢におしっこをし、ただ、それだけのことだが、この手でそれをしっかり捕まえていたいと願う。
ここでは、ヨナタンとの火星探検はまるで花火のようにはかない夢であり、アラブの居住区に帰るさミールの未来には何の希望も見えてこない。
また、自爆テロにおびえるイスラエルのこどもたち、市民にも何の解決への道筋も考えられない。児童文学は現在ではもはや平和な未来を願う何の現実的な実効性も持ち得ない(今まででもそうであったかもしれないが)のかもしれない。
作者はイスラエル人であるという。主人公のサミールにイスラエルに対する深い憎悪の念、イスラエルの病院でアラブ人の少年に対し、何の偏見、いじめも描かれていないのはそのせいか。
しかし、現実の世界、現実の戦争は変化している。それはもはや、イスラエルとアラブの問題ではなく、遠く離れた東洋の国のわれわれ自身の問題になっている。
これから先は文学ではなく、現実的な政治の問題になるのであろうか。

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