1 ソフトランディング
 
 急激な中央集権的改革は混乱を招く。設置容易な教育機関の制度を作り、さまざまなモデルケースを先行させよ。
 
 日本教育に対する不満の大きさは、マグマが貯まっているに等しい。あるときに、爆発的にすべてが崩れ、その後の混乱と反動が懸念される。
 新しい教育を作り上げるには、現場の知恵の集積と人間関係の成熟が必要であり、一朝一夕にはいかない。
 新しい教育が、現体制と平行して育つソフトランディングを目指すべきである。まったく新規の教育方法、あるいは新規の運営形態を取る学校を設立可能にすることが最善である。 
 いっぽう、教育に対する不満の鬱積は極めて大きい。これまで、ほんとうの当事者である教師、親、生徒の発言権・参加権を制度的に保障しなかったためである。民主主義原則のないところでは、不満が意見という形をとらずに、我慢したあげくの憤懣と実力行使になる。現在の日本の教育でも、一揆(学級崩壊)、逃散(不登校、中退、進学塾の利用)、サボタージュ(注意散漫な生徒、やる気のない教師)などが多発している。
 このような状況に対して、中央集権的な解決が延命策にすぎないことは、幾多の歴史事実が証明するところである。
公教育には多くの規制が存在し、長年にわたる官僚的運営に慣れきっている。公教育現場の規則、慣行、人間関係には独特の固定したものがある。これを中央からの指示で一律に改革しようとしても、混乱を招きやすく、形だけのものができやすい。現場主導の改革が望まれる。しかし、これは時間のかかるものである。
 このまま、上部機関からの指導・監督強化と精神論の鼓舞によって乗り切ろうとすると、文科省体制はかえって崩壊を早めるであろう。現場の人々の誠意と発意のみが教育を改革できるが、自発性を引き出すことは官僚組織のもっとも不得意とするものである。文科省体制が遠からず、全面自由化に追い込まれることも予想される。
 教育は、現場の知恵の集積そのものであり、人間関係の成熟そのものでもある。急激な全面自由化に、多くの現場は対応しきれず、混乱を引き起こすケースが多発するであろう。これは、ハードランディングとなる。
 ソ連社会が一挙に崩壊したとき、あとにできたのはもっとも露骨な資本主義の社会であったことを銘記すべきである。ソ連社会崩壊は、ハードランディングの例である。 
 急激な改革による混乱を避け、なおかつ教育改革を進めるための提言は、次の3点である。これによって混乱を最小限にとどめるソフトランディングが可能になる。先端的な試みを許容して、その影響を広げていく道である。  
1)      設置容易な教育機関の制度を創る。現在提案されているものとして、コミュニティスクール、チャータースクール、株式会社学校、NPO学校があるが、他に独立型私学と在宅教育も、欧米諸国で定着しているものである。現在を模索の時期と捉え、できるだけ多様な試みを実行する。 

2)      私立学校と公立学校の基準を別立てにする。公立校はスタンダードに従っていることが、私立校は教育の自由を持つことが、それぞれの長所であるようにする。中間的なものが発生することも認める。 
3)      公立校の改革は、学校現場の発意に基づくようにする。地域あるいは学校への権限委譲によって促進できる。 
 現在、特区で、公立学校の多様化、NPO学校、チャータースクールなど、新規学校設置の提案がなされている。これらを、教育改革の主流と考えることができる。
 個々のケースに関しては、それぞれの長所を生かしきって折衷的にならないようにすること、しかし全体の改革は急激でないことが重要である。 
 なお、いじめ、体罰等、生徒に対する人権侵害は、即時の対応が望まれる。現状は、子どもの権利条約が批准されたにもかかわらず、国内法に反映されないまま精神論として指導されている。子どもの権利条約への国内法整合があれば、いじめ、不登校などは大幅に少なくなっていたであろう。
 教育内容は学問・芸術・思想良心を中心とする文化的領域であって、法令によらずに自律的に運営されるべきであるが、権利義務関係は、教育方法を超えて、立法措置が必要である。

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