患者サイドからみた医療制度と薬局・薬剤師

福見一郎

医療改善ネットワーク(MIネット)世話人 (翻訳家)

患者の権利 -- 基本的視点 --
  医療改善ネットワーク(MIネット)は「あなたも、医療サービスの受け手です。医療の改善のために、自分もできることをしましょう」を合い言葉として平成10(1998)年11月に設立されたインターネットを活動ベースとするNGOである。その根本にあるのは「患者の権利」を基本として日本の医療の改善が進められることが必要である、との認識である。
  すなわち、人は誰しも、自分がどのような生き方をするか、どのようなライフスタイルを採用するかなどについて、他人の権利を侵害しない限り自分で決定する権利(自己決定権)がある。医療というサービスは、サービスの受け手(消費者)である患者の利益に資することを目的としている上に、サービスの内容や結果が患者の生き方やライフスタイルに影響する以上、患者の自己決定権が尊重されるべきである。患者の自己決定権を尊重するためには、診断・治療・医療機関についての情報が十分に提供された上で各種の選択肢の中から患者が主体的に選択出来ることが必要である。この意味において、インフォームド・コンセントないしインフォームドチョイス、医療情報の開示、最善の医療を受けるためのセカンドオピニオンや転医の機会の保証などが「患者の権利」の内容とされるべきである---そうした認識がMIネットの活動の基礎になっている。
  このような患者の権利に対する社会の理解を促し、その権利実現をはかるための努力は各方面でなされてきている。世界医師会 (WMA)は1981年に「患者の権利に関するリスボン宣言」を決議し、1995年にそれを一層緻密なものに改訂した。世界保健機関 (WHO)ヨーロッパ会議は1994年に「ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言」を出した。医療機関の団体としてはアメリカ病院協会が1973年にすでに「患者の権利章典」を発表している。日本でも、1984年に患者の権利宣言全国起草委員会が「患者の権利宣言案」を発表したのをはじめ、患者の権利法をつくる会による「患者の諸権利を定める法律要綱案」(1991年作成、1993年改訂)、日本弁護士連合会の「患者の権利の確立に関する宣言」(1992年)などが相次いで公表された。日本の医療機関の団体によるものとしては、1991年に日本生協連医療部会(医療生協)が「患者の権利章典」を出し、1994年には日本病院会が「インフォームド・コンセントについての病院の基本姿勢」を発表している。その一方、日本医師会は終戦直後の1951年に「医師の倫理」と題する倫理規定を作って以来倫理規定の類を全く作成していなかったが、つい最近(本年2月)同会の「会員の倫理向上に関する検討委員会」が「医の倫理綱領」を答申した。しかしこの新しい倫理綱領案は残念ながら世界医師会リスボン宣言の精神を十分反映しているとは思われない(ちなみに日本医師会はリスボン宣言の1995年の改訂の 際、採択に賛成しなかった唯一の参加団体であったと伝えられている)。
  薬剤師の団体の動きとしては、1997年9月にバンクーバーで開催された第57回国際薬剤師・薬学連合(FIP)会議で薬剤師倫理規定が採択された。これはその前段でも述べられているように、最近20年間に薬剤師の役割が著しく変遷しつつあることをにらみ、薬剤師の役割と責任の基礎となる原則を再確認するためであった。そこで確認された諸原則は、「個人が安全で効果的な治療を受ける権利」、「治療の選択の自由に関する個人の権利」および「個人の秘密保持の権利」が薬剤師により尊重・促進されるべきことをうたっている (奥田潤・市野和彦訳「FIPの薬剤師倫理規定」参照)。FIPの動きを受け、日本薬剤師会は1997年にそれまでの薬剤師倫理規定(1968年制定)や薬剤師綱領(1973年制定)よりも詳細な倫理規定を作った。その迅速な対応は大いに評価されるべきであるが、注文をつけるとすれば、この日本薬剤師会の新しい倫理規定では、患者の権利への言及の仕方がFIPの倫理規定よりやや消極的である印象を否めない。患者の権利を尊重していこうとする世界的な流れ・水準(グローバルスタンダード)に如何に対処していくかは、今後の日本の医療を考える際の基本的視点ではなかろうか。

情報提供者としての薬剤師の役割
  従来の「パターナリズム(父性主義)」的医療においては、患者は医師のいうまま、なすがままに医療を受けることが当然と考えられる傾向が少なからずみられたが、インフォームドコンセントの概念が普及し、さらには患者を医療消費者とみなす考えが台頭しつつある現在、医師にしろ薬剤師にしろ患者に対していかに医療サービスに関する説明を行なうかが重要になってきている。医薬品に関する情報は従来と比べて一般市民にもアクセスしやすくなってきているが、患者が自分の用いようとしている医薬品について適切かつ十分な情報を自分で入手し正しく理解することは容易なことではない。更に、いくらインフォームドコンセントの概念や患者の消費者意識が広まりつつあるといっても、患者が医師や薬剤師に疑問点をぶつけることはある程度の勇気のいることであり、それが出来難い患者もまだ少なからず存在する。その意味でも、医師や薬剤師の方から重要な情報を積極的に患者に提供すること、そして患者が疑問点を尋ね易い雰囲気・環境を作ることが望まれよう。
  最近薬局の店頭でGet the Answersというスローガンを印刷したステッカーがはられているのが目に付くようになってきた。これは米国で始められた運動のようで、患者が医師や薬剤師に治療法や薬剤について積極的に疑問をぶつけ、医師や薬剤師もそうした疑問に積極的に答えて行こう、という運動のようである。その趣旨は大変結構なことで、今後更にこの種の運動を推進していって頂きたい。ただ、現状は単にステッカーが貼られているだけ、というきらいもなきにしもあらずである。薬剤師のみなさんはもっとこの運動について市民にPRしてほしい。これは医薬分業の急速な進展により、処方薬を院外の薬局で購入する患者がますます増えていくこと、更にスイッチOTC薬あるいはダイレクトOTC薬などが規制緩和や保険医療費削減の流れの中で増えつつある現在、この運動が開始された当時よりもその重要性は大きいとみなすことができよう。

薬の安全性・有効性の確保
  我が国では過去にサリドマイド、スモン、薬害エイズなどの悲惨な薬害事件を経験してきた。薬害を根絶するには、その被害の実態と原因を明らかにすることが不可欠であろう。これは本来国が行なうべきであるが、過去の国の対応は残念ながら不十分なものであり、薬害を記録し解明する営みは被害者や少数の個人にまかされたままであった。例えば、教科書には初等中等教育を通して薬害に関する記載がほとんどなく、子供たちに薬害被害とその原因についての知識がしっかりと受け継がれる状況にはなっていないと思われる。そうした背景の中で、MIネットは過去の薬害事件を風化させず、その事実、教訓および被害者の無念さを後世に伝えていくことを主眼とした薬害資料館をネット上に構築した(http://www.mi-net.org/yakugai/)。この資料館を通じて、薬害の原因解明と根絶の必要性への関心を喚起していくことを計画している。「薬剤師さんと話をしていて薬害の話となるとすっと身を引く人が多い」ということも耳にするが、薬害予防最前線に立つともいえる薬剤師の皆さんの今後のご協力に期待するところは大きいといえよう。
  特に最近、医師および薬剤師の双方から、老人医療における薬の乱用・過剰投与、およびそれに起因すると思われる諸問題が指摘されている。例えば、老人保健施設において肝・腎機能の低下した高齢患者に多剤投与が安易に行なわれる傾向があることや、痴呆やパーキンソニズムを呈する患者の中で薬物が原因となっているケースが少なくないという報告などを考慮すると、問題が起こっても表面化しにくい老人医療の場での不必要でかつ危険な薬の使用について、もっと個々の薬剤師に監視と助言を行なう役割が期待される。
  更に、医療費抑制はいまや全世界的な傾向となり、その影響は医薬品の世界にも及んできているが、限られた医療資源の中で医薬品をどのように有効に活用し、患者にとって真に有益なものとなしうるかという点でも、薬剤師に期待される役割は今後大きくなるであろう。薬剤費の半分もが無駄に使われていると言う指摘もあり、薬剤師が医薬品の有効性や必要性の問題について無関心でいては、国民の支持は受けられないであろう。現場での適正な服薬指導が出来なくては患者本位の医療も遠くなる。この点で日本薬剤師会佐谷会長が本紙3月1日号で報道された再選の挨拶の中で薬剤師の社会的業務にふれ、「薬の安全性を広く国民に保証することとともに、薬の安全性のみならず有効性あるいはコストという視点をもちながら、最善の努力をしていきたい」と述べられているのは注目される。

プライバシー保護
  情報化社会の進展に伴い個人情報の乱用の危険性が増大し、プライバシー保護の必要性の認識が高まってきている。日本でも昭和63(1988)年に「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」が制定され、国の行政機関における個人情報保護の基本的枠組みが提供された他、都道府県、市町村などでも徐々に個人情報に関する条例が制定されてきている。しかし、医療の分野では個人情報保護のための具体的規定を盛り込んだ法令・ガイドラインは未だ整備されていない。刑法、劇薬および向精神薬取締法、などは医師、薬剤師やその他の医療関係者の守秘義務を定めてはいるが、これらの法律は複雑な医療の現場において患者に関する個人情報が、どの程度まで、そしてどのように保護されるべきか、具体的指針を示すものではない。こうした状況の中で、MIネットは、近年の医療情報の電子化の急速な進展と、様々な領域におけるプライバシー侵害の危険性などを考えると、上記リスボン宣言の精神を生かして、医療の場におけるプライバシー保護のための具体的なアクションが早急に取られるべきであると考え、医療機関向けのプライバシー保護ガイドラインを昨年12月に 作成した(http://www.mi-net.org/privacy/p_guide.html)。このガイドラインは主に病院・診療所を対象とするものであるが、医療情報はそれ以外にも保険薬局、健康保険の保険者、行政機関、報道機関などでも取り扱われており、これらの機関をも含めたより包括的なガイドライン作成が次の課題であると認識している。
  保険薬局では処方箋に含まれる医療情報が取り扱われることになるが、その秘密保持のために十分な配慮と細心の注意がなされることを希望したい。薬局のスペースが狭いところでは、待合室で前の患者と薬剤師との会話が聞こえてしまったり、データ入力のためファイル棚から取り出された数名の患者の薬歴カードが無造作に患者の目の届く範囲内に置かれ、処方を待つ間に患者が他人のカードの記載内容を読めてしまうような薬局も皆無ではないようである。更に心配されるのは、現行法では守秘義務の規定のない非薬剤師の従業員の手で医療情報が外部に漏れる可能性である。厚生省も医療情報有償販売例が明らかになっていらい、医療情報保護に関する現行法制の不備を是正する方向で検討中のようであるが、薬剤師会あるいは保険薬局の団体が率先して、個人情報保護のために有効な自主ガイドラインを作成する努力も必要であろう。

医療における薬剤師の位置づけの変容
  医療の場における薬剤師の役割は時代とともにその要請を満たしうるものに変わっていく。昭和63年に入院調剤基本料が認められるようになり、その後この保険点数は薬剤管理指導料と名を変え、薬剤師の病院における役割が拡大した。更に、平成2年4月の医療法改正に際して、薬剤師は医療の担い手としてはっきり位置づけられるようになり、平成9年の薬剤師法改正では、薬剤師により調合された薬についてその適正な使用をはかるための情報提供を患者あるいはその看護者に行なうことが義務づけられた。これらの法改正により、薬剤師の仕事は調剤という最も基本的な仕事から一歩進めて、薬を使用する医療の様々な場面にこれまでより深く関与する方向に変わる、あるいは変わらねばならぬ、という意識が医療の場に次第に芽生えつつあるといえるかもしれない。この背景としては医療の高度化・複雑化の中で、医師だけでは十分な対処が出来難くなっているという事情もあろう。そうした時代の要請に応え、薬剤師が医師たちと対等にデイスカッションし、医師たちに薬のプロとして適切なアドバイスをすることが出来るようにするための研鑚・努力も今まで以上に薬剤師には求められよう。 その一つの手段として、薬学教育を欧米並みに6年制にすべきとの声もあがっているようである。
  この4月から始まった介護保険制度は薬剤師の果たし得る役割を更に拡大する可能性を秘めたものである。既に一部の薬局で実施されているという在宅中心静脈栄養法(HPN)など在宅医療への薬剤師の関与は今後深まることが予想される。そのほか、TDM(薬物血中濃度モニタリング)、PEM(処方イベントモニタリング)、CRC (治験コーデイネーター)などにおける役割など、今まで以上に積極的に医療と関わることが薬剤師に求められつつある。こうした状況の中で、医師と薬剤師との新しい関係作りや役割改革を目指して、薬剤師がみずからどのような方向を志向するのかについて、明確なビジョンを作成して世に問う積極さが個々の薬剤師およびその団体に求められる。それは10年程前に登場したファーマシューテイカルケアという概念をどのように日本に於いて具体化しようとするか、という問題でもあろう。

むすび
  以上、医療制度と薬局・薬剤師について患者サイドの意見・考えを述べてきたが、ここに示したような諸々の課題は医師・薬剤師など医療関係専門職だけにその解決を押し付けるのではなく、そのサービスを受ける市民も何らかの形で協力していくことが必要と考えている。

Copyright © 2000 Ichiro Fukumi

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