秘密保護基準:情報の保護と提供のあり方

(2000年6月作成、同年9月全登録医に配布)
目次
用語の意味
第1章: 秘密保持への患者の権利
第2章: 患者との情報共有
第3章: 情報開示
第4章: 治療目的以外の情報開示
第5章: 諸原則の履行
第6章: 司法手続き・法令に関連する開示
付則1: 電子的情報処理
付則2: 運転者・車両免許機関 (DVLA)への患者情報の開示
癌登録制度に関する声明 (2000年11月)
  General Medical Council (GMC) に医師として登録された者には権利・特権が与えられる。その代り、登録者は職務遂行能力や医療行為についてGMCが定めた基準を満足させる必要がある。
  医師は患者に関する個人的でセンシテイブな情報を保有することになる。かかる情報は患者の同意が得られるかあるいは正当な理由がなければ第三者に開示してはならない。開示が正当とみなされるケースについての基準をこの手引書において解説する。
  情報を提供すべきであると確信した場合、医師はすみやかに当該情報を開示すべきである。そうすることが患者の最善の利益にかなうものであったり、あるいは第三者の利益を保護する上で肝要な場合がしばしばある。

用語の意味: この文書の中で用いられる用語を定義する。これらの定義は普遍的あるいは法的な定義ではない。

匿名データ: 情報の受け手によって当該患者の同定ができないデータをいう。氏名、住所、郵便番号、更に、情報の受け手が保有するあるいは開示されるほかの情報と連結することにより患者を同定出来るほかの情報はデータから除去すべきである。NHS番号やその他の識別番号はデータの受け手がそうした番号を用いて患者を同定するためのキーにアクセスできない場合には開示するデータに含めることが出来る。
同意: ある行為の内容およびそれがもたらしうる帰結についての知識に基づいてその行為に同意すること。
明示の同意: 口頭あるいは書面でなされる同意(患者が書いたり話すことが出来ない場合、あるいは、ほかの形式での意思表明で十分な場合、は除く)。
医療チーム: 医療チームには各患者に医療サービスを提供するスタッフ、および医療サービスを直接支援する管理スタッフから構成される。
患者: 能力を有する患者、および、自己決定を下しうる年齢に達していない未成年患者の親あるいは親権者を指して用いる(同意能力を欠く成人患者も情報の秘密保持を尊重される権利を有する。そうした患者に関する情報の開示に関する基準は第38−39項に示す)。
個人的情報: 医師が職務を通じて患者について知る情報で、個人の同定が可能なものをいう。
公共の利益: 社会全体あるいは社会を構成するある団体ないし複数の個人の利益、をいう。

第1章:秘密保持への患者の権利

1.患者は自分自身についての情報の秘密が医師により保護されることを期待する権利を有する。秘密保持は医師と患者の間の信頼関係の中心をなすものである。秘密保持についての保証がなければ、良質な医療を医師が行なう上で必要な情報を患者が医師に伝えることをためらうおそれがある。患者についての情報の提供を求められた場合、医師は:
a. 開示しようとする情報から患者の同定が可能であると否とに拘らず、出来る限り情報開示に対する患者の同意を求めるべきである。
b. 同定不能データで目的が果たせる場合にはデータを匿名化して提供すべきである。
c. 開示を必要最小限に留めるべきである。

 医師は本基準にもとづいて自分が下す判断の妥当性を示す用意ができている必要がある。

<情報の保護>
2. 患者の個人的情報について責任を負っている場合、医師はそうした情報が常に不適切な開示から保護されていることを確認すべきである(1)

3. 不適切な開示は多くの場合非意図的なものである。立ち聞きされる恐れのある場所で患者と話を交わすこと、あるいは他の患者、無関係の医療スタッフあるいは一般人の目に付く恐れのある場所に患者の記録(紙媒体であれデイスプレイ上の記録であれ)を放置することはすべきではない。患者との話し合いは第三者の立ち入れない状態で行えるように出来る限りの配慮をなすべきである。

第2章:患者との情報共有

4. 患者は自分が利用できる医療サービスに関する情報を容易に読みかつ使用できる形で表示した情報にアクセスする権利を有する。

5. 患者は自分の罹患している疾患に関する情報にもアクセスする権利を有する。かかる情報は読みやすく、利用しやすい形で提供されるべきであり、診断、予後、治療選択肢、治療結果、治療に伴う一般的ないし重篤な副作用、予想される治療期間、および、必要に応じて費用に関する情報、が含まれるべきである。医師は患者に提供しようとする治療法についての基礎的な情報を常に患者に与えるべきであるが、詳細な情報を与えられることを望まない患者の場合はその意思を尊重すべきである。こうした情報提供義務は医療専門職にかなりの負担となりうる。しかし、そうした情報なしでは患者は、医療プロセスのパートナーとして適切な選択をすることができない。GMCの小冊子「患者の同意取得ーその倫理的問題」は患者への情報提供に関し更に詳細なアドバイスを示したものである。

6. 患者についての匿名化情報が公衆衛生の維持、研究、監査、医療スタッフ/学生の訓練・教育、および医療サービスの運営のためにどのように利用される可能性があるかについて患者に情報を与えておくことは好ましいやり方である。

第3章:情報開示

<他の医療担当者との情報共有>

7. 患者が治療に同意した場合、治療を行うために医療専門職の間で関連情報を共有するにあたって患者の明示の同意は通常は不要である。例えば、一般開業医(general practitioner)が紹介状のタイプ打ちを頼むために秘書に関連情報を開示する場合には明示の同意は不要であろう。同様に、患者がX線検査を受けることに同意している場合、医師がX線撮影のために放射線技師に関連情報を開示することは許される。患者の状態および病歴にについての関連情報なしには、医師は患者の治療を安全に行うことや継続的ケアを行うことが不可能になる。

8. 医師は患者の個人的情報が患者が反対しない限り医療チーム内で共有されることを患者に認識させ、また、その理由を理解できるようにすべきである。医療を提供するほかの施設に雇用される者と情報共有が必要な場合には、どんな情報が開示されるのかを患者が理解していることを確認することが大切である。患者が特定の情報について他の医療提供者への開示を拒否する場合は、非開示によって第三者の生命を脅かしたり、第三者に重大な害がおよぶ危険性がある場合を除いて、患者の意思を尊重すべきである。

9. 患者の個人的情報を開示される者が、当該情報は秘密情報として開示されたものであり、守秘義務があることを理解していることを医師は確認すべきである。医療を行う目的で個人情報を開示された者はすべて、契約上あるいは職務上の守秘義務の有無に拘らず秘密保持の法的義務がある。

10. 救急医療など情報の開示について患者に説明することが出来ない状況もありうる。そうした場合、医師は関連情報をその患者の医療担当者に速やかに開示すべきである。

第4章:治療目的以外の情報開示

<原則>
11. 患者に関する情報は教育、研究、モニタリング・疫学調査、公衆衛生監視活動、臨床監査・管理・企画等、様々な目的で必要になることがある。医師は患者のプライバシーを守り、患者の自己決定権を尊重する義務を有する。情報の提供を求められた医師は第1項の規定に従うべきである。すなわち:
a. 開示しようとする情報から患者の同定が可能であると否とに拘らず、出来る限り情報開示に対する患者の同意を求めるべきである。
b. 同定不能データで目的が果たせる場合にはデータを匿名化して開示すべきである。
c. 開示を必要最小限に留めるべきである。

12. 以下の条項は同意取得のあり方、および同意が得られない場合あるいは同意を求めることが実際的でない場合の対処の仕方を示すものである。

<同意取得>

13. 開示に対する同意を患者に求めることは医師と患者との間の良好なコミュニケーションの一部分であり、患者の自己決定およびプライバシーを尊重する上で重要な部分をなす。

開示が患者個人に影響をもたらす可能性のある場合の同意
14. 開示によって患者個人に影響が及ぶ恐れのある場合(例えば、個人的情報を患者の雇用主に開示する場合)、医師は明示の同意を取得してから開示すべきである。明示の同意を求めるにあたって、医師は判断材料、開示の理由および開示の結果予想される結果について患者が十分な情報を与えられていることを確認すべきである。開示される情報の範囲、および開示先についても説明がなされるべきである。患者が同意を留保する場合、あるいは同意が得られない場合、開示が出来るのは公共の利益の面から正当化される場合に限られる(通常は、開示することが患者自身を保護したり、第三者の生命を守るため、または重篤な被害を防ぐために必須である場合に限られる)。

開示によって患者個人に影響が及ぶおそれのない場合の同意
15. 疫学、公衆衛生あるいは保健サービスを目的とする患者情報の開示、あるいは教育、訓練、臨床監査、研究に使用するための情報開示は、患者個人に悪影響を及ぼすとは考えにくい。しかし、こうした状況下においても、医師は同定可能なデータの使用に対する患者の明示の同意を得るか、あるいは、医療チームのメンバーが当該情報を匿名化するよう手配すべきである(第16および18も参照)。

16. 第15において示した目的のために情報を必要とし、かつ、情報開示に対する本人の明示の同意を得ることならびに医療チームメンバーにより情報匿名化を行うことが実際上困難な場合には、明示の同意なしにデータを開示することが許される。こうした開示がなされる場合、通常、開示後に医療チームの外部の者がデータの匿名化作業を行うことになる。いずれにせよ、同定可能な情報の開示は、上記の目的のためにやむを得ない場合にのみ許される。開示の範囲は当該目的を達成する上で必要最小限に留めるべきである。このような開示を行うにあたって、医師は患者に以下のことが予め口頭あるいは書面で説明されていることを確認すべきである。
a. 患者の記録を医療チームの外部の者に将来開示することがあること。
b. 開示の目的と範囲(例:教育、管理、研究あるいは監査の目的のために匿名処理したデータを作成するため)。
c. 記録を開示される者は守秘義務を負うこと。
d. 患者は上記の開示に反対する権利を有すること、および、開示することが患者自身あるいは第三者の生命を守るため、または重篤な被害を防ぐために必須である場合を除いては、患者の反対意思が尊重されること。

17. 患者に関する個人的情報を管理する医師が第15に示した目的のために情報へのアクセスを認めることが許されるのは以下の者に限られる:(1)保健当局、NHSトラストあるいはこれらと同等の機関による適切な訓練と認証を受けた者、および、(2)雇用関係あるいは法令に基づく規制機関への登録に由来する守秘義務を有する者。

<公共の利益のための開示>
18. 同意取得のためあらゆる可能な手段を検討したものの同意を取得することが現実的な道ではない(2)と確信した場合、あるいは患者に同意能力が無い場合、あるいは(例外的ではあるが)患者が同意を留保する場合において、当該情報を秘匿することによる患者および公共の利益よりも開示によってもたらされる第三者あるいは社会の利益のほうが勝るのであれば、医師は個人的情報の開示を行うことが許される。

19. そうしたいずれのケースでも、医師は情報開示によりもたらされる可能性のある被害(患者自身、および医師と患者の信頼関係全般への被害)と利益とを較量すべきである。

20. 公共の利益に関する判断は最終的には裁判所が下すものであるが、患者の個人的情報を本人の同意なしに開示することへの苦情をGMCが受けた場合には、医師にその開示の正当性を示すよう求めることがありうる。

第5章:諸原則の履行

21. この小冊子の以下の部分では医師が情報開示を求められることが最も頻繁に起こると考えられる状況について述べ、第14および20の原則をどのように適用すべきかについてアドバイスを示す。

<患者に間接的に利益をもたらす開示>
公衆衛生および医薬品・医療器具の安全性のモニタリング(癌登録簿などへの開示を含む)
22. 公衆衛生や医薬品・医療器具の安全性のモニタリングを担当する専門家組織や政府機関(3)の活動、さらには癌やその他の疾患の登録事業は、公衆衛生への貢献という目的を果たす上で患者の記録より得られる情報に依存するところが大きい。例えば、医薬品安全委員会 (Committee on Safety of Medicine) が運営するイエローカード制度の有効性は臨床医の提供する情報に左右される。医師は可能な限り関連情報を提供し、そうした活動に協力すべきである。その場合、感染性疾患の中には報告が法律により義務付けられているものもあるが(第43参照)、それ以外のケースでは開示目的を達成できる限り匿名化した上で患者の情報を提供すべきである。

23. 個人的情報の開示が必要な場合、出来る限り、患者の明示の同意を事前に得るべきである。例えば、治療中の患者については、情報開示について患者と話し合う機会を医療提供者は見出しうるはずである。

24. 医療提供者が定期的に接触していない患者の個人的情報が求められることがある。そうした場合を考え、医師は患者が手術を受けたり診療所を訪れる時の最初の診察時あるいはその後の適当な機会をとらえて、そうした患者の情報が公衆衛生を長期的に維持する上で有用となりうることについて説明を行うべきである。患者は第16に示した情報を与えられるべきであり、どの段階でも開示に反対で来ることがはっきり示されるべきである。医師は患者の意思が尊重されるようにするため、患者の拒否の意思表示を記録しておくべきである。その場合、求められれば医師は匿名化した情報を提供することが出来る。

25. 患者が異議の意思表示をしていない場合、医師は開示がもたらすと考えられる公共の利益と当該情報を求めている機関の秘密保持体制を評価すべきである。公共の利益が乏しいあるいは明白な公共の利益がないと考えられる場合は、患者の明示の同意なしに情報を開示してはならない。

26. これらの目的での患者個人情報の開示に対する患者の同意を求めることが現実的でない場合、あるいは患者に同意能力がない場合、医師は開示がもたらす公衆衛生上の利益と患者が被る可能性のある被害とを比較し、そうした開示が公共の利益の観点から正当化できるかどうかを検討すべきである。

27. 個人情報の登録簿への自動的転送は、それが電子的に行われる場合であれ、その他の手段でなされる場合であれ、そうした情報が転送されることを当該患者に予め伝えずに行うことはごく例外的な場合を除いて許されない。例外的に許されるのは、登録簿への情報移転による公共の利益が当該患者の秘密保護に関する権利より勝ることが裁判所の判断により示されている場合、あるいは情報開示を行う医師が、後日裁判所あるいはGMCの場で説明を求められた時、開示の妥当性を上記観点に基づいて示す自信がある場合に限られる。

臨床監査・教育
28. 臨床監査や臨床教育に用いる場合は匿名化データで通常は十分である。記録の匿名化を行う際、医師は第15〜17に述べた同意取得に関する規定に従わねばならない。匿名化していないデータを患者の同意なしに臨床監査や臨床教育のために開示してはならない。

経営・財務監査
29. 財務データあるいはその他の経営データは臨床情報とは別個に記録すべきであり、出来る限り匿名化して提供すべきである。

30. 臨床記録を経営あるいは財務監査目的で開示する決定を医師が下す場合、例えばNHS(国営医療サービス)における診療報酬支払いの監査のために保健当局が患者の記録へのアクセスを求める場合、その決定を下す前に第15〜17の規定に従った手続きを踏めばその決定について懲戒処分がなされることはないであろう。そうした調査のために開示されるのは関連する部分の記録に留めるべきである。

医学研究
31. 研究プロジェクトが個人特定可能な情報あるいは試料に依存する場合、および同意を求めるために患者に接触することが出来ない場合は、研究倫理委員会にその事実を報告し、当該研究よりもたらされうる利益が秘密漏洩の害より勝るかどうか審議を求めるべきである。そうした手続きを踏まずに開示するのは、たとえ情報の受け手がregistered medical practitionersであっても不適当である。守秘義務違反訴訟が提起された場合には、研究倫理委員会の下した判断も考慮されることになろうが、法廷での判断は公共の利益についての法廷独自の評価に基づいて下されることになろう。この件について、より詳細な基準が王立医学関係団体などから公表されている。

症例報告や写真の公表
32. 患者の特定が可能であるか否かについて自分がどう判断しているかにかかわらず、医師は一般人がアクセスできるメディア(例:雑誌、教科書)に個人としての患者に関する情報を公表する場合には、予め患者の明示の同意を取得すべきである。従って、例えば患者についての症例報告や写真を公表する場合には明示の同意が必要である。すでに死亡した患者に関する情報を公表しようとする場合には、第40・41の規定を考慮してその当否を判断すべきである。

<二重の責任を有する医師による開示>
33. 医師は患者への義務と同時に第三者(企業、団体など)への契約上の義務を同時に有する場合がある。こうした状況の例としては以下のものが挙げられる。
a. 医師が企業や団体の従業員・職員の産業医である場合;
b. 医師が保険会社などの組織に雇用されている場合;
c. 医師が補償請求を審査する機関のために働いている場合;
d. 医師が患者に医療を提供した後にそれについての報告を第三者に行うことが求められる場合;
e. 医師が警察医である場合;
f. 医師が軍医である場合;
g. 医師が監獄医である場合。

34. 患者について報告書の作成ないし検査の実施を求められたり、既存の記録に含まれる情報を契約上の義務のある第三者に開示することを求められた医師は以下のことを守らねばならない。
a. 検査ないし開示の目的、開示される情報の範囲、および当該情報を秘匿したり留保することが出来ない事実について出来る限り早急に患者に伝えるべきである。要求されている情報の範囲について患者が理解できるようにするために、報告書の用紙を記入前に患者に示すことも考えられる。
b. 患者あるいはその法定代理人から開示への書面による同意を取得するか、あるいは、すでに出された同意書を確認すべきである。ただし、患者が書面による同意を行ったことを政府機関職員が保証する文書を発行した場合は、それを受け入れてもかまわない。
c. 開示するのは開示請求に関連する情報に限るべきである。 記録全体の開示は政府機関がおこなう給付に関連して必要となることはありうる。
d. 自分で実証できる事実に基づく情報のみを、偏向のない形で提示すべきである。
e. 1988年医療報告アクセス法 (The Access to Medical Reports Act 1988) は患者が自分自身について書かれた報告書を開示前に閲覧することを場合により認めている。従って、医師は患者がそうした閲覧を望まないことを明言していない限り、報告書の閲覧を望むかどうかを常に患者に確認すべきである(4)

35. 同意なしに雇用者、保険会社、あるいはその他の第三者に開示することは、生命の危険あるいは重篤な被害から他人を守るために必要な場合、など例外的な状況においてのみ正当化される。

<患者あるいは第三者を守るための開示>
36. 同意なしに個人的情報を開示することは、そうしないと患者あるいは第三者を生命の危機あるいは重篤な被害にさらす恐れのある場合には正当化される。患者のプライバシー権をしのぐほどの重大な危険に第三者が曝される恐れがある場合、医師は開示への同意を求めることが現実的であるなら同意を求めるべきである。同意をもとめることが非現実的な時には、医師は当該情報を適当な人物あるいは機関に速やかに開示すべきである。一般的には、情報開示の前に患者にその旨伝えるべきである。

37. 上記の例としては次のものを挙げることが出来る。
a. 罹病した同僚医師がその疾患のために他の患者を危険にさらしている場合。開示することが正当であるかどうか疑問である場合には、経験豊富な同僚に相談するか、あるいは、専門機関のアドバイスを求めるべきである。いずれの場合も、患者の安全が最初に考慮されねばならない。(この点に関してはGMCの手引書 Serious Communicable Diseases (重大な感染症)に更に詳しい指針が示されている。)
b. 車両を運転することが不適切であるにも拘わらず、医学的アドバイスを無視して運転を続ける場合。そうしたケースでは、医師は運転者・車両免許機関の医学アドバイザーに関連情報を遅滞なく通知すべきである。かかるケースについての詳細な指針は付則2に示してある。
c. 重大な犯罪の予防あるいは発見のために開示が必要な場合。ここにいう重大な犯罪とは、誰かを生命の危機や重篤な被害にさらす行為であり、普通は、人に対する犯罪である(例:子供の虐待)。

<小児および同意能力を欠いている可能性のある患者>
38. 患者が未成年、疾患あるいは精神障害のため治療あるいは開示への同意を与える能力を有しないと判断される場合には、問題が起こることが考えられる(5)。 そうした患者が第三者への情報開示をしないよう求める場合には、医師は適当な人物が相談者として介入することを承諾するよう患者を説得すべきである(6)。患者がそれを拒み、しかも情報開示が患者の利益に鑑み必要であると判断される場合には、医師は関連情報を適当な人物あるいは機関に開示することが許される。そのような場合、医師は開示を行う前にその旨を患者に伝えるとともに、それが適切であるとみなされる場合には患者の保護者あるいは介護者の意見を求め慎重に考慮すべきである。医師は同意取得のためにおこなった手続き、ならびに、情報開示を決めた理由を当該患者の診療録に記載しておくべきである。

39. 患者が保護義務者の責任放棄あるいは肉体的・性的虐待の犠牲者であり、しかも情報開示への同意を与える能力がないと信じるに足る理由がある時は、開示することが患者の利益に最もかなうと信じられる限り、医師はしかるべき責任を有する者あるいは司法機関にすみやかに通報すべきである。情報を開示するにあたっては通常は予めその旨を患者に伝えるべきである。こうした開示が必要になる状況は小児に関連して生じることが考えられ、虐待に関する懸念に対して他の機関(福祉機関など)と共同で対応することが求められる場合である。医師は情報開示について親権者に通知することが適当に判断される場合にはそうすべきである。何らかの理由で情報開示が虐待あるいは遺棄を受けた患者の最善の利益にならないと信じる場合には、医師はそうした判断の正当性を説明できる心積もりをしておかねばならない。

<患者の死後における開示>
40. 医師は患者の死後も守秘義務を有する。患者の死後に開示が許される秘密情報の範囲は条件により異なる。その条件とは、情報の性格、当該情報が既に公知であるか否か、あるいは匿名化可能であるかどうか、情報の使用目的、などである。医師は更に、情報開示により患者の配偶者や家族に苦痛を与える恐れはないか、あるいは開示がそれらの人々に有益であるかどうか、をも考慮すべきである。

41. すでに死亡した患者についての情報を開示することを医師が求められたり、それを利用したいと思う状況は少なくない。例えば:
a. 検視や死亡事件捜査との関連で検視官、地方検察官あるいは他の類似の公務員に協力する場合。これらの場合、医師は関連する情報を提供すべきである(Good Medical Practice「良質の医療のための原則」の第19参照)。
b. National Confidential Enquiries(全国匿名調査)あるいはその他の臨床監査の一部、あるいは教育・研究のため。これらの場合には、適切に匿名化した症例情報を公表することは不適切とはみなしにくいであろう。
c. 死亡診断書に関する場合。医師は死亡診断書を忠実かつ完全に記載することが法律により求められる。
d. 公衆衛生調査に関連する情報収集のため。個人を特定可能なデータが研究に欠かせない場合を除き匿名化した情報を用いるべきである。

42. 患者の死亡により影響を受ける複数の者の間の利害が対立する場合には特に困難な問題が起こりうる。例えば、保険会社が保険契約に基づく保険金支払いをすべきかどうかの判断材料として死者についての情報開示を求めてきた場合には、医師は1990年医療記録アクセス法の規定に基づくか、あるいは、開示によりもたらされ得る結果について十分な説明を与えられた死者の管財人の同意を得て、情報を提供すべきである。開示する旨を患者の近親者に伝えることも妥当であろう。

第6章:司法手続き・法令に関連する開示

43. 特定の法令の規定(例:伝染性疾患と診断されたケースあるいはその疑いのあるケースの報告)に従った情報開示は行うべきである。

44. 裁判官あるいは裁判所の統括執行官が命じた場合も、医師は情報開示を行うべきである。無関係と思われる事項(例:訴訟の当事者でない患者の親類・配偶者に関する事項)までも開示することを裁判官あるいは統括執行官が求める場合には、医師はその求めに異議を唱えるべきである。

45. 第36-37、39および41に述べた場合を除いて、事務弁護士、警察官あるいは裁判所執行官などの第三者に対して患者の明示の同意なしに個人的情報を開示すべきではない。

46.法令に基づく医療専門職の規制機関が、法的正義および他の患者の安全のため必要であると判断した場合には、当該機関職員の求めに応じて個人的情報を医師が開示することは許される(7)。かかる開示を行うにあたって、患者と話し合うことが現実的である場合には話し合いを持つべきである。そうした話し合いで患者が開示に反対した場合でも、例外的に開示が正当化される場合はありうる。

患者の秘密情報を開示することを決めた医師は、その判断を説明し、正当性を示す用意が出来ていなければならない。


(付則1)情報の電子的処理
1. ファックス、コンピューター、電子メール、その他の電子的手段によって個人的情報の保存、送信あるいは受信を行う場合には、適切な安全措置が施されていることを確認しなければならない。

2. 必要であれば、ネットワークに接続する前に情報の安全を確保する方法について適当な専門家の助言を求めるべきである。

3. 医師は自分のファックスマシーンやコンピューター端末が安全な場所に設置されていることを確認すべきである。ファックスでデータを送付する場合、当該データが意図した送信先以外のいかなる者によっても傍受・閲覧出来ないことを、出来る限り確認すべきである。

4. 個人的情報の送付を検討する場合および送付の手段を選ぶにあたっては、インターネットを通じ電子メールにより送付される情報は傍受されうることを銘記しておくべきである。


(付則2)運転者・車両免許機関 (DVLA)への患者情報の開示

1. DVLAは個人が医学的に車両運転に不適格であるかどうかを判定する法的責任を有する。運転免許保有者の安全運転能力に現在あるいは将来影響を及ぼしうる疾患があればDVLAはそのことを知っておく必要がある。

2. 従って、患者がそうした疾患を有する場合は、医師として次のことが求められる:
a. 自分の病状が運転能力を損なう可能性があることを患者が理解していることを確認する。もし患者がこのアドバイスを理解できない場合(例:痴呆者)は、医師は速やかにDVLAに通告すべきである。
b. 患者がその病状についてDVLAに申告する法的義務を有することを患者に説明する。

3. 患者が診断を受け入れなかったり、その病状が運転能力に与える影響に納得しない場合は、医師は患者がセカンドオピニオンを求めるよう勧告し、そのための適当な手配をすることも可能である。セカンドオピニオンを得るまでは運転を控えることを患者にアドバイスすべきである。

4. 運転不適格であるにも拘わらず患者が運転を続ける場合は、医師は運転を止めるようあらゆる可能な説得を患者に行なうべきである。それには患者の近親者への説明も含まれる。

5. 患者に運転を止めるよう説得することが出来ない場合、あるいはアドバイスにも拘わらず患者が運転を続けている証拠がある場合、医師は関連情報をDVLAの医学アドバイザーに対してすみやかに,、かつ内密裡に通告すべきである。

6. DVLAに情報を提供する前に、医師はそうしようとしていることを患者に伝えるべきである。DVLAへの通告を行なった場合は、医師はそのことを患者に書面で通知すべきである。


癌登録制度に関する声明 (2000年11月8日のGMC全体会議にて採択)

  GMCの「秘密保護基準:情報の保護と提供のあり方」(2000年9月通達)は癌登録事業の重要性を以下のように強調している---「癌登録事業は、公衆衛生への貢献という目的を果たす上で患者の記録より得られる情報に依存するところが大きい」「医師は可能な限り関連情報を提供し、そうした活動に協力すべきである」「その場合、開示目的を達成できる限り匿名化した上で患者の情報を提供すべきである」---。
  しかしながら、氏名を付したあるいは個人識別可能なデータが必要な場合、医師は患者の同意を口頭ないし書面で求めるべきであることも確認しておきたい。このことは患者のプライバシーを保護しその自己決定権を尊重することを求めるGMCの倫理ポリシーに沿うものである。さらにそれは、1998年データ保護法、1998年人権法、およびコモンローの規定・趣旨にもかなうものである。
  GMCはその秘密保護基準について広く意見を求めると同時に、氏名付きデータの開示について患者に説明し同意を得る必要性がNHS(国営医療サービス)やその他の制度に理解され、実践されるようにすべく努力してきた。これまで癌登録制度の下では、患者の知らないところで、その同意を得ることなく氏名付きのデータが登録簿に移転されてきた。われわれはこの種の基準を作成するに当たって、単にGMCのポリシーとの関連にとどまらず法律の規定との関連においても、個人的データの開示についてのNHSの現行のやり方を改める必要があることを保健省(Department of Health)に繰り返し指摘してきたところである。英国癌登録事業協議会(UK Association of Cancer Registries)は、現行の癌登録制度ではシステム的に患者の同意を記録したり正確な匿名化データの受け渡しが出来るようにデザインされていないこと、更に、現行のやり方を改めるにせよ法律を改正して現行のやり方を追認する(政府にその気があれば)にせよ時間がかかる、ということを最近GMCに通知してきた。
 このような背景の下で、GMCとしては、公共的に重要な癌登録事業を維持するために、もうしばらく経過措置が必要であるという主張に同意するに至った。
  そこでGMCとしては以下の提案をする。2001年10月までの期間においては、癌登録簿に情報を提供するにあたって医師はGMCの基準に従わないことも暫定的・例外的に許容し得るものとし、GMCは情報の取り扱いに関して寄せられた苦情に対処するにあたってこのことを考慮に入れることにする。しかしながら、かかる例外措置が適用される場合でも、医師はそうした情報が癌登録簿に提供されることを患者に説明すべく最大限の努力をすることをGMCは期待するものである。


脚注

1. 電子形式のデータの保存/移転には特にリスクがつきまとう。付則1に詳述。

2.例えば、記録が古かったり数が多いため一般的な努力では患者を追跡しても成功しそうもない場合、患者が過去に粗暴であったり、その恐れがある場合、あるいは、行動が速やかになされる必要があって(例えば、伝染性疾患の発生)患者にコンタクトをとる十分な時間的余裕がない場合。

3.医薬品管理局 (Medicines Control Agency)、医薬品安全性委員会 (Committee on Safety of Medicines)、医療用具局 (Medical Devices Agency)、医薬品安全性研究局 (Drug Safety Research Unit)、および公衆衛生試験所 (Public Health Laboratory Services)。

4.場合によっては、他の機関が報告書を患者に見せることがある。例えば、社会保障省は国の給付に関連する報告書へのアクセスを全ての請求者に認める。そうした場合は、当該報告書を見ることを望むかどうか患者の希望を医師が確認する必要はない。

5.患者が決定を下す能力の評価に関する基準はGMCの小冊子「患者の同意取得ーその倫理的側面 (Seeking Patients' Consent: Ethical Considerations)」に示されている。

6.場合によっては、例えば1983年精神衛生法 (Mental Health Act 1983)あるいは2000年スコットランド成年障害者法(Adults with Incapacity (Scotland) Act 2000)に基づいて開示が必要になることがある。

7.例えば、医事委員会 (General Medical Council)、歯科委員会 (General Dental Council)、英国看護・助産・訪問介護中央委員会 (United Kingdom Central Council for Nursing, Midwifery and Health Visiting)、医療補助職委員会 (Council for Professins Supplementary to Medicine)、眼鏡委員会 (General Optical Council)、オステオパシー委員会 (General Osteopathic Council)およびカイロプラクシス委員会 (General Chiropractic Council)。





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