第20話 世の中はなかなか変わらない

男が病気で入院してしまい、この奮闘記を書く心の余裕がありませんでした。まだ入院していますが、ようやく病状も落ち着いてきたので書いています。しばらくは奮闘記の掲載間隔が長くなりそうです。子育てには色々なことがあります。

子供の入院している北里大学病院へいくのに相模大野駅から神奈中バス(神奈川中央交通のバス)に乗った。路線バスに乗るのは久しぶりだ。街中の入り組んだ道をくねくねとよく曲がりながら進んでいく。バスってこんなに揺れるものだったかなぁ。電車の吊革に掴まっているつもりでいると、体が大きく揺れてしまう。ステンレスの手すりにしっかり掴まってないと危ない。

バスの中で珍しい料金表を見つけました。これが今回の奮闘記の発端となる。

この路線を運営している営業所の全ての路線の料金が車内の広告スペース3つ分を使って掲載されている。表の形式自体はJRの時刻表のうしろに載っているようなごく普通の階段状のものだ。珍しいのは、それがなんと「手書き」だったことと、「青焼き」コピーだったことだ。

殆どの企業にワープロやパソコン、乾式コピー(いわゆるゼロックス)が普及したと思われる現在、手書きで作成するには一体どんな秘密があるのだろう。

営業所の2階、奥まった一角にある事務所。古びた事務机には緑の合成ゴム製カッターシートが敷かれ、その上には電々公社製の黒電話、竹製の物差し、綺麗に削ったHBの鉛筆が5本、そして使い込んだ湯呑みがおかれている。椅子にはペチャンコになった座布団が椅子のへこみと同化している。

机の主は入社以来、バスの路線とダイヤ設計一筋にやってきた佐々木さんだ。この路線について知らないことはない。月、日、曜日ごとの交通量、工事個所、バスの乗客数の変化など、とにかくバスの運行に係わることについてなんでも頭に入っている。いわゆる生き字引という人だ。

佐々木さんは、2〜3年おきに行われる料金改定、あるいはバス停の新設や廃止、新路線の追加があると机の上にトレーシングペーパー広げる。物差しで几帳面に線を引き表を作っていく。表の枠が出来上がると、バス停の名前を書き込み、料金を埋めていく。バス停の名前は全て頭に入っているが、料金は時々改定になるので、運輸省に提出したバス運行認可の料金資料から間違えないように書き移す。

事務所の隅には、感光液の染みがついた年代物の湿式コピー機が鎮座しており、出来上がった料金表をコピーする。感光紙の上にトレーシングペーパーを重ね、一枚、一枚焼いていく。営業所管轄のバスの台数分用意するために、その枚数は多く、途中で感光液も交換したりして、コピーするだけで3日はかかる。

営業所の1階にいけばパソコンやワープロ、ゼロックスコピーがあることは知っている。若い人たちはそれらを使っている。しかし、佐々木さんは手書き+青焼きの料金表を30年近く作ってきた。営業所のバス路線が2つしかなかった時代からだ。この路線は自分が守ってきたという自負もある。いまさらスタイルを変えることはできない。青焼きコピー機が壊れるか、感光紙が手に入らなくなるまでは、昔ながらの手仕事を続けるつもりだ。

こんな事を思い浮かべているとバスは病院に到着した。パソコン、インターネット、マルチメディアだと騒いでも世の中はそう簡単には変わらないんだなぁ。

まあ、ママだって世の中を渡っていくのに必要なことにはパソコン使ってないからね。学校や幼稚園との連絡は連絡帖に手書きだし、急ぎの用事は電話だ。ゼロックスのコピーが必要なことも滅多にない。銀行や役所には足を運ばなきゃことは解決しない。パソコンも電子メールもWWWもなければないでそんなに困ることもない。実際、世の中の大多数の人はそんなものと無縁の生活を送っているんだもの。

里大学病院はコンピュータ化が進んでいる、と思う。他の大きな病院のことを知らないのでよく分からないが、外来の診察室にもネットワークに繋がったパソコンが置いてある。これは、3年位前にお世話になったときにすでに実現されていた。ちなみにパソコンはIBM製で、以前はCRTでしたが今回は液晶カラーディスプレイに変わっていました。診察室に置くパソコンは小さい方がいいですね。

パソコンには離れた場所で行った血液検査などの結果が表示されていて、先生はそれを見ながら診断を下し、親にも見せながら説明してくれる。レントゲン受け付けにもパソコンがあり、IDカードを持っていくだけで先生の指示がわかるようになっていた。入院病棟のナースステーションにもパソコンがある。患者の情報にアクセスできるようだ。カルテそのものは先生の手書きだし、レントゲン写真もオンラインで見れる訳ではないけど、それらがコンピュータ化される日も遠くはないような気がする。

このように情報化された病院を見ていると、バスの中で愚考したこととの格差を考えさせられる。

インターネットはからっぽの洞窟 書館にリクエストしていた「インターネットはからっぽの洞窟」(クリフォード・ストール著)がようやく借りられた。著者は天文学者だけど、以前ハッカーを追跡したことと、その顛末を「カッコウはコンピュータに卵を生む」という本に著わしたことで有名になった人だ。

コンピュータやインターネットの専門家だけど、今回の本は昨今のディジタル化、インターネットブームに苦言というか、本当に必要なの、躍らされているだけじゃない、と考えさせてくれるものです。現題は"Silicon Snake Oil"で、日本語だと「ハイテク ガマの油」という雰囲気かな。今、ブームになっている電子メール、電子図書館、スキャンされた絵画、学校でのパソコン教育などは、ガマの油売りと同じでお客さんをその気にさせているだけじゃない。一歩下がってみれば、それらより昔ながらの郵便、図書館、美術館、学校教育のほうが役に立つんじゃないの、ちょっと頭を冷まそうよ、という感じの内容だ。

確かに今のパソコンやインターネットの技術では、著者のいうことは一理も二理もあるけど、もう少しは夢を持ってもいいんじゃないかと思う。まあ、著者もわかって書いているんだと思うけど。人間、夢をみなくては進歩もない。パソコンもインターネットも今は不完全な技術で、十分なことができないし信頼性もないかもしれない。しかし、今何もしないで未来が突然やってくることもないのだ。未来は現在のつづきなんだから。


今回はとりとめも無く、バスの中、病院の情報化、からっぽの洞窟で考えたことを書いてみました。

そうそう、ママが買おうと思っていたマイクロソフトのCD-ROM辞典「エンカルタ百科事典」ですが、なんとモニターに当たりました。サンケイリビングという主婦向けの情報誌に載っていた募集記事に応募したところ、当選したのです。次回はこの体験記を書きたいと思います。モニターのアンケートも書かなきゃいかないし。

ついでに、ISDNのモニターにも当たったようです。電話連絡があっただけで詳しい内容は分からないのですが、MN128というTerminal Adapterが貰えて工事費も無料のようです。そのうちNTTから連絡があるようなので待っています。

なんだか変なところに運を使い果たし、子供が入院するという運命のいたずらにもて遊ばれてます。

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M.Nakamura Jun,4 '97