季刊かすてら・2003年冬の号
◆目次◆
軽挙妄動手帳
奇妙倶楽部
編集後記
●不定形俳句●
- 大学の捕鯨船化
- 職務質問ソング
- 標準語・トップ・ブラ
- この女はニュース速報だと思った
- 知る人ぞ知る「姫始め検定試験」の問題集
- 中元戦記
- 校庭に、桟橋は落ちる
- ウルトラマン菩薩
- 乗りかかったアンデルセン
- 今年亡くなった人用下着
- こより三昧
- 日雇い友達
- ひったくり、あなたの三半規管狙ってる
- ゴム付き一戸建
- 既成ペットボトルが体型に合わない人
- てかてかしたモンチッチ〈傷痍軍人付〉
- プリクラに公的資金を投入だ
- ねぶたパブ(青森にはあるのかも知れん)
- 生きた亀を吐き出した夫人の話
- 地平線まで続くやもめの山
- 装飾用暴飲暴食
- 生物学的には「イワシ科」に分類される秘湯
- のりしろを付けられたオール巨人の苦悩
- オヤジアグネスチャン
- 守衛をよく見ると観葉植物
- 参加賞として逆風一年分をお送りします
- 人間鯉のぼり
- 彼らは「許し」に、免疫がありません
- 大道芸国際大学男根の変形学部家柄学科
- 命名:『山本テロップ』
- ジョギング管理局
- 瘤取り原子炉
- アダルト貝割れ
- キャベツで2重に巻いた遺言
- 忍び寄る煙突
- 「献体」の道路標識
- 編集者の亮は、二十六年連れ添った妻に突然カーストを切り出される
- 戦争の恐ろしさを忘れないために南京事件パンツ
- 大和=英国説
- 国際平和協力本部事務局と三軒茶屋中央劇場の合併
- 努力はしないが侃侃諤諤の議論はある
- ロボ馬頭観音
- 活性化遺体
- 全身タイツ優位的法廷
- 超・膝
- 劣化歓喜弾
- 戦争のカラオケ
- 季節がら三和土(たたき)の不足する季節です
- 実用寒波
- マドンナ不動明王
- ダイレクトでアグレッシブでハイソな尻餅
- 口紅から毛が生えました
- 生活困窮が名字で名前がコーティング
- ポケット核戦略辞典
- 怪盗ルパンは荻生徂徠である
- 呪術→宗教→科学→派閥
- 殿様蛙気取り
- 自分の名詞に「部屋の中でガス中毒で死んでいる」と刷る
- ためしてガッテンロゴ入り換気扇
- 特集「進化する<今くるよ>」
- サルガッソー海は休みだった
- 壁にかかった父
- よく飛ぶ学校給食
- ぶしつけな棺桶
- ドアの隙間は選挙区を生みつづけ
- 「ペット、ピアノ、子供、ゴスペルソング不可」
- i-mode対応南北問題
- 同時多発恋愛
- 「休養」とだけ書いたラブレター
- ノーベル楽観主義賞受賞
- この人でナシ! 鬼! カーディガン!!!
- 政治的平身低頭力
- 出血舞踊
- インドと山形の合併
- 水子の学校
- 渡る世間はジャングルジムばかり
- 飲物としての経口避妊薬
- 狼と七匹の消費者
- 枯れ葉の落ちた地面からことわざはうまれたちまち活用に進化して老化して腐る
- 流しのテロリスト
- わざわい転じて人喰い鮫となす
- 植物=やすらぎ、子供=純粋、夢=大切な宝物、生活=アドリブ
- 一部地域を除いて人情紙風船
- 恋する臼歯
- 口裂け女景気
●権三の地面●
権三(ごんざ)にとって地面という物は実体のない抽象的な概念に過ぎない。実際に足で触れる事もできないし見る事もできない。それを声に出して言ったりそのような素振りを見せたりすることは禁じられており、権三はさも地面が実在するように振る舞わなければならない。皆地面があるように振る舞っているのでしかとは判らないが、権三の周囲の者も皆地面が実在しないことは知っているのではないか、と権三は思っている。時々「間違えて」地面の下に沈み込んだり落ちたりする者がいるからである。そのような事があってもすぐに地面の上に戻り、本人も周囲の者も皆それはなかった事、見なかった事にして気付かなかったように振る舞っている。権三は文楽人形である。
●世界虚事大百科事典●
玉頭(ユートウ)[湖]
中国東北部、吉林省の朝鮮民主主義人民共和国との国境近くにある谷間の湖。面積120km2。元来谷間を西から東流れる玉尾川であったが、1832年、東側を締め切る堤防が完成して淡水湖となり、現名に改称され、名もなかった谷にも玉頭谷と命名された。この谷は傾斜が緩やかで日当たりも良かったため、農地を開墾するための潅漑用水として作られた人造湖である。農業用水として利用される他、淡水魚の養殖も行われた。また、谷間を東西に行き来する水路としても利用されている。
1922年まで、鱒類の養殖の盛んな、透明度の高い美しい湖であったが、現在の湖水は濃い茶褐色になっている。その原因は、二つの偶然が重なり合ったためである。1922年、北京から届けられた漢方薬を満載した筏が、湖を東から西へと進んでいたが、折りからの突風にあおられて転覆した。量にして十数トンの何百種類もの漢方薬がこの時湖底に沈んだ。この時から沈んだ漢方薬の成分が少しずつ湖水に溶け出していたが、1929年、谷の南側の火山が噴火し、湖に流れ込んだ溶岩が湖水を沸騰させ、湖底の漢方薬は煮出された。この時、湖で養殖していた魚貝類は全て死滅した。
火山を怖れた住民は全て転居し、この谷には廃集落が残されたが、湖の事は中国各地へ散った住民によって流布され、人から人へと伝わる内に尾鰭がついて伝説化し、万病に効く、癌が治る、受胎調節が自在にできる、などとも言われる一方、一口飲めば全身に鱗が生えて水中でなければ生きて行けなくなる、などとも噂された。噂を聞き付けた関東軍防疫給水部本部、悪名高い後の731石井部隊がこの水を採取、人体実験を行ったが、確認されたのは激しい下剤効果だけであった。これは、漢方薬の成分による物ではなく、死んだ養殖魚が腐敗していたためである。
江藤良太郎 1920‐97(大正9‐平成9)
えとうりょうたろう
国際連盟の設立とともに大阪に生まれ、思春期から壮年期の性的幻想をそのまま70余年の孤高の日々にもちこんだ異色ポルノ作家。10代後半に構想をまとめたという代表作『順列物語』(1943)や、日本官能文学大賞受賞作の『素数愛の美学』(1988)にみられる「数学や統計学を性愛関係として扱う手法」は、リョウタロウ・エロチシズムと言われるレトリックを駆使した描写とあいまって、全作品に共通する特徴である。恋愛関係の幾何学、芸術性を嫌う通俗趣味、演技と本心、安易に異常な設定や異常性欲の描写で刺激を作らないダンディズム、数学や論理学から導き出される幻想世界、パズル的審美主義、順列組合せ確立などへの異常な執着、数学を利用しながらコンピュータへとは決して向かわない志向、数値感覚などを駆使した作品群は、世界文芸史上にも類がない。
遺作となった『連鎖』(1994)『勝ち抜き』(1996)『総当たり』(未完)のいわゆる、「性の水滸伝三部作」は、文学界でも大きく話題になった。『連鎖』では男女五十四人ずつ百八人が登場する。物語の始めに宋子が麒麟という奇妙な名前の男性と出会い、恋に落ち性交に至るが結局二人は別れる。次に麒麟は智子と恋に落ち性交するがこれもすぐに別れてしまう。そして智子は公太と恋に落ちる、という具合に百八人の男女が次々にリレー形式で性交を行う筋書きで、ポルノ小説らしくほとんどが性交場面である。最後は時夫が最初に登場した宋子と関係を持ち、百八回目の性交描写をもって終わる。『勝ち抜き』はその続編で、『連鎖』に登場した百八人の男女が、五十四組みのカップルとなってそれぞれに性交を行う。その後、全てのカップルの一方が一方をふる。ふった方を勝者、ふられた方を敗者として勝ち抜き戦形式で物語は進むが、最初にふられた五十四人も敗者復活戦と章題が付いた部分で勝ち抜き戦を行い、双方のトーナメントを勝ち残った最後の二人、勇子と猛が激しい性交の後、勇子が猛をふる所で物語は終わる。四百字詰め原稿用紙にして一万と二枚に及ぶこの大長編ポルノ小説には実に一六一回の性交場面がある。『総当たり』では、やはり同じ百八人が全ての組合せで二、九一六回の性交場面が描かれる予定であったが、四六七回目で作者の寿命が尽きた。最後は乱交もしくは群婚の描写で終わる予定であったらしい。また、次の作品として因数分解を応用した物を構想していたらしいが、メモなどは残されていない。
江藤の作品のほとんどがそうであるように、この三部作でも性交に関して強姦などの異常な設定やマゾヒズムなどの異常性欲はほとんどなく、登場人物は性欲が盛んで貞操に関しておおらかである事を除けば精神的にも肉体的にも非常に健康である。にもかかわらず、数多い性交場面はさまざまな比喩を駆使して多様であり、似た印象を受ける物は一つとしてない。さにありながら描写はどれも充分に猥褻で、読めば性器に触れなくとも射精に至るとまで言われ、江藤の生前には有害図書として各地のPTAから大いに批判された。その一方で、この描写の多様性が文学界で高く評価され始めると、江藤は「俺の小説は通俗ポルノである」として文学や芸術として評価される事を嫌った。江藤の中では文学よりもポルノの方が高い価値であったらしい。晩年に登場し始めた俗に百円ショップと呼ばれる廉価店に著書を置きたかったらしいが、子供や女性が気軽に入れなくなるという理由で受け入れられなかった。
最近になって、暴力的な描写がない事から女性の読者に再評価されている。
ウェルナー中沢 1923‐52
ドイツの数学者。ベルリンの日系の家に生まれた。父が事業に失敗を重ね、不幸な家庭環境に育ったが、幼時より数学的思考に興味を持ち、中学、高校で数学に卓抜した才能を顕し、大学の専門過程の講義に出席していた。21歳の時にはプロイセン科学アカデミーの発行する有名な数学専門雑誌に多数の論文を発表した。しかし経済的には不安定で、彼の才能と人がらを愛したハイゼンベルクの好意で、カイザー・ウィルヘルム協会(のちのマックス・プランク協会)関係の援助を得て、かろうじて生活を続けた。プランクやホップにもその才能を愛されたが、後述する宗教的問題により、その数学的名声にもかかわらず、家庭からもベルリンの数学者からも孤立し、不遇の中で数学の論文を発表し続けた。彼は式の計算に巧みで、短い生涯の間に整数論、不変式論、楕円関数論の分野で多くの業績を残した。
中沢は日本人である父親の影響で仏教禅宗の一派である曹洞宗の熱心な信者であった。特に仏典「摩訶般若波羅蜜多心経」、いわゆる般若心経に傾倒していた。この経典に「数学的真実」を予感した中沢は、独自の方法で般若心経の玄奘による漢訳276字を数式に変換し、これを方程式と解釈して解を求めようとした。今でも彼の名で呼ばれている中沢の相反法則、中沢級数、不定方程式に関する中沢の定理などの業績は、この「般若心経の数学的解」を求める研究の過程で、言わば一種の副産物として得られたものである。ハイゼンベルクの好意や援助もむなしく、肺結核にかかり、29歳の若さで一生を閉じた。彼の最後の言葉は「解は32だ」という物であった。
リキャット酵素
プラスチック、合成ゴム、化学繊維などの石油化学高分子物質に選択的に作用する酵素。ほとんどのポリマーに反応し、エチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエンなどの基礎原料に分解する。発見者の化学生物学者リキャット・マクリーンの名を取って命名されたが、発見は全くの偶然による。硫黄細菌、硝化細菌、鉄細菌などの細菌は、硫黄、窒素、鉄などの無機物の酸化によってエネルギーを得て、細胞内のすべての有機物を二酸化炭素を還元して合成している。このような物を化学独立栄養菌(化学無機栄養菌、自力栄養菌)というが、マクリーンは油類を酸化してエネルギーとする細菌を得ようとして、さまざまな細菌を試験していた。油類の洗浄や廃棄に利用するためである。2001年8月、マクリーンは勤め先のクラカワー化学工業付属研究所で購入したばかりの培養タンクのプラスチック部分が腐食しているのを発見し、製造会社に抗議した。業者はすぐに交換してくれたがそれもまたすぐに腐食した。マクリーンはその会社に不信を感じ他の会社の物を使用したが結果は同じだった。培養タンクの中で突然変異を起こした細菌がプラスチックを分解していたのである。すぐに実験が繰り返され、この細菌の作り出す何らかの酵素が、ほとんどあらゆるポリマーを分解する事が確認された。リキャット菌と名付けられたこの細菌は分解して得られるエチレンなどをエネルギー源としていたのである。この発見にマクリーンは狂喜した。世界中のあらゆる場所で問題となっているプラスチック系廃棄物処理の決め手になる可能性があったからである。その日からマクリーンは研究所に泊まり込み、リキャット酵素の分離と化学的構造の特定の研究に熱中した。
事件は研究所に隣接するプラスチック工場と製品倉庫で起こった。クラカワー化学工業付属研究所では天然の細菌のみを扱い、遺伝子操作などは行っていなかった。また、化学独立栄養菌は病原菌となった例がないので、隔離封じ込めなどはあまり神経質になされていなかった。そのため研究所から漏れ出したリキャット菌が工場と倉庫で大繁殖した。リキャット菌はあらゆる石油化学製品を食い荒らした。化繊の布は見る見る薄くなって消失した。悪い事に工場の制服は環境に配慮してペットボトルから再生した化学繊維で作られていた。職員は皆たちまち下着姿となり、下着まで化繊で揃えていた職員は男も女も全裸になった。プラスチック製のブラインドまで消失したから、工場内は外からまる見えであった。現在の先進国社会ではプラスチックなどの石油化学製品を使用していない工業製品はほとんどない。工場内の全ての家具、機械、日用品は部品を失って分解した。電話、机、椅子などはその場に崩れ落ち、ボールペンは軸を失ってインクを溢れさせ、ペットボトルも中身を流出した。コンピュータのケースは消失し、配線基盤も消え失せて細い金属が絡まり合って落ちた。コード類は被膜を失って相互に通電し用をなさなくなった。テレビのブラウン管は剥き出しとなり、支えを失ってごろりと転がった。壁に取り付けられたフックも消失して、時計、鉢植え、棚などが落下して負傷者を出した。
半裸全裸の職員たちは、恐慌に陥って工場内を駆け回り、裸体を隠そうと小部屋に籠って鍵をかけると部品を失ったドアが外れてばたんと倒れたりした。慌てふためきながらも、専門家である彼らは石油化学製品だけが選択的に消失している事にはすぐに気が付いた。事務員のダイアン・グリーンは絹だと信じて大枚をはたいて買った下着が偽物であった事を知って激怒した。ゴールドマン部長はかつらを失って頭皮を曝した。何の騒ぎかと研究所から駆け付けたマクリーンの白衣も見る見る消失した。事態を悟った彼女は警告を発しようとしたが、場内放送施設も部品を失って機能を停止していた。マクリーンは工場中を駆け回って肌を曝した職員たちを避難させた。倉庫の中ではリキャット酵素によってプラスチック類が分解し、揮発性の高い可燃物質が充満していたのである。全員が工場の横にあるトウモロコシ畑に駆け込んだ数分後、被膜を失った配線同士の接触による火花が原因と思われる出火で、倉庫は爆発、工場と研究所は炎上した。この火災でリキャット菌は全滅し、リキャット酵素の構造を知る術も永久に失われた。
プラスチック系廃棄物処理の技術も失われたが、全米の、あるいは全世界の文明が失われる危機も去った。工場がアイオワの大農村地帯の中にあった事が幸いしたのである。これがプラスチック類の充満する町中であったなら、たちまち全世界にリキャット菌が伝染する可能性もあった。今ではリキャット菌は「プラスチックのエボラ熱」と呼ばれている。
ここに掲載した文章は、パソコン通信ASAHIネットにおいて私が書き散らした文章、主に会議室(電子フォーラム)「滑稽堂本舗」と「創作空間・天樹の森」の2002年10月〜12月までを編集したものです。私の脳味噌を刺激し続けてくれた「滑稽堂本舗」および「創作空間・天樹の森」参加者の皆様に感謝いたします。
◆次号予告◆
2003年 4月上旬発行予定。
別に楽しみにせんでもよい。
季刊カステラ・2002年秋の号
季刊カステラ・2003年春の号
『カブレ者』目次