99. 湘南海岸の茅ヶ崎から江の島

著者=近藤 純正
相模湾に面する湘南海岸沿いの遊歩道を歩いた。月例の湘南マラソン、サーフィン やビーチバレーする人々があった。 (完成:2011年12月21日)

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間違っていた巨大のう胞
半年前の2011年4月26日のMRI検査によれば、肝臓に直径6センチメートルの 水溜まり「のう胞」が再発していた。昨年4月7日に外科手術で巨大のう胞を切除して から1年後の再発である。

今回11月16日のCT検査では巨大化していると予想し、12月には外科手術になる と覚悟していた。

ところがCT検査の結果では、巨大のう胞は無く、安心した。人間の心理は不思議な もので、この半年間、腹部に僅かな違和感があるだけで、のう胞が大きくなり他の臓器を圧迫し ているのだ、と不安な日々を過ごしてきたのだが、検査結果を知ると気持ちが一気に 楽になった。

思い出してみると、半年前のMRI検査について。私は直接画像を見ておらず、 担当医は検査室からの報告書を見て私に口頭で説明したのであった。これが間違い で、担当医も私も画像を見ておくべきだった。

湘南海岸砂浜のみち
2011年12月4日、朝から快晴。富士山も伊豆大島もよく見える。相模湾の湘南 海岸の県立辻堂海浜公園にある気象観測所アメダスの風速が年々弱くなっているので、 海岸の防風林「飛砂防備林」の松の樹高を測ることが目的、ついでに江の島までの ハイキングである。「江の島」の呼び名は日本に7~8カ所ほどある。

茅ヶ崎から藤沢の江の島弁天橋までの10.8キロメートルの遊歩道を歩く。 この遊歩道「湘南海岸砂浜のみち」は幅員が約3メートルの舗装道路、所々に板張り 歩道もある。茅ヶ崎市柳島から藤沢市鵠沼橋まで8.4キロメートル。続く片瀬西浜 海水浴場沿いの護岸道2.3キロメートルを歩くと江の島弁天橋に至る。

陸から海への北風、波は高くないがサーフィンを楽しむ人々がいる。1.5キロの 沖合には「烏帽子岩」がある。烏帽子(えぼし)は昔の男性が礼服を着た時被った 帽子、その形に似ている。写真99.1の右上隅には2年前に船で見学した際に西側から 撮影した形を挿入してある。最高部の標高は約20メートルある。茅ヶ崎市のシンボル である。

えぼし岩
写真99.1 茅ヶ崎海岸から見た烏帽子岩と伊豆大島。右上は西から撮影した 烏帽子岩の形。

昔のえぼし岩は現在のものより先端部分がより烏帽子らしく西へ長く尾を引いて いたが、戦後、米軍の射撃訓練の標的にされ、その先端部分は消失、茅ヶ崎のシンボル を守るための市民運動が起き、訓練は中止されたという。

2005年に茅ヶ崎市出身の宇宙飛行士の野口総一さんがスペースシャトル ディスカバリに塔乗した際、宇宙からも見えるようライトアップしたことがある。

マラソンをする人たちが次々と走ってきた。胸には「月例湘南マラソン」を付けて いる。交通整理の応援の方に聞くと、毎月第一日曜日の恒例、きょうの参加者は 千五百人という。

マラソン人
写真99.2 湘南海岸の遊歩道をマラソンする人々。

私はすでに、この遊歩道を何回もハイキングした。2002年から3年間にわたり 朝日新聞の神奈川版には毎週木曜日、読者からの推薦にもとづく「私の散歩道かながわ 百選」が連載されたことがある。第1回目の2月14日版に掲載された「冬の湘南海岸」 (茅ケ崎海岸)は私が推薦したものだ。

片瀬西浜海岸
片瀬西浜海岸は江の島に近いこともあり散歩する人や観光客も多い。砂浜でビーチ バレーボールなどの球技を楽しむ人々もある。

西浜海岸ととび
写真99.3 片瀬西浜海岸。左上はトビの写真。

護岸の歩行道の脇で、人々は弁当を広げる。所々に次のことが書かれた警告版がある。

『トビに注意! 食べ物をねらって、後ろから飛びかかってきます。するどいツメで、 けがをすることがあります。ご注意ください。』

この海岸で、時々私も昼食のおむすびを食べる。一度だけトビに襲われたことがある。 空から急降下で食べ物を掴み、あっという間に去ってしまった。それ以後、 襲われないような食べ方は、他人とL字型に並ぶか、あるいは、横に衝立状の物が ある場所で食べること。トビは真正面からは襲ってこられない。

なぜなら、飛行しながら食べ物を掴んだ後は向きを変えられず同じルートのまま飛び 去らなければならないからである。

写真99.3の左上隅にはトビの写真を挿入してある。近くを高速で飛行するトビの撮影 は難しい。ファインダーでトビを追い、シャッターを何度も押そうと試みた瞬間の 一枚である。

この海岸には平和の像があり、次のように書かれている。

『未来を象徴する筋肉たくましい若人が 高くあげた拳に平和の鳩を受け止め 希望の 空を見つめています。この台上に仰ぎ見る平和の像は 日中戦争から太平洋戦争へと  長い戦争経験した藤沢市民と藤沢市によって 昭和四十年三月に建てられました。 明治以来国の礎になった英霊を顕彰し 戦争の悲惨と不幸を 再び繰り返しては ならないという悲願がこめられています。』

平和の塔
写真99.4 片瀬西浜海岸の平和の像、背後は江の島。

資料によれば、日中戦争と太平洋戦争による日本国民の死者は三百万人である。 いかに悲惨な戦であったか。

湘南海岸では大磯、平塚。茅ヶ崎、片瀬西浜の順にサーフィンする人数が増えてくる。 顔が日焼けで黒くなった男女たちである。

サーフィンする人
写真99.5  サーフィンを楽しむ人々、背後は江の島。

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