M45.気象観測所の周辺環境を守る-津山1

著者:近藤純正
温暖化などの気候変動を監視する観測所は、気象庁の気象観測所約1,300 のうち、20か所ほどが必要である。しかし近年、多くの観測所の周辺環境は 悪化し、気候監視が危うくなってきている。気候監視では、通常の防災気象 よりも、はるかに高い精度の観測を行わねばならず、それに適した観測所は、 現在、室戸岬など数か所しか存在していない。
岡山県内陸の旧津山測候所(現在、津山特別地域気象観測所)の周辺には、 40年余り前に植樹された桜200本余が成長し、そのうち20本ほどが、 気象観測に大きな影響を及ぼすようになった。しかし植樹し、長年手入れ作業 を続けてきた住民に、気候監視の重要性が理解され、桜20本ほどの伐採に よって環境が改善されることとなり、津山観測所は内陸では日本一の環境 となる。桜の伐採は残念なことであるが、観測所の周辺環境保全を選んだ 津山市民の物語は後世に伝えていかねばならぬ。 (完成:2009年10月7日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと

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   目次
	45.1 はしがき
	45.2 桜の成長と気象観測への影響
	45.3 具体的な環境整備案
      (1)桜の伐採
      (2)旧庁舎・宿舎の跡地の利用
	45.4 住民への説得
	45.5 事態は解決の方向へ


45.1 はしがき

地球温暖化など気候変動の実態把握と将来予測のためには、正しい気象を 観測しなければならない。しかし、予算と人員の削減により測候所は 廃止・無人化され、観測露場の周囲は余剰地として財務局に返還され、 売却が進められ、観測所としての周辺環境は悪化の方向にある。 これは筆者が2004年以来、各地の気象観測所を見て回り、昔からの環境変化 について聞き取り調査や、詳細な資料解析を行った結果から判明したことで ある。

このことを気象庁・気象台はじめ各地におけるセミナー・講演会で訴えて いるが、気象庁が環境保全の行動を起こすのはかなり先のことであろう。 将来では、現在の社会的要請にこたえられない。温暖化など気候監視の態勢 は緊急に整備すべき問題なので、筆者は気象庁に先立って、特に重要な気象 観測所が設置されている市町村の首長・住民に訴え、観測所の周辺環境を 守っていただくようお願いしている。いま急がなければ、重要な観測所の 周辺環境はこの数年の間に悪化してしまい、取り返しがつかなくなる恐れが あるからである。

防災気象を目的とする観測所は、環境が悪化すれば移転してもよいが、 気候監視の観測所は移転すると、長年蓄積してきた貴重なデータが断絶し、 目的が果せなくなる。気象庁では防災目的と気候監視の観測所の区別ができて いないことが対応を遅らせている。筆者による観測所の区別はできている ので、参考になるはずだ。

ここでは、すべての気象観測所ではなく、数少ない気候監視目的の観測所 を対象としている。そのうちの青森県日本海沿岸の深浦と岡山県内陸の 津山については、環境整備を急がねばならない気候監視目的の観測所である。

本章は、岡山県内陸の旧津山測候所(現在、津山特別地域気象観測所) 周辺の環境が住民の理解と協力によって改善されていく経過を記録した ものである。

45.2 桜の成長と気象観測への影響

津山測候所は1943年(昭和18年)1月1日に創設された。ここは津山城の 東側を流れる吉井川の支流・宮川を隔てた丹後山の頂上(標高は145.7m) にあり、周囲には住宅などは無く、北側に竹林、西側は崖となり、南側の 傾斜のゆるい斜面には畑が広がり、自然環境は昔からほとんど変わっていない。 観測所のまわりには車1台が通れる程度の道路が一周している。

観測所からの見晴らしはよく、向かいの津山城址公園の山と、眼下の市街地 が一望できる。測候所は2002年3月1日無人化され、現在は津山特別地域気象 観測所と呼ばれるようになった。創設以来67年間にわたり貴重な観測データ が蓄積されてきた。

ところが2007年の初めに、津山観測所における観測データを解析してみると、 最近の20~30年間の風速は年々減少する傾向にあり、気温は周辺の観測所に 比べて上昇し過ぎの異常が見られた。すなわち、(1)年平均風速は1970年 以前の2.3m/sに対して、2000年代には1.55m/sとなり33%の減少、 (2)風速10m/s以上の強風日数は1960年代には年間50日前後あったが、 2000年代にはわずか2日程度に減少、(3)年平均気温は周辺に比べて 0.4℃も上昇している。

各地において調べてきた筆者の経験からすると、この異常の原因として、 津山における主風向の北西~南西側に樹木が成長し、邪魔になっているので はないかと想像できる。このことを資料と共に岡山地方気象台に問い合わせた ところ、「樹木等は観測に影響していない」との回答を得た。

2007年5月14日に現地を訪問してみると、筆者が想像した通り、観測所の 周辺一帯に桜並木が成長し、観測に影響していることが一見して理解できた。 風速計の高度が11.7mに対し、桜の先端は10mの高さまで成長している。 しばらく後でわかったことだが、各地気象台の多くの職員は、「近くの樹木が 風速計の高さを超えない限り、観測への影響はない」と考えているようだ。

5月16日、津山市危機管理室長(当時、日笠栄氏)立会いのもと、40年余り 前に桜を植樹した住民代表の連合町内会城東支部長(当時、高原恭二氏) に現場にきていただいて、気象資料を見せて、桜の成長が観測の邪魔に なっており、防災上からも気候監視の面からも伐採・剪定が必要である ことを説明した。後日、他の町内会役員とも相談された支部長から 伐採・剪定の内諾を得た。40年余前に植樹した桜は200本余であり、 そのうちの20本ほどが気象観測に影響を及ぼしている。

その翌年の2008年12月10日から今年の2009年2月16日の期間にわたり、何回も 岡山地方気象台に対し、風速の経年変化などの図表を示し、「桜の成長が 気象観測値に影響を及ぼしている」ことを説明しても理解が得られない。 気象台は、樹高が風速計高度以下である理由からなのか、観測に影響はない と主張する。

筆者が日本各地を調べた結果、津山は観測所の周りに桜さえなければ、 内陸では日本一の環境に恵まれた所にある。気候監視の重要性について 気象台が無関心ならば、筆者が津山市民の理解と協力を得て環境整備を 進めたい。

いま、温暖化防止・低炭素社会の構築が世界の政治問題であり、多くの 国民の関心ごととなっている。しかし、これと並んで気候監視の重要性は まだ多くの人びとに認識されてはいない。国民世論に訴えて、観測所の 環境悪化を防がなければならぬ。気象観測は国民・地域住民のために 行われているという信念に基づく筆者の行動である。気象庁内部でも 筆者の訴え・行動を理解してくれる者も少なくないが、表立った応援は 立場上できず、精神的応援をしてくれている。

岡山地方気象台に対し、樹木がなぜ観測に影響しないか、その根拠を尋ね ると、「気象官署観測業務便覧」に掲載されているという。その内容は、 「風向・風速計については、建物の高さの10倍以上の水平距離が必要である。 周辺の建物や樹木より高い位置に測器を設置する場合、建物、樹木の 1.3倍から1.5倍の高さが必要」とされている。

すくなくとも、樹高がこの基準を超えているにもかかわらず、 「風向・風速計の高さは基準内にある」と主張する。さらに重要なことは、 筆者が現実の観測データを示して「防災上からも問題である」と説明しても 無視する。

ここで思い出したことがある。それは、1960年5月23日午前4時過ぎ (日本時間)、南米チリ沖で大地震があり、太平洋を渡った大津波が 22時間余り後の24日未明から日本各地を襲い大災害をもたらした。 その直後、筆者は宮城県沿岸の被害状況を視察したことがある。 このチリ地震では、発生してから17時間後にハワイでは大津波があり、 その電文がハワイから日本のある官庁に届いていた。数十年も前のこと なので、記憶は正確ではないが、ある官庁の高官(故人)から聞いた話である。 そのときの担当者は津波に関する電文を無視して周知する行動をとらなかった という。日本では地震を感じなかったので、津波がくるとは考えなかった。 つまり、当時の津波襲来の基準に明記されていないので、電文を無視して しまったというのである。基準になければ、津波が現実に発生していても、 無視するという担当者がいたのだ。

チリ地震津波の襲来後、資料を調べた学者によれば、日本で感じなかった 遠地地震による同様な津波は古い記録にも残っていたという。このチリ 地震津波が契機となり、気象庁は海外で発生した巨大地震に対しても、 ハワイの太平洋津波警報センターと連携して津波警報・注意報を出すように なった。

話をもどそう。
筆者は気象台に対し、「津山市その他との相談の結果、近藤純正の費用で 邪魔になっている桜を伐採しても気象台として支障はないか」について 問い合わせたところ、「津山市民などから了解が得られて、仮に桜を 伐採することになっても、気象台としては何も問題はない」との回答を得た。

45.3 具体的な環境整備案

(1)桜の伐採
2009年1月20日、津山市危機管理課の課長・妹山滋氏と次長・久保 農夫雄氏の現場立会いのもと、中国電力KK津山営業所の尾田貴重氏と、 電力調査KK津山営業所所長代理・森本正二氏に桜が気象観測の邪魔になって いることを説明し、伐採費用の見積もりを依頼した。桜の先端部分を低く する剪定も考えたが、40年以上も経っているので、剪定してもたぶん 枯れるという。枯れて倒木すると危険である。それゆえ、根本から伐採し、 その代わりに観測の邪魔にならない場所に新しい幼木の桜か樹高が伸びない 樹木を植える案を考えた。

なお、観測所の西側には南北に電力線が、南側には東西に電力線が張られて おり、これに邪魔する桜の先端部は、中国電力KKによって時々切り落と されている。それゆえ、桜を伐採すれば、今後は毎年の枝切りはしなくても よくなるので、電力会社にとっても経費削減になる。雑木を含む19本の樹木 のうち、筆者が負担すべき桜は5本、経費は11万円余と見積もられ、残りの 14本の伐採は電力会社の負担としてもらうこととなった。電力会社は筆者の 訴え、「観測と環境整備の重要性」についてよく理解してくれた。

(2)旧庁舎・宿舎の跡地の利用
旧測候所の庁舎・宿舎の跡地(面積1670平方メートル)は、すでに 財務局に返還されており、一般入札により競売されることになっている。 だれかが応札し、高い建築物などが建てられて観測にとって環境が大きく 変わることになれば、正しい気候監視ができなくなる。

この跡地を気候監視のために残したい。本来ならば公共の公園用地として 市役所が財務局から譲渡してもらえばよかったのだが、どの市町村も財政 困難で各地の旧測候所の跡地はほとんど入手した例がない。津山市も同様 であった。

45.4 住民への説得

桜は40年余り前に津山市城東地区の住民が植樹したものであり、その後、 毎年のように住民は桜の手入れ作業を続けている。防災気象の観測と温暖化 など気候変化の監視の重要性を訴え、住民の理解と協力を得たい。

2009年2月14日、城東連合町内会役員を各戸訪問して上記のことを訴えた。 続いて、2月15日午前中に城東地区の有志による丹後山一帯の桜の手入れ の作業前に、現場にて同様の説明を行った。さらに当日の午後、作州城東屋敷 にて講演会「丹後山の桜並木と気象観測、地球温暖化の話」を開催した。 この席で、気象観測の邪魔になっている桜を伐採させていただければ、 旧測候所跡地は筆者が購入し、それをミニ公園として住民に利用していた だくことを提案した。

続いて5月23日夜、津山市コミュニテイーセンター「あいあい」にて 講演会「正しく知ろう地球温暖化」を開催した。

さらに7月13日夜、「城東むかしまちイベント打ち合わせ会議」に出席し、 連合町内会長ほか役員一同に同様のことを訴えた。

筆者は津山訪問のたびに津山市役所へ寄り、経過を報告している。 7月14日には、市長に面会したいと申し入れてきた。7月16日のこと、 津山市危機管理課の課長・妹山滋氏から、「8月24日14時から15時まで市長 と筆者・近藤の面会が可能になったので、その際の話の概要を前もって 津山市に届けるように」との連絡があり、メールにて筆者から気候監視の 重要性と桜の伐採のことを説明した資料を送付した(2009年7月16日付の津山市長 宛て文書)。

45.5 事態は解決の方向へ

2009年8月24日に津山市長・桑山博之氏と面談できたことから、事態は 一気に解決の方向へと進むことになる。この日までに、桑山市長は城東地区 連合町内会長・本多正志氏と相談し、諸々のご検討をされていたのである。 さらに、市役所主導のもと、城東地区の住民に対する「観測所周辺の環境 整備についての説明会」が9月16日に計画されていた。また、9月の定例 市議会でも観測所周辺の環境整備問題が取り上げられることとなる。

8月24日の市長・桑山博之氏との面談では、「津山市長への説明資料」 (全12ページ)を手渡して約1時間ほどかけてお願いした。 この席の同席者は、危機管理課の課長・妹山滋氏と次長・久保農夫雄氏、 総合政策室の政策参事・鈴木洋二氏と主幹・玉置晃隆氏、 公園緑地課の課長・景山昭夫氏である。

クリックして次の 「津山市長への説明資料」を参照し、プラウザの「戻る」を 押してもどってください。
津山市長への説明資料


市長との面談までには、多くの人びとのご支援があった。津山中央記念 病院長・牧山政雄氏からは、「地元の新聞社と山陽新聞支社に気象観測と 桜の問題を話してみるがよい」とコメントをいただいた。(1)これが もととなり、2月15日の講演会の状況が新聞に掲載された。 (2)この講演会に参加された酒本孝之氏(元高校教諭)が山陽新聞の 声欄に投書され、さらに教育長を通じて市長への働きかけをしていただいた。 (3)エコネットワーク津山の代表・神田寿則氏(高校教諭)が教育長への 働きかけをしていただいた。(4)5月23日開催の第2回目の講演会に参加 された市議・秋久憲司氏が後日市長に働きかけをしていただいた。 (5)市役所の方々が筆者の最初の津山訪問時からいろいろな協力をして いただいた。(6)その他多くの人びとのご理解とご支援があった。

後日のことであるが、地元在住の気象予報士・廣幡泰治氏から知らせて くれた毎日新聞9月17日地方版によれば、次のような内容が掲載されている。

「津山市:歴史的風致都市に景観生かす街作りへ」
津山市は古くからの 美作国から近世まで、美作地域の政治、文化の中心地として栄えてきた ことから、文化・歴史的な有形無形の遺産が市内に数多く残っている。 このことから津山市は金沢市をはじめとする10都市に次いで、全国で 11都市目となる国の「歴史的風致維持向上計画都市」として7月に認定 された。

津山市が以前から申請してあったことが認定されて、津山市は環境を いっそう重視する方向へと進むことになった。この動きと筆者が熱望して きた観測所周辺の環境整備が重なったのである。



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