M41.日本のバックグラウンド温暖化量と 都市昇温

著者:近藤純正
要旨:日本における地球温暖化量(都市化の影響など含まないバックグラウンド 温暖化量)が、今回はじめて明らかとなった。長期の観測資料には観測所 周辺の環境変化によって生じる影響と、観測機器・方法が昔と今で違うこと によるずれが含まれており、それらの補正を施すことによって、この結果が 得られたのである。

(1)長期的な気温変動は100年間当たり0.67℃(1881-2007年の127年間) の割合で上昇している。
(2)東北地方を中心として起こった冷夏頻発の時代(大凶作頻発時代: 1869-1884年、1902-1913年、1931-1945年、1980-1984年)の直後の年 (1887年、1913年、1946年、1988年)に平均気温が0.4~1.2℃ほどジャンプ している。この気温ジャンプは高緯度ほど大きい。
(3)太陽黒点周期(10~11年)と相関関係にある気温変動があり、高緯度ほど この傾向が顕著に現れ、黒点数の多い年と少ない年の平均気温の差は約0.5℃ である。

このバックグラウンド温暖化量の経年変化をもとに、日本各地の91都市に ついて、都市化によって起きる気温上昇の経年変化を求めた。

(4)ほとんどの都市では戦後まもなく、1950年ころから都市化 の影響が現れはじめ、経済の高度成長期の1960―1980年に気温上昇率が大きく なったが、北海道では少し遅れる傾向にある。
(5)東京と横浜は1923年の関東大震災のあとで、すでに都市化の影響が 現れはじめている。戦災のなかった京都でも戦前から都市化の影響がある。
(6)2000年時点の都市化による温暖化量は、最大の東京で約2.0℃、都道府 県庁所在都市の平均は1.0℃であり、これらはこの100年間の地球温暖化量 (バックグラウンド温暖化量)の大きさを越えている。他の中都市平均値 では0.5℃である。

気象観測所の周辺環境はますます悪化しており、このまま放置すると 気候変動の監視が危ぶまれる。この現状と気候変動監視の重要性を国民 世論に訴えたい。(完成:2008年6月1日、追加:9月20日―アルベドと地球の 温度の関係の注)

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	目次
	41.1 はしがき
	41.2 地球の気候のなりたち
		地球の温度
		地球の反射率の重要性
		温室効果
		温暖化問題
	41.3 気候変動の実態
		気温の観測
		日だまり効果
	41.4 バックグラウンド温暖化量
	41.5 都市の昇温
		東京、横浜、京都
		県庁所在都市と中都市
		高知(都市再開発の例)
		全国分布
	あとがき
	参考書

41.1 はしがき

いま地球温暖化と都市の昇温(ヒートアイランド現象)が大きな社会・政治 問題となっている。

地球温暖化と都市の昇温の実態を示す前に、最初に次節(41.2節)では地球の 気候はどのようにして成り立ち、温室効果の働きは何か、気候変化を起こす 原理について学ぶことにしよう。 これらは本ホームページの「7.地球温暖化の話」 「M19.温暖化と都市緑化(講演)」 で説明してきたので、ここでは要点を復習することにしよう。

続いて41.3節では、正確な気温観測は難しく、いろいろな補正を施すことに よって、はじめて気候変動の実態がわかることを説明する。観測所のごく 近くの環境変化が気象の観測値に敏感に反映されるので、筆者はこの5年間に わたり、各地の観測所を見てまわり、年配者から聞き取り調査を行うなどして、 昔からの環境変化を知り、適切な補正を施すことができた。

この章の内容は「研究の指針」の 「K40.基準34地点による日本の温暖化量」と、 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」、および 「K42.都市気温と環境の短期的な変化」を一般向けに要約して解説 したものである。

41.2 地球の気候のなりたち

(1)地球の温度
地球の温度について世界平均値で考えると、地表面付近で15℃程度、上空では マイナス50℃ほどに低くなっている。これら地表面と大気全体の温度を平均 するとマイナス19℃程度となる。この温度は何によって決まるか?

答えは、太陽からくる放射のエネルギーと地球の反射率(アルベド)に よって決まる。

図41.1は地球が太陽放射を受けたとき温度が何度になるかを考える模式図で ある。

地球上には雲があり、また氷で覆われた地域や砂漠などがあり、太陽エネル ギーの30%は反射されている。したがって残りの70%が地球に取り込ま れる。 すると、地球の昼夜・全面積で平均すると1平方メートル当たり238ワット (=340×0.7)のエネルギーを正味取り込んでいることになる。

注: 地球大気の上端における太陽放射のエネルギーは1平方メートル 当たり1360ワットである。地球の半径を a としたとき、断面積πa の4倍が地球の全表面積であるので、1360ワットの 1/4、つまり340ワットが 地球表面積の単位面積1平方メートルに入るエネルギーとなる。

1平方メートル当たり太陽エネルギーが正味238ワット注がれていれば、 「平衡になる地球の温度」は-19℃ となる。この値は大気と地球表面を平均した温度を意味する。 宇宙から地球を観測すると、実際に-19℃が得られる。

太陽エネルギーの30%を反射する地球の温度
図41.1 太陽エネルギーの30%を反射する場合の地球の温度の説明図 (「7.地球温暖化の話」の図7.4に同じ)。

上述の「平衡になる地球の温度」の意味を説明しておこう。 地球は太陽エネルギーを受けると温度が上昇していくが、地球自体は その温度に応じた長波放射(目に見えない波長の長い赤外放射)を宇宙に 向かって放出する。地球から238ワットを放出すれば平衡になるわけで、 その温度が-19℃というわけである。

長波放射量は温度が-19℃なら1平方メートル当たり238ワット、5℃ なら340ワット、20℃なら419ワット、120℃なら1360ワット 放出する。

地球の温度は地上付近で15℃程度、上空では-50℃程度であるので、 平均すれば、ちょうど-19℃となり、計算どうりになっている。

(2)地球の反射率(アルベド)の重要性
地球の反射率(アルベド)は人工衛星による観測から平均的に30%である ことが知られているので、上の計算ではその値を用いて地球の平均温度 (有効温度)を計算した。

もし、地球の反射が大きくなり、地球に取り込まれる 正味の日射量が1%だけ少なくなれば、 地球の平均温度は0.6℃低くなってしまう。0.6℃はこの100年間当たりの 地球温暖化の割合に匹敵する大きさである。地球の気候はアルベドによって 大きく変わることになる。

砂漠の緑化、森林伐採による砂漠化、大気や海洋の汚染、雲量の変化は地球の 反射率(アルベド)を大きく変える。近年、人為的に地球の表面は改変されて おり、この問題にも二酸化炭素問題と同様に注意する必要がある。 アルベドのわずかな変化は簡単に起きてしまいそうな値である。 ここで注意すべきは、数十年、100年後の地球の気候が計算によって予測 されているのだが、アルベドのわずかな変化は予測不可能である。 このことから、計算による将来予測はかなり不確かであることが理解できる。



(注)アルベドと地球の温度の関係:
地球の反射が大きくなり、地球に取り込まれる 正味の日射量が1%変化したときの地球の温度 (地球の平均温度、地上の気温、地表面温度など)がどうなるかについて、 詳しい説明は章末に掲げた参考書「身近な気象の科学」のp.8を参照のこと。 なお、その要点は次の「アルベドと地球の温度」を参照のこと。

クリックして次の 「アルベドと地球の温度」を参照し、プラウザの「戻る」を 押してもどってください。
アルベドと地球の温度


(3)温室効果
先ほどの計算では、地球の平均温度は-19℃となった。しかし、地球の表面 付近ではそれよりも高温になっている。これはなぜか?

それは温室効果によるものである。温室効果はビニールハウスなど温室と 同じような原理で地球の地上付近の気温が高くなることから付けられた 呼び名である。

温室効果を起こす気体のことを温室効果ガスと呼ぶ。
大気は、大部分が窒素と酸素とアルゴンからなる。水蒸気は0.5%、二酸化 炭素は0.03~0.04%程度、そのほか微量のオゾン、メタン、フロン、亜酸化 窒素なども温室効果ガスである。

(4)温暖化問題
これら温室効果ガス、特に水蒸気が大気中に含まれているおかげで、私たち 地球の動植物は適度な温度で生存できているのである。二酸化炭素 は悪者のように言われているが、適当に無くてはならぬ成分である。

ただ急激に増えすぎることが問題である。50年、100年の短期間に気候が変わり、 海面が上昇したり、地域によっては食糧生産ができなくなると、その対応が 間に合わないことが問題である。これが地球温暖化問題である。

先ほど説明したように、温室効果ガスが増えると温室効果は地上付近の気温を より上昇させる作用をもつ。一方、温室効果がより効くようになると、 高層大気の温度は、逆に低下する。

温室ガスが増えると
図41.2 温室効果ガスが増えた場合の下層と高層大気の温度変化を説明する放射 エネルギー(日射と長波放射)の模式図。黄色の矢印は地球に取り込まれる 太陽からの放射(日射)、青色矢印は低温の高層大気が出す長波放射、 右端のオレンジ矢印は高温の地表面・下層大気が出す長波放射を表わす (「M19.温暖化と都市緑化(講演)」 の図19.8に同じ)。

地球へ入るエネルギーが一定である限り、出て行く放射エネルギーと バランスしなければならない。下層大気の温度が上昇すれば高層大気の 温度は低くならねばバランスしないのである。

地球の気候はエネルギー収支の微妙なバランスのもとに成り立っている。

41.3 気候変動の実態

気候変動は気温、降水量、風速、日射量などさまざまな要素が相互の関係を もって変動することである。気温に比べて風速など他の要素の変動は大きく、 また観測の精度が低く、統計上難しい面もあり、ここでは気温にのみ焦点を 合わせて説明する。

気温は、二酸化炭素の増加による温暖化のほか、観測所周辺の都市化に よる影響、その他さまざまな原因による変動が複雑に混ざり観測値として 得られている。それゆえ、二酸化炭素の増加による温暖化量を 観測データから正確に求めることは容易ではない。

多くの場合、こうした吟味もなしに統計されたデータが温暖化の実態だと して発表されている。温暖化問題が大きな社会・政治問題となった現在、 より正しい実態を知る必要がでてきた。それを気候の将来予測にも役立て なければならない。

(1)気温の観測
もっとも簡単な気象要素の気温といえども、気候変動の解析で要求される 0.1℃の精度で求めることは容易ではない。その理由として、厳しい気候条件 下や日射が強い自然状態において観測が難しいこと、観測機器と1日の観測 回数が時代によって変更されてきたことがある。

気温の観測は、1970年代までは芝生が植えられた観測露場に設置された 百葉箱の中のガラス棒状温度計で行われてきたが、最近では百葉箱外の 通風筒内に電気抵抗線式温度計を入れて、遠隔的に測られるように なった。昔の百葉箱内の気温は、日射が強い微風日の最高気温は1℃程度 高めに観測されている。年平均気温では約0.1℃高めである。

図41.3(a)は観測露場に設置された百葉箱と通風筒の写真、図41.3(b)は 百葉箱と通風筒を近くから撮影した写真である。

寿都観測露場
図41.3(a) 北海道の寿都測候所の観測露場。ほぼ中央に使用しなくなった 百葉箱(白色塗装)、その右方に気温・湿度測定用の通風筒がある。 露場内には手入れされた芝生が生えている(「身近な気象」の 「M21.温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.5に 同じ)。

百葉箱と通風筒
図41.3(b) 気温センサーを入れる百葉箱(左)と通風筒(右) (「身近な気象」の 「M21.温暖化と都市緑化(Q&A)」の図21.6に同じ)。
百葉箱は1970年代まで使用されており、この中にガラス棒状の温度計が 設置されている(この百葉箱は網走地方気象台で使われていたもの)。 右側に示す通風筒の中には電気抵抗線式温度計が取り付けてあり、通風筒の 上部にあるファンモータで外気を下方から吸引する。外気を強制的に吸引しな いと、空気がよどみ、気温は日中高めに夜間は低めに観測される。

1日の観測回数は3回(6時、14時、22時)、4回、6回、8回などさまざまで あった。現在の毎正時24回観測から算定される日平均気温を基準とすれば、 3回観測の平均値は0.1~0.3℃ほど低め(南中時刻つまり東経・西経の関数) となる。気候変動の解析では、これらの誤差を補正しなければならない。

最近、多くの測候所は無人化されて、呼び名も「特別地域気象観測所」と なった。この数年内には、全測候所は廃止・無人化される。

建前上は、無人化しても観測所は十分な管理が行われるはずだが、実際に 現地に行ってみると、それまで養生されてきた、きれいな芝生の露場には 雑草が生い茂り、あるいは生垣など樹木が成長し観測値に影響が出ている ところもある。

さらに、気象庁の判断による”不要な敷地”は財務省に返却され、安い値段で 売りに出されているところもある。気候変動の観測に適したあちこちの田舎 にある測候所の敷地を売っても、わずか数億円にしかならない。

大都市内に設置されている気象台はやむを得ないとしても、田舎にある 測候所でも観測環境は年々悪化している。 もともと、測候所が創設された明治時代~昭和初期には、観測露場は 「周りが開けたところに600平方メートルの広さを持ち、その周辺には背丈 の高い樹木や住宅など無いこと」が基準とされてきた。これは、気象観測は できるだけ広範囲を代表する気象を観測することが目的であるからである。

最近では露場のごく近くの環境が大きく変化し、ごくローカルな、10~100m 程度の水平スケールの微気象を測る観測所も増えてきている。 昔の気象観測は使命感をもって行われ、日本は外国に劣らない品質の 高いデータを得てきたのだが、最近は全部ではないが、何の目的で気象 観測をしているのか不明の観測所もあり、近くにある樹木の成長・繁茂 状態を監視しているような所もある。筆者がそれを指摘してはじめて 気づき、すぐに改善される観測所もあるが、まだ放置のままの観測所 もある。これは担当者しだいである。

こういうことで、インターネット上で公開されている気象資料は品質の チェックなしでは利用できない。年平均気温について0.1℃の精度で 資料解析することは非常に難しい仕事である。 もちろんのこと、天気予報などでは0.5~1℃の精度であれば十分なので、 通常のデータ利用なら品質チェックは不要である。

(2)日だまり効果
「日だまり効果」は筆者が本ホームページで使用をはじめた用語である。 都市化による気温上昇と違い、田舎であっても観測露場の風当たりが悪化 すると、日だまりができて、日中の気温が著しく上昇し、夜間は逆に 放射冷却によって低温になる。日中の気温上昇が大きく、日平均気温や 年平均気温が0.3~0.5℃程度高温になる。 実際には周辺道路の舗装など都市化も加わり年平均値で気温が0.5~1℃ほど 高くなる観測所がある。

こうした日だまり効果は1970年頃から目立つようになってきた。田舎の場合、 里山では樹木が周期的に場所を変えながら伐採され、燃料(薪や炭)として 利用されてきた。

いわゆる「燃料革命」により、灯油が普及し、薪や炭の生産が衰退し里山は 放置され樹木が生い茂ることとなった。こうした社会的変化により、近くに 林がある田舎の測候所では平均気温の観測値を上昇させる「日だまり効果」 が現れるようになった。

ほかに、観測所の周辺に新しい建物ができて風通しが悪化すると日だまり効果 が現れるようになる。日だまり効果は気候変動の実態をみる上で大きな誤差 となる。

図41.4は岡山県津山測候所(現在無人)から西方向を撮影した写真である。 桜並木は市民によって1963~65年に植えられたもので、現在は樹齢が40年余 りになる。

植樹した市民に対して、気象資料が異常になっていることを図で示し、 この桜並木が観測の邪魔になっていることを説明すると、上に伸びた部分は 剪定・伐採してもよいとの許可を得た。あとは気象台の対応しだいである。

津山西方向
図41.4 津山観測所露場の北側から撮影した西方向の写真、 写真2枚を横に合成したため多少の歪みがある。左端に新測風塔が写っている。 正面に写っている桜の10本余りが従来の卓越風(西~北西の風)を弱めている。 新測風塔になった2006年以後も西と北北西の風を弱める方向に 桜があるが、北西風の狭い範囲の風向に対しては桜の隙間を吹いてくること になる。左に見えるフェンスの中に気温観測用の露場がある。フェンスの右 側の舗装された広場は、撮影日には敷地売り出用の看板はなかったが、 やがて売りに出される可能性がある。ここにアパートかマンションが建つと 観測に影響を及ぼすことになる (「写真の記録」の「66.岡山県の 津山測候所」の図66.3に同じ)。

資料解析の結果、露場の気温観測点の地面から樹高を見上げる角度が 6°(露場面からの高さ÷樹木までの水平距離=5m/50m=0.1)を越える ようになると日だまり効果が現れる。

津山の場合、1985~2000年の間に日だまり効果によって年平均気温が0.4℃ も上昇した。

こうした日だまり効果は伊豆半島先端の石廊崎測候所(現在無人)など、 各地で生じており、それらを補正してはじめて、地球温暖化量(都市化など を含まないバックグラウンド温暖化量)が得られたのである。

41.4 バックグラウンド温暖化量

図41.5は、この100年余の平均気温の経年変化である。気温が上昇する時代、 下降する時代、変化の少ない時代があるが50年以上~100年間の長期的な気温 は100年間当たり0.5~0.8℃程度(期間の選び方によって変わる)で上昇して いる。

図に示した気温は、日だまり効果(都市化も含む)や観測法の変更による 誤差を補正した値が用いられている。

結果の(1)として、直線近似したときの100年間当たりの平均の気温上昇率は、

平均の気温上昇率=0.67℃/100y・・・・・・・1881~2007年(127年間)

である。

全34地点の気温変動
図41.5 筆者が選定した気候変動観測所の全34地点平均の気温(日だまり 効果、都市化による影響、観測法の変更による補正済み)の経年変化、 各プロットは毎年の値、緑四角印は5年移動平均値、赤線はわかり易く入れた 長期的な変動傾向、薄オレンジ直線は1881-2007年間の直線近似である。 赤矢印は気温ジャンプの年、薄い青色の縦帯は東北地方で冷夏による大凶作が 頻発した時代を示す(「研究の指針」の 「K40.基準34地点による日本の温暖化量」の図40.3に同じ)。

その他の特徴は次の通りである。
(2)東北地方を中心として起こった冷夏頻発の時代(図中の薄い青色の縦帯= 大凶作頻発時代:1869-1884年、1902-1913年、1931-1945年、1980-1984年) の直後に平均気温が0.4~1.2℃ほどジャンプ している。赤矢印がジャンプの 起きた1887年、1913年、1946年、1988年である。図には示さないが、 この気温ジャンプは高緯度ほど大きい。

(3)太陽黒点は10~11年の周期で変化しているのだが、これと相関関係にある 気温変動が生じており、高緯度ほどこの傾向が顕著で、黒点数の多い年と 少ない年の平均気温の差は約0.5℃である。

黒点周期との関係について、次の図41.6から見ることにしよう。
図では、黒点周期との関係がもっとも顕著に現われる北海道(青プロット)と、 顕著でない西日本(赤プロット)における気温の経年変動(ただしプロットは 5年移動平均値)を比較した。

100年間の長期的な温暖化速度は、北海道でも西日本でもほとんど同じだが、 10~30年程度の短期的には、北海道で(図示していないが北日本ほど) 変動が大きく、気温の下がり方が大きいことがわかる。

図41.7は太陽の黒点数の経年変化である。この図を参照しながら図41.6を 眺めてみよう。

地域ごと気温変動2
図41.6 北海道と西日本における気温の経年変化、ただし1915-1940年の平均 気温を基準のゼロとして図示、プロットは5年移動平均(「研究の指針」の 「K40.基準34地点による日本の温暖化量」の 図40.4(b)に同じ)。
黒点数
図41.7 太陽の黒点相対数の経年変化( 「K40.基準34地点による日本の温暖化量」の図40.6の下段に同じ)。

近年120年余において、黒点数のピークは12回あり、そのうち、ピーク時に 北海道で高温の年は1892年、xx、1918年、1928年、1938年、1948年、1959年、 xx、xx、1990年、xx、の7回である( xx は対応しない年を意味する)。

1910~1950年代の気温変動は黒点周期とよく対応し、 相関係数は約0.7であるのだが、全期間の相関係数は0.3以下で小さい。 つまり、気温変動は黒点周期と少しだけ関係するが、ある40~50年間ほどの 期間をみれば、両者は同じように上下変動することがある。

これは、エルニーニョと日本の気候の関係に似ており、ある期間には相関 関係があり長期予報は当たることもあるがそうでないこともある。 このように気候変動は、いろいろな現象がからみ合って起こる複雑な現象 である。

ここで話は前後するが、火山噴火と気温下降の関係を説明しておこう。

噴煙が成層圏まで吹き上げられるような、世界的な大規模噴火はときには 起こる。最近の例では、1991年6月15日、フィリッピンのピナツボ火山が噴火 し、その2年後に大冷夏となり平成の大凶作(平成5年、1993年)となった。 コメ不足となり、コメを買う人々がスーパーに行列をつくった。

図41.8は宮城県金華山における夏3ヶ月平均気温の経年変化である。大規模 噴火の直後の年は黒印でプロットしてあるように、平均気温が1~3℃も 低下している。

金華山の気温偏差
図41.8 近年165年間の6~8月の気温偏差の年々変動。ただし、天保年間 は「天候日記」の資料に基づき推定、1882~1991年は金華山灯台の資料、 1992年以降は石巻測候所の資料に基づく(「3.気候変動と人々の暮らしー 歴史資料に学ぶー」の図3.6に同じ)。 (「地表面に近い大気の科学」 (東京大学出版会)、図9.3 より転載)

火山の大噴火があると、その直後の3年間のうち少なくとも1回は東北地方で 大冷夏となる確率が90%以上と高い。江戸時代までさかのぼって調べた、 冷夏による凶作の歴史、その他は 「3.気候変動と人々の暮らしー歴史資料に学ぶー」 の章に掲載してある。

太陽の黒点数や火山噴火との関係をみたが、そのほか大気・海洋中で 生じるさまざまな過程と絡み合って気候変動が生じており、二酸化炭素の増加 による直接的な気温上昇は、それらと混ざって起きている。

それゆえ、二酸化炭素の増加による気候変動は50年、100年という長い時間を かけて起きるものであり、10年程度の短期間に気温の上昇があったからと いって、それをただちに温暖化と結び付けてはならない。動植物の異常など 他の原因で生じている現象を”温暖化による”ものだと結論づける風潮がある が、これで重大な他の原因を見逃している可能性がある。

たとえば、植物が汚染物質によって死滅した場合や、サンゴが陸地からの 土砂流出により被害を受けた場合、”温暖化”によるものだとして真の 原因を隠してしまうことがないように慎重な検討が必要である。 生態系は自然にゆっくりと変化(遷移)していくものであり、そこに人の手 が入ると数年のうちに変化が起きる。また、陸地の乱開発が海にも影響を 及ぼすのである。

一方、はじめの41.2節「地球の気候のなりたち」で説明したように、地球のアルベド (反射率)は気候を決める非常に重要な要因である。たとえば、北極・南極域 を覆う白い氷雪面積が少なくなると、地球の反射は減少し、太陽エネルギーは より多く吸収され、地球の温度は上昇することになる。これが、さらに氷雪 域を狭め気温は上昇することになる(これはフィードバック過程と呼ば れている)。これは二酸化炭素の増加による直接的な気温上昇に比べ、 もっと短期間に生じ得るので、危険で注意すべき現象である。

こうして起きる気候変動は北極・南極域だけで終わるのではなく、世界中にすぐ 広がっていくので、日本でも十分に気候変動を監視していかねばならない。

41.5 都市の昇温

近年の都市では、上で述べた地球温暖化とはまったく別の原因で気温が上昇 している。いわゆる都市化による影響である。植生地の減少、道路の舗装化、 人工廃熱の増加、建物の高層化による放射の吸収量の増加、などによって 起きる気温上昇である。

今回はじめてバックグラウンド温暖化量が求められたので、これを基準に 各都市の都市化による気温上昇を知ることができる。

東京、横浜、京都
東京が最大の都市であり、都市化による気温上昇(バックグラウンドによる 気温上昇を含まない気温上昇)が時代によってどう変わってきたかを最初に 示しておこう。

図41.9は東京における気温(プロット)と都市温暖化量(赤曲線)の経年 変化である。縦軸のゼロから赤曲線までの高さが都市温暖化量である。その 赤曲線と気温(小さい青印と5年移動平均の緑四角印)の縦軸の差が都市化 を含まないバックグラウンドの気候変化である。

東京における気温上昇のうち、その大部分に相当する約2℃(2000年)が 都市化によるものである。

東京の気温
図41.9 東京における気温と都市温暖化量の経年変化(「研究の指針」の 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」 の図41.3に同じ)。
青点:気温の年々変動(1910~25年の平均気温13.91℃を基準)
緑四角印:気温の5年移動平均
赤曲線:都市温暖化量(1910~1925年の平均をゼロと定義)

注目すべきは、1923年9月1日の関東大震災で東京の大半が焼失し、その後 約10年間に急速に都市化が進み気温上昇が生じたことである。

1940年代は太平洋戦争の開始と空襲による焼失で都市の発展は停滞 したことがわかる。

1950年ころから戦後の復興が見え始め、1960~1980年に 都市温暖化量が大きい傾斜で増加している。この時代は東京オリンピックの 開催、東海道新幹線の開通、経済の高度成長期である。

横浜については、東京にやや遅れながらもほぼ同じように関東大震災後に 都市化の影響が現れはじめ、1940年以後は東京の値の約60%の都市 温暖化量が続いている。

京都は戦災に遭わなかった関係なのか、東京、横浜と同様に戦前から 都市化の影響が見られ、東京の70%前後の都市温暖化量が続いている。

県庁所在都市と中都市
図41.10は都道府県庁所在の34都市平均の都市温暖化量の経年変化である。 これらの多くの都市では、1950年以後に都市化が進んだ。この図では、滋賀県大津 には気象台はなく彦根にあり、千葉、静岡、奈良、富山、鳥取、松江、山口 の気象台・測候所は創設が新しく除外してある。彦根は次の中都市に含まれ ている。熊谷には県庁はないが、都道府県庁所在都市に含めてある。

県庁所在都市の都市温暖化
図41.10 都道府県庁所在都市(34都市)平均の都市温暖化量の経年変化、 ただし、1950年頃以後の移転による気温の不連続が大きい都市と、 観測所創設が遅れた都市は除く( 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の図41.8に同じ)。

気温上昇の傾向は、経済の高度成長期に急激になっており、その後、 緩やかな傾斜で上昇が続いている。2000年における都市温暖化量の平均値は 1.0℃である。この1.0℃はバックグラウンド温暖化量よりも大きい。つまり、 県庁所在都市では、バックグラウンド温暖化量の2倍以上の昇温 が生じていることになる。

東京など大都市や県庁所在都市を除く中都市について同様に調べてみると、 2000年時点における都市温暖化量の平均値は0.5℃となる。

これら都道府県庁所在都市と中都市における都市温暖化量は多数の平均値であ り、個々の都市では平均値からずれるものもある。すなわち、北海道では、 都市化の影響が多少遅れて生じており、熊谷や高松などでは、気温上昇率は 最近でも小さくならず、大きい状態が続いている。

高松では気象台は都市中心地から離れ、田畑が広がる所に設置されたが、 周辺は宅地化が進み、ごく最近は近くの道路が拡幅舗装され、都市化 が続き、田んぼはなくなってきている。

熊谷も似た傾向にあり、市街地密集域が年々気象台に近づく傾向にある。

高知(再開発の影響例)
短期間に都市再開発が行われ、数年のうちに都市温暖化が進んだ典型的な 例として高知を示そう。

当初の高知測候所(現・地方気象台)の周辺は田畑が広がる所に あったが、終戦(1945年)以後、露場周辺に住宅が建つようになり、1970年 頃には密集の状態となった。この頃までに都市温暖化量は0.5℃余になった。

高知市では1970年8月の台風10号による高潮に遭い、気象台も浸水して庁舎は 本町の合同庁舎に移転することになったが、露場のみはほぼ元と同じ敷地内 に残された。

2001~2005年、高知市東部の再開発の一環として、露場周辺の古い住宅は 解体され、新しい住宅団地の建設と道路の拡幅・舗装が行われた。 それと同時に、露場の西側にあった江ノ口東公園(これはもともと測候所の敷地) の西半分が切り取られ、露場の南側に移動した形となった。 江ノ口東公園の少し西側には拡幅された大きな都市計画道路(25~27mの はりまや町一宮線)が開通し、ビルなども建ち都市化が進んだ。

露場と周辺の詳細は「写真の記録」の「53. 高知と室戸岬の観測所」、および「研究の指針」の 「K12.温暖化は進んでいるか(3)」 の12.3節の図12.8付近に説明されている。

図41.11は高知における気温(青点と緑四角印プロット)と都市温暖化量 (赤曲線)の経年変化である。 気温は1915-1940年の平均値からのずれを表す。赤曲線の縦軸上の大きさが 都市化による都市温暖化量、プロットと赤曲線の差がバックグラウンドの気温 変化である。

高知の気温
図41.11 高知における気温と都市温暖化量の経年変化(「研究の指針」の 「都市気温と環境の短期的変化」の 図42.1に同じ)。
青点:気温の年々変動(1915~40年の平均気温15.48℃を基準)
緑四角印:気温の5年移動平均
赤曲線:都市温暖化量(1915~1940年の平均をゼロと定義)

都市温暖化量は、1950~1970年の住宅密集化と一致して増加し、1975 年~2000年はゆるやかになっている。1940年から2000年までの 都市温暖化量は0.89℃である。

2001~2005年の都市再開発による急速な都市化(舗装道路の面積拡大、ビル の増加)によって短期間に約0.3℃の急上昇が生じている。

JR高知駅の北側~観測露場にかけて、今後数年間はまだ建物が増えると 予想されるので、都市温暖化量がどこで落ち着くかに注目していたい。

全国分布
図41.12は2000年時点における都市温暖化量の分布図である。2000年の値とは、 1993-2007年の15年間移動平均の意味である。都市温暖化量が1.4℃以上の地点 (赤丸印)は東京、千葉、鹿児島の3都市、46都市が0.7~1.4℃(黄色)で ある。

これら49都市(91地点中の過半数)における気温上昇はバックグラウンド温暖化 量と合わせれば、気温は0.7℃の2倍以上の1.4~3℃も高温になったことを意味 する。

都市温暖化2000年地図
図41.12 都市温暖化量の分布地図(2000年)、都市温暖化量の大きさにより 記号分けしてある(「研究の指針」の 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の図41.2に同じ)。
白・・・・0.3℃以下、青・・・・0.3℃以上、黄・・・・0.7℃以上、赤・・・・1.4℃以上
都市温暖化量=0.7℃の地点では、これにバックグラウンドの気温上昇 (0.7℃/100年)が加わり、実際の気温は昔より1.4℃の上昇である。

図示した91都市のほか、ここに図示していない16地点(田舎を含む)の 合計107地点をまとめると、2000年時点における都市温暖化量(日だまり効果 を含む)は次のように整理される。

赤色、3都市(1.4℃以上の都市):
東京、千葉、鹿児島

黄色、46都市(0.7℃以上、1.4℃未満の都市):
旭川、帯広、札幌、青森、仙台、秋田、酒田、横浜、熊谷、宇都宮、前橋、 つくば、小名浜、甲府、静岡、三島、新潟、名古屋、岐阜、京都、大阪、 神戸、姫路、松本、高山、津、和歌山、金沢、福井、敦賀、徳島、高松、 高知、松山、岡山、広島、山口、米子、下関、福岡、大分、宮崎、都城、 熊本、長崎、那覇

青色、33都市(0.3℃以上、0.7℃未満の都市):
釧路、網走、羽幌、江差、函館、石巻、八戸、盛岡、福島、山形、水戸、 富山、長野、飯田、高田、彦根、浜松、尾鷲、潮岬、奈良、輪島、豊岡、 鳥取、多度津、宇和島、松江、境、浜田、枕崎、阿久根、佐賀、厳原、 石垣島

白色、9都市(0.3℃以下の都市):
北見枝幸、稚内、小樽、白河、銚子、勝浦、御前崎、平戸、名瀬

図示していない地点、7地点(0.2~0.6℃)
相川、伏木、日光(奥日光)、津山、洲本、土佐清水、石廊崎

図示していない地点、9地点(0.1℃以下)
寿都、根室、浦河、室蘭、深浦、宮古、金華山、室戸岬、屋久島

なお、各都市について1930年から2000年までの10年ごとの都市化による気温 上昇量の一覧表は「研究の指針」の 「K41.都市の温暖化量、全国91都市」の最後の表41.2に掲載されている。

あとがき

気温は、地球温暖化によるものや都市化によるものなど、さまざまな要因が 重なっており、どれだけが地球温暖化によるものか正確にはわかっていない。 今回はじめて、日本における地球温暖化量と都市化による昇温量の値が それぞれ明らかとなった。

地球温暖化量(バックグラウンド温暖化量)は、おもに田舎における 農業生産や生態系に影響する気候変化そのものである。そのため、長期に わたって正確な監視を続けていくことが重要である。

ところが多くの観測所の周辺環境は悪化しており、気候変動の監視が危ぶま れる状態にある。現在、観測所の無人化・自動化の方向は観測精度を落とす ことはないとしても、管理が不十分になると気候変動の解析に必要な精度は 落ちてしまう。環境重視の国民世論の理解のもとに観測体制の充実が 望まれる。

一方、都市には多くの人口が生活しており、生活環境としての都市気候が どのような状態にあるかを知ることも重要である。都市化による気温上昇 が大きくなると、冷房などのエネルギー消費が増え、二酸化炭素の排出量も 増えるという悪循環が生じるので、エネルギー消費の少なくてよい快適な 都市住環境をつくらなければならない。

ここでは91都市について都市化による昇温量の経年変化が明らかになった。 この解析結果をさらに利用した、都市構造との関係を詳細に調べる仕事が ある。都市昇温(ヒートアイランド)と市街地面積、植生地など土地 利用形態との関連のほか、さらに一歩進めて、市街地の密集度・配置・組み 合わせなど詳細な都市構造・周辺の地形との関係、さらに都市域が周辺の 広域に及ぼす影響を明らかにしなければならない。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、189pp.



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