K55.日だまり効果の試験地と観測方法


著者:近藤 純正
日だまり効果とは、周辺の樹木の成長や建築物ができたことで風速が弱まり、 地上の平均気温が高くなることをいう(最高気温は上昇、最低気温は低下する)。 防風林などの風下のどの範囲まで風速の弱化が起き、平均地温・気温がどれだけ影響を 受けるか、各地で実験・観測を行う。
日だまり効果は長期的な気候変動を監視する際の誤差となる。そのほか、都市の 風通りの悪化で異常高温が増え、熱中症が増加する原因となる。またリモート センシングによる地表面温度の解析でも問題となる。さらに農地では、 古くから防風林により強風を防ぎ、地温・気温の低下を防ぐ工夫が行われてきた。 本報告はそれらに共通する「日だまり効果」の基礎的な研究を行う。本章は、その第1章 である。(完成:2011年12月18日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2011年11月5日:作成開始
2011年11月11日:詳細を加筆
2011年12月6日:直径160mmの試験皿の写真を加筆
2011年12月18日:図8、9を追加、完成


  目次
        55.1 はしがき
        55.2 過去の「日だまり効果」の結果
        55.3 測器と測定上の注意
        55.4 試験地

        55.5 風下弱風域の地表面温度の分布
        55.6 風下の容器内の水温の分布
        参考文献


55.1 はしがき

東京の皇居外苑北の丸公園に東京の新たな地上気象観測施設・露場が完成し、 2011年8月1日より試験的な運用が開始された。現露場(大手町1-3-4)における観測 と比較してみると、新露場は森林公園内にあるにもかかわらず現露場に比べて最高気温 は高めに、最低気温は低めに観測されている。これは、現露場に比べて風通しが悪く 日だまり効果によるものと考えられる。 (「K54.日だまり効果と気温:東京新露場」)。

観測所の周辺環境が変化したとき、日だまり効果によって平均気温がいくら上昇する か、観測環境の維持管理上の重要な課題である。

一方、衛星からのリモートセンシングにおいても、日中は地上風速が弱い所の地表面温度 は高温に観測される。地表面温度は、地表面の粗度、植生、アルベド、土壌の湿りなど 様々な要因で決まっており、局所的な日だまり効果による温度上昇のことも理解した上で 資料解析する必要がある。

観測地点の周辺環境は多種多様であるので、各地における日だまり効果に関する 実験・観測の資料を蓄積して、今後の参考にしていかねばならない。

55.2 過去の「日だまり効果」の結果

過去の解析結果から、日だまり効果による平均気温の上昇量を見ておこう。図55.1は 風速の弱化と日だまり効果による年平均気温の上昇の関係である(近藤、2010;2011)。

風速と日だまり効果
図55.1 風速の変化と日だまり効果による気温上昇の関係.
四角印は樹木の成長により日だまり効果が生じたと考えられる地点,丸印は日だまり 効果に都市化の影響も含む可能性のある地点を示す( 近藤(2010;2011)、あるいは「研究の指針」の「K45.気温観測 の補正と正しい地球温暖化量」の図45.6に同じ; 「K46.日本における温暖化と気温の正確な観測」の図46.1に同じ).

図の横軸は観測所の測風塔(高度=10~20m程度)における年平均風速であり、 必ずしも露場付近の風速を十分に代表しているわけではない。風速の減少率40%に対して 年平均気温は0.2~0.4℃上昇する。

風上側に樹木が成長した場合、露場面から樹高を見上げた高度角が約6°(水平距離 50mに対して樹高が5m)を超えるとき、日だまり効果が起きはじめる。 これがおおよその目安である。

これを今後の研究から明確にする必要がある。

55.3 測器と測定上の注意

軽量小型の微風速計が多数あれば、それを用いて風速の空間分布を測定すればよい。 ここでは多数の風速計がなく、簡単な測器だけで日だまり効果を研究する場合について、 その方法を示すものである。

放射温度計
風速は変動が大きいので、簡易放射温度計を用いて地表面温度の水平分布を観測する。 放射温度計(エー・アンド・ディ、AD-5617)は1980円の安価な品、長さ=86mm、 円筒形の直径=17mm、視野角は距離100mmに対し対象物の直径=100mmである。 応答時間=1秒(90%)、分解能=0.2℃、絶対精度は高くないが、地表面温度の 空間分布の相対誤差は、実際に使用してみると±0.2℃程度と思われる。

この放射温度計は、対象物間との間に含まれる水蒸気などによる吸収・射出の影響を 大きく受けるので、測定は対象物(地面)から50mm以内の距離 で観測する。 その際、被測定域に日陰ができないよう注意し、水平方向に0.1m程度動かしながら 空間平均の地表面温度を測定する。(後述するように、放射計に水面からの反射除けを 取り付けて試験容器の水温を測る場合、水温は短時間には変化しないので、水面に 日陰ができてもよい。)

水蒸気量にも依存するが、放射温度計と対象物の距離が1mのとき、指示温度は対象物 の温度と気温のほぼ中間の温度を示す。

上記放射計(AD-5617)以外の高性能の放射温度計を用いる場合は、その都度明記する。

熱線風速計
輸入販売元の(株)エムケー・サイエンティフィク(横浜市)の熱線風速計DT-8880 を利用するが、他の種類の風速計を使用する場合は、その都度明記する。

DT-8880は軽量・安価・小型(電池含み280g、35,000円、210mm×75mm×50mm)、 プローブ(伸縮式)の長さは、手に持つプローブグリップを含み、310mm (最大に伸ばしたとき、940mm)。薄板状の風速受感部は5mm×2mmである。 そのため、弱いながらも方向特性を持つので、風速の時間変動のある野外での測定では 注意のこと。手に持って測るときは、変動する風向に受感部を絶えず向けるよう にする。 気温も同時に測れるが、放射シェルターはなく野外では気温に大きな誤差が生じる ことに注意のこと。

正確な気温はファンモータ付き通風式温度計で観測する。アスマン通風式 乾湿計を用いる場合は、気温を10~60分間連続して30秒ごとに読み取り観測する。

天空遮蔽率と地温測定点
樹木等の風を遮る物体がない場合、平坦地における下向き大気放射量は天空のあらゆる 方向(方位角、天頂角)から地表面の水平面に入射する長波放射量の総量である。 図55.2は観測例であり、下向き放射量の天頂角依存性を表している。

天頂方向は大気上端までの距離が短く、長波放射量は少ないが、天頂角の増加とともに 長波放射量は増加し、90°(水平方向)は無限に近い距離となり地上気温 T の黒体 放射量σTに近づく。

大気放射量の天頂角依存性
図55.2 リンケ‐ホイッスナー放射計によって観測された快晴夜間の下向放射量 (長波放射量)の例。
図中の右縦軸に付けた矢印はこのときの地上気温6.8℃に相当する黒体放射量、θは 天頂角である。この例では下向き放射量(丸印プロットで結ぶ曲線より下側の面積) は L↓=257W/m2 である。斜線部分の面積は、すり鉢状の軸対象の盆地の 中央(稜線の天頂角=60°したがって稜線の高度角=30°)で観測した場合に増える 盆地側壁からの長波放射量の増加ぶん⊿Lを表す。 (近藤編著「水環境の気象学」、図4.14(1994)より転載。)

周辺に建物や樹木などが存在する場合、長波放射量の増加ぶんの割合を遮へい率と よぶ。

図55.3は軸対象の盆地底で観測した場合の大気放射の遮へい率(縦軸)と稜線の 高度角αの関係である。ただし、盆地斜面の温度が気温 T に等しい場合である。 遮へい率が0.5は、地表面の正味放射量が平坦地の約半分で夜間の放射冷却量が約半分に なることを意味している。

放射遮へい率
図55.3 軸対象の盆地底における大気放射の遮へい率と稜線の高度角αの関係。
(近藤、1982、第6図から転載。)

図によれば、稜線の高度角が30°で遮へい率=0.2、45°で0.45となる。これは軸対象の 深い盆地の場合であり、また観測点の四方が樹木で覆われている場合に相当する。

例1:円形状の風除けを設置した場合
稜線の高度角=23°で遮へい率=0.1であるので、四方を囲む円形状の風除けを 作って実験する場合、23°以内の風除けに近い範囲では地表面温度は測定しない。

例2:直線の樹木列の場合
以下の図55.4~55.9に示すように一方向にのみ直線状に樹木列(防風林)がある場合は、 樹高の高度角が45°の地点(風下距離/樹高=1)より樹木列に近い範囲は遮へいの効果 が無視できないので地表面温度は測定せず、それ以遠の風下側を測定する。

風下距離/樹高<1の範囲では、地表面に日射が当っていても、樹木列からの大きな (天空からの放射量に比べてはるかに大きな)長波放射量があり、そのために地表面 温度が上昇するので、日だまり効果の検証には利用しない。

測定点の決定
風下距離/樹高=0.1 から 10 前後まで(風下が十分に広ければ30前後まで)の地表面 温度を測定する。あらかじめ、試験地の地表面が水平方向に均質かどうか目視によって 確かめる。 整地された運動グラウンドでも、砂が多めの場所は白っぽいが、土壌が多く湿っぽい 場所は黒っぽく見える。表面状態が似た場所を測定点とし、周辺の乾いた砂をわずか に寄せ集めて水平に均す。温度がほぼ定常になった約30分後から測定を始める。

あらかじめ決めた測定点を数回往復して地表面温度を測定する。

植生地の地表面温度測定上の注意
非接触の温度計測用に赤外線カメラ(赤外線サーモグラフィ、熱画像)が利用されて いる。これは表面温度を面的に視覚にとらえるのに便利であるが、対象とする物体に 起伏がない滑らかな表面の場合に適応が可能である。しかし、草地や森林などに覆われ た地表面温度の測定では注意が必要で、今回の目的の場合には次の理由により用いない。

野外の植物体は、大気との間で放射・顕熱・潜熱の交換が行われ、部分ごとに温度が 異なっている。例えば、日中の草地では、草の先端付近は他の部位に比べて風が強く その下部よりも低温となっている。温度の鉛直分布は時刻によって変化し、例えば 温度上昇時(朝から正午過ぎまで)には温度の極大は草の先端の少し下方に出来ており、 その上下で低温となっている。

この場合、放射温度計を鉛直真下に向けると、地面温度に重みのかかった放射温度 が観測され、斜めの適当な角度に向けると温度の極大域の温度に重みのかかった放射 温度が観測され、水平に近い角度に向けると、草の先端付近の低い温度に重みのか かった放射温度が観測される。

草地や森林地の顕熱輸送量を代表する温度は、放射温度計をどの角度に向けて測れば 最適なのか、難しい問題である。

赤外線サーモグラフィで草地の温度の水平分布を測った場合、実際の草地が水平方向に 均質であっても、画像上では、草地を見ている角度が異なるために、均質な温度分布 は現れない。

サーモグラフィを用いず、草地の狭い範囲の代表温度はどの角度で測ればよいか?

Kondo and Watanabe (1992), Yamazaki et al (1992), Matsushima and Kondo (1997) を参照し、現実の放射温度計の誤差(距離が離れるほど途中に含まれる 水蒸気などの吸収・射出の影響)も考慮して、放射温度計は鉛直方向から30°~50° 範囲で、一定の角度に向けて、地表面から一定の距離から測定する。

風速の代わりに地表面温度を測る理由
防風林など障害物によって、地面付近の風速(観測所では露場の風速)がどのような 影響を受け、その結果として「日だまり効果」で平均気温がいくら上昇するかを知る ことが本研究の最終的な目的である。そのため、防風林の風下距離と風速・気温との 関係を観測すればよいのだが、いろいろな条件の場所で長期にわたり正確な観測を行 うことは大変である。

風速や気温の時間変動は大きく、1時間~数日間の短時間に風下距離依存性を求める のは難しい。一方、地表面温度は風速の時間的平均値(10分間程度)によって決まる ことのほか、気温の風下距離依存性よりも1桁ほど大きい値が得られ、観測が容易で ある。

熱収支的観点からすれば、熱線風速計、温度計、黒球温度計、乾湿計による湿度計、 パン蒸発計、放射計はすべて熱収支計であり、測定原理が共通している。地表面温度 も同様である。したがって、この原理を理解して測れば、地表面温度やパン蒸発計 (水温、蒸発量)を用いて風速を推定することができる。つまり、地表面温度の風下 距離依存性から風速の風下距離依存性を知ることができる。

55.4 試験地

試験地1:苗木畑の風下の田圃
神奈川県平塚市の市街域の北方を通る東海道新幹線の北側には田圃が広がっている。 田圃の中に、高さ1mの苗木畑があり、田圃面から測った樹高は2.4mである。 複数の苗木列は北西から南東の方向に植えられており、北東風のとき、苗木畑の 風下側の田圃上に風の弱い範囲ができる。

この植木畑を防風林とみなせば、樹高(田んぼ面より高い畑の 高さも含む)=2.4m、幅=17m、長さ=54mである。幅17mに樹列はもとは21列 あったが、風上寄りの2~5列(平均3列)の苗木は移されて無い状態になっている。

平塚入部の苗木畑
図55.4 平塚市入部(東海道新幹線の北側、金目川の西側)の田圃の中に つくられた苗木畑。
田圃の地表面からの苗木の樹高までの平均的な高さ=2.4m (畑は田圃より1m高く、苗木の樹高=1.1~1.7m)、風が苗木畑から手前に向かって 吹くとき(北東風のとき)田圃の地表面温度を観測する(2011年11月4日撮影)。 撮影地点の後方、南西側500mは田圃が広がり、後方右手500mに東海道新幹線が北東 から南西方向に延びている。

苗木列
図55.5 平塚市入部の苗木の状態(苗木の樹高=1.1~1.7m)。 風が写真の右から左方向に吹くとき(北東風のとき)地表面温度を観測する。 南東から北西方向を撮影(2011年11月4日)。

試験地2:湘南海岸公園の防風林風下のグラウンド
相模湾に面した湘南海岸には、江ノ島から大磯にかけて海岸に平行な松の防風林が 東西に延びている。平塚の湘南海岸公園付近の防風林の幅は100m余あり、その中間の やや海岸よりに国道134号線が海岸線と平行にある。

松は強風時の南風で北に傾いて生えており、公園のグラウンド 面からの鉛直の高さは平均11m、写真でもわかるように比較的よく揃っている。

海から南よりの風が吹くとき、この公園は東西に長いことなどの関係なのか、公園内の 風向は南西寄り(たまに南東寄り)になる場合がある。南西寄りになった場合には、 公園の南西隅付近からの風下距離の線に沿って風速あるいは地表面温度や試験容器内の 水温と風下距離との関係を測定する。公園の西側には広い道路が南北にあり、公園と 道路の間には松が並んで生えている(図55.7の右端に近い部分を参照)。

湘南海岸公園
図55.6 平塚市の海岸にある湘南海岸公園の裸地グラウンド。 北から南方向を撮影(松林の平均樹高は11m)。 (2011年11月5日撮影)。

湘南海岸公園芝地
図55.7 湘南海岸公園の芝地。北から南西方向を撮影、横に2枚を合成したため 多少の歪がある(2011年11月5日撮影)。

この防風林の北端から裸地グラウンドの北端までの距離130mには樹高3mほどの潅木が まばらに植えられており、167m~173mには樹高7~8m程度の松林、その北側には 幅8m(歩道を含む)の道路、その北側は太洋中学校と高浜高校のグラウンドがある。 裸地グラウンドの東側には平塚学園高校のグラウンド、その北よりに校舎がある。 湘南海岸公園の北側、400~500m範囲は学校や住宅地であり、しだいに密集住宅・市街 域となり1kmの距離には東西方向に東海道本線がある。

2011年11月5日14時ころ、太陽の位置は雲を通してわかるが日陰はできない曇天である。 グラウンドの地表面温度を測定すると、26.5℃±0.5℃の範囲で大きなばらつきは認め られなかった。風は微風であるが、防風林に近く体感的に弱い風の場所では1℃程度 高温であった。

11月5日14時の辻堂アメダスの気温=22.0℃、風速=1.4m/s、風向=南南東だが、湘南 海岸公園内の風向は南西の微風であった。辻堂アメダスは湘南海岸公園の東約9kmの 辻堂海岸公園にある。

湘南海岸では春~夏に海からの南風が吹きやすいが、秋~冬には北寄りの風が多く、 湘南海岸公園で観測できる機会は少ない。北寄りの風のときは、防風林の海側で観測 する。図55.8、55.9に示すように防風林に接してバスケット場がある。

海から見た防風林
図55.8 海側(湘南海岸公園の海側)砂浜から見た防風林、 防風林の手前にバスケット場がある(2011年12月17日撮影)。

バスケット場
図55.9 防風林海側のバスケット場、横に2枚を合成(2011年12月17日撮影)。 防風林のほうから(北から)右手の海のほうに向かって風が吹くとき、バスケット場 で風速の風下依存性を観測する(樹高の3倍の風下距離まで)。

バスケット場は海からの砂が防風林に吹き寄せられて高くなった場所を平らにして 作られたものである。コンクリート舗装のバスケット場のレベルから測った防風林の 樹高は7mであるが、その北側の防風林内は一段低くなっており、樹高そのものは 10mである。

バスケット場のレベルから測ると、その下部3mまで網が 張れてている。このバスケット場では、北寄りの風のとき、樹高7mの3倍範囲までの 風下の風速を観測する。

試験地3:平塚市の桜ヶ丘公園
桜ヶ丘公園は住宅地の中にある。上記の湘南海岸公園に比べれば、周囲の樹木の間隔 は疎である。裸地グラウンドは砂質の土壌、よく整地されている(湘南海岸公園と 同様)。

桜ヶ丘公園
図55.10 桜ヶ丘公園。北から南方向、高麗大橋への登りの坂道から撮影、 2枚を合成したため多少の歪がある。右手に一部見えるのは高麗山の裾野である (2011年11月5日撮影)。

試験地4:長野県小布施のりんご畑風下の田圃
広い田圃の中に、幅=20m、長さ=100mほどのりんご畑がある。畑は田圃より0.5m ほど高くなっており、りんご樹は5列に植えられている。ここは千曲川の東方約1.5km にあり、秋の卓越風は北北東、りんご畑に垂直の角度で吹く。田圃の地表面から 測った樹冠上端までの平均的な高さは約3.5mである。

りんご畑は防風林となり、晴天日中の風下側の田圃では風速はりんご畑に近いほど 弱く、地表面温度はりんご畑に近いほど高温になっている。

小布施りんご畑
図55.11 小布施のりんご畑。南から北北西方向を撮影(2011年11月9日撮影)。

試験地5:金沢城公園新丸広場の芝生地
信州大学の北原俊史さん(大学院修士2年生)が行っている金沢市内の金沢城公園 新丸広場を紹介する。

金沢城公園1
図55.12 金沢城公園新丸広場(撮影2011年7月11日、信州大学の北原俊史氏 による)。

金沢城公園2
図55.13 金沢城公園新丸広場、パノラマ(撮影2011年7月11日、信州大学の 北原俊史氏による)。

この公園の樹木列の方から芝生の広場に向かって風が吹くとき、芝生地の地表面温度と 広場に配置した直径160mmの試験容器(後述)の水温が風下距離とともにどのように 変化するかを観測する。樹木列に近い場所ほど風速が弱く、地表面温度と試験容器の 水温は高くなる。

試験地6:東京白金台の自然教育園
東京白金台の自然教育園は大部分が森林に覆われている。林床に日射が入り込み観測に 適当な「開けた場所」は、沼のある水生植物園と武蔵野植物園と旧事務棟跡である。

この公園のほぼ中央にある小高い丘に建てられた観測タワーでは気温の鉛直分布のほか、地上 高度20mで風速が観測されている。周辺の平均樹高=14mである。この高度20m(樹冠 上6m)の風を基準として、園内の開けた場所の地上風速を表すことにする。

自然教育園水生
図55.14 自然教育園内の水生植物園、横に3枚を合成(撮影2011年11月22日)。

自然教育園武蔵野
図55.15 自然教育園内の武蔵野植物園、横に3枚を合成(撮影2011年11月22日)。

自然教育園のタワーの風速と気象庁の風速(北の丸公園内の科学技術館屋上)を風向別 に調べた結果は別の章で説明する(「研究の指針」の 「K56. 風の解析-防風林などの風速低減域」の第2章を参照)。

55.5 風下弱風域の地表面温度の分布

地表面の状態(粗度、湿りなど)が水平方向にほぼ均一な場合については、地表面 温度と風下距離との関係を測定し、地面付近の風速が防風林によってどのような影響 を受けるかを知ることができる。

55.6 風下の容器内の水温の分布

地表面温度は地上風速のほか、土壌の水分量や地表面のアルベドなどの違いにより、 場所によって異なる。そのため、日だまり効果による風速の弱化で地表面温度が 上昇しているかどうか、判別が難しい場合がある。

試験地の地表面条件(湿り具合、粗度、など)が0.1m~1mスケールの場所場所で変化 している場合、地表面温度の水平分布が風速分布を表すわけではない。このような場合 には、水を入れた容器を数個配置し、それらの水温分布を測れば、 風速の水平分布を知ることができる。

円形容器の寸法は、直径=50~300mm、深さ=15~50mm程度が適当である。 5個~10個作るのだが、直径が小さいと、どれも同じ状態に作ることが難しいので、 大きい直径のものが望ましい。小さい容器のもう一つの欠点は、熱交換速度が大きく なり、水温の風速依存性が小さくなり、風速の推定が難しくなる。

注1:水温・気温差の風速依存性
「水環境の気象学」の図6.3(上図)を参照すると、交換速度が大きくなると、 水温・気温差は一定値(湿度に依存)に漸近する。それは、無限小サイズの乾湿計定数 が一定値のB=0.667 hPaK-1 になることを意味する(同書p.138)。 下記の注2と注4も参照のこと。

注2:蒸発量から風速を推定する方法
実験の作業が多くなるが、水を入れた容器からの蒸発量も1時間ごとに電子天秤で測定 すれば、水温の風速依存性が小さい範囲でも蒸発量は交換速度にほぼ比例して増加する ので、風速の推定は容易になる(「水環境の気象学」の図6.3下図を参照)。

実際の地面が非一様で温度むらがあり、底からの熱伝導の影響を受け難くするために、 試験容器の底と側壁を通して出入りする伝導熱がおおまかに無視できるように、底と 側壁に断熱材を用いる。容器に深さ10~30mmの水を入れ、水面が風に十分触れるよう にする。 試験地の状態により、例えば地面からの高さが0.1~0.5mほどの台の上に試験容器を 設置する。

今回、廃物のガラス瓶の蓋(鉄、直径=70mm、深さ=15mm)を利用して試験容器 を8個作製した。底に厚さ10mmのゴム製円板を当て、側壁に発砲ポリスチレン製 の断熱みす汁カップの口の部分を使用した(図55.16)

70mm容器
図55.16 水温を測る容器の組み立てと設置方法の説明。
左図:ビンの蓋(直径70mm、深さ15mm)とゴム台(厚さ=10mm)、 および重ねてビニールテープで接着。
右図:左列は「鉢:コルティポット4号、0.5リットル、高さ=90mm」 (ポリプロピレン)、「みそ汁カップ」(発砲ポリスチレン)、ゴム台付き容器。 右端は鉢の台に載せた試験容器。

160mm容器
図55.17 水温を測る試験容器、直径160mm(信州大学北原俊史氏製作)。
左図:右は黒く塗装した植木鉢の受け皿(直径160mm、深さ20mm)、左は受け皿の 側壁・底面を被う断熱部(厚さ=5~10mm)。
右図:試験容器の仕上がり。

水面の薄層(10μm程度)には「スキン層」と呼ばれ、その下層の水温より0.2~0.5℃ 程度低温である(Kondo et al., 1979)。放射温度計で測る水温はこの低温層の 「表皮水温」である。測定誤差を小さくするために、円形容器の内面は黒色塗装とし、日中の容器内の水の中では対流が生じるように工夫して おく。

風下距離/樹高=1、2、・・・・の地点に設置した試験容器の水温 が風下距離とともにどのように変化するかを観測することで、風速の水平分布を求める。 水は熱容量が大きいので、水温は5分~30分間程度(水深などに依存)の平均風速を 記憶するので都合がよい。

水面は長波放射(熱放射)に対しても黒体でなく、大気からの下向き放射を反射する。 通常、晴天時の大気からの 下向き放射量は、気温より数十℃低い温度からの黒体放射量に相当するので、放射 温度計で測定した水面温度は実際の温度より数℃も低温である。天空放射は図55.2で 示したような角度分布をもち、かつ反射率は角度に大きく依存する。

これらによる水温の測定誤差を小さくするために、図55.18に示すような放射除けを 放射温度計に取り付けて、真下に向けて水温を測る。

放射温度計による水面温度を測定する際に注意すべきことがらは、「身近な気象」の 「M60.地上観測」の60.6節の図60.5も参照の こと。

ただし、水温の風下依存性を測る今回の測定では、水温の相対値がわかればよいので、 水温測定時に行う水の攪拌は不要である(水温の絶対値の誤差 は、表皮水温が0.2~0.5℃低いことで生じる)。

放射温度計
図55.18 水面反射による測定誤差を小さくする放射除けと放射温度計。
左図:放射除けと簡易の放射温度計(外径=17mm、長さ=86mm)。
右図:放射除けを取り付けた簡易の放射温度計。水面に垂直、距離は30mm以内で 測定する。

断熱材を伝わる伝導熱を無視した簡単な熱収支式を解いて得られる、試験容器内の水温 の計算値と実測値の比較から、高度0.5m付近の地上風速の空間分布を推定 することができる。

注3:水の代わりに土壌を入れた場合
試験容器内に水の代わりに土壌を入れた場合、土壌の厚さが20mm程度より大きい場合 は、土壌面温度の正確な熱収支計算は面倒であるので(Kondo et al, 1992; Kondo and Xu, 1997)、ここでは簡単化して平衡状態にあるとした近似計算で十分 であろう。

注4:試験容器の大きさ
ここでは試験容器の直径として70mmと160mmの2種類を示した。大きいほうがよいか、 小さいほうがよいか?
小さい容器は持ち運びに便利である。大きい容器は、風速の水温や蒸発速度に対する 敏感度が大きいので、持ち運びの不便さとの兼ね合いで、作ることを決めればよい。 風速に対する敏感度の特徴は「水環境の気象学」の図6.3に示されており、交換速度ChUが小さい 範囲で敏感度が大きい。ChUが非常に大きくなると、水温・気温差は一定値に収束する。 物体の大きさ(試験容器の大きさ)が小さいほどChは大きくなる。

参考文献

近藤純正、1982:複雑地形における夜間冷却ー研究の指針ー.天気、29、935-949.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学ー地表面の水収支・熱収支ー.朝倉書店、 pp.359.

近藤純正,2010:日本における温暖化と気温の正確な観測.伝熱,Vol.49,No.208,58-67.

近藤純正、2011:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、(印刷中).

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