K50.放射冷却量予測の簡便法(概要)


著者:近藤 純正
夜間の放射冷却量を夕方の気温と湿度から簡単な図を用いて予測する。放射冷却量は天気、 季節、地域、地形などに依存し、これらを考慮している。 この章では簡便法の概要と基礎的なことを説明する。簡便法に用いる具体的な図表の作成方法は 次の章「放射冷却量予測の簡便法(津山)」で説明する。 (完成:2011年2月2日)

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更新の記録
2011年1月18日:図の一部を掲載
2011年2月2日:完成

  目次
        50.1 はしがき
        50.2 想定する地域と条件
             大気放射量を推定する空間スケール
               地表層の熱的パラメータの空間スケール
               地域の一般風速の空間スケール
               予測する最低気温と作物など地物温度との差
               系統的誤差は熱的パラメータに含める
        50.3 冷却量予測の原理
               概要
               夕方の有効放射量
               放射最大冷却量
               曇天夜の冷却量
               風が吹く夜の冷却量
        50.4 補足的な事項
               気象要素の急変
               凍結の影響
               霧
	参考文献


50.1 はしがき

気象予報士向けに行った勉強会(2011年1月8日開催の講演会)の数日後、気象予報士・廣幡泰治氏 から「農家向けに簡単にできる翌朝の最低気温の予測法」について問い合わせがあった。 ちょうど昨年の勉強会(2010年2月28日)で放射冷却量の予測式をパソコンで解く演習も行ってあり、 タイミングがよかった。パソコンで計算したその予測式を簡単な図表に作成すればよいわけである。 計算プログラムでは、与える条件は気温と湿度と冷却時間、および地表層の熱的パラメータ (熱容量と熱伝導率の積)である。

最近では農家もパソコンを使い、農地で毎日1回観測する最高・最低気温のデータ整理ができる ので、各農家に対して冷却量予測の簡便法利用の手ほどきしてあげれば、農家にとって有益となろう。

農家は長い経験から、“あすの朝は霜が降りそうだ”と直感的に予測している。この章で説明する 簡便法は、そうした直感的な予測の理解に役立ち、手助けになるだろう。

図50.1は静岡県の茶畑で発生した凍霜害の分布図である。東海道新幹線の土手の高さは約10mあり、 この北側に被害域が集中している。この地図の範囲内は谷地形になっており、南ほど標高が低く なっている。

牧之原台地霜害分布
図50.1 静岡県牧之原台地茶畑の凍霜害分布、2001年4月23日朝の調査。 (横山容子、2002年度都立大学理学研究科修士論文より転載)

夜間に発生する冷気の流れを土手がせき止め北側には冷気湖ができ、標高の低い南側の茶畑では ほとんど霜害はないのに、冷気湖内に被害域が集中している。この被害分布図から、夜間の冷却量 は数100mスケールの範囲内でも違うことが推定できる。

図50.2は福島県の吾妻小富士で観測された晴天夜間の気温断面図である。ここは直径が約450mの 完全な盆地(旧噴火口)である。盆地の深さは80mあり、気温は尾根で20℃にあるのに対し、 盆地の底では13℃の低温である。他の多くの盆地について夜間の気温分布を測ってみると、 盆地の直径が数十kmあっても、気温分布図はこの図と相似である (「地表面に近い大気の科学」の図6.15、図6.16を参照)。

吾妻湖富士の冷気湖
図50.2 小さな盆地、吾妻小富士で観測された夜間の気温断面図。 (「身近な気象」の「2.放射冷却と盆地冷却」の図2.7から転載。)

これらの実例から、夜間の放射冷却量は場所によって大きく異なり、地点ごとの冷却量を知ることが 重要となる。最近では、パソコンによる計算は可能であり、いろいろな試みがされているが、 個々の農家にとってはパソコンによらない簡便法がより実用的であろう。

この簡便法に必要な気象資料は、その地域の代表的な気象観測所(特別地域気象観測所:旧測候所) における夕方の気温と湿度、天気、風速である。後掲の図7によって夜間冷却量を求める。 この図は地域、平地か山地などの地形や、夜の長さ(季節)によって異なる。図7の縦軸は 「微風快晴夜の放射冷却量 DT」である。冷却量は夕方の有効放射量(σT0 -L0)に比例する。

有効放射量は雲があるときは少なくなるので、曇天夜の場合、上層雲・中層雲・下層雲かによって 図50.8の縦軸から「快晴夜に対する冷却量の比 Kc」を読み取る。

この図で想定している厚霧は、霧の層が十分に厚く雲水総量が雲のそれに匹敵する値 (0.3mm=0.3kg/m以上)で日射を殆んど透過せず、また大気 放射の窓領域(波長8~13μm) の射出率が概略0.8(雲水総量>0.02kg/m=0.02mm)以上あるような場合である (「地表面に近い大気の科学)p.58-p.61、図2.17と図2.18」。

さらに、一般風の風速(大気境界層上端の風速:地域の代表風速) Uh から図50.10または図50.11に よって、Uh=0(微風夜)のときの縦軸に示す冷却量に対する「風あり時」の冷却量の比、つまり 「微風夜に対する冷却量の比 Ku」を読み取り、次式によって各農地の地上気温の冷却量を予測する。

冷却量=DT×Kc×Ku

以上が気温予測の流れである。

ここでは、岡山県内陸の秋~春を想定する。この地域には、津山観測所(津山特別地域気象観測所) がある。津山観測所は高台にあり、ごく局所的な影響は少なく、この地域の気象を代表する。

津山周辺での冷却量予測の簡便法が、他の地域でも活用されるようになれば、全国ネット組織を つくり情報交換が行われるようになるだろう。

50.2 想定する地域と条件

岡山県内陸の秋~春の降霜期を対象とし、夕方の気温は5℃~25℃の範囲とする。おもに晴天夜を 想定し、あらゆる気象条件について予測を行うのではない。厚い下層雲で完全に覆われた夜や、 降雨・降雪・厚霧が続く夜、あるいは強風が続く夜の気温低下量は数℃以内であるので、 ここでは予測する必要はないだろう。

防霜対策の作業のことを考慮して、日没前30分を夕方(初期時刻)とする。この夕方の定義は、 すでに筆者らが1980年代に各地について試みた冷却量の解析から明らかにしたように、初期時刻の 基準として適当である。

夕方から翌朝の最低気温までの時間を「冷却時間」、その間の気温下降量を「冷却量」 と定義する。冷却量はおもに次に要素によって決まる。

(1)夕方の有効放射量:(σT4-L)
(2)夜間の長さ:t (秋~冬は14時間、t=3600秒×14;冬~春は12.5時間、t=3600秒×12.5)
(3)地表層(積雪があるときは積雪)の熱的パラメータ:Cgρgλg
(4)放射最大可能冷却量:DTmax
(5)夜間の天気(快晴、上層雲、中層雲、下層雲、降雨・降雪・厚霧)による係数:Kc
(6)地域の一般風速(高度1kmの風速)Uh による冷却量の減少を表す係数:Ku
(7)地形(平地、盆地、斜面など含む山地)
(8)その他(凍結の影響や天気の急変、霧の発生などは最後の節で考察する)

ここに、Lは夕方の大気放射量である。夕方の気温 Tと地表面 温度 Tsが一致するとき、夕方の有効放射量は夕方の正味放射量 Rn に等しい。夜間の天気が一定ならば、有効放射量はほぼ一定であるのに対し、正味放射量は 地表面温度の低下と共に大きく変化し、小さくなることに注意のこと。

大気放射量を推定する空間スケール:
放射冷却量の予測に必要な夕方の有効放射量 (夕方の正味放射量にほぼ等しい)は、地域の代表地点における夕方の気温と湿度を用いて推定する。 大気放射量は、大気の下層に重みづけした対流圏内の水蒸気量と気温に依存するので、推定された 有効放射量は水平スケール20~30kmの範囲を代表すると見なしてよいだろう。

地表層の熱的パラメータの空間スケール:
風の弱い夜間を想定すると、下層の空気塊がひと晩に 移動する距離は10km以内であり、地表面の影響を受けながら対象地点に来るまでには10kmの 範囲の地表層の平均的な熱的パラメータに支配される。近傍の地表面ほど影響が大きいので、 2km以内に重みづけした値が重要となる。この値は、あらかじめ観測された微風晴天夜の 冷却量から推定することができる。

地域の一般風速の空間スケール:
下層大気の影響を受けていない高度約1km(900hPa面) の風速 Uh を一般風速として用いる。この風速は約100kmの空間スケールを代表すると見なされる。 近くに高層気象観測所がない場合、風速 Uh は周辺の高層気象観測所またはウインド プロファイラ観測所の数地点のデータから内挿する。

予測する最低気温と作物など地物温度との差:
畑作物など地物の温度や地表面温度は、 予測された地上気温をもとに推定できる。夜間の気温と地表面(地物、作物葉面)温度の差は 1~8℃あり、地面付近の風速などの気象条件と地物の種類(大きさ:つまり熱交換係数)に依存する。 この章では地上気温を予測することが主題であり、補足として気温と地表面(地物)温度の差に ついては次の図50.3で説明する。

温度鉛直分布模式図
図50.3 放射冷却による地温鉛直分布の模式図。左:実際の気温鉛直分布と地温鉛直分布、 右:理論的な計算の場合の地温変化。

図50.3は夕方から朝までの気温と地温の変化を示す模式図である。右図は放射冷却による理論的な 地温変化を想定するもので、夕方は鉛直方向に等温な初期条件(t=0)と朝方の地温分布である。 夕方から時間t までの地表面温度下降量を「冷却量」とする。この冷却量は地表層の熱的パラメータ に依存する。現実の地上気温は地表面温度の下降にしたがって低下していく。地表面温度と気温の 冷却速度は夜間の時間帯によって異なり、夕方の地表面の冷却は急激であるのに対し、気温の冷却 速度はそれほど急激ではない。しかし、ひと晩の冷却量は高い相関関係にある。この高い相関関係 を利用して、気温の冷却量を地表面温度の冷却量の理論式から推定するものである。

つまり、地温は通常は観測していないので、冷却量は地上気温の朝までの下降量で代用する。 地表層の熱的パラメータは、予測地点の周辺数km範囲の平均的な熱的パラメータによって 支配されるので、観測された微風晴天夜の気温の冷却量から、周辺の実効的な熱的パラメータを 求めることができる。このようにして求めた熱的パラメータは、上記の諸々の誤差を含むので、 「見掛け上の熱的パラメータ」となる。見掛け上とは言え、冷却量の予測では重要なパラメータ である。

系統的誤差は熱的パラメータに含める:
放射量の推定、その他の系統的な誤差は季節によっても 変わる。これら諸々の誤差は冷却量に系統的な誤差として現れるが、ここでは簡便法を用いる際に、 地表層の熱的パラメータに含めることにする。そうすることが、簡便法の特徴でもある。

50.3 冷却量予測の原理

概要:移流の効果が小さい夜間の地上気温は、周辺一帯の地表面温度によって決まるので、放射冷却による 地表面温度の予測原理を用いる。この原理に基づいて予測した冷却量に対して、雲の影響、風速の 影響、等々を補正していく。天気や風速が夜半に急変した場合や霧が発生した場合、あるいは 地表面温度が氷点下となり、地表層が凍結の潜熱の影響が現れる場合は章末で考察する。

現実の気温は乱流的に変動しており、最低気温の予測はピタリと当たるわけではない。長波放射量 の推定による冷却量の誤差や、複雑な地形における気象要素の代表性などの問題もあるので、 気温の予測値と実測値の誤差の標準偏差が±1~1.5℃程度であれば、この簡便法は成功と見なして よいだろう。あらかじめ最高・最低気温の観測資料があれば、数10~数100mの範囲ごとに冷却量 予測が可能である。

夕方の有効放射量:
夜間の放射冷却量は夕方の有効放射量(σT-L≒夕方の 正味放射量 Rn)に比例する。夕方の大気放射量L は地域を代表する 地点・津山観測所の夕方の気温と湿度から推定する。

大気放射量は、地上から大気上端までの水蒸気量と気温の鉛直分布に依存し、特殊な気温・湿度の 鉛直分布でないかぎり、有効水蒸気量 w*TOP(可降水量より約20%小さい)と 日平均気温の関数で表される。

w*TOPの代用値として夕方の水蒸気圧 e を用いて 大気放射量を求める際の e の目盛りを図50.4の横軸に並列して示した。各曲線を表す式は 「地表面に近い大気の科学」の式(2.33~2.37)を参照のこと。

大気放射量と水蒸気量
図50.4 大気放射量と有効水蒸気量との関係。図の下に地上の日平均 水蒸気圧の概略値の目盛も入れてある。緑色の縦線は、日平均気温が 日平均地表面温度に等しいときの、地表面における正味放射量の日平均値 にほぼ等しい。 (地表面に近い大気の科学、図2.23、より転載;「研究の指針」の 「基礎3:地表面の熱収支と気象」の図3.6に同じ)

日々の条件や地域によって、 w*TOP と e の関係は変化するが、応用に際しては 図50.4の横軸に併記した w*TOP と e の関係を仮定する。さらに、日平均の 気温と水蒸気圧の代用値として夕方の気温と水蒸気圧(または相対湿度)を使う。

図50.4の縦軸は大気放射量を地上気温に対する黒体放射量で割り算した値 (L/ σT)であるので、有効放射量(σT -L) は図中の矢印で表した長さに相当する。

以上の計算によって求めた夕方の有効放射量を図50.5に示した。パラメータは夕方の相対湿度である。 気温と湿度の代用値を用いたことによる有効放射量の推定誤差は±5~10 W/m程度で あろう。

夕方の気温と正味放射量
図50.5 夕方の気温と有効放射量の関係、パラメータは相対湿度(日本の各地で利用可能)。

注意:簡便法では、夕方の気温と湿度を代用して推定する有効放射量を用い、地表層の 見掛けの熱的パラメータを決め、その熱的パラメータを用いて冷却量予測の図(図50.7)を作成する。 したがって、この図を用いる際には、いつも夕方の気温と湿度を用いる必要がある。ところが、 日平均の気温と水蒸気圧を用いるほうが、より正確な有効放射量が求められるものと考えて、 地点ごとに一旦作成された冷却量予測の図(図50.7)に利用すれば、却って大きな誤差を生む ことになる。つまり利用に際して、図50.7を作成したときの条件(夕方の条件)と同じ条件 (夕方の条件)を用いなければならない。

放射最大冷却量:
冷却量は放射最大冷却量に比例する(夕方の有効放射量に比例することと同等)。この放射最大 冷却量は、夕方の有効放射量と気温により次のように表される(水環境の気象学、式6.63;地表面 に近い大気の科学、式4.6)。

DTmax=T-TRAD=T-(L/σ) 1/4
≒(σT-L)/4σT
≒(T/4)[1-(L/σT)]
≒(T/4)(Rn/σT

ここに、σ(=5.67×10-8 W m-2K-4): ステファン・ボルツマン定数、L:夕方の下向きの大気放射量、TRAD: 夜間の時間が十分に長く続き正味放射量がゼロになったときの極限の地表面温度である。

図50.6は夕方の気温と湿度から推定される放射最大冷却量である。同様に図50.7は冷却量、ただし 冷却時間=14時間、熱的パラメータ=1×106Js-1K-2 M-4の場合である。

放射最大冷却量
図50.6 放射最大冷却量と夕方の気温の関係、パラメータは相対湿度(日本の各地で利用可能)。

冷却量1e6
図50.7 夕方の気温と冷却量の関係、パラメータは相対湿度。
地表層の熱的パラメータ=1×10Js-1 K-2m-4、冷却時間=14時間の場合。

曇天夜の冷却量: 雲があるときは図50.4で示したように、有効放射量が小さくなるので、冷却量は快晴夜より小さく なる。図50.8は快晴夜に対する冷却量の比である。

雲の効果比率
図50.8 快晴夜の冷却量に対する曇天夜の冷却量の比。上層雲で一面に覆われた夜の冷却量は 快晴夜の0.66倍、天空の半分が上層雲で覆われた夜は(1+0.66)/2=0.83倍の補正を行う。

図50.8によれば、上層雲で一面に覆われた夜の冷却量は快晴夜の0.66倍である。雲量が5であれば、 (1+0.66)/2=0.83倍ということになる。

図50.9は地表層の熱的パラメータによる地表面の冷却量の違いを示している。破線は平地を示す。 実線は斜面や山頂など冷却が始まると移流が生じ、大気から地表面に顕熱(場合により蒸発・結露 による潜熱も含む)が与えられるようになり、冷却は弱められることを示している。

冷却の時間変化
図50.9 地表面冷却量の時間変化の斜面(実線)と平地(破線)の比較。 (地表面に近い大気の科学、図6.12、より転載)

風が吹く夜の冷却量:
図50.10は上空1kmの風速 Uh と冷却量の関係で、盆地と平地と山地を比較してある。風が吹くと 大気から地表面に顕熱(場合により蒸発・結露による潜熱も含む)が与えられ、冷却量は 風速 Uh とともに小さくなる。

冷却量と一般風速の関係
図50.10 冷却量(縦軸)と上空の風速(横軸)との関係。 実線:平地、B:盆地、M:山地。(近藤(1982)より転載)

冷却量と風速逆数との関係
図50.11 放射最大冷却量で割り算した夜間の冷却量(縦軸)と風速 Uh の逆数(横軸)との 関係。 上:浪江(福島)、下:古川(宮城)。(近藤・森(1982)より転載)

図50.11は横軸に上空1kmの風速 Uh の逆数をとり縦軸に無次元冷却量をプロットした関係である。 縦軸は放射最大冷却量に対する冷却量の比である。横軸の右に延長した縦軸の値は風速ゼロのときの 無次元冷却量を表し、地表層の熱的パラメータの関数となる。この無次元冷却量は係数 b で表され、 冷却量の観測から求められるので、地域の平均的な熱的 パラメータを知ることができる。次章の「放射冷却量予測の簡便法(津山)」では、津山につい の簡便法の図が作られる。

図50.11のプロットに当てはめた曲線の傾きは地点ごとに異なる係数 a で表される。 a は地点ごとに、上空の一般風が冷却量に及ぼす効果が違うことを意味しており、地形など諸々の 効果を含んでいる。

縦軸の無次元冷却量=b×tannh(a/Uh)

1980年代に、すでに筆者らはアメダス68地点(山形県20地点、宮城県19地点、福島県の29地点) について係数 b とa を求めた。この決定には、快晴夜17日ぶんの解析資料を用いた (近藤・森、1982)。

ほかに山地や盆地の13地点についても冷却量と一般風速との関係を調べた (森・近藤、1984;近藤ほか、1983)。

50.4 補足的な事項

気象要素の急変: 風が夜半に急変し、微風状態から風が吹くようになった場合、冷却量は夕方から風が続いた場合の 冷却量に近づく。その例を図50.12に示した。

風が吹くときの冷却曲線
図50.12 途中から風が吹き始めたときの地表面の冷却曲線(模式図)。 (「身近な気象」の「2.放射冷却と 盆地冷却」の図2.6に同じ)

曇天が夜半に急に快晴になった場合、冷却時間は約半分になるが、快晴になると温度の下降は 急激に起こるので、冷却量は快晴夜の70~80%程度に近づく。

凍結の影響: 大気と地表面間で交換される顕熱と潜熱(降霜、結露)の影響は、風がある夜に大きく、その分 だけ冷却量は弱められる。この効果は冷却量と一般風速 Uh の関係で表される「微風晴天夜に対する 冷却量の比 Ku」に含まれる(図50.10、図50.11)。ただし、大気の乾・湿によっては夜間にも蒸発が 生じることもあるので、これは Ku のばらつきとして現れる。ばらつきを小さくするために、 やや詳細な計算では湿度の条件も含めるが、ここでは簡便法のために、それは行わない。

仮に付近一帯が水面の場合、地表面温度(水温)が氷点になれば、凍結の潜熱が解放されるように なり、地表面温度の下降速度は鈍る。つまり、正味放射量の大部分が凍結の潜熱と大気放射量をバランスする ようになる(「研究の指針」の「K47.氷結量の熱収支解析」 を参照のこと)。

その場合、気温が氷点下になり、風があれば大気から地表面への顕熱輸送が大きくなり、 この分も凍結の潜熱として費やされるので、凍結量は一層大きくなる。

地表面層は多少とも水分を含み、水面ほどではなくても、凍結の潜熱の効果によって地表面温度の 下降速度は鈍くなる。これは周辺一帯の作物・地物の状況(季節)により変わる。

凍結が起こるような条件では、降霜も起こりやすい。水の単位質量当たりの潜熱は次の値である。

蒸発の潜熱(結露時は発生):l=2.50×10 J/kg
氷の融解の潜熱(凍結時は発生):l=0.334×10 J/kg
氷の昇華の潜熱(降霜時は発生):l=l+l=2.834×10 J/kg

水が地表面に広がった場合、面積1m当たりの水1kg は1mmの厚さに相当する。同じ水の 厚さ1mmに対して凍結時の潜熱lよりも降霜時の潜熱lは約8倍大きい。 しかし、降霜は大気・地表面間の乱流輸送によって生じ風速に大きく依存するのに対し、凍結は 風速と直接的には関係しない。そのため、上記の単位質量当たりの蒸発の潜熱と凍結の 潜熱の違いから、冷却量に及ぼす降霜の影響が凍結の影響より大きくなると考えてはならない。

対象地域の実効的な水分量の凍結による効果と、地物への降霜の両効果を含む気温低下速度の 鈍りは、あらかじめ対象地域の気温下降のデータから推定しておくことになるが、特に凍結問題 (氷点下)を研究するのでなければ、普通の条件では考慮しなくてよいだろう。

しかし、ここで対象としているのは降霜期の冷却量であるので、凍結の影響について考察して おこう。10時間に10mmの厚さの水が凍結する時、凍結の潜熱は平均して92.8 W/m と なる。仮に有効放射量によって92.8 W/m が地表面から失われるとき、仮にその半分 が凍結の潜熱によって補われるならば、地表面の冷却量は半分になる、

92.8 W/m の半分は10時間当たりの水の凍結量5mmに相当する。例として、 土壌水分(現実には周辺の草木・地物に含まれる水分も含む)の体積含水率=0.2 m/ mとすると、水の凍結量5mmは、土壌の厚さ25mmに含まれる水分がすべて 凍結することに等しい。

図50.13は津山観測所の朝の最低気温が氷点下になった晴天夜間における冷却量の低下の割合 (=最低気温が0℃以上のときの冷却量に対する割合)である。ただし、津山観測所における 「冷却量と上空の風速Uh の関係」を示す「風あり係数(風速 Uh =0のとき基準の1)」を 用いて換算してある(次章の「放射冷却量予測の簡便法(津山)」 を参照のこと)。

凍結の影響
図50.13 朝の最低気温が氷点下の時の冷却量の低下の割合(最低気温が氷点下のときの冷却量/最低気温 が0℃以上のときの冷却量)。津山観測所の気温の冷却量から求めた関係、ただし上空の風速 Uh の 影響は補正してある。

この図から読み取ると、朝の最低気温が-4~-6℃の夜間の冷却量の比は約0.5となっており、 上の例で示したひと晩の水の凍結量5mmの場合に相当している。この図はプロット数が少ない ので、今後データを増やしていく必要がある。ここでは簡便法を用いるために、凍結が起きるよう な条件では、見掛けの熱的パラメータとして大きめの値を用いて冷却量の予測に利用する。

こうした凍結の効果をより正確に求めることはすでに行われており、10年以上前のパソコンでも 計算は可能であった。筆者ら(Kondo & Xu, 1997)は土壌内各層の熱と水分移動や地上に積もった 雪の融雪過程なども含む土壌多層の温度・水分の日変化・年変化の計算を行った (「地表面に近い大気の科学」のp.244-p.249を参照)。

図50.14は、風が吹く夜間の気温・地物の温度差、および結露量と地表面付近の風速との関係である。 縦軸の結露量1mm/d は28.3 W/m2に相当する。これは気温が20℃の場合である。 降霜量1mm/d では32.1 W/mに相当する。この熱量は晴天夜間の正味放射量 60~100W/m の30~50% に相当する。1mm/d の降霜・結露量は、普通に起こる 条件では大きめの時であるので、このような条件では凍結や降霜による気温低下速度の鈍りを 考慮することになる。

結露と風速
図50.14 下図は夜間の結露量と交換速度の関係、上図は物体(葉面など)温度 と気温の差を交換速度の関数で表わしたものである。 条件は気温=20℃、蒸発効率β=1、有効放射量σT4-L =50 W/m2、パラメータは相対湿度rh=0.4~1まで 0.1きざみで表した。
図の下の横軸に交換速度 CHU=0.01 m/s の場合 (草丈0.1mの草地に相当)の 風速の概略値を示した。(地表面に近い大気の 科学、図5.7、より転載;「研究の指針」の「基礎3: 地表面の熱収支と気象」の図3.14に同じ)

参考:地面から離れて空気中に露出した物体(作物の葉)の熱収支を考える。 気温=5℃(σT=340 W/m)、相対湿度=90%(水蒸気圧 =7.85hPa)、下向き大気放射量 L=248 W/m(したがって有効放射量 =92 W/m)とする。物体の厚さは薄いとして、その上面と下面の温度差は無視し、 物体の下の地表面温度は気温に等しいとすれば、地面から物体に入る有効放射量はゼロとなる。 この場合、両面平均の有効放射量は92/2=46W/m2である。物体の交換速度=0.001m/s として定常時の熱収支計算をしてみると、物体温度は気温より6.8℃の低温、凝結の潜熱 =5.0W/m2(凝結量=0.17mm/d)、大気から物体への顕熱輸送量= 8.5 W/m2となる。顕熱と潜熱の熱輸送量の有効放射量に対する比は、 13.5/92=0.15(=15%)となる。

霧: 長野県の飯田盆地では10~11月は月の半分が霧日、福島県の会津盆地では10~12月は月の約1/3が 霧日、7~8月も霧日が多い。岡山県の津山では10~12月は月の約1/3が霧日である。

快晴夜の放射冷却にしたがって、地表面温度(同時に気温)が下降しているとき、厚さが十分に厚い 霧が発生すれば、冷却は止まり地表面温度(同時に気温)が上昇し、冷却量は快晴夜の冷却量の 約20%に近づくようになる(図50.8参照)。

逆に、夕方から濃霧があり冷却は殆んど進まない状態が続いていたとき、夜半に急に濃霧が晴れて 快晴になれば、朝まで6時間の冷却量は快晴夜の冷却量の80%~90%程度になる(図50.9参照)。

参考文献

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

近藤純正、1982:複雑地形における夜間冷却ー研究の指針ー.天気、29、935-949.

近藤純正・森 洋介、1982:アメダス(地域気象観測所)データを用いた夜間冷却量の解析と 最低気温予測式(1).天気、29、1221-1233.

近藤純正・森洋介・安田延壽・佐藤威・萩野谷成徳・三浦章・山沢弘実・川中敦子・庄司邦彦、 1983:盆地内に形成される夜間の安定気層。天気、30、327-334.

Kondo, J. and Xu, 1997: Seasonal variations in heat and water balances for non-vegetated surface. J. Appl. Meteorol., 36, 1676-1695.

森洋介・近藤純正、1984:冷気の堆積・流出を考慮した山地の夜間冷却、1984:天気、31、 45-52.



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