K224.火山噴火と冷夏(ダイジェスト版)

これはダイジェスト版である。詳細は
「K226.火山噴火と冷夏、いずれ起きる事象に備えて」
を参照してください。



著者:近藤純正
要旨 2022年1月15日に南太平洋の南緯20度付近のトンガ諸島で海底 火山の噴火があった。過去の300年余を調べたところ、南緯10度以北で発生 した約20回の大規模噴火では、約90%の確率で東北地方の太平洋側で冷夏・ 凶作が発生している。一方、南緯30度以南の南半球における噴火後の夏は東北 地方で高温になる傾向があるが、噴火は2例に過ぎない。

今回のトンガ噴火は、南緯20度付近の噴火であることと、噴出ガスの量は少ない らしいことから、冷夏が起きる可能性は低いと推定される。しかし、自然現象 である限り、冷夏の発生確率は決してゼロではない。今後の状況について、 再噴火の有無と、目視でもわかる異常な朝焼けと夕焼けが生じないかどうかに 注視していよう。
(完成:2022年2月7日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2022年2月4日:素案の作成

    目次
        まえがき
        1 噴火の規模
        2 火山噴火と冷夏、代表例
    3 火山噴火と夏の気温低下     
        4 東北地方で特に低温になる理由
    5 今後の注視すべきこと     
        おわりに
        文献            


まえがき

2022年1月15日にオーストラリアの東方、南太平洋のトンガ諸島で海底火山が 噴火した。日本の各地で0.5~1.2mの津波があり、港に係留されていた漁船が 転覆・沈没する被害があった。この噴火による今後の気象への影響が心配され ている。現在までの報道によれば、今回の噴火は大規模噴火と中規模噴火の 中間に相当する。

過去の例をみると、100年間につき10回ほど起きた大規模噴火の場合、大量の 火山噴出物が成層圏(高緯度で高度約8km以上、低緯度で高度約16km以上の大気圏) まで吹き上げられ、その噴煙はおよそ3ヶ月で世界の広範囲に広がった。 その結果、地球に入る太陽光が1.5%ほど減少し、各地で異常な低温が発生した。

これまで筆者が調べてきた、南緯10度から北で起こった大規模噴火後には、 高い確率で大冷夏が生じている。一方、南緯30度以南の南半球での大規模噴火 では東北地方の夏の平均気温は平年並みかやや高めとなっているが、例は少ない。 今回のトンガ火山は南緯20度付近での噴火はこれらの中間にあり、1780年以後 前例がない。それゆえ、本年2022年あるいは2023年に冷夏となるか否かの判断は 難しく、今後注視していなければならない。


1 噴火の規模

火山噴煙指数(dvi):「太陽の方向から地上に直接届く直達日射量の 減少量」と「噴煙の拡がり」と「その継続時間」の相乗積に比例する量で 定義される。

火山爆発指数(VEI):噴出物の総体積を用いて0~8に分類したものである。

大規模噴火: 筆者はVEI≧5 (噴出物の量>1km3)とVEI=4 の大きな もの(dvi>200)を大規模噴火としている。大規模噴火によって噴煙が成層圏に 噴き上げられると、数年間大気中に滞留する。

中規模噴火: 本稿ではVEI=4で、かつdvi≦200(ただし噴出物> 0.1km3)のものを中規模噴火とする。中規模噴火の引用は南緯30度 以南での噴火に限る。


2 火山噴火の代表的な例

1670年以後について、大規模噴火後に東北地方で大冷夏による凶作・飢饉は 約90%の確率で発生しているが、広範囲の大凶作・飢饉が起きなかったのは 1707年12月16日の富士山の宝永噴火と、1815年4月5~11日のタンボラ噴火がある。 ただし、宝永の噴火によって現在の静岡県や神奈川県では噴石・降灰の堆積による 耕地の埋没により飢饉が生じた。

1783年6月8日、アイスランドのラキ火山の噴火と天明の飢饉
浅間山が噴火(VEI=4)した1783年には、6月8日にアイスランド南東部でラキ火山 が噴火し(VEI=6)、火山ガスは世界中に広がった。ヨーロッパ諸国は異常気象と なり食糧価格の高騰を引き起こし、フランス革命の遠因になったとも言われている。

日本では1783~1786年(天明3~6年)に各地で大飢饉が発生し、数十万人に およぶ餓死者をだした。このため、百姓一揆や打ち壊しが各地でおこった。

1835年1月20日、中米ニカラガのコセグイナ火山の噴火と天保の飢饉
仙台・伊達藩の一門、涌谷城主伊達安芸の家臣の花井安列の天候日記によれば、 天保6年(1835年)4月1日付けに、このころ毎朝異常な朝焼けが見られるとある。 これは1835年1月20日に中米ニカラガのコセグイナ火山の噴火(VEI=5)によるもの と推定される。その翌年の天保7年(1836年)は大冷夏となった(近藤「身近な 気象の科学」、1987;Kondo, 1988)。

天保の飢饉は天明の飢饉と同様に、数十万人が餓死し、百姓一揆・打ち壊しが 続発した。江戸時代の後半の人口は現在の3分の1であった。いかに悲惨な状況 であったかが想像できるであろう。現在の世界には、日本の江戸時代における 飢饉のときと同じ悲惨な状態の人々もいる。

なお、明治維新があってから日本の人口は増え続けてきた。人口に比例するよう にコメの単位面積あたりの収穫量(単収)も増えてきた(近藤「身近な気象 の科学」1987,図8.9)。

1991年6月15日フィリピンのピナトゥボ火山の噴火と平成の大凶作
ピナトゥボ火山の噴火(VEI=6)の2年後の1993年(平成5年)夏は大冷夏となった。 全国的なコメの不足により「平成の米騒動 」が生じた(近藤、1994)。


3 火山噴火と夏の気温低下

図1は東北地方で最も早く観測が始まった宮城県の小島・金華山における1830~ 1998年の6~8月の気温の気候平均値からの偏差の年々変動である。 ただし、図中の左端のプロットは花井安列の天候日記から推定した天保時代の 気温偏差(Kondo, 1988)、1882~1991年は金華山資料、1992年以後は石巻資料に 基づく(近藤、1985)。気温偏差は1910~1984年の74年間の気候平均値からの 偏差である。

黒塗り印は南緯10度のインドネシア以北で噴火した大規模火山噴火後のプロット であり、赤塗りの大きい丸印は南緯30度以南の大規模噴火の直後の夏である。 また、南緯30度以南については、中規模噴火(2例)を赤塗りの小さい丸印で示し、 緑印はその翌年の夏の気温偏差である。

南緯30度以南の南半球での噴火では、夏3ヶ月間平均気温は平年並みか高温になる 傾向がある。しかし2例と少ないので確実とは言いがたい。

気温偏差、1830~2000年
図1 金華山・石巻の1830年~1998年の気温偏差。赤丸印は南半球中緯度 の噴火、大きい丸印は大規模噴火、小さい丸印は中規模噴火、緑印はその次の夏 ( Kondo, 1988; 近藤, 1994;近藤「地表面に近い大気の科学」2000, 図9.3)。


図1を見ると、大規模噴火とは関係なく昭和初期の1931~1945年の15年間には5回 の大凶作が1931,1934,1935,1941,1945年(昭和6,9,10,16,20年)に頻発 した。三陸沖の海面水温を調べてみると、1923~1945年は水温の低い「寒冷な時代」 で、それに続く1946~1979年の水温の「温暖な時代」に比べて、宮城県江ノ島の 海面水温は約1.4℃低かった。親潮の南下が原因であった。

つまり、火山噴火以外の原因による大気の自然変動によって広域スケールでの 気圧配置が変われば冷夏は生じる。大規模噴火があれば広域スケールの気圧配置 は高い確率で変わり、偏西風の流れ方によってオホーツク海高気圧が滞留すると、 太平洋高気圧の張り出しが弱い気圧場が続く傾向となり、冷夏となる。

以上は次のように要約できる。
(1)天保時代の1830年以後について、南緯10度以北で大規模噴火があれば、 その直後または翌年の夏のいずれかに気温が0.8~2.8℃低くなった。
(2)南緯30度以南の南半球で噴火した大規模・中規模噴火後の夏3ヶ月間の 平均気温は平年並、または高めとなるが、前例が少なく(大規模噴火2回) 確実とは言いえない。

今回の2022年1月15日のトンガ諸島の海底火山の噴火については、上記(1)と (2)の中間の南緯20度にあることと、噴出ガスの量が過去の噴火に比べて 少ないらしいことから、日本とくに東北地方で本年2022年または2023年に冷夏 になる確率は低い。しかし、例外のある自然現象なので、確定的ではない。


4 東北地方で特に低温になる理由

図1と同様に、北半球中緯度(北緯30~60度)の夏の気温偏差を調べてみると、 大規模噴火の場合、金華山(東北地方太平洋側)では夏の平均気温は0.8~2.8℃ 下がるのに対し、北半球中緯度の平均気温は0~0.4℃(平均0.2℃)の低下である (Kondo, 1988)。なぜ日本の東北地方で気温低下が大きくなるか?

私たちが日常の経験から知っているように、雨天日は晴天日に比べて低温になる。

米作期(6月15日~9月15日の92日間)の気温偏差と雨日数の関係を調べてみると、 雨の多い夏ほど気温の低下量が大きくなっている。大飢饉の1836年(天保7年) 夏は51日(55%)が雨日であり、1834年以後では最多の日数、気温偏差は-2.8℃ で最大の冷夏であった。

つまり、冷夏の年は東北地方太平洋側では寒流の親潮の上を吹いてくる冷風 「やませ」で霧・雨日が多く、低温日が多くなる。雨天・低温日が多い年ほど 大冷夏となった。


5 今後の注視すべきこと

大規模噴火後には、成層圏に吹き上げられた噴煙により太陽光に異常が見られた。 測器による太陽放射量(日射量)の観測のほか、目視による観測もできる。 図2は1982年のメキシコのエルチチョン火山の噴火(VEI=5)の後に見られた 異常な夕焼けの写真である。

異常な夕焼け1982年3月28日
図2 1982年3月28日に噴火したメキシコのエルチチョン火山の噴火後8ヶ月余 の12月7日16時55分(日没後約40分)につくば市において藤田敏夫氏が撮影した 異常な夕焼け(近藤「身近な気象の科学」1987,口絵1に同じ)。


おわりに

2022年1月15日に南太平洋の南緯20度付近のトンガ諸島で海底火山の噴火があった。 その結果として、2022年または2023年に冷夏の起きる可能性はあるが、その確率 は小さい。今回、冷夏は起きないとしても、いずれ近い将来、別の火山噴火が 起きうる。

「最近は温暖化による気温上昇があるのだから冷夏が生じても大丈夫ではないか」 という考えもあるだろうが、希望的観測でしかない。気候変化と社会の関係は これほど単純ではなくなってきている。

地球温暖化によって、日本の平均気温は1950年に比べて2020年では1℃ほど上昇 している(「K225.日本の地球温暖化、再解析2022」

過去の歴史から、人間はコメに限らず、様々な作物についてその気候に適応した 品種を栽培するであろう。そうなると、温暖化に適用できたとしても、その 気候からずれた異常気象が起きれば被害は受ける可能性がある。

最近では、コメのみならず多くの農業・工業生産物が国際的に流通する時代と なった。それゆえ、火山噴火によって日本で異常気象が生じなくても、 どこかの国・地域で異常気象が生じ生産物に影響すれば、その影響は他国にも 及ぶようになってきた。

備考:今回のトンガ諸島で噴火した火山
ニュージランドのオークランド大学のシェーン・クローニン教授(火山学)によれば、 2022年1月15日に大噴火し、津波を起こした火山は「フンガトンガ・フンガハー パイ」と呼ばれる。 この火山は過去にもほぼ千年おきに巨大噴火を起こしており、噴煙の半径260km、 高さは20km に及んだという(SANKEI NEWS による)。


文献

近藤純正、1985: 大規模火山爆発直後における金華山平均気温と北半球中緯度 平均気温の関係.天気、32,623-630.

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、189pp.

近藤純正、1994:1993年の大冷夏.天気、41,465-470.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、324pp.

近藤純正、2021:K225 日本の地球温暖化、再解析2022.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke225.html

近藤純正、2021:K226 火山噴火と冷夏、いずれ起きる事象に備えて.
http://www.asahi-net.or.jp/~rk7j-kndu/kenkyu/ke226.html

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summers, and famines in the Northern Part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.


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