K220. Q&A 温室効果、読者の感想文


編著者:近藤純正
地球大気の温室効果と気候変化の原理を解説した前章 「K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量」をお読みに なった読者からの感想文と質問に対するQ&Aである。 (完成:2021年10月4日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2021年9月17日:素案の作成
2021年9月23日:感想文(4)を追記
2021年10月4日:感想文(5)を追記

    目次
        第1部 読者の感想文
        第2部 Q&A
      Q1.ガラスは赤外線を透過するか? 
      Q2.将来、CO2濃度が600ppm に増加したときは? 
      Q3.太陽光は水蒸気や二酸化炭素によって吸収されるか? 
      Q4.時定数の物理的な意味と具体的な値は?

        文献                


第1部 読者の感想文

(1)気候変動のメカニズムを、地球の熱収支の根幹を占める大気放射から 明らかにする方向を私も改めて学びました。付録3で環境条件が変わったとき、 具体例として降水量の変化などが計算されており興味深い。計算方法も示され ていて、取り付き易い。地球温暖化の視点で見ると、各変数は必ずしも 暴走する方向にだけ作用していなくて、複雑なメカニズムを経て結果的には 温暖化すると考えます(N)。

(2)数値シミュレーションによらない考察を読んだのは初めてです。 特に「CO2濃度の増加と気候変化の原理」の項は感銘を受けました(K)。

(3)近藤先生独特の丁寧な論法で、現象に向き合い、「温暖化の実態」 を懇切丁寧に、定量的に解き明かす説得力の強い文章が「近藤純正先生 ここにあり」という情熱を感じさせました。本文の記述は、確かに四則 演算のみによって自己演習が可能ですので、先生が目指される目的には 相応しいと感じます(M)。

(4) 脱炭素の流れを受けて「温暖化とは、そもそもどのような現象だろうか?」 と疑問に思う人は増えているのではないでしょうか。その答えはこの記事 (前章の「K219」)にある、と感じました。また、「最近は大気に及ぼす放射の役割を よく理解していない者が多くなってきたように思う。・・・・放射の物理過程・原理 を十分に理解しないで、だれかがつくった計算プログラムを譲り受けて計算する者が いる」という言葉に「耳が痛い」と思う科学者は私を含めてとても多いはずで、 真摯に受け止めなければならないと感じました(Kg)。

(5) 地球温暖化について今まで具体的な数値を用いて見たことがなかったので 勉強になりました。地球温暖化が及ぼす影響や、二酸化炭素が今後増えて 400ppm以上になった場合についても知りたいと思い、興味がわきました。 放射図については初めて見たので、引き続き資料の付録部分等を参考に勉強して いきたいと思います(学生A)。

 
第2部 Q&A

Q1.ガラスは赤外線(長波放射、大気放射)を透過しますか?
地球温暖化の話などで、「ガラスやビニールは赤外放射を透過しないので ・・・・」の記述がよく見られますが、ガラスは赤外線を透過するのでは ないでしょうか?

A1. ガラスは太陽光(紫外線から近赤外線までを含む)のかなりの部分を 透すが、長波放射(遠赤外放射、大気放射)を透過しない。

専門分野によって、赤外放射の波長範囲が明確でないことから、誤解が生まれ ている。短波放射のうち、可視光線は0.38~0.81μm範囲を指す。ただし 赤色の上限0.81μmは個人差がある。0.81μm以上の赤外線は波長によって 近赤外線、中間赤外線、遠赤外線に、あるいは近赤外線と遠赤外線に分けて 呼ぶことがある。遠赤外線は波長3μm以上または4μm以上をいう。 気象学・大気科学では、遠赤外線を赤外放射と呼ぶことがあり、誤解を生む ことがある。地球・大気系の温度は300K前後であり、大部分のエネルギーは 3~100μmの範囲に含まれる。筆者は誤解のないように、3~100μmの範囲 を長波放射(遠赤外放射、大気放射)と呼ぶことにする。

なじみの物で、ポリエチレン薄膜は長波放射を透す。そのため、長波放射計 のカバーはガラスではなく、ポリエチレンの薄膜が使われている。

次の実験で試すことができる。高温物体あるいは冷たい氷塊を置き、それを ガラスで遮ると高温物体の熱さや氷塊の冷たさを感じない。しかし、 ポリエチレン薄膜(黒色でもよい)で遮ったときは熱さや冷たさを感じる。 これは、波長8~12μm範囲を利用した放射温度計でポリエチレン薄膜を 透して温度を測ってみれば確認できる。

備考:放射の透過と放射温度計
(1)ガラス(板厚10mm)は種類によって異なるが、波長0.4~1.5μm 範囲の光をほとんど透過する。天然水晶(板厚10mm)は波長0.25~2.5μm の範囲の光をほとんど透過する(理科年表1971版、2009年版による)。

(2)波長8~12μm範囲を利用した放射温度計は1~2万円程度でも市販されて いる。放射温度計の市販品の中には、物体に近づけて温度を測る安価な製品 もある。人体の表面の体温測定はこれで良い。しかし、長波放射 (遠赤外放射、大気放射)の「窓領域」と呼ばれている波長8~12μmの 範囲以外の波長を利用した放射温度計では、目的物から少し離れた距離から 測ると、物体と放射温度計の間に含まれる水蒸気による吸収・射出の影響が 含まれ、物体の正しい表面温度は測れない。


Q2.将来、地上のCO2濃度が600ppmまで増えたときの予測は?
前章の「K219.温室効果、CO2濃度と地表面 の放射量」の図6(有効水蒸気量の全量wTOP*と地表面に 入る大気放射量 Lの関係)では、地上のCO2濃度が 400ppmまでしか描かれていないが、将来600ppm まで増加したときの関係は、 どのようになりますか?

A2. 簡単な方法として、前章の図6に描かれた4曲線の上側に600ppmの場合を 外挿によって描くことができる。その線を利用して温度上昇量の予測ができる。

図6からのわかるように、CO2濃度の増加による大気放射量の 増加量ΔLCO2 は近似的にCO2濃度の対数に したがって大きくなっている。こうした対数に近い関係は放射の特徴である。 この関係を利用して、4本の曲線の上側にCO2濃度が600ppmのときの 曲線を描く。その曲線を使って、本文中で説明した方法で地表面温度の上昇量を 求めることができる。


Q3.太陽光は入射するとき、大気中の水蒸気や二酸化炭素によって吸収され ないか?

A3.短波放射(太陽放射、日射)のエネルギーは水蒸気、 二酸化炭素、エアロゾル、その他窒素、酸素などにより僅かながら吸収され、 大気は加熱される。大気温度は温室効果とこの加熱分によって成立っている。 詳しくみれば、大気中では様々な過程で熱交換が行われている。

前章「K219.温室効果、CO2濃度と地表面 の放射量」では温度上昇・気候変化の原理を理解するために単純化したが、 詳細な計算では、この太陽光の吸収分を含めなければならない。

雲も同様に短波放射を吸収する。同時に、それらと窒素・酸素分子も太陽光を 散乱する。吸収されたエネルギーにより大気は昇温する。散乱光の一部は宇宙 へ戻され、残りは地表面に入射する。宇宙へ戻される分が地球の惑星アルベド の一部になっている。

備考:熱交換と温度変化
ある高度面における短波・長波放射の吸収量と放出量の差を正味放射量という。 気温の上昇率は正味放射量の高度に対する変化率に比例する。すなわち、 ある厚さの大気層の温度は正味として受ける熱エネルギーがプラスなら上昇 (加熱)、マイナスなら下降(冷却)する。

現実の大気・地球では、平均すると大気全層は差し引き約90 W/m2 の短波・長波放射量を失っている。一方、 「K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量」の付録3で示した ように、顕熱・潜熱が地表面から大気へ輸送されており、地表面は冷却され、 上空で水蒸気が凝結するとき潜熱の解放によって、大気は加熱されている。 それら放射・顕熱・潜熱を総合すると、平均として大気全層は短波・長波放射 によって0.75℃/d の割合で冷却されており、顕熱と潜熱によって逆に0.75℃/y の割合で加熱されて平衡が保たれている(近藤「身近な気象の科学」(1987) の2章「大気中のエネルギー循環」)。地球平均としてみれば、放射に次いで 潜熱輸送(水循環)の役割が大きい。

このようにすべての要因を考慮すると複雑になってくるので、 「K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量」 では気候変化の基本的な原理を理解するために、主要でない要因は無視して 考察したのである。


Q4.時定数の物理的な意味と具体的な値は?

A4. 時定数は、大気や水などの物質に熱が加わってから温度上昇として 現れるまでの時間の尺度であり、物質の単位体積当たりの熱容量(体積熱容量 =密度×比熱)によって異なる。熱の伝わり方として、分子熱伝導と対流 (強制対流、自然対流)と放射がある。時定数が短いほど効果が強いことを 表わす。 

例として、気温観測のときの気温センサーの時定数について、直径 d の円柱形 のセンサーに風速 U の風が垂直に当たる場合を考える。CPρ を空気の体積熱容量、CBρB をセンサーの体積熱容量 とすれば、時定数τは次式で表わされる(近藤、2000、1.7節)。

  τ=(CBρB / CPρ)(d2 /4a)/(0.4+0.45Re1/2)

ここにRe(=dU/ν)はレイノルズ数、 ν(=1.51×10-52-1,20℃) は空気の動粘性係数、 a(=2.12×10-52-1,20℃) は空気の分子温度拡散係数である。この式が示すように、センサーの体積熱容量 と直径が大きいほど、風速が弱いほど時定数は大きくなる。

次に、広い固体表面上に空気がある場合を考える。固体の表面から空気に熱が 伝わるとき空気温度の時定数は、τ=Bz2で表わされる。ここに z は固体表面からの距離である。係数 B は空気の熱拡散係数 K に依存する。 τを minの単位で、z を m の単位で表わせば、分子熱拡散係数 (K=2.1×10-52-1) のときは、B=1700 min m-2 となり、z=1m の距離ではτ=1700 min, すなわち時定数=1.18日となる(近藤、2021)。

次に、固体表面からの熱が水蒸気を含む空気中(20℃、相対湿度=58%) を長波放射によって伝わる場合、放射時定数は近似的にτr≒ Az2/3 で表わされ、A=40 min/m2/3となる。 固体表面からの距離がz=1m でτr=40 min、 z=100 m で1日弱、 z=1km の場合は3.8日となる。地球規模の大きさになると放射時定数は大気乱流 による時定数より相対的に短くなり、地球の気候の基本は放射によって 成立っているといえる(近藤、2021; 「K208.観測の誤差から真実を見るー地球温暖化観測所の設立を目指して」 の第2図)。


文献

近藤純正、1987:身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学-理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2021:観測の誤差から真実を知るー地球温暖化観測所の設立に向けて. 天気、68、37-44.



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