K180.凍霜害予測の実用化(6)入間茶畑


著者:近藤純正
農業生産活動への気象予測の実用化では、一般の研究と違って、可能な限り少ない 観測データを用いて利用者の負担を軽減する必要がある。これまでの研究により、 作物葉面の最低温度を予測するとき、最低限必要なパラメータは葉面温度の夕刻 の初期値と朝の最低値、および夕刻の有効放射量であることが分かっている。 その確認として試験1~試験5がある。本報告では試験2として、埼玉県茶業 研究所の茶畑において気温と葉面温度を観測し、快晴日の有効放射量は観測せず に気温・湿度から実験式によって求めた。

快晴微風夜については、葉面温度または気温の最低値は誤差(標準偏差) ±1.1℃から±1.5℃で予測できる。雲のある夜の冷却量は、快晴夜に比べて 2~5℃ほど小さいことがわかった。 (完成:2019年1月18日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年1月10日:素案の作成

    目次
        180.1 はじめに
        180.2 観測     
        180.3  有効放射量と冷却量の関係
        まとめ
        参考文献
        付録1 観測一覧表
        付録2 非通風式(自然通風疎気)気温計の誤差                     


研究協力者(敬称略)
工藤 健
丸山篤志
内藤玄一

180.1 はじめに

微風晴天夜の地表面温度の低下量「冷却量」は放射冷却の理論式にほぼ従う。 理論式は近藤(1994)「水環境の気象学」のp.145-p.147に示されている。

地上気温や作物葉面温度も地表面温度にしたがって下降する。放射冷却量を 決める要素は、(a)夕刻の有効放射量(大気全層の水蒸気量・気温)、 (b)地表層の熱的パラメータ(土壌種類、土壌水分量、季節)、 (c)夜間の長さ(季節)、(d)風速(地上風速、または地域を代表する 高度1km付近の風速)である。そのほか、(e)雲の種類・広がりによって 夜間の有効放射量が時間変動し、地表面温度・地上気温に影響を及ぼす。 また、例えば海岸に近い所など移流効果の大きい所では(f)風向によって 冷却量は変わる。

上記の諸要素(a)~(f)を正確に予測することは困難であり、実用上は 経費節減のため、特殊な地域を除けば、要素(a)~(c)のみで、近似的な 冷却量を予測することになる。予測とその検証・解釈に必要な観測項目として、 次の試験1~試験5がある。

試験1:有効放射量、気温、葉面温度、風速の4要素を観測し、放射冷却量の 予測と検証を行う。この試験を神奈川県の平塚市中里の住宅地で行った (「K179.凍霜害予測の実用化(5)冬の住宅地」)。

試験2:有効放射量は実測せずに夕刻の気温と湿度の観測値から実験式によって 推定する。気温、葉面温度、風速を観測し、放射冷却量の予測・検証を行う。 快晴夜間の有効放射量を推定する実験式として、各地に適応できる近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の式(2.33)及びその付録式(A2.1)~(A2.7) を用いる。

試験3:距離10km以内に気温・湿度を観測している特別地域気象観測所 (気象台か旧測候所)がある場合、その気象観測所の夕刻の気温・湿度から 有効放射量を推定する。風速も気象台の観測値を利用し、凍霜害予測地では 気温と葉面温度のみを観測する。

試験4:葉面温度のみ観測し、気象台や予報会社の気温予報値を利用する。 葉面温度予測値は気温予報値から3℃~5℃低い値となる。

試験5:トンネル栽培の畑について、ビニールトンネル内の作物の葉面温度 の予測・検証のための観測を行う。

本報告は、上記の試験2を埼玉県茶業研究所の茶畑において行った結果である。


180.2 観測

埼玉県入間市にある県立茶業研究所内の茶畑は、北緯35度48分29秒、 東経139度20分52秒、標高148mにある。丘陵地であり付近一帯は茶畑 である。

図180.1は茶畑の写真である。
百葉箱・鉄塔のある観測露場の脇で、本観測の気温(高度1.5m)は近藤式 精密通風気温計で、葉面温度(観測露場の手前に見える茶畑の茶葉上端の窪み、 もっとも冷える場所の温度)は近藤式葉面温度計で観測した。

茶畑の写真
図180.1 埼玉県立茶業研究所の茶畑、北西から南東方向を撮影(2019年1月10日 工藤 健 撮影)。
白色の百葉箱の右方で本観測用の気温と湿度を、手前の茶畑で葉面温度を観測 した。茶研のルーチン観測は百葉箱の脇で気温・湿度を、10m鉄塔の上部で 風速・風向・放射量・日照時間などを観測している。


各要素は10分間隔で記録する。

快晴日の有効放射量を推定するための気温・湿度・気圧は「おんどとり」 TR-73U(データロガー), TR-3110(センサ)を用いる。この気温と湿度の 精度はあまり高くなく±0.3℃、±5%である。それゆえ、精密通風気温計2台 を用い、一方のセンサにガーゼを巻いた湿球としてアスマン乾湿計の乾湿計公式 によって湿度を計算・比較検定した結果、器差は偶然にも小さく温度と湿度は それぞれ0.1℃以内、1%以内であった。

この「おんどとり」をYong社製の自然通風式温度シェルター小型に入れる。 一般に、自然通風式(非通風式)シェルターは放射影響を受けて晴天日中は 1℃程度(最大5℃)高温に、晴天夜間は0.2~0.5℃ほど低温に記録される (「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」)。 それゆえ、温度・湿度の記録から相対湿度を直接利用しないで、シェルター内 の水蒸気圧(または露点温度)を求める。

こうして得られた露点温度を快晴時の大気放射量(L)の実験式に用いて 有効放射量を推定する(近藤、2000、「地表面に近い大気の科学」の式2.33、 A2.1~A2.7)。

有効放射量=σT-L

ここにσはステファン・ボルツマン定数、T は精密通風式気温計で観測した 夕刻の気温(絶対温度)である。

備考:実験式による快晴日の大気放射量
上記の大気放射量を推定する近藤の実験式には、本来は地上の日平均気温と 日平均露点温度を用いるが、本論では便宜上夕刻(日没30分前)の気温と露点 温度を利用する。具体的には、記録間隔が10分毎であるので夕刻10分前、夕刻、 夕刻10分後の3露点データの平均値を用いる。

観測期間は2018年10月30日から2018年12月10日までである。主なデータ解析は、 晴天日を主要とするため、10月30日夕から12月2日朝までとした。

記号の説明
T:高度1.5mの気温(℃)
B:葉面温度計の温度(℃)
to:夜間冷却の初期時刻=日没の30分前
To:初期時刻の気温
Bo:初期時刻の葉面温度
Tmin(略称Tm):夜間の時間帯の最低気温
Bmin(略称Bm):夜間の時間帯の最低葉面温度
L:快晴としたときの大気放射量(W/m2)の計算値
σT:気温Tに対する黒体放射量(W/m2
L-σT:快晴としたときの有効放射量(略称、放射量) (W/m

データ解析する夜間の選定
図180.2は茶業研究所における2018年10月30日から12月10日までの日射量と 大気放射量(大気から下向きに地表面に入る長波放射量)である。この図から 14夜を選んだ(付録1の表を参照)。そのうちに快晴夜は9夜ある。

快晴の9夜は次のとおりである(夜の始まりの日)。
10月: 30日、31日、
11月: 1日、14日、15日、22日、25日、27日
12月: 1日

放射量
図180.2 茶業研究所における日射量と大気放射量(茶業研究所提供による)。


180.3 有効放射量と冷却量の関係

選んだ14夜のうち、風の強い日はなく(高度10mの0~6時平均の風速<1.8m/s)、 すべて微風夜として解析する。

図180.3は冷却量と有効放射量の関係である。快晴夜は大きい丸印プロット、 雲ありの夜は小黒印プロットで表した。破線は座標(0,0)を通る観測一覧表、 その1丸印プロットを表す近似直線である。準備解析( 「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山―準備研究」)で示したように 各観測の夜の長さや地表層の熱的パラメータが同じでないため、近似直線は 座標(0,0)を厳密には通らないが、他所との比較を見やすくするために (0,0)を通る直線で示すことにした。

横軸は実験式による有効放射量の推定値、縦軸は冷却量として最上段の図では 葉面温度の冷却量(Bo-Bm)、2段目では夕刻の気温と葉面温度の最低値の差 (To-Bm)、3段目では気温の冷却量(To-Tm)を選んである。最下段の図では 縦軸は最低葉温と最低気温の差である。

冷却量として3種類を示した理由は、観測項目の少ない他所における解析結果 と比較するのに必要となるからである。

冷却量
図180.3 有効放射量と冷却量の関係
 最上段:葉面温度の冷却量(Bo-Bm)
 2段目:夕刻の気温と葉面温度の最低値の差(To-Bm)
 3段目:気温の冷却量(To-Tm)
 最下段:葉面温度の最低値と気温の最低値の差


快晴夜の冷却量(大きい丸印)の直線近似からのずれは、最大2.5℃程度ある。 雲ありの夜は快晴夜の冷却量よりも小さく予測されている。その理由は、 夕刻の有効放射量として快晴夜の値を用いてあるからである。

表180.1は快晴微風の9夜をまとめた一覧表である。表の下部に快晴微風夜の 平均値と標準偏差を示した。すなわち、

夕刻の有効放射量=-100±6 W/m2
葉面温度の冷却量=12.5±1.5℃
冷却量(To-Bm)=15.9±1.1℃
気温の冷却量=11.5±1.4℃

となり、冷却量の平均値からのバラツキの程度(標準偏差)は1.1~1.5℃である。 また、最下段に示した冷却量の平均値に対する標準偏差の大きさは7~12%である。 前報で示したバラツキの程度とほぼ同程度である (「K179.凍霜害の実用化(5)冬の住宅地」の 表179.3)。

観測項目を減らした本論の試験2は、試験1と同様に実用化してよいだろう。

表180.1 快晴微風夜の気温、葉面温度、冷却量の一覧表
快晴日一覧



まとめ

作物葉面の最低温度を予測する研究である。農業生産活動への気象予測の実用化 では、一般の研究と違って、可能な限り少ない観測データを用いて利用者の負担 を軽減する必要がある。

その目的のために行うべき5つの試験があり、本論はその第二番目の試験2で ある。すなわち、気温と葉面温度を観測し、快晴日の有効放射量は観測せずに 気温・湿度から実験式によって求めた。検証を埼玉県茶業研究所の茶畑において 行った。強風の夜間は無く、微風晴天夜と雲のある夜間についての結果である。

(1)微風晴天夜については、葉面温度または気温の最低値は±1.1℃から±1.5℃ のバラツキの範囲内で予測できる。

(2)雲のある夜については、有効放射量を快晴夜の値で予測してあるので、 冷却量は当然、快晴夜に比べて小さい。すなわち、雲があって安全対策として、 夜間に晴れてきた場合に起こりうる最大の冷却量を予測することになる。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.




付録1 観測一覧表

観測値や冷却量などの一覧表を表180.2~180.4に示した。本観測では、快晴日の 有効放射量の推定に必要な地上の水蒸気圧 e、露点温度 Td などは毎日もとめ、 表に示した。冷却量の計算などを解析した14夜については有効放射量などを 掲載してある。

表180.2 観測一覧表、その1
観測一覧その1


表180.3 観測一覧表、その2
観測一覧その2


表180.4 観測一覧表、その3
観測一覧その3


付録2 非通風式(自然通風式)気温計の誤差

茶業研究所におけるルーチン観測用の気温計は強制通風でない「自然通風式」 のシェルター内で観測している。一般に、自然通風式(非通風式)シェルターは 放射影響を受けて晴天日中は1℃程度(最大5℃)高温に、晴天夜間は0.2~0.5℃ ほど低温に記録される(「K98.自然通風式シェルターに 及ぼす放射影響の誤差」)。

そこで、今回用いた近藤式精密通風気温計を基準温度計として放射影響による 誤差、および全体のずれを調べた。ルーチン観測の記録は1時間間隔であるが、 基準温度計と比較したところ、記録時刻にずれがあることに気づいた。 調べてもらうと10分余の遅れがあるとのことである。それゆえ、ルーチン観測は 15分の遅れがあるとして比較する。つまり、基準温度計の10分前と20分前の平均 気温とルーチン観測値の比較から放射影響を調べた。

まず、全体のずれを見るために、日平気温の差と日照時間の関係を図180.4に 示した。日照時間が長い日(晴天日)には放射影響が大きく、日照時間が短い日 (曇天・雨天)は放射影響が小さいので、図から温度センサそのもののずれが -0.5℃(茶研のセンサは0.5℃低く表示される)あると考えられる。

日照時間と温度差
図180.4 日照時間と日平均気温(ルーチン観測)の差の関係


茶研の温度センサが0.5℃低いとして記録気温を修正した。図180.5(上)は その修正気温と基準温度計による気温の日変化の比較である。11月の30日間 平均値である。

下図の赤丸印は茶研気温と基準器の気温差の日変化である。参考のために、 今回の本観測で用いた湿度計用の温度センサに及ぼす自然通風式(非通風式) シェルターの放射影響を緑実線で示した。

11月放射影響誤差
図180.5 11月の1か月平均の気温日変化の比較
 上:気温の日変化
 下:放射影響誤差の日変化


月平均値として、放射影響の誤差について日中は+0.5℃前後、夜間は-0.1℃ 程度である。

次に晴天日(日照時間8時間以上の日)について同様の比較を図180.6に示した。 放射影響の誤差について、日中は+0.5~0.9℃、夜間は-0.1~-0.3℃である。 日射量の弱い11月の結果であり、日射量の大きい春~夏~秋の晴天日には、 これまでに調べてきた日中の誤差+1.0℃と同程度になるものと考えられる。


晴天日放射影響誤差
図180.6 1月の1か月間平均の気温日変化の比較、晴天日(日照時間が8時間以上の日)
 上:気温の日変化
 下:放射影響誤差の日変化




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