8. 温暖化問題Q&A

	著者:近藤純正
		8.1 都市気温上昇と風速(図7.16)に関するQ&A(3問)
		8.2 経年変化の不連続に関するQ&A (2問)
		8.3 観測データ・観測方法に関するQ&A(2問)
		8.4 気象・大気観測所に関するQ&A

		8.5 感想文
		文献
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このQ&Aは、前章「7.都市気温上昇と風速の関係」と「4.温暖化は 進んでいるか」をお読みになった方々から寄せられた質問、コメント、 および感想をまとめたものである。(2004年12月28日完成)



8.1 都市気温上昇と風速(図7.16)に関するQ&A

Q8.1(その1)高知の値に関して
7章の図7.16 「都市気温上昇量と風速の関係」 は衝撃的でした。 都市化の効果がこの図のように明瞭に出るとは思いません でした。
(A)人口25~65万人の中都市に分類される高知が平均カーブより離れ、 小さくなっている原因についての説明がよくわかりません。住宅地より、 縦横の広い道路は昇温量を抑える効果があるのでしょうか?
(B)露場の南側につくられる小公園は2004年の時点で整備中なので、 今回の解析とは無関係ではないでしょうか?

A8.1(その1) 高知の気温上昇が小さめであることの説明が不十分だった ので、より具体的に説明しましょう。
(A)高知地方気象台の周辺は最近まで古い住宅団地でしたが市街中心部から 離れていたので、都市気温上昇量は小さいと考えたのです。これが今回の 解析結果です。

(B)次に今後はどうなるかの予想について考えてみましょう。 気象台の観測露場の周辺は、最近になって、古い団地の住宅は撤去され、 再開発が行なわれています。住宅内の道路も拡幅され、新しく小公園と 縦横に広い道路が整備されています。
古い住宅(おもに木造)の団地があると多少の庭木もあります。 それが新住宅になり、固められた広い道路ができると、
(1)地表面近くの地中層の熱容量が大きくなります。すると、地温日変化 の振幅は小さくなります。これは日平均地温には無関係 となります(水環境の気象学、p.157、表6.1、熱物理係数に対する 敏感度)。同時に地上の平均気温もこれと無関係になります。
(2)広い舗装道路ができると周辺平均の蒸発効率が小となり、日平均 地表面温度(気温も)が高くなります(水環境の気象学、p.157、表6.1、 蒸発効率に対する敏感度)。

一方、再開発された新住宅団地は広々となり、露場付近の風の通りがよく なります。蒸発量が小さい条件で考えると、
(3)日平均地表面温度は下がります(水環境の気象学、p.137、図6.2)。
(4)付近一帯の顕熱輸送量が大きくなり、最下層(気温の観測 高度付近を含む)から上空へ熱が輸送され、地温も最下層の気温も低下します (水環境の気象学、p.137、図6.2)。詳細については、地上気温も未知数 として、方程式を増やした熱収支計算を行なうことになります(地表面に近い 大気の科学、p.155、参考5.5)。

(2)は舗装道路による直接加熱(プラスの昇温効果)、(3)(4)は 風通しによる陽だまり効果の減少(マイナスの冷却効果)。 プラスとマイナスの差引きとして、
「露場風速の増大による陽だまり効果の減少」 > 「舗装道路による直接加熱」
と考えられます。それゆえ、2004年以後の平均気温は下がるのでは ないかと私は密かに予想しています。 この予想が当たるか当たらないか、数年後の結果を楽しみにしています。 

Q8.1(その2) 図7.16の縦軸の意味
図7.16 「都市気温上昇量と風速の関係」の縦軸は、いわば 経年変化です。だとすれば、観測所近辺の状況に加えて、その都市が統計期間 中に、どれだけ都市化したか、というファクターが効いてくると思うの ですが?

A8.1(その2) はい、その通りです。この解析では、各観測所創設の100年 余の昔は、都市気温上昇量がゼロ(あったとしても0.2~0.3℃程度) ということを仮定しています。したがって、その都市がその後、 何も変わらなければ図7.16の縦軸はゼロになります。図の縦軸が大きいのは、 この100年間、とくに戦後の復興・近代化が進んだ1950年以後、 ①観測所近辺の状況変化と、 ②都市化の影響が出てきたことを表しています。

横浜の図7.6(1923年9月1日の関東大震災)と広島の図7.11(1988年1月 1日に移転)は共に、①近辺の状況の急変が明瞭に現われています。 その他の観測所も、そのほとんどは大小の違いはあっても、数回の移転が ありました。

一方、経年変化の図7.1~7.15に見られる緩慢な気温の上昇傾向は、 ②都市化の影響の現われと解釈できます。 もちろん、経年変化の各図には数年~50年以上の ③自然変動(地球規模、地域トレンド)が含まれていることは 明らかです。

Q8.1(その3) 都市の規模と人口の関係
都市の発展にともなった気温上昇が、都市の規模と風速できれいに整理されて いると思いました。
図7.16では都市の規模を人口で代表されています。都市の温暖化には都市域の 面積や人工排熱が効いているものと思います。都市域の面積や人工排熱は 人口とほぼ一対一の対応があると考えてよいのでしょうか?

A8.1(その3) それらの間には対応関係はありますが、相関関係はそれほど 大きくないと考えるべきでしょう。ここで示した人口は目安とみなして ください。というのは、一例として「身近な気象」の 「8. 都市化と放射冷却」 の章で述べたことを下に引用してみましょう。

1961年:旭川の人口=約19万人、山形の人口=約19万人
同上:旭川の面積=394平方km、山形の面積=382平方km

1963年以後、市町村合併により旭川市の面積は748平方kmに、人口は約36万人 に増加しているが、面積と人口増加は市町村合併に伴なうものである。

その章では1961年現在の人口で両市を比較し、両都市はほぼ同規模とみなし ました。もし、最近の人口・面積のデータで比較すると、市町村合併により 旭川の面積は約2倍に増加したので、人口と都市面積はこのような行政上の 統計資料から単純に比較してはならないと思います。

その章でも述べたことですが、同じ市街地域で人工排熱量について 旭川と山形を比較しました。冬期には旭川のほうが暖房用の排熱量が 大きいために、近年の放射冷却の弱まりが急変していると推論しました。

このように、都市の人口、面積、総排熱量の間には関係はありますが、 それらの詳しい関係や、都市気温上昇量にかかわる関係は単純ではないように 思います。その意味で、図7.16で分類した都市規模(人口)はおおまかな 目安とみなしてください。

8.2 経年変化の不連続に関するQ&A

Q8.2(その1) 横浜における関東大震災前後の気温の不連続が興味深いと思いま した。これは都市が気温に影響を及ぼしている証拠と考えられるのでしょうか? 同様に、広島の移転に伴なった気温の不連続にも驚きました。

A8.2(その1) はい、そのとおりです。横浜の図7.6(1923年9月1日の関東 大震災)と広島の図7.11(1988年1月1日に移転)について、私はその意図で 示したものです。広島のほか、多くの都市では、最近、様々の理由で都市 中心部の合同庁舎に移転する気象官署が多いのです。それらのすべてに ついて、図には説明は入れてありません。

Q8.2(その2) 気温のジャンプについて質問します。
「気温のジャンプ」という言葉をよく聞いていましたが、具体的にどのような 規則性をもってそれが起こっているのかわかりませんでした。 というのは短期間のデータを解析した経験がありますが、その時、 気温がダウンあるいはジャンプしているであろう時期のデータとその付近の 平年値との間に統計的な有意性を表すことができなかったのです。 短期間のためトレンドを表すデータも無かったのです。

「4.温暖化は進んでいるか」の中に石巻(図4.6a)や金華山(図4.6b)の 資料を使って気温のジャンプの説明がありますが、図中の実線がどのような 規則で描かれたかということに興味をもちました。

A8.2(その2) 結論をいうと、短期間のデータだけから、ジャンプ (あるいはダウン)を指摘することは無理だと思います。ただし、短期間でも 他の情報からジャンプの時期と原因が明らかな場合は例外となるでしょう。
私が石巻と金華山の図に、気温のジャンプとダウンを示す直線状の 長期傾向の線を入れたのは、次のことによります。

教科書「身近な気象の科学」の13章で水温ジャンプを指摘したのです。これは 三陸沖の親潮と黒潮の境界(潮目)が数十年周期で南北移動をしている こと(同書の図13.6)や、世界のあちこちで漁獲量がシーソーのように 数十年周期で変動していること(同書の図13.6)、あるいは全体をじっと 眺めると、海洋に長周期変動があるように見えたのです。

そうした先入観のもとに、三陸沿岸における気温変動を眺めると、気温にも ジャンプ(ダウン)があると考えたのです(同書の図13.7)。このことから、 ご指摘の石巻と金華山における年平均気温の経年変化の図にジャンプとダウン を思わせるような直線状の長期傾向を描いたのです。この傾向を示すことが 読者にはわかりやすく、さらに興味を持たせたいと思ったのです。

なお、この一連の資料解析をしていて気づいたのですが、50年以内の 短期間のデータでは温暖化傾向がはっきり示せなかったのですが、 50~100年以上の長期資料によって、はじめて自分にも納得できる地球 温暖化・都市温暖化の傾向が見えてきました。

ジャンプの現象を検出する一般的な方法については、私はよく知りません。 多くの人々を納得させるには、良質の長期データがともかく必要ではない でしょうか。

8.3 観測データ・観測方法に関するQ&A

Q8.3(その1) 本文でもご指摘されているように、気象観測所の移転・ 観測方法の変更には、データを利用する際に注意が必要ですね。
最近の気象年報(CD-ROM)には、それらの履歴がまとめられているので、私も それらを利用しながら慎重にデータ整理をしています。しかし、そのような 情報を知らずにデータを利用している方々が多いのではないかと想像します。

A8.3(その1) そうですね。私が若かりしころのことです。観測方法 の変更によることを考慮せず、気象資料を利用して気候変動を調べていた 研究者がいました。その一例は、湿度に関する気候 変動です。昔は乾球温度計 (通常の温度計)と湿球温度計(湿ったガーゼで感部を包んだ温度計)、 すなわち乾湿計の温度差から湿度(水蒸気圧)をもとめていました。途中の 時代から、乾湿計を通風筒に入れて測るようになりました。

非通風から通風に切り替わることによって、湿度の計測値は微妙に変化する ことが気になりました。そのとき、注意を促すために論文を書いたことを 思い出します(1967:Psychrometric constant for different sizes・・・)。 その論文の最後に、湿度の範囲によって、通風と非通風による湿度差が複雑に 変化することを図示しました。

こうしたこともあって、私は気候変動はとても難しい問題なので、研究は しないことにしていましたが、最近はやむを得ず、というよりは面白くなって きたので研究をしています。

Q8.3(その2) 気象庁への要望: 本文でも指摘されているように、 アメダスや気象官署の位置を正確に特定できません。手間のかかる仕事とは 思いますが、気象庁の方には、正確な位置を秒の単位まで明記してほしいと 思います。

8.4 気象・大気観測所に関するQ&A

Q8.4 本文中でご提案されている気候変動・大気観測所として、 国公立の農業試験研究機関の気象観測施設はきわめて有用であると思います。 これらの観測施設の多くは、都市域から離れた田園地帯にあります。 しかし、これらの観測データの利用者は限られており、施設を維持するため の予算や人員もあまり潤沢とはいえません。

A8.4 そのとおりです。このホームページを通じて、この重要性を 認識された方がありましたら、それらのデータを使って研究成果を出すよう にがんばりましょう。そうしないと、心無い人々によって観測施設は廃止 される危険性があります。いまは、目先の経済性のみに支配される傾向が あることを心配しています。私がいま解析している問題のほか、研究テーマは たくさんあるはずです。

最近は観測のこともよく知らないで、机にすわっていて、インターネットで 収集できるデータのみを解析する若者が増えてきました。こうした傾向は 嘆かわしいのですが、嘆いてばかりはいられません。若者に使いやすい ようにデータ整理して、また品質管理も行い、インターネット公開して あげることも必要だと思います。これを、甘やかしすぎ、という人 がいれば、それは昔のことでしょう。現代は、利用者に活用してもらえば、 関係者は嬉しいのではないでしょうか。

話題性があり流行の研究テーマだと、認められて予算がつく研究は多いと 思います。そうしたことに頼ろうとして現役の研究者が会議を繰り返し、 研究に没頭できる時間を失っていることを私は最も心配しています。

一方、少ない予算でも、こつこつとデータを蓄積していくことが重要です。 長く蓄積されたデータの重要性がやがて広く認識され、予算もつくように なった例がありますね。

追記: 観測データの解析をする人も観測の経験をしておけば必ず役立ち ます。最近は測器の理論的原理を紹介した教科書がめったにありません。 こうした現状から私は、放射計について「水環境の気象学」のp.80-p.86に、 放射計を含む微気象観測器について「大気境界層の科学」のp.49-p.96に 書いておきました。
海面に波があるとき、海面上の風速分布は対数分布からずれて キンクをつくる(対数分布の下層に遷移層 がある)という論文が流行った時代があります。 その間違いをした一つには、彼らがカップ風速計の動特性を知らないことに よるものでした。そこで、私は風速計の動特性に関する論文など(Kondo, et al., 1971;Kondo and Fujinawa, 1972; Kondo et al., 1972)を発表して キンクはないことを確かめました。

8.5 感想文

各地の観測所を回られて、古い資料から気温データを 読み取る作業は大変な労力だったでしょう。しかし、それだけの価値がある 作業だということを近藤先生は確信されていたのですね。
解析によると、都市における平均気温の上昇が田舎に比べて大きいということ ですね。全体から受ける印象は、都市も田舎も含めた日本、そして世界の 環境が今後どのようになっていくのか、ということでした。 人間活動が地球環境(生態系と気象)を変化させるほどの影響力を もつことがはっきりした今、気象との相互作用も含めた生態系の仕組みに ついてもっと知りたいと思いました。

人間活動による温室効果ガスの放出が、長波放射量の変化により地球温暖化、 つまり地上気温の上昇という現象にそれほど大きくは現われないとすると、 大気現象の何に現われるか? という問題になりますね。この点に ついて興味深く読ませていただきました。
地球(海洋も含む)の熱容量の大きさや水の働きなど複雑な過程を想像すると、 長波放射量の変化が気温上昇に直結しなくても不思議ではないかもしれない なあ、と思いました。ホームページの内容を読み、興味が刺激されました。

文献

J. Kondo, 1967: Psychrometric constant for differnt sizes of the wet-thermometer. Sci. Rep. Tohoku Univ., Ser. 5, Geophys., 18, 125-138.

Kondo, J., G. Naito and Y. Fujinawa, 1971: Response of cup anemometer in turbulence. J. Meteor. Soc. Jpn., 49, 63-74.

Kondo, J. and Y. Fujinawa, 1972: Errors in estimation of drag coefficient for sea surface in light winds. J. Meteor. Soc. Jpn., 50, 145-149.

Kondo, J., Y. Fujinawa and G. Naito, 1972: Wave-induced wind fluctuation over the sea. J. Fluid. Mech. , 51(part 4), 751-771.

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp. 186.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―. 朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用―. 東京大学出版会、pp.324.

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