20.公的機関発表の温暖化をそのまま 信じてよいか?


著者:近藤純正(東北大学名誉教授、気象学)

いま温暖化対策として、「脱炭素化」と「適応策」が進められている。
正しい現状の理解こそが温暖化に対する政策や取り組みにいかすことが
できる。それには、日本の地球温暖化を正しく観測することが重要で、
それを担う気象庁をみんなで応援しよう。

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更新の記録
2021年12月12日:掲載
2021年12月13日:「その3」に加筆
2021年12月14日:本文の最後に「注」、「提案」を加筆
2021年12月23日:「気象庁からの回答」を追加



温暖化に関する理解の現状
国の公的機関である気象庁のウエブサイトの「知識・解説」>「地球温暖化」> 「日本の気候の変化」に示した図(1898年から2020年までの日本の平均気温の 変化、トレンド=1.26℃/100年)について次の説明がある。 「日本の気候の変化」

「・・・日本の気温上昇が世界の平均に比べて大きいのは、 日本が、地球温暖化による気温の上昇率が比較的大きい北半球の中緯度に位置 しているためと考えられます。」

また、「各種データ・資料」>「海洋の健康診断表」>「地球温暖化に関する 診断表、データ」>「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」に示した図 (1909年から2020年までの日本近海の全海域平均海面水温(年平均)の平年 差の推移)について次の説明がある。 「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」

「日本近海における、2020年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温 (年平均)の上昇率は、+1.16℃/100年です。 この上昇率は、世界全体で平均 した海面水温の上昇率(+0.56℃/100年)よりも大きく、日本の気温の上昇率 (+1.26℃/100年)と同程度の値です。」

これら2つの説明文を日本の大学教授、温暖化問題の専門家はそのまま信じて しまい、一部の方々は私が説明する「観測方法などの時代による変更、さらに 気温の場合は都市化の影響と日だまり効果による誤差がある」ことを理解でき ないようである。彼らは先入観が強いことに加え、気象庁という公的機関の 発表を鵜呑みにする。これは、専門家のみでなく、最近の学生たちも同じ傾向 にあるようで、大問題である。

私たち太平洋戦争を体験した者は、大本営発表いわゆる虚偽報道
を聴かされてきた。この体験から諸情報は鵜呑みにしない。
また、研究者ならば論文などは疑いをもって読むべきで、それが
新しい発見に、そして学問の発展につながる。


私は、2021年12月2日に、これらの気温や海面水温の図について、例えば 次の説明を加筆しておくべきだと気象庁に提案しておいた。

「観測方法などは時代によって変更されているためにデータは均質ではなく、 ±0.5℃程度の誤差が含まれている。そのため、気温や海面水温は補正された 値を示すべきだが、この図は未補正の暫定値であり、長期変化の上昇率は 正確ではないことに注意して欲しい。」

中途半端な知識や先入観をもつ専門家に対して、気象庁発表の「日本国内の 平均気温の上昇率は1.26℃/100年」に補正を施せば0.7℃/100年となることを 説明すると、少しは納得する(近藤、2012)( 「K48.日本の都市における熱汚染量の経年変化」 「K203.日本の地球温暖化量、再評価2020」)。

しかし、それでも専門家の複数人はこの補正した気温の上昇率(0.7℃/100年) が海面水温の未補正の上昇率(+1.16℃/100年)と大きく違うことに対して、 完全に納得できないようである。

気象庁からの回答
上述のように私は、気象庁ホームページに掲載されている「日本の気候 変化」と「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」に示されている説明は 不十分であるので、加筆などしておくべきだと提案した。この提案に対して、 2021年12月22日に気象庁から次の内容の回答があった。

昨年文科省と当庁が連携して発行した 「日本の気候変動2020」 に掲載されている、有識者の先生方のご意見を反映させた説明であるので、 修正は行なわないこととさせていただきます。
ただし、都市化の気温への影響の説明の出だしには、「全国の地上気象観測 地点の中から、観測データの均質性が長期間確保でき、かつ都市化等による 環境の変化が比較的小さい地点から、地域的に偏りなく分布するように選出 した15地点のデータを・・・」を加筆する。

なお、海洋については船舶等による観測が主で、統計手法も異なるため、 海洋部分の記述の変更は考えておりません。



まとめると、気象庁ホームページに説明されている内容は、選ばれた専門家 からなる委員たちの知識を表わしたもので、正しいとは限らない。以下では、 こうした専門家の不正確・間違った知識の例を示すことにしよう。現在では、 明らかになっていることが読者に理解しやすいので、ひと昔前のことを取り 上げる。

その1:本州一寒い村
岩手県盛岡の北東約20kmのところに玉山村藪川(現在の盛岡市薮川)がある。 藪川は本州でいちばん寒いところとして知られ、1945年1月26日に-35℃を記録 している。藪川がなぜ低温になるかについて、当時の専門家の「上空の冷気が 降りてきて低温になる」という説明に疑問を持った私は、1980年代の初期に 現地を見学した。-35℃は見学時の無人観測所いわゆるアメダスの場所では なく、それよりも低い細長い盆地の底で記録されたものであった。

アメダスの開設以前に、藪川で委託気象観測(毎日1回の観測)に長年従事して こられた深沢氏を訪ね、「藪川で朝の最低気温が異常に低くなるのは、どの ようなときでしょうか」と質問をしたところ、次の条件をあげた。 (1)冬の季節風で新雪が積った晴れた日、(2)夕方、煙突から出る煙が 真っ直ぐに登り、深々とした夜、(3)そして、人は信じないようだが月の 見える晩に起こりやすく、(4)最近テレビで、上空5000mに強い寒気がきたと 放映される晩は、上空の寒さが地面を冷やしているのではないか。

これは当時の専門家の説明とはまったく異なる。深沢氏は日常の観察から 見抜いたものだが、じつは放射冷却の条件を正確に言い当てたものであった (「身近な気象の科学」の第5章)。


その2:豪雪も春の風で一気に融ける
これも1980年代初期ことである。奥羽山系にある岩手県沢内村(現在は西和賀町) は日本有数の豪雪地域の一つである。当時の専門家による雪解け期の予測は、 桜の開花日の予測と同じように、毎日の気温を足し算した積算温度が一定値 を越える頃としていた。

ところが、春の雪解けを待つ農家で「春の雪はどのように融けるか?」と 尋ねたところ、「雪は風で一気に融ける」と答えてくれた。この答えこそが、 融雪の正確な物理的説明であった。すなわち、融雪のころの雪の温度が0℃ またはそれ以下のところへ、春の暖かい風が吹けば風が運んできた 水蒸気が積雪面に凝結し、その「凝結の潜熱」で雪が融ける。同時に風から 積雪面に直接入る「顕熱」によっても融ける。いずれも風速が強いほど融雪 を促進する。これを農家の鋭い観察眼が見抜いていたのである (「身近な気象の科学」の第16章)。


その3:夏に汗がでるのは暑いからだ
専門家が間違った解釈をしていることがあるので、それを認識してもらう ために、私は学会発表会でクイズを出すことがあった。

北海道から南日本までの湖からの年間蒸発量を調べてみると、北海道では 400~500mm、南日本では800~1000mmである。この違いの大きな直接的 原因は何か?

ほとんどの専門家の答えは、南日本ほど湖に入る放射量(太陽の日射量と、 大気からの目に見えない遠赤外放射量)が多い、というものだ。だが、湖に 入る正味の放射量は北海道と南日本で僅かな違いしかなく、この回答は正解 でない。子どもに「夏に汗が出るのはなぜか?」と問えば、「夏は暑いから汗 が出る」と答える。これと同様に、湖の年間蒸発量が南日本ほど大きいのは 南ほど気温が高いからである。年平均値を考えれば、地表面(水面)が獲得 した放射量は顕熱と蒸発の潜熱に分配される。その比(=顕熱/潜熱)は ボーエン比と呼ばれ、ボーエン比は気温に大きく依存する(「身近な気象 の科学」の第11章)、「地表面に近い大気の科学」の図5.5を参照のこと)。

これを総合的に見てみると、南ほど気温が高いのは、放射効果と力学効果 の両方の作用で広域・全球的に決まった結果である。

注:東シナ海における冬の気団変質のときのボーエン比
数値天気予報の精度向上の時代、1974年と1975年の2月に東シナ海で国際協力 研究の気団変質実験(AMTEX, Air Mass Transformation Experiment)が行な われた。大陸から寒冷乾燥気団の北風が東シナ海へ吹き出すと、まず暖かい 海面からの顕熱 H を受けて空気は高温になり、南下するにしたがって 今度は水蒸気の供給(熱に換算すれば蒸発の潜熱ιE)を受けて湿潤な空気 へと変質する。このときのボーエン比(H/ιE)は、北緯35度以北では0.8以上、 南ほど小さくなり北緯20度では0.1~0.2となる(Kondo,1976;「身近な気象 の科学」の11章の図11.6)、 「5.十和田湖物語(水面蒸発の研究)の図5.21と図5.22)。


提案
観測方法の時代による変更や都市化による影響のほかに、気温の観測に ついて重要なことは、温度計が置かれている場所が 狭くなり、また周辺に樹木が成長する環境変化があれば、風通しは悪くなり、 平均気温は高く観測される。日本の気象観測所では、地上1.5mの低い 高度で気温を測っているため、環境変化の影響を受けやすい。 この誤差を小さくするために、風速を測っている測風塔に 温度計を設置して観測することを提案する。北海道から南西諸島までの 数か所に、高い測風塔にも温度計を追加するだけで十分で ある(「K222.日本の正しい地球温暖 化量の観測、提案の経過」)。


文献
Kondo, J., 1976: Heat balance of the East China sea during the Air Mass Transformation Experiment. J. Meteor. Soc. Japan, 54, 382-398.

近藤純正、1987:身近な気象の科学―熱エネルギーの流れ、東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用、東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化、気象研究ノート、 224号、25-56.


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