M60.地上観測

著者:近藤純正
地上気象観測の意義や測器の原理と誤差、資料解析上の注意点などを述べる。気象資料に限らず、 情報はうのみにせず、各種の情報間に矛盾がないか、物理法則に矛盾していないか吟味して利用 するよう心がけよう。 (完成:2011年4月20日)

●本シリーズは、講演内容に、研究の背景などを加筆した要約である。

これは、2011年8月6~7日に筑波大学で開催された日本気象学会主催の第45回夏季大学 で行なわれた講義「地上気象観測」の概要である。また、日本気象学会誌「天気」の 第59巻(2012年)、「気象のABC」に掲載された内容である。

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。


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更新記録
2011年4月16日:ほぼ完成
2011年4月17日:湿度の後ろに、顕熱と水蒸気輸送量を加筆
2011年4月19日:超音波風速計の検定を加筆
2011年4月20日:「むすび」に加筆
2011年5月5日:放射計、放射温度計、ほかに微小な加筆




   目次
          60.1 はしがき
		地上観測の意義、重要な代表地点、観測値は正直
          60.2 風速
		機械的な風速計、超音波風速計、距離定数、地上風の特徴
          60.3 気温
		気候解析上の注意、放射の影響、時定数
          60.4 湿度
		湿度計の種類、乾湿計定数
          60.5 顕熱と水蒸気の鉛直輸送量

          60.6 放射量
		測定原理、手製の直達日射計、放射温度計
          60.7 蒸発計
		熱収支計、蒸発計、世界的な話題
          60.8 降水量
		雨量計の補足率
          参考文献


60.1 はしがき

地上観測の意義
地上では人々の暮らしと食糧生産が行われている。現状の把握と将来予測のために、過去から現在 までの地上気象を知らねばならない。 衛星による地球観測やレーダ観測でも、地上における実測を もとに正しい情報が得られる。高層気象観測でも気球放球時の地上の観測値が基準になる。

重要な代表地点
地上のあらゆる地点では観測できない。そのため代表地点で観測が行われており、その資料をもとに 経験則や理論にもとづき広域分布を知る必要がある。

観測値は正直
温度とは温度計の温度のこと、風速とは風速計の回転数のことであり、それらは正しい大気状態を 表しているわけではない。観測資料を上手に利用するには、測器の特性を知り、示度が何を表すかを 理解していなければならない。

観測誤差を少なくするために測器の開発と観測方法が工夫されてきたが、観測値には誤差が含まれる。 測器は多種類があり、時代によって変更されてきた。

函館の風速
図60.1 函館における1935年以降の70年間の風速の経年変化。図中の(1)、(2)は本文を参照。

まず、既存のデータから誤った結論を出した例を示しておく。第60.1図は函館における過去70年間の 年平均風速の経年変化である。この図から、ある人は、「風速は約50年の周期変動をしている」と 読み取るだろう。また他の観測所の例であるが、破線で囲む期間(1)に示されるように風速が時代 とともに減少することから、「風速減少はアジア域における大気循環場が近年変わってきていること を表し、温暖化の影響でアジア・モンスーンが弱くなったからである」というような発表が国際誌 にも掲載されている。

一方、実線(2)で示す範囲に示されるように、近年風速が増加しているのは 「温暖化で台風が大型化する傾向になった」という発表もある。

真実はそうではない。第1図は風速の見かけ上の変動であり、時代によって観測所が移転したこと (1940年)、風速計の検定定数が変更されたこと(1950年)、風速計の種類が変更されたこと (1961年、1975年、1982年)、観測所の周辺に建物が多くなり風速が弱まったこと(1960~1990年)、 風速計の設置高度が高くなり(1992年以降)風速が強く観測されるようになったことを表している。

60.2 風速

機械的な風速計
半球形の風杯が4個からなる4杯式風速計(ロビンソン風速計)は1960年頃まで利用されてきた。 風圧による回転トルクをよくするために回転軸から風杯までの距離を長く作ってある。

一般に、器械的な風速計の追従性は、風速が増加する加速時が減速時よりもよく(時定数が短い)、 平均風速は実際よりも強めに観測される。4杯式風速計は慣性が大きく、減速時に風が止んでも回転 を続ける傾向があり、過大な平均風速を記録する。

気象官署で1960年ころから使われるようになった3杯式風速計は回転半径を短く作るなどの工夫により、 回り過ぎを少なくした。1970年代から風車型(プロペラ型)が使われている。観測所により異なるが 1980年代までは、風圧に比べ重い発電機を回す構造のため、微風時は平均風速を弱めに観測している。 それ以後は、パルス式となり、この傾向はなくなった。

定常的な気象観測とは別に、1950年代から地上付近の風や気温などについての研究が盛んになり、 軽量の3杯式風速計が使われるようになった。

超音波風速計
音波が風で流されることを利用した超音波風速計がある。音波の発信部から受信部までの距離は 0.1~0.2m程度である。発信・受信のセンサー間の距離が短いので細かな風速変動を観測できるが、 センサーに水滴などが付着したり、わずかな変形が音波の伝播距離を変え、観測の誤差となる。 3次元的に組み合わせれば、平均風向成分、それに垂直な横方向成分、上下の鉛直成分を観測できる。

日本では、超音波風速計は1960年代から使われるようになり、その当初から筆者は利用してきた。 風速ゼロの状態をつくるのに0.8m立方ほどの木箱に3次元風速計のセンサーを入れてゼロ点を調節 した。ゼロ点がずれるので時々この方法でチェックしなければならなかった。

箱の中でも風速ゼロの状態をつくることは難しい。なぜなら、発信部の素子は超音波で振動し熱を 持ち、一筋の上昇流を生じる。その流れに受信部が影響されないよう置き方に注意しなければなら なかった。

発信・受信部の素子も、それらの支柱も対称形に作られているが、厳密には超音波の流れに対しては 非対称で、目視や水準器では確認できない。3次元に組み合わされたセンサーを風洞に入れて、仰角 と方位角を変えながら出力を検定した。こうした検定を行い、データ処理する者は、現在でもほとんど いないのではなかろうか。

多芯ケーブルとコネクターははんだ付けされており、時々はんだが外れる。センサーからの 多芯ケーブルは数箇所のコネクターを経て回路までつながっている。外れた箇所を探すのに時間が かかり、観測者は計器に振り回される有様であった。複雑な電子回路は時々ノイズを拾い、風速変動 に混じって記録される。記録からノイズを除去し、真の変動を取り出すための前処理に時間を要した。 記録は磁気テープと記録紙の両方にとり、記録紙上でノイズの判別を行い、どういう変動をノイズと 見なすべきかを検討した。

現在では、はんだ付けが外れるような故障はないが、ゼロ点のチェックや仰角・方位角特性の補正 は行わねばならない。

風速に限らず他の要素でも同様に、ノイズ(誤差)と眞値を見分けることが重要となる。それには 理論的な考察も必要となる。研究者の大半の時間がこの仕事に費やされているといっても過言では ない。

風速計の距離定数
機械的な風速計の時定数は風速が強くなるほど短くなる。時定数と風速の積を距離定数という。風が距離定数 の長さだけ走れば、風速計の回転数が定常的フル回転時の63%(=1-1/e)になる。距離定数が長い 風速計では瞬間的な風速(最大瞬間風速)を弱めに記録することになる。距離定数は、3杯式風速計 やプロペラ式風速計では10m前後、研究用の軽量3杯風速計や軽量の風車型風速計では1~2m前後で ある。

地上風の特徴
摩擦の少ない上空の風速が同じ場合でも、地上の平均風速と乱流の強さは、
(1)地表面からの高さ、
(2)地表面の凹凸と関係する風に対する粗度、
(3)大気の安定度など、さまざまな条件によって変わる。

表60.1 風速計の地上からの高度=20m、上空の風速=20m/sのときの平均風速と突風率 (=最大瞬間風速/平均風速)と最大瞬間風速の比較。前章 「M59. 都市気候」の表59.3に同じ。

  粗度     平均風速      突風率   最大瞬間風速
  m        m/s                       m/s
   1         7             2.7       19±2
   0.1      10             2.0       20±2
   0.0005   14             1.5       21±2  


粗度との関係を表60.1に示した。粗度1m、0.1m、0.0005mはそれぞれ都市、田園集落、平坦な 積雪地や水面に相当する。

60.3 気温

気候解析上の注意
長期間の気候資料では、時代によって観測方法と統計方法が変更され、データは均質でないので、 様々な補正を施す必要がある。

放射の影響
センサーに及ぼす放射の影響として、日中は日射の影響により高めの温度を、夜間は(上空の低温 大気からの)大気放射の影響により低めの温度を観測する。この誤差を小さくするため、温度 センサーに当てる通風速度は大きく、センサーの寸法は小さく作る。しかし、小さなセンサーでは、 細かな気温変動(瞬間値)を観測するので、通常の観測には適さない。

太陽の直射のみ防いだ場合、誤差の目安は次の通りである。風速=0.1m/s, 1m/s, 10m/sとし、 センサーを直径10mmの球とした場合、誤差はそれぞれ5℃、2℃、0.7℃となり、センサーの直径 を1mmの球とした場合の誤差は1℃、0.5℃、0.2℃となる。正確に観測したい場合は、直射除けに 加えて、さらに2重の通風筒に入れる必要がある(近藤、1982、大気境界層の科学、図3.4)。

放射影響による誤差と風速との関係は、本ホームページの「研究の指針」の 「K16. 気温の観測方法」の図16.3にも掲載してある。

温度センサーの時定数
時定数は、センサーの質量、空気と接する表面積、体積熱容量、空気の体積熱容量および熱交換速度 を含む熱収支式から求められる(近藤、1982、3章)。

温度計の時定数
図60.2 風向に垂直な円柱状温度センサーの時定数と風速の関係、パラメータは直径。 ただしセンサーの体積熱容量=4.2 ×10JK-1-3のとき (近藤、1982、大気境界層の科学、図3.3より転載)

図60.2 は円柱状センサーの体積熱容量が水に相当する場合である。通常の温度計に使われている 金属やガラスの体積熱容量は水の約半分であるので、縦軸の時定数は1/2 となる。また、センサーが 近似的に球と見なされる場合は、球の熱交換速度が円柱に比べて約2倍あり、時定数は円柱のときの 1/2~1/3となる。

60.4 湿度

湿度計の種類
相対湿度の自記記録用に毛髪湿度計がある。湿度によって毛髪が伸び縮みする性質を利用したもので ある。筆者が大学院生のころ調べた結果によれば、誤差は±5%程度ある。それゆえ、自記記録する 場合は、時々、別の測器でチェックする必要がある。

最近では高分子膜湿度計が使われるようになった。これは高分子膜の吸湿によって誘電率つまり 静電容量が変化することを利用したものである。

古くから乾湿計によって湿度が観測されてきた。これは温度計にガーゼを巻き水で湿らせると、 温度(湿球温度)が下がる原理を利用したものである。もう一方の温度計(乾球温度)との温度差 から湿度(水蒸気圧)を計算する。その計算式に含まれる定数のことを乾湿計定数という。

気象官署では1950年ころ以前は乾湿計に風を当てず、自然のままに設置した乾球・湿球温度から 湿度を求めていた。1950年ころ以後は、乾球・湿球を通風装置に入れ、風を当てて観測するように なった。「アスマン通風乾湿計」が多方面で利用されている。

乾湿計定数
乾球・湿球の温度差が飽差(=飽和水蒸気圧と水蒸気圧の差)に比例する。この温度差に乾湿計定数 を掛け算して飽差を求め、水蒸気圧を知ることができる。

乾湿計定数として、多種の値が提案されてきた。そのうち日本では、非通風式に対してアンゴー式が、 通風式に対してスプルング式が用いられる。非通風式の観測時代に求めた湿度と、通風式の観測時代 に求めた湿度は、全体としては概略連続したデータであるが、細かくは不連続で補正しなければ ならない。

つまり、乾湿計の湿球温度は後述するように熱収支計の一種であり、その温度は 地表面温度が決まるように、大気中の湿度のみならず、気温や風速(熱交換速度)、放射の条件に よって変化し、熱交換速度は物体の寸法によっても変わる。

筆者が大学院生の時、熱収支の原理で調べると、湿球の形状(感部が球状のFuss型、やや長めの Assmann型)のほか、風速、気温、現実には放射の影響も受け、乾湿計定数は一定ではないことが わかった。

非通風式用のアンゴー式も不完全なことがわかり、その時代に求められた相対湿度は通風式時代の 値に比べて、低温時に1~5%高めの湿度、高温時(ただし相対湿度>40%)に2~4%低めの湿度と して記録されていることがわかった。

60.5 顕熱と水蒸気の鉛直輸送量

風速の細かな変動(乱流)によって、地上では鉛直方向に熱が運ばれている。これを顕熱輸送という。 地表面温度や気温の変化は、放射熱のほかに顕熱輸送によって起こる現象である。日中の顕熱輸送量 は地面から上向きに、夜間は下向きに運ばれる。

超音波風速計と時定数の小さな気温センサーを組み合わせて、各瞬間の鉛直流と気温を10~30分間 連続測定すれば、その間に運ばれた顕熱輸送量がわかる。

さらに時定数の小さい湿度センサーと組み合わせれば、水蒸気の鉛直輸送量が観測できる。地面付近 では、水蒸気の鉛直輸送量は蒸発量に等しくなる。

時定数の小さい湿度計として、赤外湿度計がある。これは吸収が強い波長範囲の赤外線が水蒸気に よって吸収される原理を用いた測器である。赤外発信部から出た赤外線は、光路上の水蒸気量が増え れば吸収される量が増え、受信部に届く赤外線の量が減る。

注:乱流による鉛直輸送量
地面付近では乱流によって風がもつ運動量(=空気密度×風速)の鉛直輸送量、すなわち地面に働く 摩擦力や、顕熱、潜熱が鉛直方向に運ばれている。細かな乱流の記録と鉛直輸送の仕組みについて は、「研究の指針」の「基礎1:地表近くの風」の1.2節: 乱流の働き(図1.2)に説明されている。

次節の放射量も含め、熱や水蒸気などの物理量の鉛直輸送量の測定精度は、風速や気温や湿度その ものの場合と比べて一般によくない。特に注意深い観測でなければ、5~10%程度の誤差があると みなされる。

60.6 放射量

測定原理
(1)受感部が平衡状態になったときの温度(基準の温度からの上昇量)を測る方法と、
(2)過渡的な温度の上昇速度を測る方法がある。

原理(1)の例として、黒色塗装された受感部と放射計内の基準点の温度差を測る方式の放射計が ある。受感部の温度が風の影響を受けないよう、透明カバーで覆う。ガラスは長波放射を透過しない ので、長波放射計では長波を透過するポリエチレン薄膜などを用いる。厳密に言うと、完全に透明な カバーはなく、日射・大気放射の一部を吸収しカバーの温度は変わり、その温度からの放射量が 受感部に入る。カバーの温度は風速の影響を受ける。これが観測の誤差となる。

直達日射計
図60.3 直達日射計を測る原理。

図60.3 は原理(2)に基づく直達日射計の模式図である。太陽光線が受感部に当たるときは、 同時に太陽光線が入口付近の穴を通って指定点(図の右下の点)に当たることを目で確認できる ように作ってある。

受感部の温度は時間と共に上昇して平衡状態に達する。そのときの温度上昇量は日射量に比例する。 図60.4 は受感部の温度上昇の時間変化である。初期状態からしばらく経つと、受感部と周囲との 温度差は大きくなり受感部からの放熱が増加しやがて平衡になる。受感部からの放熱量は諸々の 条件に支配され複雑になるので、温度上昇が直線的に増加する初期時刻のころの温度上昇率を測れば 測定精度がよくなる。

時定数600秒の温度上昇
図60.4 時定数600秒の物体の温度上昇。点線は平衡状態のときの温度上昇が20℃、破線は10℃の場合。

手製の直達日射計
図60.4において例えば、180秒(3分)までの温度上昇量を測って直達日射量を求める。温度上昇量が 日射量の何W/m2に相当するか、あらかじめ基準の日射計によって検定する。簡便器では直達日射量の 実験式(近藤、2000、付録E)による計算値を使って検定定数を決める。

筆者は図60.3 に示す直達日射計を自作し、冬のガラス窓に着いた露による日射の透過率を測った ことがある。乳児浴槽用の温度計の受感部を日射計の受感部として利用した。それは黒に色づけ されたアルコール温度計で、長さ150mm、0~50℃用、受感部の長さ15mm、直径4mmである。 日射計の筒はヨーグルト容器と氷菓のプラスチック・ケースなど廃物利用した。

測定時は床に座り、日射計の筒は両足で挟むと数分間は完全に太陽の方向に向けていられる。 時計の秒針を見ながら、30秒間隔で温度計を読み取り、グラフにプロットし、その勾配から直達 日射量を求める。

自作の直達日射計の写真と実験グラフは「研究の指針」の 「K16. 気温の観測方法」の図16.1、図16.2に掲載されている。

放射温度計
放射温度計は、物体がその温度に応じて放つ長波放射量を遠隔的に測って物体温度を知ることが できる測器である。衛星や航空機から地球表面温度や雲頂温度が測られている。地上では少し離れた 場所の物体や地面の温度を測ることができる。地上から厚い雲に向けて測ると雲底の温度が示度と なる。

長波放射は水蒸気、二酸化炭素などにより、吸収・射出があるので、吸収・射出の少ない波長範囲 の放射量を測る。吸収・射出が少ない範囲を透過するフィルターが取り付けられている。測器に よってフィルターの透過特性は異なる。市販品として8~12μm、8~16μmなどがある。

広い波長範囲を用いれば、受信するエネルギーが大きく感度はよくなるが、水蒸気などによる 吸収・射出の波長範囲も受信するようになり、誤差が大きくなるという 欠点をもつことになる。

完全に透過する波長範囲はないので、放射温度計と対象物の距離が数十m以上になると、 測定されるのは途中の気温と対象物体の温度の中間温度となる。短距離なら対象物体の温度に近いが、 距離とともに示度は途中の気温に近づいていく。

放射温度計検定
図60.5 放射温度計の簡単な検定法。反射除けカバーは、放射で加熱(日中)または冷却(夜間) しても水面側に影響しないよう、熱伝導の悪い材質(ダンボールなど)でつくる。

放射温度計の精度を上げるために、水温を測って検定する方法がある(図60.5)。水は完全な黒体で なく放射を反射し、その反射率は水面に垂直のときは小さいが入射角度とともに大きくなる。 注意として、
(1)放射温度計を水面に向けるときは垂直方向にする。
(2)野外では、水面はその直下の深さ10mm程度の水温より0.1~0.5℃ほど低温になるので、 水を撹拌しながら検定する。
(3)反射除けを使う。反射除けとして、その瞬間、自分が容器に覆いかぶさってもよい。

60.7 蒸発量

熱収支計
放射計に限らず、熱線風速計、温度計、乾湿計、蒸発計など、そのセンサーの温度、あるいは蒸発量 を測る測器は、すべて熱収支計である。熱線風速計の温度(電気抵抗値)は風速以外の条件に影響 されないように工夫してあり、放射計は放射以外の条件、すなわち風速などの影響を受けにくく工夫 してある。 それでも、多少なりとも他の要素の影響を受け、それが観測誤差となる。

蒸発計
蒸発計は、水を入れた容器から蒸発によって減った水を測る測器である。 蒸発計は総合的な環境パラメータの測器であると考えられる。大気の乾湿、大気汚染による日射量 の減衰、観測露場の地面付近の風速など、長期変化が蒸発量の値に表れてくる。

日本の気象官署では小型蒸発計(直径0.2m)は1965年ころ、大型蒸発計(直径1.2m)は2002年に観測を 中止したが、外国では継続して観測しているところもある。小型蒸発計からの蒸発量は湿った地表面 からの蒸発量の目安となり、浅い湖からの蒸発量の1.5倍程度である。中国の小型蒸発計は地面から 離れた台に設置され、風当たりが強いので、気温や日射量など他の条件が同じ場合、日本の蒸発量 の1.25倍となる。

気象庁の観測法では、蒸発計の水が氷結したときは、氷を水に取り換える。これは熱(融解熱)を 人為的に加えており、冬季の蒸発量を大きめに観測することになるので資料の利用に際し注意が 必要である。

世界的な話題
蒸発計による蒸発量が世界的に減少傾向にあることが水文気候の分野で話題になったことがある。 その後、観測所によっては減少ではなく増加する所もあることがわかる。筆者は、この現象は広域 気候の問題ではなく、観測所の周辺に建築物が増えて観測露場の風速が弱まるなどして蒸発量は 減少したと考えた。風速計の設置高度に変化がない観測所でも風速が弱くなる傾向があり、 都市では都市化による気温上昇がある。これと同じように、観測所の局所的な環境変化問題である。

60.8 降水量

雨量計の受水口の断面上に降ってくる降水粒子(液体降水:雨滴、固体降水:雪片、あられ、ひょう) のすべてが雨量計に入るわけではない。そのときの捕捉率は風速が強くなるほど低下し、降水量は 実際よりも少なめに観測される。

1980年代のこと、豪雪地帯の岩手県北上川支流の水収支研究の目的として、和賀川の湯田ダムで 降水量の資料を見せてもらったところ、わずかの降水量しか観測されていない。雨量計の設置場所 を聞くと、ダム管理事務所の屋上であり、降雪粒子は風でほとんど吹き飛ばされて雨量計に入らない ことがわかった。現実には、その周辺地域は深い積雪で覆われていた。

後日、降雪時の雨量計の捕捉率に関する論文を調べると、風速が6m/s以上では捕捉率は0.3以下と なっている。

風速と捕捉率の実験式を作り、冬の降水量は補正することにした。中国の降雪地域の熱収支・水収支 研究を行ったとき、この補正により降雪量、融雪量、蒸発量などを数年間連続して計算し、積雪が 消える消雪日の予測ができた。

最近、捕捉率について中井・横山(2009)は自らの観測も含め、いろいろな受水器について捕捉率の 研究をしている。捕捉率は雨量計の受水器の形状によっても変わる。第60.6図はそれをもとに作成した 受水口付近の風速と捕捉率の関係である。実線で示す溢水式は、雨量計の周りに円筒形の風除けを 取り付け、風の影響を少なくしてあり、改善は見られるが、それでも5~10m/sの強風時には降水量は 実際の80~90%(雨)、40~60%(雪など固体降水)しか観測されない。

雨量計の捕捉率
図60.6 雨量計受水口付近の風速と降水粒子の捕捉率。上図:液体降水、下図:固体降水 (中井・横山、2009、に基づき作図)

むすび
気象資料に限らず、情報は鵜呑みにせず、各種の情報間に矛盾がないか、物理法則に矛盾していない か吟味して利用するよう心がけよう。

現在の防災科学技術研究所の前身・国立防災科学技術センターの所長をされた菅原正巳氏は河川 流出量を計算するタンクモデルで有名である。流域の降水量と貯留量と流出量が矛盾しないように 作られている。かつて、途上国で測定された流出量のデータのうち数10%が偽であったことを指摘 すると、その国の役人は「世界銀行から金を借りるのに、資料が揃ってないと、いけないので・・・・」 とこたえ、平然としていたという(菅原・近藤、1993)。

ごまかしたり間違ったデータは、だれかに見抜かれるものである。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、219 pp.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、324 pp.

中井専人、横山宏太郎、2009:降水量計の捕捉損失補正の重要さ―測器メタデータ整備の必要性―. 天気、56、69-74.

菅原正巳・近藤純正、1993:「タンクモデルと共に」-A氏にあてた手紙よりー、「面白かった モデル生い立ちの話」-菅原先生へのお礼の手紙からー.水文・水資源学会誌、、 268-275.



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