M38.連続講座 Q&A(その2)
	著者:近藤純正

	連続講座(M25~M36:2008年春)で出された質問に対する回答(その2)です。
	(完成:2008年5月19日)

	目次
	6.水温に関するQ&A(1問)
	7.風や台風に関するQ&A(8問)
	8. 放射冷却や住環境に関するQ&A(3問)
	参考書
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更新記録
2008年4月7日:2つのQ&A(Q6.1~Q7.1)を完成
2008年4月20日:5つのQ&A(Q7.2~7.5、Q8.1~8.2)を追加
2008年5月18日:Q7.6~7.8、Q8.3を追加



6.水温に関するQ&A

Q6.1 河川の水温は鉛直方向にほぼ等温ということですが、 川で水泳したとき、底が冷たかった経験があります。どこが違う のでしょうか?(K)


A6.1 表面に比べて水の底が冷たかったのは、多分、水が流れ ない水たまりだったからでしょう。 一般に、川の水は流れており、その流れにできる乱流によって、上下に かき混ぜられてほとんど等温になっています。

湖沼のように水が流れていない場合、夏の日中の水温は表面と底で数℃の 差があります。

図38.1は宮城県北部の内沼(白鳥の飛来で有名な伊豆沼の隣)で6月の晴天日 に観測した水温鉛直分布です。夜間~日出前はほとんど等温(図示していない) ですが、14:55(青線)には水面では26.7℃、深さ0.4m以深で急に 低温となり、底(水深1m)では21.7℃となり、温度差は5℃もあります。

内沼の水温1
図38.1 宮城県内沼で観測した水温鉛直分布の時間変化、9:32分~19:00 まで、青線は水面で最高水温のとき(14:55)の分布。各分布につけた数値 は時刻を表す。

参考までに、図38.2は蒸発を抑えるために高級アルコールのOED皮膜で水面を 覆った場合を示し、最高表面水温になる時刻(15:05、黄線)には上下の 温度差は7.3℃(=29.8-22.5℃)にも達しています。

内沼の水温2
図38.2 前図に同じ、ただし、蒸発抑制剤OED[ OxyEthylene Docosanol: C22H45O(CH2CH2O)nH ] を散布した場所における10:32分~19:40まで、黄線は水面で 最高水温のとき(15:05)の分布。

図38.1~2は浅い湖沼における日中の水温鉛直分布の時間変化の例です。一般に 浅い湖は透明度が低く、表面付近の0~0.5m層で日射量(可視部と近赤外部の すべてを含む)の50%程度が吸収されます。

一般に、水深が深い湖ほど透明度がよくなることと、風による鉛直混合が 盛んになることで、急に低温になる深さ(温度躍層)が深く なります。平均水深21m(最大水深41m)の長野県野尻湖の水温鉛直分布 の例は「身近な気象の科学」図11.4に掲載されており、水温が急に低温に なるのは約10m程度です。温度躍層の深さは風速が強くなるほど深くなります。

7.風や台風に関するQ&A

Q7.1 住宅で下窓・高窓での温度差、あるいは天井と床での温度差 はどれだけあれば風は起こるか? 高さの差、室内の水平距離、温度差のうち、 何が一番影響するのでしょうか?(S)


A2.1 住宅など小規模空間では、温度差だけで生じる風は起き難い と考えます。吹いたとしても瞬間的でしょう。温度差で風が吹く原理は、 位置のエネルギー(密度差)が運動のエネルギー(風)に変換されること です。言い換えると、空気層が不安定になっているとき(下層で高温・上層で 低温、あるいは左右に温度差があるとき)、この不安定を解消するとき 空気流が生じて安定になります。そのようにして安定になれば、そのあとは 空気流はなくなります。

部屋では天井と床での温度差は10℃ほどになることもありますが、普通には 天井で高温、床面で低温となる安定な層状構造になり、風は起き難い。 部屋の換気が自然に起こるようにするには、部屋を風が通り抜ける構造に することが重要ではないでしょうか。

夏の場合、天井付近は高温になるので、天井裏から戸外へ高温空気を逃がす 通気路が必要でしょう。そうでなければ強制的に換気扇により換気することに なるでしょう。

次の例のうち、その1とその2は住宅などに比べて空間スケールが非常に 大きい場合であり、風速は相当程度の大きさになります。その3とその4は 実際の住宅や大きな建築物に応用できそうです。

その1:暴風のエネルギー
位置のエネルギーが運動のエネルギーに変換されて起こる風は暴風のエネル ギーとして知られています。図38.3は100年ほど前にマルグレス (M. Margules, 1906)によって考え出されたものです。 これは低気圧にともなって風が吹く原理を説明した図です。

暴風のエネルギー
図38.3 暖気と冷気の転換による位置のエネルギーの減少。
(a)最初の状態、(b)仕切りを取り外したとき、(c)最後の状態
(身近な気象の科学、図3.5、より転載)。

図38.3(a)のように箱の中に、密度の違う空気が仕切りを境にして並んで いるとき、仕切りを外すと、重い空気は軽い空気の下にもぐり込み、 最後の図(c)のようになる。(a)と(c)の状態をくらべれば、(c)のほうが空気の 位置のエネルギーが小さい。もし空気の混合がなければ、位置のエネルギー の減少分が運動のエネルギーになる。

計算式は「身近な気象の科学」の式(3.5)を参照していただくとして、 暖気と冷気の温度差=10℃、高さ=3kmとすると 風速=15.7m/sとなる。

風速は高さの平方根に比例、温度差の平方根にほぼ比例 するので、仮に高さ=10m(劇場)とすると風速=0.9m/sとなる。 これは風に対する摩擦がない場合を想定しており、実際の風は0.9m/sより 弱くなるはずです。

舞台風と呼ばれる風があります。舞台と観客の間に幕が張られ、観客が熱気 を出し、舞台と客席の間で10℃の温度差が生じていたとする。役者が舞台に 登場し、幕(どんちょう)が巻き上げられる瞬間、舞台から客席に向かって 冷たい風が吹き、注意すればその風を感じる。これが舞台風です。

一般の住宅に話を戻します。2つの部屋があり、居室が暖房で温められているとき、 冷たい隣室との間の仕切り(ドア)を開いた瞬間、居室に足元から冷気が 侵入する。短時間の間だけ風を感じるでしょう。

参考のために、次の図38.4に大気現象における水平規模の大きさ(スケール) と寿命時間の関係を示しました。移動性の高気圧・低気圧は1000km (=106m)のスケールをもち寿命は5日ほどで消滅し、 積雲は1000mのスケールをもち寿命は20分(=1200秒)程度の目安で 生成・消滅するという意味です。

スケールの寿命時間
図38.4 大気現象の水平スケールと寿命時間、オーランスキー(I. Orlanski, 1975) の分類による。

大規模な現象ほど長時間続くという関係を表して います。小規模な室内の現象にも、目安をたてる意味で応用できると考えます。

その2:斜面流の風速
大規模斜面流は南極大陸で見られ、10m/s以上の風速が観測されます (「身近な気象の科学」のp.65~p.66を参照)。つぎに、少し規模の小さい 斜面下降流を想定します。

温度差=10℃、落差=10m(斜面の傾斜角が30°のとき上端からの斜面長 が20m)のところでの斜面流の風速は0.5m/s程度となる (「地表面に近い大気の科学」のp.172~p.180を参照)。 これは、斜面が絶えず熱を失ない低温のままで続き 、風に対して摩擦が働く場合の現実的な風速です。

斜面流の速度は斜面直上の気温と水平方向に離れた場所の気温差の 平方根に比例し、落差(斜面上の標高差)の平方根に比例する。 風速は空間スケールの平方根にほぼ比例するので、 温度差=2℃、落差=1m(斜面の傾斜角=30°、斜面の長さ=2m) とすると、風速は0.1m/s未満の大きさとなります。

以上を要約すれば、(1)温度差で吹く室内の気流は数秒の短時間で終わり、 安定状態(天井が高温、床が低温)となる。(2)室内のある部分が絶えず 加熱または冷却されて温度差がつくられている(位置エネルギーが絶えず 生成されている)場合には0.1m/s程度の気流は生じうると考えられる。 (3)風速(気流速)は(温度差×空間スケール)の 平方根に比例する。 部屋の縦横比がおおよそ1に近いとき気流が生じやすく、縦に長い場合や 横に長い場合には気流は大きくなれないと考えられます。

その3:戸外が強風のときの自然換気
ベルヌーイの定理に基づく、動圧による吸気・換気はどれだけの効果が あるかを考えてみました。粘性がなく、運動の時間的変化が無視できるとき、 ベルヌーイの定理が成り立ちます。

動圧(ρv/2)+位置エネルギー(ρgz)+静圧(p)=一定

ここに、v:流速(風速)、ρ:空気密度(=1.2kg m-3)、g: 重力加速度、z:高さ。
戸外の風速が30m/sのときを計算すると、

動圧=540kg m-1s-2=540Pa(パスカル)= 5.4hPa(ヘクトパスカル)

通常、静圧(大気圧)は1000hPa前後であるので、5.4hPaは0.54%の気圧 変化に相当する。部屋の大きさが5m立方=125mだとすると、 1000hPaの気圧にあった室内空気のうち、容積0.54% (=0.68m=0.88m立方)の室内空気が戸外へ 出ることになります。

この効果は部屋の換気に役立ちます。動圧は風速の2乗 に比例するので、風速=10m/sなら、上記の1/9の動圧となり、室内 空気も上記の 1/9 (=0.075m=0.27m立方:バケツ一杯の 空気量)が戸外へ排出されることになります。

この検討から、戸外が強風のときは風の息に応じて動圧変化が生じ、 排気用の小窓を通して室内が換気される。部屋の反対側で風の 当たらない場所に吸気用の隙間を造っておけば、換気が容易に行われるで しょう。

その4:低気圧や煙突の原理による吸気・排気
高さ方向に高い建物があり、その中で絶えずエネルギーが発生 している場合、つまり戸外からの太陽光が差し込んだり、多数の人が出す 生理的エネルギー(代謝エネルギー:一人当たり約100ワット)がある場合、 室内は戸外に比べて全体として高温になり、戸外との密度差により、 床面のレベルの気圧が戸外より低くなります。この場合を考えてみましょう。

気圧はその面より上空にある空気の目方ですので、戸外に比べて 高温の室内は下部ほど気圧差が大きくなります。室内の高さを h とすれば、
戸外の気圧・・・・・床面から上空にある空気の目方
室内の気圧・・・・・床面から上空にある空気の目方
気圧差=空気密度の差×重力の加速度×h

室内の高さ方向の平均室温と戸外の気温差が10℃、h=1000m(極端な煙突) だとして、通常の条件を想定すれば、

 気圧差=0.04(kg/m3)×9.8(m/s2)×1000(m)
=392 kg m-1-2=392Pa(パスカル)
=3.9hPa(ヘクトパスカル)


これは晴天の日中に内陸大気が加熱されて局地的に発生する熱的低気圧に 相当します。 煙突の高さが100mの場合には気圧差≒0.4hPaとなり、前記(その3)の 戸外の風速が10m/s のときの動圧(0.6hPa)に匹敵し、それ相当の風が 吸気口から排気口に吹き上がることになります。

この原理で部屋の床面レベルから吸気、天井から排気が行われるように するには、実質的な天井が高いほどよく、側壁は断熱されてヒトの生活レベル (床面から1~2m)より上の側壁を通して熱の出入りがなく、室内の高温が 保たれ煙突の原理にかなう構造であれば、吸気・排気速度が大きく なると考えられます。

この場合は、部屋の高さと、室内外の温度差に 依存して気圧差が生じ、換気風速が決まることになります。

この煙突構造の例とはスケールが違いますが、夜間の盆地冷却によってできた盆地内と 盆地外の気圧差=1hPa(水平距離=50km)、盆地から出る峡谷をはさむ 両側の山の平均高さ=500m(山形県の庄内盆地の出口で発生する強風” 清川だし”)の例では、地上風速は3~5m/sが吹き、気圧差の平方根に比例 します。気圧差>4hPaのときの清川だしの風速は10m/s以上となり、 農業災害など起こすため恐れられています。

密度差によって生じる風や、戸外の風速変化にともなう動圧による換気、 その他について原理的に考察してみました。これらをもとに、換気孔に 風速計(熱線風速計)と小さな吹流しを設置して実験してみるのも面白い のではないでしょうか。


Q7.2 ニュースで報道される風速というのは、どの高さの風ですか? (KS)


A7.2 それは、気象台やアメダスなどの風速計を設置してある高さの 風速を表しています。風速計の設置高度は、昔はおおよそ15m前後が多かった のですが、都市にビルが建つようになってから、50m程度の観測所もあり、 大阪のように100mに近い観測所もあります。しかし、大阪では最近、風向 風速計だけ別の場所(公園)の23mの高度に移設しているようです。設置 高度の変更が頻繁に行われており、風の統計はたいへん難しい問題です。

測候所(無人化された特別地域気象観測所)の多くでは、設置高度は12~20m 程度、近くに障害物の少ないアメダスでは6.5m、家屋など障害物ができると 10m程度、都市内にある気象台は20~60m程度とみておけばよいでしょう。


Q7.3 都市のビル風は乱気流のためでしょうか?(S)


A7.3 ビル風は2つの特徴をもちます。
(1)風の通り道が狭められ風は狭いところに集中して通らざるをえなくなり、 平均風速が強くなる。
(2)その風の集中によって、風速勾配が急になり(少し離れただけで風速の違 いが大きくなり)風はねじれるようなって乱流(渦)が発生します。

もし、平らな所を吹いてきた乱気流の少ない風でも、ビルなど障害物に当たる と、その側壁や角の近くで風速は1.5~2倍に強くなり渦が発生し、 その渦は風下の長い距離(障害物の直径の10~100倍)にわたって続きます。

ビルの大きさが大きいほど、風速が強い時ほど渦(乱流)は発生しやすい。 この性質は空気流(風)でも水流でも同じであり、その流体のねばり (粘性)によっても変わってきます。


Q7.4 1983年4月に各地で発生した山火事の発端は何ですか?(S)


A7.4 当日の昼頃は、森林など宅地造成地やその他で作業していた 人たちがひと休みのために焚き火をしたりタバコで一服していました。 そこへ、不意打ちの強風が吹いてきて小さな火(人間がコントロールできる火) が火事(人間が簡単にコントロールできない火)へと広がっていったのです。 当日は不安定大気中で起きる強い乱流(風の息)で飛び火が盛んに繰り返され ました。


Q7.5 地表面の粗度とは?(S)


A7.5 地表面に存在するあらゆる物体(草、作物、建物、堤防など)は 風に対する抵抗(摩擦)として作用します。それを粗度(できぼこ度)と呼び、 粗度が大きいほど摩擦が大きく、その直上の平均風速を弱め、乱流(風の 息)を激しくしてしまいます。風に対する粗度は、目でみたでこぼこの大きさ (高さ)の1/10~1/100程度が目安です。


Q7.6 乱流を”風の息”というのはなぜですか? 初めて聞く用語 ですが。(S)


A7.6 風速が強くなったり弱くなったりする様子について、人間が息 をしている様子に似ていることから呼ぶようになったのかも知れません。 ヒトの息も状況によっては激しくなったり静かになったりするように、 風の乱流が似ているところがあります。似ていないところは、ヒトの息は 強弱があっても周期はほぼ規則的ですが、乱流は不規則というほうが適切 です。

 
Q7.7 今年(2008年17日現在)は5月だというのに日本に台風がくるのは どうしてですか? 南の海で台風が発生するのは毎年同じだと思いますが、 日本までは来なかったと思うのですが?(S)


A7.7 まず、気象庁による1951年以降の統計によれば、台風の発生数は 年によって2倍以上違います。少ない年は1969年(19個)、1998年(16個)、 多い年は1967年(39個)、1994年(36個)です。

台風の発生は年によっては1月からあり、5月について発生数の多かったのは 1971年(4個)、1980年(4個)、1997年(3個)、2008年(3個、5月19日日現在) です。このことから今年2008年が特別とは言い難いです。

日本(各地のどこかの気象台や測候所の300km以内)に接近した台風は、 記録では4月からあり、5月に2個が接近した年は1966年、1976年、1996年、 2000年、2008年ですので、2008年は例年より多いですが特殊とは言い難い でしょう。また、5月に台風が日本に上陸した年は1965年(1個)、2003年(1個) があるので、5月でも安心はできません。


Q7.8 トルネード(竜巻)はなぜ発生しますか?(S)


A7.8 竜巻は激しい積乱雲にともなって生じるが、発生原因については まだ確定していない部分があるようです。
積乱雲では雹が降ったりする激しい上昇気流と下降気流が混在しており、 軽くて暖かい上昇気流の部分の気圧が低くなって低気圧と同じように渦を 巻いて回転する部分ができる。一般に狭い範囲内で風速の違いが大きい (ウインドシアーがある)ところでは多数の渦が発生しやすい。このうち、 少数の渦が発達して竜巻に成長するのではないかと考えられている。

竜巻の中での風の回転方向は反時計回り(北半球)のものが多いが、たまに 逆回転の竜巻もある。渦の大きさが狭まると風速が増し回転速度も速くなる。 竜巻の中の風速は秒速100m以上である。

8.放射冷却や住環境に関するQ&A

Q8.1 放射冷却とはどのような現象なのですか?(O)


A8.1 一般に夜間は気温や地表面温度や地物の温度は下降します。 その第一の原因は、太陽が西に傾くと、太陽から与えられる熱エネルギー (日射量)よりも大きい熱エネルギー(目に見えない波長の長い長波放射) が地面から上に向かって放出されるからです。そのほかの原因として、 冷気が流れてきても、また、地表面が濡れていれば、それが乾くとき蒸発の 潜熱が奪われ、温度が下がります。

これらいろいろな原因のうち、微風の晴天夜には放射(長波放射)が他の 原因によるよりも温度低下に大きく効くようになります。このような場合、 「気温や地表面温度は放射冷却によって下降した」と呼びます。


Q8.2 真夏の晴天日の日中、気温が35℃だとした場合、放射冷却 によって何度ほどになりますか?(S)


A8.2 日本の夏は水蒸気量が多く、放射冷却は大きくならないのです。 通常の条件だと、朝方までに25℃程度まで下がります。つまり、最高気温 と最低気温の差(気温日較差)は10℃程度です。地表面温度は気温より さらに2℃程度低くなります。

放射冷却を利用して、たとえば水を夜間に冷やしたい場合、薄水を断熱材の 上に広げ、下からの熱(地中伝導熱)が伝わってこないよう工夫すれば、 普通の地面よりも5℃程度は低くすることは可能でしょう。この水を朝がた 地中の貯水槽に貯めて利用できますね。あるいは、天井に張れば、日中の 暑気を和らげる効果はあるでしょう。

放射冷却量は快晴、薄曇、曇天、雨天の順に小さくなっていきますが、 水蒸気量が多い夏には快晴時と薄雲時の放射冷却量に、ほとんど差が無く なります。

夏でも水蒸気量(地上から上空までに含まれる水蒸気量の全量)が少ない 高原や、乾燥日には放射冷却は大きくなります。それゆえ、登山したときは、 夏でも油断してはなりません。微風時には、夜間に地表面付近の温度が 平地の秋~冬~春と同程度に下降することが多いのです。とくに窪地では 気温下降がより大きくなるので注意しましょう。

高原で大きな放射冷却が起きることを利用した農業も考えられますね。 夜間の低温が生育・品質をよくする作物もあるような気がします。多分、 経験からそれに気づいている農家もいるのではないでしょうか? 経験も大切にし、その経験則について気象学的な解釈をする気持ちが大切 です。


Q8.3 新築のコンクリートの建物は数年間、冬が寒く風邪を引きやすい といわれているのは、コンクリートが乾燥するのに時間がかかり、放射や 蒸発の潜熱を人体から奪うからでしょうか? このことに ついて具体的に説明してほしいのです。新しいコンクリートには60% ほどの水分が含まれるといわれています。(S)


A8.3 原理的に考えるために、暖房など使用しない簡単な場合を 想定する。コンクリートの厚さの中に厚さ10cm(=100mm= 100kg/m)相当の水分が含まれていて、部屋内に向かって 完全に蒸発するのに365日掛かるとしよう(蒸発速度の平均は100/365= 0.27mm/d)。

E=0.27mm/d(=0.27kg m-2-1) の蒸発がある場合、
潜熱輸送量=lE=2.5×10J kg-1×0.27kg m-2/ (24×60×60s)
=7.8 J s-1-2
=7.8 W m-2・・・・・・室内から奪われる熱エネルギーの年平均値

以下では年平均値について検討するために、室温=20℃、人体(着衣含む) の表面温度=30℃、コンクリート壁面近くで生じる自然対流などによる交換 速度=0.005m/s とする(「地表面に近い大気の科学」、表5.1参照)。 人体はコンクリート壁と木質壁の間に居り、外からは日射などは入らないとする。 木質壁の温度=室温=20℃、コンクリート壁の温度=未知、室内空気から コンクリート壁に入る顕熱輸送量=未知として解く。木質壁には蒸発する 余分の水分は含まれず、また熱伝導が悪く、表面温度は室温となじんだ温度 になっているとする。

ここでは木質壁の家と新しいコンクリート壁の家の中を比較し、人体の 感じる温度がどの程度違うかを見積もるために、上記の条件を設定し、木質 壁とコンクリート壁の温度差を計算する。

注: 蒸発速度は半乾燥状態にある多穴質の物体からの蒸発過程 (砂漠の乾燥過程と同じ)を考慮して解けばよいのだが、そこまで凝った 計算の必要はなく、新しいコンクリートは数年で乾くことが知られており、 ここでは蒸発速度を与えた場合を計算する。

年平均状態、つまり定常状態における未知数は2つであるので、式は2つ あればよい。つまり、コンクリート面の熱収支式と顕熱輸送量を表す式を 連立して解くことになる。詳しくは参考文献の熱収支の計算法を参照して、

熱収支式:入力放射量=出る放射量+潜熱輸送量+顕熱輸送量・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
顕熱輸送量=空気の体積熱容量×交換速度×(コンクリート面温度-室温)・・・・・・・・(2)

入力放射量は木質壁20℃(293.2K)からの黒体放射量=419 W m-2
出る放射量=コンクリート温度Ts の黒体放射量=σTs(未知数)
ステファン・ボルツマン定数:σ=5.67×10-8W m-2K-4
潜熱輸送量=7.8 W m-2(上記にしたがって与える)
交換速度=0.005m/s (上記にしたがって与える)

  これらを式(1)(2)に代入して解けば、次の結果を得る。

新しいコンクリート面の温度:Ts=19.33℃(室温や木質壁より0.67℃低い)
したがってσTs=415.2 W m-2
同上面の顕熱輸送量:H=-4.0 W m-2(コンクリート面で冷やされる)

考察
(1)コンクリート壁は木質壁から差し引き3.8 W m-2の 正味放射量を受け、室内空気から4 W m-2の顕熱をもらい、 あわせて、7.8(=3.8+4.0) W m-2のエネルギーが 蒸発に費やされて1年間かかってコンクリートの水分が乾く。ワットは 毎秒当たりのエネルギーである。

(2)人体(着衣含む)の表面温度(=30℃)とコンクリート表面温度 (=19.33℃)の間で交換される長波放射量を比較すると、
人体から出す黒体放射量=479.2 W m-2
コンクリート面の出す黒体放射量=415.2 W m-2
差引き放射量=64.0 W m-2
だけの放射エネルギーを人体は失うので寒く感じる。

木質壁の表面温度(=20℃)に対しても人体は放射エネルギーを失うが、 コンクリート面に向かって失うよりは3.8 W m-2少ない。 この違いが木質壁はコンクリート壁よりも暖かく感じるわけである。 体感温度として概略1℃程度の違いとみてよいで しょう。なお、人体は1℃の差を感じます。

1℃の違いに人体が感じることは「M20.裸地面上の 極小低温層(特別講義)」の20.6節「30年後の病室―極小低温層の出現!」 の(2)「ヒトは何℃の変化に感じるか?」に体験として書いてあります。

人体の表面(概略1平方メートルの表面積)から出る1日平均の放熱量は100 ワットであり、その5~10%(5~10ワット)に相当する分が変化すれば、人体 は寒い・暑い、あるいは快・不快を感じるでしょう。

上では新しいコンクリート建ての中における寒候期に寒さの度合いを議論する ために簡単な条件を想定しましたが、一般には人体の皮膚の露出の割合、 着衣の状況、周辺の放射環境など様々な条件が体感温度を支配することに なります。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学.東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

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