M110.砂漠における地表面と大気間の水交換

著者:近藤純正
中国・乾燥地域の水収支を知るために、裸地面の蒸発モデルを開発した。 土壌の含水率が多いときの蒸発量は風速の関数となるが、含水率が小さくなると 蒸発量は風速と無関係になり、大気中の水蒸気量と地表面温度によって決まる。 本稿では、蒸発モデルを年降水量14mmの中国トルファンに応用し、 土壌含水率の時間変化を求めた。土壌の最上層では降水日とその後を含む数日間に スパイク状(とがった波形状)の含水率の変化が見られるが、 深い層では含水率の時間変化は鈍く、日々の変化はほとんどなく、 半年遅れの季節変化となる。これは、日本など湿潤地域と異なり、 乾燥地域で見られる特徴である。 (完成:2023年2月26日)

本稿は自然をより正しく深く理解するための一般向け新刊書「身近な気象のふしぎ」 (東京大学出版会)の 第10章「砂時計に学ぶ砂漠の気候」 について、補足の資料も加えた概要解説である。 より詳しい内容は新刊書をご覧下さい。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新記録
2023年2月25日:素案の作成


   目次
         10.1 はしがき
         10.2 裸地面の蒸発モデルの開発
         10.3  土壌と大気間の蒸発・凝結過程
         10.4  乾燥地域トルファンにおける土壌水分の時間変化
         まとめ
         文献

      謝辞
          本稿の作成にあたり鳥取大学の木村玲二准教授にご協力いただいた。
          ここに厚く御礼申し上げる。           

10.1 はしがき

1986年の頃であった。降水量の少ない中国の乾燥地域における水収支についての 日中共同観測研究が計画された。しかし、当時は乾燥気候の裸地面蒸発量の 観測方法が確立していなかった。それまで湿潤地域の先進国で開発された方法 によれば、蒸発速度は風速が強いほど大きくなる、というものであった。 そこで筆者は、研究プロジェクトには参加せずに、裸地面蒸発量の評価方法を 開発することにした。

本稿では、裸地面蒸発の評価方法の開発と中国各地への応用例として、 年降水量がわずか14mm/yのトルファンにおける土壌水分の季節変化について 解説する。


10.2 裸地面の蒸発モデルの開発

裸地面蒸発の基本的な原理を知るために、直径0.3m、深さ0.06mの皿に、 厚さ0.02mの湿った土壌または砂を入れて、風の吹く戸外で乾燥させた。 乾燥するにしたがって、蒸発速度は小さくなる。それを表わすパラメータは 土壌間隙の奥から地表面までの水蒸気の流れに対する距離、 すなわち表層土壌中の水蒸気の「分子拡散距離」F(単位:m)である。 土壌が乾燥し、体積含水率θが小さくなるにしたがって F は大きくなることがわかった(Kondo, Saigusa and Sato, 1990)。 ここに、体積含水率θとは単位体積の土壌に含まれる液体水の体積である (単位:m3/m3)。θが飽和のときを飽和体積含水率 θSATという。 以後、体積含水率は「含水率」と呼ぶことにする。

続いて今度は、直径0.3mの皿に深さ0.1mまたは0.12mの土壌を入れた容器の 重量変化を1時間ごとに測り蒸発量を求めた。土壌温度は深さ5点で測定、 土壌水分量は深さ7点についてオーブン乾燥による重量変化から直接的な方法で 求めた。同時に裸地面蒸発の計算モデルをつくり、実測値と 計算値がよく合うことを確かめた(Kondo, Saigusa and Sato, 1992)。 以下に計算モデルの概要を示す。

分子拡散距離と含水率の関係
図10.2 土壌内から大気への水蒸気輸送の抵抗表示。 


図10.1は、地中から大気への水蒸気輸送を表わす模式図で、q*、qS、 qはそれぞれ土壌の空隙内空気の比湿(その温度に対する飽和比湿)、 地表面の比湿、大気中のある高度での比湿である。「比湿」とは、 空気中に含まれる水蒸気の密度ρWの湿潤空気の密度 ρ に対する比 (ρW/ρ)である。

ここで、蒸発量を電流、比湿差を電位差に例えれば、オームの法則が成り立つ。 土壌の空隙内での水蒸気拡散の抵抗をrs , 大気中の抵抗を raとすれば、qSは常にq*とq、およびrsと ra の兼ね合いで決まる量となる。水蒸気の流れ、 すなわち蒸発速度E は次式で表わされる。

 大気中: E=ρCHU(qS-q)= ρ(qS-q)/ra  ・・・・・・・(10.1)
 土壌内: E=ρD(q*-qS)/F= ρ(q*-qS)/ rs  ・・・・・(10.2)

ただし、ρ(=1.19 kg m-3、20℃)は空気密度、D (=2.54×10-5m2s-1、20℃)は 水蒸気の分子拡散係数、CHU は交換速度(風速の関数、単位:m/s) である。また、水蒸気輸送の抵抗 ra とrs は 次式で定義される。

  大気中:ra=1/CHU ・・・・・・・・・・・・・・・(10.3)
  土壌内:rs=F/D  ・・・・・・・・・・・・・・・(10.4)

したがって、式(10.1)と(10.2)よりqS を消去すると、 蒸発量は次式で表わされる。

  E =ρ(q*-q) / (ra+rs) ・・・・・・・・・(10.5)

ra は風速の関数であり裸地面では概略50~400 s/m である。 次に、rs=F/D について説明しよう。

水蒸気輸送の抵抗表示
図10.2 土壌表層0.02mの水蒸気の分子拡散距離と含水率の関係 (Kondo and Saigusa, 1994)。成田砂のθSAT=0.40, ロームのθSAT=0.535である。  


図10.2は土壌として成田砂とロームについて実験から求めたFとθの関係である。 θが小さくなると、水は入り組んだ間隙の奥にのみ存在し、 水は土壌粒子に強い力で吸着するようになるため、蒸発しにくくなる。 このとき、水蒸気が地表面に達するまでの見かけの距離が長く、 Fの値は大きくなる。このとき、ra <<rs で蒸発速度 E は rs で決まる、つまり
「比較的に乾燥した土壌からの蒸発量は風速 U に無関係になる」
という結論が得られる。

注:地表面が十分に湿ったときの蒸発量
土壌水分が十分に大きくなり、表層土壌中の水蒸気の「分子拡散距離」Fが 非常に小さいところでは(Fの最大値の1/100以下:F<4×10-4m)、 地表面の比湿qSはq* にほぼ等しくなり、式(10.5)で表わされる蒸発量は、 表層土壌の含水率θとはほとんど無関係に大気側の条件のみで決まる (rs≒0)。すなわち、E =ρ(q*-q) / ra = ρ(qS-q) / ra となる。このときのqS =qsat(Ts) となるので、地表面が十分に湿っているときの式(10.5)は、

E=ρ[qsat(Ts)-q ] / ra ・・・・・・(10.6)

となる。ここに、qsat(Ts)は地表面温度Tsに対する飽和比湿である。


モデル開発のまとめとして、裸地面蒸発の多層モデルを開発した。 このモデルでは、土壌中の任意の深さで起きる水の気化を表現するため、 気化に対する抵抗を表わすパラメータは土壌の含水率の関数とした。 この土壌多層モデル(森林に似たキャノピーモデル)により、 野外観測と野外実験により得られた乾燥期間中の土壌面からの蒸発量、地温、 含水率分布の時間変化をよく再現することができた(Kondo and Saigusa, 1994)。 なお、多層モデルは、最上層0.01 m層(深さ0~0.02 m)、 第2層0.04 m層(0.02~0.06 m)、第3層0.1 m層(0.06~0.14 m)、 第4層0.18 m層(0.14~0.22 m)、第5層0.26 m層(0.22~0.3 m)、 ・・・・第10層0.66 m層(0.62~0.7 m)と全10層で構成されている (Kondo and Xu, 1997)。

こうして、中国の乾燥地域における水収支研究が進むことになった。 湿潤域も含む中国各地30地点の気象観測所における毎日の日平均気温、 最高・最低気温、日照時間、日降水量、風速の日平均値、 水蒸気圧の日平均値の観測値を用いる。 注意として、雨量計の周辺風速が強くなると、降水粒子(雨滴、雪片、氷片) が雨量計に入る割合(捕捉率)は小さくなる。 特に冬の降雪時の降水量は不正確であるので、 捕捉率は風速の関数として降水量の観測値は補正した値を用いた。 これらのデータから気温と日射量の日変化パターンが表わされる。 次いで、地表面の熱収支式から土壌各層の温度の日変化、蒸発量、 顕熱輸送量が計算される。土壌として(1)保水性のよい火山性土の黒ボク土 (圃場容水量θ=0.512,飽和含水率θSAT=0.72)、 (2)中国蘭州の粘土質のローム(θ=0.336,θSAT =0.53)、(3)細砂質の成田砂(θ=0.250,θSAT =0.40)、(4)鳥取砂丘の排水性のよい砂(θ=0.086, θSAT=0.43)の4種類について計算した。ここに、 圃場容水量θ(ほじょうようすいりょう:field capacity)とは、 土壌から過剰な水が排水されて、重力による下方への移動速度が 小さくなったときの含水率である。十分な降雨があれば 飽和体積含水率θSATとなり、その2~3日後にはθ となる。


10.3 土壌と大気間の蒸発・凝結過程

乾燥地域では、一般に大気の比湿が小さいので、土壌の含水率は低い値 (平衡状態で蒸発速度=0の前後)で変動している。 前述の蒸発モデルによる計算によれば、ロームでは含水率<10-1、 砂では含水率<10-2で土壌の小空隙内の比湿が急激に小さくなる (図10.3)。含水率が大きい範囲で曲線が水平になっているのは、 比湿が飽和比湿になることを表し、温度20℃で飽和比湿=0.01417 kg/kg、 30℃で飽和比湿=0.02657 kg/kg である。

平衡状態の含水率
図10.3 平衡状態における土壌の含水率と小空隙内の比湿との関係。 太い曲線は砂、細い曲線はローム、土壌の温度が20℃(実線)と30℃(破線) のとき(近藤、1994、第7図より転載)。  


図10.3において、例えば大気の比湿=0.01 kg/kgの場合を想定すると、 砂(太い曲線)の場合には、土壌内温度=20℃のとき、含水率≒4×10-3 (白丸印)で平衡状態、土壌内温度=30℃のとき2.3×10-3 (黒丸印)で平衡状態となる。いずれも平衡状態では蒸発速度=0となる。 平衡状態の値よりも土壌の含水率が大きいときは蒸発が、 小さいときは凝結が起こる。すなわち、例えば昼夜ともに大気の比湿が一定のとき、 夜間に平衡状態になっていても日中に地温が上昇すると、 蒸発が起きて土壌水分は減少することになる。ロームでは、 砂に比べて含水率が1桁大きい値で平衡状態になる。ただし、 砂でもロームでも平衡状態になるまでには時間がかかる。それゆえ、 平衡状態になることは希で、それに近づこうとする遷移過程にあることが多い。 これらのことから、乾燥地域における土壌・大気間の水蒸気交換に対して、 土壌の含水率や大気の比湿が重要であることが理解できる。


10.4 乾燥域トルファンにおける土壌水分の時間変化

日本のように、降水量の多い地域では、土壌内の水分移動は主に液体水で 運ばれるため、土壌水分の時間変化は激しい。一方、降水量が僅かな乾燥地域では 土壌内の水分移動は主に水蒸気の分子拡散で行なわれるため、 最表層を除けば土壌水分の時間変化は鈍い。これを確認するために、 中国の乾燥地域のトルファンについて、前述の土壌10層モデルを用いて 各層の含水率と温度を計算した。

トルファンは北緯42°52‘、東経89°12’、標高=34.5m、年平均気温=14.3℃、 6~8月の月平均気温=29~33℃、12~2月の月平均気温=-1~-9℃、 年平均相対湿度=38%、年平均風速=1.5m/s、年平均日照率=64%、 小型蒸発計の年蒸発量=2723mm/y、実際の裸地面蒸発量(計算値)= 14mm/yである。10~4月には降水日はゼロ、年間を通じて大雨の降ることはなく、 弱降水(日降水量0.1mm/d~10mm/d)範囲のみで降水日数は13日、 年降水量はわずか14mmである(1981年)。

図10.4はトルファンにおける土壌各層の含水率の季節変化を示しており、 次のような特徴が見て取れる。
(1) 土壌の最上層(0.01m層:0~0.02m)では降水日と その後の数日間にかけてスパイク状(とがった波形状)の大きな含水率の変化、 第2層(0.04m層:0.02~0.06m)では降水日の後の10日間程度の変化がある。
(2) これより深い第3層(0.1m層:0.06~0.14m)から下層では含水率の 時間変化は鈍く、日々変化はほとんどなく、季節変化のみである。
(3) 地表面に近い第1層と第2層では、降雨日とその後の数日間を除けば、 含水率は冬に大きく、夏に小さくなっている。これは、 図10.3に示した平衡状態における土壌の含水率と小空隙内の比湿との関係 「含水率は低温で大きく、高温で小さくなる」の特徴が現れたものである。
(4) 一点鎖線で示す 0.66m層では、半年遅れの季節変化をしている。 つまり、地表面の現象が 0.66mの深さまで伝わるのに、半年間もかかっている。 地温における伝搬が半年間で約10mの深さまで達するのに比べて、 水分変化はその約1/20の深さまでにしか達しない。その理由は、 地中の水分移動は、降水量の多い日本などでは主に液体水で行なわれるのに対し、 乾燥地域では主に狭い土壌間隙内の水蒸気の分子拡散で行なわれ、 θが小さくなると、水は入り組んだ間隙の奥で土壌粒子に強い力で 吸着するようになり、蒸発しにくくなるからである。
(5) 図には示さないが、降水の無い日が概略20日間以上続く期間には、 日中は蒸発、夜間は凝結の日変化を繰り返している、ただし、 日蒸発量・凝結量は微小である。

トルファンの含水率季節変化
図10.4 中国トルファンにおける土壌各層の含水率の季節変化(1981年)。 土壌は中国蘭州のローム(飽和含水率=0.53、圃場容水量=0.336)。 実線は最上層の0.01m層、点線は0.04m層、破線は1m層、 一点鎖線は第10層の0.66m層(Kondo and Xu, 1997)   


まとめ

中国・乾燥地域の水収支を知るために、裸地面蒸発の計算モデルを開発した。 土壌含水率が多いときの蒸発量は風速の関数となるが、 少なくなると蒸発量は風速と無関係になり、 大気中の水蒸気量と地表面温度によって決まる。 そのモデルを湿潤域も含む中国各地30地点に応用し、毎日の蒸発量、顕熱輸送量、 各深さの地温と含水率の時間変化を計算した。それら30地点のうち、本稿では、 年降水量がわずか14mmのトルファンの土壌水分の時間変化を解説した(図10.4)。 土壌の最上層では降水日を含む数日間にスパイク状(とがった波形状) の含水率の変化が見られるが、深い層では含水率の時間変化は鈍く、 日々の変化はほとんどなく、半年遅れの季節変化をすることがわかった。 これは、乾燥地域で見られる特徴である。

中国全30地点を対象とした計算結果のまとめとして、 年降水量と年蒸発量の関係は土壌の種類により変わることや、 水資源量(=降水量-蒸発量)がわずかな乾燥・半乾燥地域では 水をどう確保しているのか、などについて、「身近な気象のふしぎ」の 第10章「砂時計に学ぶ砂漠の気候」で取り上げる。


文献

近藤純正、1994:裸地面蒸発量と土壌種類と年降水量への依存性.天気,41, 525-535.

Kondo, J., N. Saigusa and T. Sato, 1990: A parameterization of evaporation from bare-soil surfaces. J. Appl. Meteor., 29, 385-389.

Kondo, J., N. Saigusa and T. Sato, 1992: A model and experimental study of evaporation from bare soil surfaces. J. Appl. Meteor., 31, 304-312.

Kondo, J. and N. Saigusa, 1994: Modelling the evaporation from bare soil with a formula for vaporization in the soil pores. J. Meteor. Soc. Japan, 72, 413-421.

Kondo, J. and J. Xu, 1997: Seasonal variations in heat and water balances for non-vegetated surfaces. J. Appl. Meteor., 36, 1676-1695.



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