K89.通風筒に及ぼす放射影響-農研用


著者:近藤純正
農業環境技術研究所(農環研)の気象観測露場に設置されている気温観測用の通風筒(プリード社製、 PVC-04))について放射影響を調べた。気温観測値は、晴天の日中は0.3℃前後高めに、夜間は0.1℃ 程度低めに記録された。日射量と風速と放射影響の観測結果から、太陽直射光がほぼ真上ではなく 斜め横方向から当たるとき、微風時における放射誤差の最大値は0.5℃前後と推定された。 (完成:2014年7月1日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2014年6月23日:素案の作成
2014年7月1日:完成

  目次
        89.1 はしがき
    89.2 測器と比較観測の方法
        89.3 通風筒に及ぼす放射の影響
    まとめ
        参考文献


研究協力者:
桑形恒男、佐々木華織、本橋里江子

観測資料の利用:
「農業環境技術研究所総合気象観測データ」から、2014年6月13日~16日の気温、風速、日射量、長波放射量を利用した。



89.1 はしがき

気温の観測は意外に難しい。観測精度が2~3℃でよい場合は、太陽光の直射を防ぐ方法で十分であり、 多くの人々が現代でも実行している。しかし現実には、その本人たちは2~3℃の誤差を含んでいる ことに気づいていないことが多い。

気温の観測精度は、農業生産現場や熱中症対応などでは0.5℃以内、地球温暖化など長期気候変化の 監視では0.1℃の精度が必要である。稲作を例にすると、夏の平均気温が平年より1℃以上の低温で あれば、大冷害となる。大冷害は100年間に10回ほどの頻度で起きている。

気温観測の誤差、特に放射の影響による誤差を歴史的に振り返ってみると、

百葉箱以前の時代、日陰で直射光のみ防いで気温を測る時代には2~3℃程度の誤差、
百葉箱時代、100年余前から1970年台までは1℃程度、
1970年台以後の通風筒時代(現代)には0.3℃程度の誤差がある。

社会的要請から次世代の測器は、観測精度0.1℃以内にしなくてはならないだろう。こうした背景から、 現在、各所で使われているファンモータを使った「通風筒」に入れられた気温センサーや、 強制通風しない「シェルター」に入れられた気温センサーに及ぼす放射の影響を調べ、どこを改良 すればよいかについて考察する。

このシリーズ研究で得られる結果から、現在、多くの人々に利用されている気温データの精度に ついて知っていただきたい。

現代では、誤差の大きな情報(気温に関する情報など)は、却って悪影響を及ぼすことがあり、 データ無しのほうがましである。その意味で、大きな誤差が生じる測器で観測している人々に 注意を促したい。

気象庁が用いている官署用(気象台、旧測候所)の通風筒に及ぼす放射影響は 「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」の図84.4に、アメダス用については 「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」の図88.6」で概要を示した。

本章では、つくば市にある農業環境技術研究所(略称:農環研)で用いられている通風筒について 調べた。図89.1は農環研の気象観測露場の写真である。高さ25mの総合気象観測塔では、3高度の 風向・風速と気温・湿度、そのほか放射量や地温など多くの要素が観測されており、Web上で公開さ れている。

農観研露場
図89.1 農業環境技術研究所(略称:農環研)総合気象観測塔、北西角から南東方向を撮影(2枚を 横に合成)。

89.2 測器と比較観測の方法

今回は高度2mの気温観測(実際の通風筒の吸気口の地上高度=1.25m)の通風筒(プリード社製、 PVC-04)について、放射による誤差を調べた。

これと同型の通風筒は現在、北海道農業研究センター(略称:北海道農研)、東北農業研究センター (略称:東北農研)でも用いられている。それゆえ、この通風筒は略称「農研用」で表すことにする。

通風筒 PVC-04 では、気温センサー(Pt100オーム、直径3.2mm)と湿度は別々の通風筒に入れら れて対になっている。通風筒吸気口の外径は87mm、高さは423mmである(図89.2、図89.3)。 通風筒のファンモータの電圧は DC12V、0.125A 、通風速度は約3m/sである。

プリード通風筒
図89.2 気温及び湿度観測用の通風筒、それぞれの中に気温センサーと湿度センサーが入っている。

通風筒図面
図89.3 プリード社製通風筒の図面(プリード社提供)。

高度2mの風向・風速計と気温・湿度計は25m観測塔から南東方向に離れた低ポールに設置されている (図89.4)。農環研の通風筒(PVC-04)の両脇から挟むように基準とする通風式気温計(K1, K2)を 設置した。K1とK2間の距離は約4mである。

基準気温計は、4重の通風筒の中にPt 1000オームのセンサー(直径2.3mm)を入れてあり、 通風速度は5.0~5.5m/sである。「研究の指針」の「K70.気温観測用の電池式 通風筒」(12V、0.21Aのファンモータ、乾電池またはACアダプターにより交流使用)を4重に 改良したもので、短時間に設置できる軽量(500グラム)である。

基準温度計の設置
図89.4 農環研の最下層の測器。 風向・風速計高度=2m、気温・湿度用通風筒の吸気口高度=1.25m。両脇に基準の通風式気温計 2台(K1, K2:白く見える三脚に載せた通風筒)を設置し、比較観測。


気温観測について基本的なことがら:
地表面付近では、気温などの諸要素は乱流変動が大きい、それは具体的にどういうことか?

気温は、わずか4m離れているだけで2点間の瞬間値は大きく異なる。図89.5は熊谷地方気象台の露場で 観測した4m離れた2点間の気温差(K1-K2)の時間変動である。図には、20秒間隔の5記録(80秒間) の移動平均を描いてある。

このセンサー(直径2.3mm)による80秒間の移動平均値は、受感部(球)の太い昔の水銀温度計に よる観測値に相当し、現在の最高・最低気温の出し方もこれに類似する方法で得られている (「研究の指針」の「K23.観測法変更による気温の不連続」の表23.1を 参照)。

気温差、熊谷
図89.5 水平距離4m離して設置した気温計K1とK2の温度差の時間変動。
気温のサンプリングは20秒間隔で行ない、5個デ-タ(80秒間)の移動平均を描いてある。 2014年4月24日、熊谷地方気象台の露場における観測(「K84.観測露場内の気温 分布―熊谷」を参照)。

気温差の時間変動は、農環研の広い露場でも同様である(図89.6)。縦軸の気温差ゼロを中心として、 日中は±0.6℃程度の範囲に、夜間は±0.1℃程度の範囲で変動している。このような乱渦のスケール に関して、1960~1970年代に盛んに研究が行われた。

気温差、農環研
図89.6 前図に同じ、ただし、農環研露場における2014年6月14日の24時間観測。

初心者には、図89.5~6から乱渦の3次元的な立体構造を想像することは難しいが、その例は 「大気境界層の科学」の図5.6に紹介してある。

大気境界層内では、気温など諸要素は乱流の大小の渦から形成されており、2つの気温計を並べて 比較しても瞬間値は大きく異なる。それゆえ、機種による放射影響の違いを調べるには1時間程度の 平均値について比較する必要がある。

自動車などに搭載した気温計を使って、地域内の気温差の観測を行なう場合もこのことを理解して いなければならない。つまり、ある経路を走って気温の地点間の違いを求めることはできず、 何回も往復して平均操作をしてはじめて本物に近い姿がわかる。

今回は20秒間隔の記録の1時間平均値について比較する。ただし、農環研の記録は10秒間隔の記録を 1時間ごとに平均した。


89.3 通風筒に及ぼす放射の影響

比較観測は2014年6月13日11時から開始し、16日14時まで75時間継続した。この間は快晴が続く 条件であった。

図89.7は農環研気温計と基準の気温計(K1,K2)による気温差(上図)と気温(下図)の時間変化で ある。

基準の気温計(K1, K2)の総合的な精度は±0.02℃程度である。全期間75時間の平均気温は、

K1・・・・・・・23.27℃
K2・・・・・・・23.26℃
農環研・・・ 23.40℃

である。農環研の気温指示値が0.13℃ほど高温であるのは、後掲の図89.9で示すように、日中の 放射影響による昇温が大きいことと、ゼロ点が0.07℃ほどプラス側にずれていることによる。 農環研の気温センサーは気象庁検定済みであるが、総合して±0.3℃以内の器差の許容範囲内で 「合格」となっており、器差の値は検定証には付いていない。

検定についての要望:
以前は気象庁(中央気象台)で検定すれば、器差が明記されていたが、最近では「合格」のみの 知らせである。これでは、ほんとうに検定が行われたかどうか不明である。最近は、国の機関の出す 情報が国民に信頼されない場合もある。学生・生徒に対する試験でも、最近は希望者には点数が わかるような時代である。

メーカは気象庁に検定依頼する場合、あらかじめ合格するような製品を提出するので、それを気象庁 が検定した結果、誤差がいくらであったかを利用者に示すようにしてほしい。



図89.7(上)の縦軸は農環研気温計による気温と基準気温計(K1、K2)による気温との差であり、 放射による誤差(放射影響)とみなされる。放射影響は、日中は0.2~0.5℃の範囲、夜間 は-0.05~+0.1℃の範囲に入っている。

気温差の記録
図89.7 農環研気温計と基準気温計による6月13日から16日までの75時間の記録。
横軸は6月13日0時からの時間、プロットは1時間平均値。
上:気温差(農環研気温計-基準気温計)の時間変化
下:気温の時間変化

放射影響を見やすくするために、図89.8は延べ4日間のプロットを重ねて1日の日変化の図に書き直 したものである。日の出は4時23分、日没は18時58分ころであることを考慮すると、8時~16時の時間帯 では、放射影響は時刻による差が大きくなく、正午前後には若干小さくなる傾向が見える。

この傾向から考えられることは、通風筒は鉛直方向に長く、側壁面に当たる直射光の強さが最大になる のは太陽高度が高い正午近くではなくて、その時間帯の前後の午前・午後であり、通風筒に及ぼす 放射影響が最大になると考えられる。

気温差の日変化
図89.8 前図を24時間の日変化に書きなおした図、ただし、|K1-K2|<0.15℃の条件のみをプロットして ある。

太陽高度と放射影響との関係を明確化するために、基準気温計 K1と K2 の気温差が小さい理想的条件 (|K1-K2|<0.05℃)のみを選んでプロットしたのが図89.9である。破線は全体的な傾向を表す 関数形である。横軸は水平面上の有効入力放射量である。

有効入力放射量=(水平面日射量-大気放射量)-気温に対する黒体放射量
R-σT=(S+L-σT

ただし、T は気温の絶対値、地面反射のアルベドはゼロとした場合である。平板に近い物体の温度上昇 (=物体温度-気温)は有効入力放射量に比例するので、放射影響を考察するために、これを横軸に 選んだわけである(「水環境の気象学」の第6章)。

有効入力放射量と気温差
図89.9 有効入力放射量と気温差の関係、ただし、高精度データ|K1-K2|<0.05℃の条件のみを プロットしてある。
快晴条件であるので横軸の正の範囲は太陽高度に置き換えて考えることができる。


この図の横軸が600W/m2 より大きい範囲は、正午近くに相当する太陽高度の高い時間帯である。 この時間帯に放射影響が小さくなる傾向は、通風筒の天蓋部が受ける直達光の影響が側壁よりも 小さいことを意味している。つまり、縦に長い側壁による放射影響が大きいと考えられる。

図89.9において、横軸=0のところの縦軸=0.07℃程度である。このゼロ点が上方にずれているのは 図89.8(上)でも見られた傾向である。0.07℃は、検定時の器差であると見なされる。

農環研など各地の農研の観測露場は気象庁観測所よりも広く環境がよいので、地球温暖化の監視として も利用価値が高い。それゆえ、気温計の検定は単に「合格」だけでは不十分でもったいない。 検定時の器差を付けて「合格証」を発行する制度に改めて欲しい。 「K18.宮古と岩手内陸の温暖化量」の図18.8に示したように、東北農業 研究センターでは約10年ごとに気温計を更新したとき、年平均気温が0.3℃ほどずれていた。 気象庁が検定の際、「合格証」の発行と同時に器差も添付してあれば、補正できたはずであり、 観測データの価値が飛躍的に高くなる。気象庁検定のありかたを改善して欲しい。


次に風速の影響を見てみよう。
熱収支的には、風速が大きくなると放射影響による物体の温度上昇は小さくなる。図89.10(上)は 高度2mの風速と放射影響の関係をプロットしたものである。理論的な予測とは逆の関係になっている、 なぜか?

今回、比較観測した延べ4日間の快晴期間中は、風速と日射量が強い相関関係にあり、データ数が 少なくて放射影響と風速の直接的な関係は見いだせない。つまり、図89.10(下)に示すように、風速は 水平面日射量の多い正午ころ弱く、その前後とくに午後強くなり、風速と日射量は逆相関関係にあった。 そのため、今回の4日間の短い比較観測では、放射影響に及ぼす風速の直接的な効果は見いだせない。

しかし、この図の上・下を見比べてみると、次のことがわかる。下図で日射量(水平面日射量)が 小さい600W/m2以下の場合、これらは15時~17時の太陽直射が斜め横から通風筒側壁に 当たるときであり、風速は相対的に強く3.8m/s, 3.2m/s, 3.2m/s, 2.5m/s, 2.4m/s であり、 これら5プロットの放射影響によるセンサー温度の上昇量(誤差)は0.46℃、0.26℃、0.30℃、0.30℃、 0.22℃である。これら5プロットの風速が仮に微風だったとすれば、センサー温度の上昇量はより 大きく現れていたことになり、最大誤差は0.5℃を超えると考えられる。

日射と風速と気温差
図89.10 高度2mの風速と気温差(放射影響)の関係(上図)と、風速と水平面日射量の関係(下図)。 ただし、|K1-K2|<0.08℃の条件のみをプロットしてある。

このことを詳細に検討したい場合は、通風筒側壁に当たる太陽直射量を計算(推定)し、それとセンサー 温度の上昇量の関係を図示すればよい。

89.4 まとめ

つくば市にある農業環境技術研究所の観測露場で用いられている気温観測用の通風筒(プリード社製、 PVC-04)について、放射の気温観測値に及ぼす影響(放射影響)を調べた。晴天日中は日射の影響により 平均0.3℃前後高めに、夜間は0.1℃ほど低めに観測されることがわかった。

今回の短期間の観測では0.5℃以上の放射影響は無かったが、放射影響・風速・日射量の関係から 推定すると、太陽直射光が通風筒に斜め横から当たる時間帯のとき、加えて地面や周辺地物からの 散乱・反射光も強く、かつ微風の条件では、放射影響は0.5℃以上になることも考えられる。

この通風筒では、外部通風筒と内部通風筒の下端の水平面上の位置が揃っていて、内部通風筒の吸気口 付近が地面反射光で加熱され、材質が金属のため、センサー付近の側壁まで高温となることが 考えられる。誤差を小さくするには、内部通風筒は熱伝導の悪いプラスチック材で作り、その吸気口は ラッパ構造の流線型とし、20mm程度奥になるように取り付ける。試験して誤差が小さくなるように 工夫・改造する。内部通風筒と外部通風筒間の距離が適当であるかについても検討しよう。

この通風筒は微風のとき、ファンモータからの排気が下向きとなり吸気口から吸い上げられて 循環するので、その下向き流れを防止し横方向に逃すために排気口の下方に適当な円板を取り付けよう。

なお、放射影響がゼロ(雨天時など)と見なされるときの器差(ゼロ点のずれ)は+0.07℃程度高めで あるように見える(図89.9の横座標=0の縦軸の値)。

参考までに、江川崎アメダスにおけるゼロ点のずれは-0.15℃程度であった。 (「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」の図88.6を参照)。

備考(気温の検定の許容誤差):
気象官署(地方気象台や旧測候所:特別地域気象観測所)のセンサーは、温度の変換回路の誤差を 含めた許容範囲は±0.3℃とされている。同様に、一般のアメダス(地域気象観測所)についての 許容範囲は±0.5℃である。

気象庁検定についての要望:
以前は気象庁(中央気象台)で検定すれば、器差が明記されていたが、最近では「合格」のみの 知らせである。観測資料の品質を高めるために、検定の「合格証」発行の際に、希望者 には器差を添付する制度に改めて欲しい。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

   近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学―地表面の水収支・熱収支―.朝倉書店、pp.350.

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