K27.風速減少と気温上昇の関係
著者:近藤純正
	27.1 はしがき
	27.2 伊豆網代と石廊崎の解析
	27.3 他の観測所についての解析
	27.4 風速減少と気温上昇のまとめの図表
	要約
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観測所の移転や庁舎の建て替え等に伴う地上気温の不連続的な変化は検出が 容易であるが、周辺環境が数十年にわたってゆっくりと長期変化する場合に ついて年平均気温の上昇率を見積もることは難しい。
この章では、これまでの解析からわかった数地点のデータから年平均風速の 減少率と年平均気温の上昇量との関係を実験的に求めた。 (2006年10月10日完成)


27.1 はしがき

二酸化炭素など温室効果気体の増加にともなって生じる地球温暖化量の実態 を調べている。しかし、日本にはそれを表す長期気象データがほとんど存在 しないことが最近わかってきた。 それゆえ、理想的でなくても、多少の補正をすれば、より真実に近い温暖化量 の実態がわかる観測所データを探している。

北海道の寿都測候所は環境変化が少ない気象観測所の一つであり、100年間以上 にわたって観測が行われてきたが、1960年頃から1990年にかけて年平均風速が 時代と共に減少してきた。

これまでの他所について調べてきた結果からすると、寿都でも風速の 減少にともなって年平均気温が上昇していると推測される。しかしながら 寿都と比較する適当な観測所が存在しないので、気温上昇量を周辺観測所 から推定することはできない。なぜなら、寿都は都市化や陽だまり効果の 影響を殆んど受けてなく、真の気候変動に近いデータを有しているが、 それと同等以上の良質な長期データをもつ観測所が近くに存在しないからで ある。

この章では、これまで解析してきたデータから、風速の減少率と気温の上昇量 の関係を求めてみよう。

27.2 伊豆網代と石廊崎の解析

伊豆半島にある網代測候所と石廊崎測候所(いずれも現在無人の特別地域気象 観測所)では、周辺環境の変化により1970年のころから風速が減少している。 その主な原因として、網代では南側に菓子工場が建てられたこと、石廊崎 では周辺で木炭生産がなくなり、樹木が生長してきたことによる。

詳細は「写真の記録」の「63. 伊豆の網代測候所」 、及び「62. 石廊崎測候所」「K24. 伊豆石廊崎の樹木生長と気温上昇」を参照 のこと。

図27.1は網代における気象要素の経年変化である。一番上は年平均風速である。 プロットは観測値である。1963年以前には風速計の設置高度や 機種がたびたび変更されているので、風速については1963年11月1日(番号1) 以後について解析する。番号2~3の間は発電式風速計が用いられた時代 であり、微風時に弱めの風を観測する傾向にある。 このことを考慮して、赤の曲線で真の風速の経年変化を示した。

1970年前後の風速が3.3m/sに対して1985年以後の風速は2.8m/sとなり、風速 の減少率=(3.3-2.8)/3.3=0.15である。

網代風速等の経年変化
図27.1 網代における気象要素の経年変化。
(上)年平均風速、(中)気温日較差(毎日の最高気温と最低気温の差の年 平均値)、(下)年平均気温の石廊崎と網代の差。上図に入れた番号1:1963年 11月1日に風速計高度8.6mを新測風塔12.3mに変更、番号2:1975年1月1日 に3杯式風速計から風車型発電式風速計に変更、番号3:80型(パルス式風速 計使用)に変更、番号4:95型に変更。


一番下の図は石廊崎と網代の年平均気温の差である。直線は最小自乗法で 描いた変化傾向であり、1940~2000年にかけて0.1℃の上昇となっている。 詳しく見ると、1940~1970年の期間は上昇しておらず、0.1℃の上昇は1970年 以後の上昇である。これはちょうど、石廊崎における風速の減少の期間と 対応している。

石廊崎において1960年代の年平均風速、6.2m/sが2000年頃に4.6m/sとなり (いずれも無線塔の影響がないときの風速)、風速減少率=(6.2-4.6)/6.2= 0.25である。

年平均気温の上昇が風速の減少率に比例すると仮定すれば、0.25(石廊崎) -0.15(網代)=0.1に対して気温上昇の差=0.1℃に対応する。

   石廊崎の風速減少率=0.25・・・・・・気温上昇=0.25℃
   網代の風速減少=0.15・・・・・・・・気温上昇=0.15℃
   風速減少の差=0.10・・・・・・・気温上昇の差=0.10℃

と推定することができる。

27.3 他の観測所についての解析

(a) 岩手県藪川の解析
「K18. 宮古と岩手内陸の温暖化量」の図18.12 に示したように、藪川ではごく近傍の樹木の生長と伐採による風速の増加・ 気温の下降が1998年と2004年に生じた。これとは別に、多少離れたところに ある樹木の生長によると見られる長期的な風速減少と気温上昇が1988~ 2005年にかけて生じている。

 1988~2005年:風速減少率=(1.6-1.0)/1.6=0.38・・・・気温上昇=0.26℃

(b) 宮古の解析
「K18. 宮古と岩手内陸の温暖化量」の図18.1と 18.3に示したように、宮古では1974~1980年にかけて風速が2.3m/sから2.1m/s への減少に伴って気温が0.10℃上昇した。ただし、この期間の前後における 気温の年々変動が大きいために、0.10℃の上昇は宮古の長期気温変化のデータ に対しては補正は行わなかった。しかし、ここでは高精度のデータでなくとも サンプル数が必要なので、風速減少と気温上昇の関係を知るための資料には 加える。

 1974~1980年:風速減少率=(2.3-2.1)/2.3=0.09・・・・気温上昇=0.10℃

(c) 都市化も含むデータ(多度津)の解析
気温上昇は、風速の減少つまり鉛直混合の弱化によって起きるほか、 都市化に伴う人工排熱、蒸発散量の減少などの影響も受ける現象である。 それゆえ、本章の目的とは異なるけれども、参考のために 都市のデータも解析しておこう。

「K11.温暖化は進んでいるか(2)」の図11.12(a) と図11.13で示したように、香川県多度津では海水浴場を埋め立てて住宅団地 を造ったことで1965~1985年にかけて風速減少と気温上昇があった。

  1965~1985年:風速減少率=(3.9-2.4)/3.9=0.38・・・・気温上昇=0.9℃

(d) 都市化も含むデータ(函館)の解析
函館海洋気象台は1941年に海岸の市街部から赤川村(現在地、函館市) に移転した。1960年頃から風速の減少と気温上昇が生じた。

詳細は「K22. 函館気象台改築に伴う気温の不連続」 の図22.1と図22.3を参照のこと。

  1960~1980年:風速減少率=(3.6-2.8)/3.6=0.22・・・・気温上昇=0.5℃
  1960~1990年:風速減少率=(3.6-2.8)/3.6=0.22・・・・気温上昇=0.7℃

(e) 都市化も含むデータ(彦根)の解析
滋賀県彦根では1960~1980年にかけて風速が3.0m/sから2.7m/sに減少している。 この期間の気温上昇は彦根と木之本の気温差の経年変化から求めた。
木之本は彦根の北方にあり、都市化の影響を受けていない観測所である。 詳細は「4.温暖化は進んでいるか」の図4.12を 参照のこと。

彦根風速等の経年変化
図27.2 彦根における気象要素の経年変化。
(上)年平均風速、(下)年平均気温の彦根と木之本の差。上図に入れた 番号1:1961年1月1日に4杯式から3杯式風速計に変更、番号2:1975年1月 1日に3杯式風速計から発電式風速計に変更、番号3:80型(パルス式 風速計使用)に変更。赤線は4杯式風速計の回り過ぎ特性により風速が強く 観測され、発電式は重くて微風で回転し難い特性により弱く観測されることを 考慮して描いた真風速の推定値を示す。


彦根と木之本の気温差は0.64℃(1951~1965年)から0.78℃(1981~1995年) に大きくなったので、気温上昇=0.78-0.64=0.14℃とする。

  1960~1980年:風速減少率=(3.0-2.7)/3=0.10・・・・気温上昇=0.14℃

(f) 都市化も含むデータ(石巻)の解析
石巻では1970年から1985年頃にかけて年平均風速が3.6m/sから2.9m/sに減少 した。石巻と金華山の気温差は-1.07℃(1955~1969年)から-0.80℃ (1980~1994年)になり、気温上昇=0.27℃である。

  1970~1985年:風速減少率=(3.6-2.9)/3.6=0.19・・・・気温上昇=0.27℃

石巻風速等の経年変化
図27.3 石巻における気象要素の経年変化。
(上)年平均風速、(下)年平均気温の石巻と金華山の差。上図に入れた 番号1:1960年12月27日に4杯式から3杯式風速計に変更、番号2:1975年1月 1日に3杯式風速計から発電式風速計に変更、番号3:80型(パルス式 風速計使用)に変更、番号4:新庁舎建設にともない風速計高度を13.1m から27.5m(28.5m)に変更。赤線は4杯式風速計の回り過ぎ特性により 風速が強く観測され、発電式は重くて微風で回転し難い特性により弱く 観測されることを考慮して描いた真風速の推定値を示す。


27.4 風速減少と気温上昇のまとめの図表

前節の解析結果を表27.1にまとめた。解析例は少ないが、今後、データ解析 が進めば増える見込みである。

表27.1 年平均風速の減少率と年平均気温の上昇の関係一覧表。
参考のために、都市化の影響を受けた観測所も示してある。
                    観測所     期間(年)    風速の減少率   気温の上昇(℃)                  
                    石廊崎     1965-2000        0.25           0.25
                    網  代     1973-1982        0.15           0.15                
                    藪  川     1988-2005        0.38           0.26
                    宮  古     1974-1980        0.09           0.10

             (都市) 多度津     1965-1985        0.38           0.9
                    函  館     1960-1980        0.22           0.5
                    函  館     1960-1990        0.22           0.7                           
                    彦  根     1960-1980        0.10           0.14
                    石  巻     1970-1985        0.19           0.27


風速減少率と気温上昇の関係
図27.4 年平均風速の減少率と年平均気温の上昇の関係


図27.4はまとめの表をグラフに示したものである。都市において気温上昇が 大きいのは、風速の減少によもなって生じる気温上昇とは別に、人工排熱、 緑地の減少で蒸発散量の減少、その他いわゆる都市化による気温上昇を 含むからである。

要約

これまでのデータ解析によれば、周辺環境の変化によって年平均 風速が減少すると年平均気温が上昇する傾向にあった。それゆえ、地球温暖化 による気温上昇の実態をより正しく知るためには、風速や気温日較差の経年 変化の少ない地点を選定する必要がでてきた。

北海道寿都では、都市化の影響がほとんどないと考えられるにもかかわらず、 年平均風速がわずかながら減少している。寿都よりも理想的な観測所が周辺 に存在しないために、風速の減少による気温の上昇量を知ることができない。 そこで、他所における風速の減少と気温上昇の実験的な関係を求めてみた。

まだサンプル数が少なく暫定的な結果であるが、田舎観測所では 風速の減少率0.1(10%)に対して気温の上昇量は0.1℃程度であることが わかった。

一方、都市化が進んでいる多度津や函館では、上記の気温上昇量の2~3倍 程度であり、彦根と石巻は田舎観測所と大きくは違わない。

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