K232 富士北麓のカラマツ人工林の蒸発効率


著者:近藤純正・三枝信子・高橋善幸
富士北麓の標高1050~1150mにあるカラマツ人工林の観測塔の高度35mにおける 顕熱・潜熱輸送量の3年間(2007~2009年)の観測値と熱収支式による計算値から、 蒸発効率の季節変化を求めた。晴天日中の10~15時の蒸発効率βは暖候期(6~10月) と寒候期(11~4月)で大きな差がある。落葉期(12~3月)に最小の0.06、 新緑の着葉期(4月20日~5月10日)に急上昇し、7~8月に最大の0.22となり、 11月の紅葉・落葉にともない急激に低下する。 この季節変化は、東京都心域にある自然教育園の自然林で得た傾向に似ているが、 紅葉・落葉の前後で急変することが大きな違いである。 カラマツの着葉している暖候期(6~10月)のβ=0.19~0.22は、 熊本県北部の鹿北試験地のスギ・ヒノキ針葉樹林で得たβ≒0.19に近い値である。 (完成:2023年6月8日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2023年5月31日:素原稿
2023年6月8日:文献を追加

    目次
        1 まえがき
        2 観測データ
        3 計算方法
        4 蒸発効率の季節変化
          4.1 第1近似の蒸発効率と交換速度
          4.2 第2近似の蒸発効率と交換速度
        まとめ
        文献           


謝辞
原稿は森林総合研究所の清水貴範博士と東北大学の山崎 剛教授に 査読していただいた。ここに深く感謝します。


1 まえがき

地球の気候は水循環によって成り立っている。地表面が受け取った太陽からの 短波放射(日射:波長0.15~3μm範囲にその約99%のエネルギーを含む) と大気からの長波放射(遠赤外線の大気放射:波長3~100μm範囲にその約99%の エネルギーを含む)は、 蒸発の潜熱に変換されて地表面の水分は蒸発し 水蒸気となり上空へ運ばれ、 雲をつくり、雲は太陽光を反射させると同時に 宇宙に向かって長波放射を放出する。この過程によって、地球の熱バランスが 保たれ、現在の気候が形成されている。 蒸発量または蒸発散量の多いのは海洋など 水面と森林である。森林は海洋に次いで地球の水循環に重要な役割を果たしている。

地表面が受け取る短波・長波放射量は顕熱と蒸発散の潜熱に配分される。 その配分比(ボーエン比=顕熱輸送量/潜熱輸送量)を決める第1の要因は気温であり、 高温時は潜熱輸送量が大きくなり、低温時は顕熱輸送量が大きくなる。 第2の要因は蒸発効率(β=0~1)である。これまでに得られている森林の蒸発効率は 次の通りである。

(1)一般林における「共通β」:各地の森林流域における「流域水収支法」 によって得られた蒸発散量と「熱収支法」の比較から求めた蒸発効率βの季節変化は、 2月に最小値(β=0.10),8月に最大値(β=0.26)となる正弦関数で表わされる。 Mを月数、X=2π(M-8)/12とすれば、「β=0.18+0.08cosX」で表わされる (近藤ほか、1992a)。
注:このβの季節変化を用いて、全国66地点の森林における月ごとの蒸散量、 降水日の遮断蒸発量、および蒸発散量(=蒸散量+遮断蒸発量)の一覧表が 示されている(近藤ほか、1992b)。

(2)自然林における「自然β」:東京都港区白金台の自然教育園内の自然林 (樹冠の高さ=14m) は、おもに高木スダジイ、亜高木ヤブツバキ、 トウネズミモチ、およびコナラ (落葉樹)からなる(近藤・菅原、2016)。
「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における熱収支解析」

2009年7月から2015年12月までの6年間にわたり、高度20mの観測塔で渦相関法 (直接測定法)によって観測した顕熱・潜熱輸送量と「熱収支法」の比較から求めた 晴天日中の蒸発効率βは2月に0.08,8月に0.30となる。 「K230. 東京都心部の森林蒸発散量は100年に約38%増加」 の表5に示されている。

(3)針葉樹林(スギ・ヒノキ)における「一定のβ」: 熊本県北部の鹿北試験地の周辺は標高=150~220mにあり、 スギとヒノキの針葉樹林では葉面積指数=4.1~5.2、樹高=32m (観測タワー周辺の値)である。ここでは高さ50mの観測塔で渦相関法(直接測定法) によって2007~2008年に潜熱・潜熱輸送量が観測された(Shimizu et al., 2015)。 「熱収支法」による計算と比較してみると、晴天日中の蒸発効率は季節によらず一定 (β=0.19)が得られた(近藤・清水、2023)。
「K231.針葉樹林の蒸発効率と熱交換速度」

そこで本稿では、同じ針葉樹であるが、唯一の落葉樹のカラマツ人工林について、 蒸発効率を調べることにした。

なお、晴天日中の数時間平均として求められたβ値は、日平均(月平均) の熱収支式の計算に応用しても、小さい誤差で結果を知ることができる。 すなわち、夜間はβ=0(蒸発散・降水・結露ゼロ)であっても、日平均(月平均) の放射量、気温、水蒸気量、風速を用いて熱収支式を解けば、日平均(月平均) の顕熱・潜熱輸送量が比較的に高精度で求めることができる。


2 観測データ

観測地の環境
富士北麓の観測塔は国立公園内にある(北緯35度20分、東経138度45分、 標高 1050~1150m、斜度3~4度)。観測機器を林内に配置した面積は 約1haの範囲である。この付近一帯の森林の優先種はカラマツ人工林、 2010年当時の樹齢は約60年、 樹高は20~25m、面積は150ha、群落構造は フジザクラ自生、林床植生は広葉植物である(近藤ほか、2020)。
「K205. 地球温暖化観測所の試験観測、富士北麓」

森林の暖候期おける葉面積指数はLAI=2.4~2.8m2/m2 程度である。塔上の年平均気温は9.6℃(高度32m)、年降水量(高度31.6m) は1791mm(2006~2012年平均)であり、北海道の気候に近い。

観測サイトでは、2014年春と2015年春に間伐が行われ、樹木本数が2/3に減少した。 さらに2016年、2017年、2018年は台風により毎年20~30本の倒木があり、 林内環境は大きく変化した。それゆえ、データ解析はそれ以前について行なう。 なお、観測サイトの詳細は下記にリンクして見ることができる。
富士北麓-国立環境研究所

データ
観測のデータセットは、各種気象要素の30分間平均値が30分間隔でまとめられている。 測器の点検その他により、所々にデータの欠測がある。顕熱・潜熱輸送量などは、 超音波風速温度計・赤外線ガス分析計を利用した乱流変動の直接観測(渦相関法) により求められている。超音波・赤外線の発信・受信ヘッドが降水時に濡れると 誤信号が生じやすく欠測データとなる。

観測高度
顕熱・潜熱輸送量:35m
短波・長波放射量(上向き、下向き)、正味放射量:30m
風速・気温・相対湿度:32m

解析期間
2007~2009年までの3年間を解析する。

準備解析
高さ h の塔で観測した熱収支量には、樹冠から下向きの熱輸送量 G(W/m2) が生じる。午前中の下向きのG(プラス値)は樹体 (葉・枝・幹)および 林床下の地中温度を上昇させ、午後から夜間にかけての上向きのG(マイナス値) は樹体などの温度の下降を表わす。日々のGの日平均値は±10W/m2程度であり (近藤、2000、図5.1)、 月平均値では2~3W/m2以下となることが多い。 しかし現実の観測では、G には放射量などの観測誤差と高度 h 以下の層内での 熱の移流も含まれる。いわゆる熱収支のインバランス問題である。 本稿では観測データを利用するとき、 観測誤差もGに含めて解析する。なお、 正味放射量をRn、顕熱輸送量をH、潜熱輸送量をιEとしたとき、 G=Rn-H-ιEである(放射量と顕熱・潜熱輸送量の単位は全てW/m2)。

精度の高い結果を得るために、晴天日中の10~15時のデータを解析する。
10~15時の全資料を調べ、顕熱・潜熱フラックスの観測値にノイズを多く含む データは除外した。またGが異常に大きい場合とマイナスの場合は大きな観測誤差を 含むものと判断し、0<G<220 W/m2の範囲に含まれるデータを解析する。 2007~2012年の6年間を調べた結果、異常値が少ない前半の2007~2009年の3年間を 解析する。

図1~3は晴天日として選んだ日の10~15時平均の入力放射量R (=S-S+L)と 熱収支のインバランス G の季節変化である。ここに、Sは 下向きの入力短波放射量、Sは上向きの短波放射量(反射光)、 Lは下向きの入力長波放射量である。DOYを1月1日からの 日数としたとき、DOY=120~270(おおよそ5~9月)の期間は降雨日が多く、 顕熱・潜熱輸送量の観測値にノイズを多く含むため選んだ日数が少なくなっている。 なお、冬期の有効データは多いが、他の季節に比べて過多にならぬよう、 G が大きめと小さめの日は間引いてある。

入力放射量、2007年
図1 晴天の10~15時の入力放射量RとインバランスGの季節変化、2007年 


入力放射量、2008年
図2 図1に同じ、ただし、2008年 


入力放射量、2009年
図3 図1に同じ、ただし、2009年 


3 計算方法

森林群落として、単層モデル(1層モデル)、並列源モデル(2層モデル)、 多層モデルが提案されており、多層モデルがもっとも高精度の結果が得られる (近藤、2000,7.4節)。しかし、詳細なモデルほど必要な条件が多くなり、 高精度の観測データが得られていなければならない。 本稿では利用できる観測データの状況から判断して、取り扱いがもっとも簡単な 1層モデル(単層モデル)を用いる(近藤、1994、9.4.5節を参照)。

熱収支式
Rを入力放射量(長波放射の反射は含まないことに注意)、 Q= R-G(W/m2)とする。 Tを気温、Tsを群落葉面温度(TとTsにσがつくときの単位:K)、 qSAT(Ts)とqSAT(T)をそれぞれTsまたはTに対する 飽和比湿、rh(=0~1)を相対湿度、Hを顕熱輸送量(W/m2)、 ιEを潜熱輸送量、ι(=2.45×106J kg-1,20℃) を気化の潜熱、Cpを空気の定圧比熱(J kg-1K-1)、 ρを空気密度(kg m-3)、σをステファン-ボルツマン定数とすれば、 熱収支式は次の(1)~(3)で表わされる。

Q-σTs4-H-ιE=0  ・・・・・・・・・・・(1)
H=Cpρk(Ts-T) ・・・・・・・・・・・・・(2)
ιE=ιρβk{qSAT(Ts)-rh×qSAT(T)} ・・・・(3)

これら(1)~(3)から3つの未知量(Ts, H, ιE)を求めることができる。 その場合、逐次近似法によって厳密解を知ることができる。しかし本稿では、 近似の解析解を得るために次の近似式(4)と(5)を用いる。 Δ=dqSAT(T)/dT とすれば、

σTs4≒σT4+4σT3(Ts-T) ・・・・・・・・・・・(4)
qSAT(Ts)≒{ qSAT(T)+Δ(Ts-T)} ・・・・・・(5)

これらにより、式(1)と(3)は次の近似式で表わされる。

 (Q-σT4)-4σT3(Ts-T)-H-ιE≒0  ・・・・(6)
 ιE≒ιρβk{(1-rh)qSAT(T)+Δ(Ts-T)} ・・・(7)

その結果、式(2)と(6)と(7)の3式から次の解析解(8)を得る。

(Ts-T)=A/B ・・・・・・・・・・・・・・・・(8)

A=( Q-σT4)-ιρβk{(1-rh)qSAT(T)}
B=4σT3+Cpρk+ιρβkΔ
Δ=dqSAT/dT =(deSAT/dT)×0.622p/(p-0.378eSAT)2

deSAT/dT=[6.1078(2500-2.4T)/{0.4615(273.15+T)2}] ×107.5T/(237.3+T)

T:℃, p(大気圧):hPa, e(水蒸気圧):hPa、eSAT (飽和水蒸気圧):hPa(近藤、1994、p.130を参照)

最終的に、式(8)の(Ts-T)を式(2)と(7)に代入すれば、HとιEがわかる。 なお、蒸発散の潜熱 ιE=100W/m2は、蒸発散量E=3.53mm/d=1287mm/y に相当する。


4 蒸発効率の季節変化

4.1 第1近似の蒸発効率と交換速度
富士北麓のカラマツ林は東京の自然教育園の自然林に似ていることから、 森林の交換速度(k:m/s)として次の式(9)を仮定する(近藤・菅原、2016)。 これを第1近似の交換速度とする。U (m/s)を高度32mにおける風速として、
「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」

  k=0.01+0.01U0.5 , (2<U<8 m/s) ・・・・・・・・・(9)

右辺第1項には、無風時に樹冠層の葉面温度が気温に比べて数℃以上の 高温になったときの自由対流の効果が含まれている。

準備解析の結果、蒸発効率βは冬に小さく夏に大きくなる季節変化をしていることが 分かった。そこで、正弦関数を仮定して季節変化の振幅と位相を与えて、 熱収支式を解き、顕熱・潜熱輸送量の季節変化が観測値にもっとも合う値を 探すことにした。試行錯誤の計算の結果、次式で表わされるβを用いれば 顕熱・潜熱輸送量の季節変化をかなり再現できることが分かった。 これを第1次近似のβとする。

 β=0.15+0.11cos[2π(DOY-227)/366] ・・・・・(10)

式(10)によれば、βは2月15日に最小、8月15日(DOY=227)に最大となる。

図4~図6はそれぞれ2007,2008,2009年の顕熱輸送量H(上図)と 潜熱輸送量ιE(下図)の季節変化である。

熱収支、2007年
図4 晴天日の10~15時平均の顕熱輸送量H(上図)と潜熱輸送量ιE(下図) の季節変化(2007年)、観測と計算の比較。 


熱収支、2008年
図5 図4に同じ、ただし2008年 


熱収支、2009年
図6 図4に同じ、ただし2009年 


3年間について観測値と比較すると、ιEの計算値が小さめでHの計算値が 大きめになる季節、あるいはその逆となる季節がある。その理由は、 式(10)で与えたβが過小または過大であるからである。

図7は樹冠の上方の高度30mで観測した森林のアルベドの季節変化である。 DOY=1~80(1月1日~3月21日)の期間は積雪期であり、林床に積雪があり、 アルベド>0.10のプロットが多い。3年間の平均としてDOY=110~130 (4月20日~5月10日)にアルベドが0.095から0.120に急上昇している。このとき、 βが大きく変化すると考えられる(4~5月は新緑の着葉期)。 東京都心部の自然教育園の自然林でも、ほぼ同じころβが急上昇した (近藤・菅原、2016)。
「K123.東京都心部の森林(自然教育園)における 熱収支解析」

その後、DOY>150でアルベドはしだいに低下し、DOY>230(8月18日)にアルベドは 0.090となり、新緑から濃い緑へと変化した。さらに、 DOY=295~320(10月23日~11月16日)にアルベドが0.10~0.11に上昇しているのは 紅葉となったことを表わし、この頃に葉面の蒸発効率が一段と低下すると考えられる。

アルベドの季節変化
図7 アルベドの季節変化、プロットは晴天日の10~15時データ、 実線は積雪ナシとしたときのアルベドである。 


以上のことを考慮して、第1近似の蒸発効率と交換速度を修正することにしよう。


4.2 第2近似の蒸発効率と交換速度
晴天日の3年分(図4~図6)を月ごとにまとめて、修正した蒸発効率βの季節変化と 修正した交換速度kを求める。月ごとに晴天日10~15時として選んだ日 (最小個数の5月の個数=9、最大個数の12月の個数=27、3年間の全個数=200) の放射量、気温、湿度、風速、熱収支のインバランス量の各月平均値を熱収支式に 用いる。

図8に示す点線は正弦関数を表わす第1近似の式(10)である。 図9は顕熱輸送量H(上図)と潜熱輸送量ιE(下図)の観測値と計算値の 季節変化の比較である。

最初に、第1近似のk(式(9))とβ(式(10))を与えたときの H とιE の季節変化を計算した。全体を見たとき、H とιE ともに計算値が観測値に比べて 小さめになる。そこで、交換速度 k が若干大きめの値をとるように、 式(9)の右辺第2項の係数を以下のように修正した。

   k=0.01+0.015U0.5 , (2<U<8 m/s) ・・・・・・・・・(11)

次いで、新緑の着葉期前後(3~5月)の第1近似のβを少し修正したときの H とιE を計算・図示する。同様に紅葉期前後(10~12月)についてもβを修正して 観測値に合う H とιE の計算値を求める。図8と図9の実線は最終的な結果である。

蒸発効率の季節変化
図8 蒸発効率βの季節変化。点線は正弦関数を表わす第1近似の式(10)、 赤丸印付き実線は第2近似の蒸発効率を表わす。 


3年間の熱収支季節変化
図9 晴天日の10~15時平均の顕熱輸送量H(上図)と潜熱輸送量ιE(下図) の季節変化(2007~2009年)、観測と計算の比較。 赤丸印付き実線は図8の実線で示す第2近似のβを用いたときの計算値である。 


図9では、各プロットにバラツキがあるが、全体として計算値(赤丸印付き実線) は観測値の季節変化を再現できている。図8に示す季節変化の大きな特徴は、 新緑の着葉期にβが急上昇し、紅葉・落葉期の後で急下降することである。

本稿ではβについて調べたが、これに相当する特徴を知るには、 蒸発散量Eをポテンシャル蒸発量Epで無次元化したE/Epの季節変化を調べる 方法もある。ここにポテンシャル蒸発量とは、地表面の種類によらず、 各地域の気候を表わすパラメータであり、通常の気象観測資料 (気温と比湿と風速の日平均値、および日射量の日平均値または日照時間) から計算できる(近藤・徐、1997;近藤、2000、7.5節)。Epは以前に、気象庁の 数か所で観測していた大形蒸発計の蒸発量に近い値である。 なお、日本の66か所について、月ごとのEpが一覧表に示されている(近藤、1997)。

注意:農業気象分野では、ポテンシャル蒸発量(蒸発散位、可能蒸発量) を求めるのにペンマン法が用いられることがある。ペンマン法では正味放射量Rn を使って計算する。しかし、正味放射量は同じ地域であっても地表面の種類ごとに 違うので、対象地点の気候を十分に代表しない。それに対して近藤・徐(1997) のポテンシャル蒸発量は入力放射量Rを使って計算するので、 地域を代表する。


まとめ

富士北麓の標高1050~1150mにあるカラマツ人工林(暖候期の葉面積指数は 2.4~2.8m2/m2、樹齢は約60年、樹高は20~25m) では年平均気温は9.6℃、年降水量は1791mmであり、北海道の気候に近い。 この観測塔の高度35mにおける顕熱・潜熱輸送量の2007~2009年の3年間の観測値と 熱収支式による計算値から、蒸発効率の季節変化を求めた。

(1) 晴天日中の10~15時の観測値と計算値の比較から、顕熱の交換速度として k=0.01+0.015U0.5を得た。 この値は東京都心部にある自然教育園の自然林で得た値(k=0.01+0.01U0.5) に比べて少し大きい。

(2) 晴天日中の10~15時の蒸発効率βは暖候期(6~10月)と寒候期(11~4月) で大きな差がある。落葉期(12~3月)に最小の0.06、新緑の着葉期 (4月20日~5月10日)に急上昇し、7~8月に最大の0.22となる(図8)。 新緑の着葉期のβの急上昇は、シベリアのタイガ林(カラマツ林)における 5月の着葉期に無次元蒸発散量(E/Ep)が0.1から0.4に急上昇すること (Yamazaki et al, 2004, Fig.8のRL)に似ている。
また、βの季節変化は、東京都心域にある自然教育園の自然林で得た傾向 (近藤・菅原、2016)に似ているが、紅葉・落葉期の前後でも急変することが 大きい違いである。なお、暖候期(6~10月)のβ=0.19~0.22は、 熊本県北部の鹿北試験地のスギ・ヒノキ針葉樹林で得たβ≒0.19に近い。

(3) 森林のアルベドは冬から4月中旬(DOY=100)まで0.095、 新緑の着葉が終わる5月10日(DOY=130)には0.12と大きくなり、 しだいに濃い緑になるにつれて低下し8月18日(DOY=230)に0.090になる。 紅葉の季節となる10月23日~11月16日(DOY=295~320)にアルベドは 0.10~0.11に上昇し、この頃に葉面の蒸発効率が一段と低下し、 冬の最小値(0.06)に近づく。なお、1~3月期の林床に積雪のある晴天日の アルベドは0.10~0.15と大きくなる。


文献

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