K219.温室効果、CO2濃度と地表面の放射量


著者:近藤純正
大気中に含まれる温室効果ガス(水蒸気H2O、二酸化炭素CO2、 オゾンO3、メタンCH4、他)のうち、H2Oと CO2による温室効果を簡単なモデルによって理解する。次いで、 大気中の水蒸気の相対湿度が60%で、地上のCO2濃度が0ppmから100ppm, ・・・400ppm と増加したとき、地上における下向き長波放射量(遠赤外放射量、大気放射量) を計算した。その結果を用いて、CO2濃度の増加により生じる気候 変化の原理を理解する。気候変化は、CO2濃度が増加することで、 下向き長波放射量が増え、地表面温度の上昇として起きる。その温度上昇が 原因となって水蒸気量や蒸発量・降水量なども変化せざるを得なくなる。

仮に「地球温暖化の暴走」が起こり、地上気温が47℃になれば、下向き長波放射量 と地表面が上向きに放つ長波放射量は等しくなる。これを極限状態とする。ただし 47℃は地球の惑星アルベド=0.3、気温の高度減率Γ=0.0065℃/m、大気の相対 湿度=60%、地球を水平一様の1次元化した場合である。 地球の気候の基本形は放射と水循環(蒸発、降水)に支配されて いるとすれば、この条件における年蒸発量(=年降水量)は標準大気(地上気温=15℃) で相対湿度=60%のときの年蒸発量(=年降水量)の1.7倍である。

付録1と2では、放射量を図式で計算する山本の放射図の利用方法を解説し、長波放射 (遠赤外放射、大気放射)の特徴を理解する。付録3では、地表面における顕熱・ 潜熱輸送量も考慮した場合の計算方法と結果を示した。 (完成:2021年9月23日)

本章についての読者の感想文と質問は次の章
「K220. Q&A温室効果、読者の感想文と質問」
に掲載してある。

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2021年8月30日:素原稿
2021年9月17日:広範囲の多数による査読後に掲載
2021年9月23日:所々に修正・加筆
2021年10月27日:「放射対流平衡」の用語を加筆

    目次
        219.1 まえがき
        219.2 温室効果と大気・地表面温度     
      (1)地球平均の温度
      (2)温室効果、大気1層モデル
      (3)多層モデルと気温の鉛直分布
        219.3  CO2濃度と地表面が受ける長波放射量
        219.4  CO2濃度の増加と気候変化の原理
        まとめ
        付録
      付録1 山本の放射図と利用方法
      付録2 放射図の白図(W/m2 単位に書き換えた図)
      付録3  地表面の熱収支計算
        文献                  


謝辞
これは気象学のほか、広範囲の方々に理解していただくことを目的とした内容で あり、原稿に目を通していただいた次の方々に感謝いたします (称号・敬称略、査読順)。内藤玄一、中澤高清、笠井 裕、松山 洋、石田祐宣、 三好和人、廣田 勇、木村龍治、堅田元喜。


219.1 まえがき

二酸化炭素CO2など温室効果ガスが増えると地球の平均温度は2~3℃ ほど上昇するであろうと100年前からいろいろな学者が論じてきた。最近になり、 この問題が政治・社会問題として取り上げられるようになった。

近年の人間活動によって大気中の二酸化炭素濃度が増加し、それにともない下層大気 の温暖化が日本では約0.7℃/100yの割合で進んでいる(近藤、2021; 「K208.観測の誤差から真実を見る-地球温暖化観測所の設立 に向けて」)。ただし、この数値は通常の社会生活を送っている人々にとって 「肌に感じない」値であるが、2~3世代後には地球温暖化は大きくなり地球上の 動植物に深刻な影響が現れることが危惧される。そのため、二酸化炭素の排出量を 減らす脱炭素により気候変動の進行を止める取り組み「気候変動緩和策」が、 それと同時に気候変動が進んでも困らない社会をつくる「気候変動適応策」とともに 進められるようになった。

こうした状況下にあっては、国民の多数が地球温暖化について正しく理解している ことが重要となる。振り返ってみると、自然変動の中で、まれに生じる極端な現象 を地球温暖化によるものだとする例が多すぎるのでなかろうか。例えば、ごく最近の サンマの水揚げ量が少なくなっている原因を地球温暖化によるものではないかと単純 に考える人がいる。漁獲量は気候変動のほか、人間による乱獲、海洋変動、各魚種間 の相互作用など様々な因子の複雑なからみ合いによって変動する。魚の餌となる 植物プランクトンは太陽エネルギーを使う光合成によって成長し、水質汚染などの 影響も受ける。

お笑いタレントの明石家さんまの少年時代は、サンマが大量に捕れるようになった 時代で、「サンマの唄」がラジオから流れていた。しかし、1945年以前にはサンマの 漁獲量は僅かであった。過去数百年間をみると、北海道におけるニシンの漁獲量の 変動と同様に、スウェーデンとノルウェーにおいても、数十年のサイクルで漁に豊凶 が繰り返されている。これらの詳細は近藤(1987)「身近な気象の科学ー熱エネルギー の流れ」の第13章「漁業と海洋変動」に示されている。

温室効果を理解させるために、温室を利用する説明が適切であるにも関わらず、 別の現象を利用した説明や、不適切な模型実験を見せたりすることがある。 受講者は説明者の意図とは別の解釈から、温暖化を正しく理解していない例がある。

模型実験の場合、熱の伝わり方として放射のほかに乱流・対流と分子熱伝導がある。 放射の作用や温室効果を理解させる模型では、内壁面に温度ムラができやすく、 風を吹かせなくても乱流や自然対流が発生しやすい。温室効果など放射の働きを 見せるには、1m3程度より大きな容器を用いることが望ましく、温度ムラが生じ ない工夫が必要である(近藤、2021、第2図;「K208.観測 の誤差から真実を知る-地球温暖化観測所の設立に向けて」「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)」)。

また、放射伝達の特徴として固体面とそれに接する空気の間には温度の不連続が 生じる。その不連続的な温度分布も工夫された模型実験から知ることができる (「K192.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(3)」)。

筆者は大学4年生のとき、地表面近くの気温鉛直分布が夜間の放射冷却で時間変化する 計算を行ったことがある。当時はPCはなく、手回しタイガー計算機と計算尺と ソロバンで数ヶ月かかった。計算の結果として、地表面温度とそれに接する空気温度 の間に不連続が生じた。放射の効果によって不連続が生じる理由が分かり、それに 熱伝導を加えると、当時、不思議とされていた裸地面上の「極小低温層」ができる ことが分かった。その原因がわかったときは飛び上がるほどに感動した。 指導者・山本義一教授に説明すると理解された。その説明は近藤(2000)のp.131~ p.132と、「M20.裸地上の極小低温層(特別講義)」 に示してある。

筆者は、温室効果を正しく理解するには高校生の学力でわかる程度の理論的な説明 が適切だと考えている。次の219.2節では、温室効果の原理を簡単なモデルで説明する。 大気中に含まれる温室効果ガスの出す長波放射量(遠赤外放射量、大気放射量) が増えると、地球の表面温度が上昇することを理解する。219.3節では現実的な大気 について、水蒸気H2Oと二酸化炭素CO2を含む大気から下向き に地表面に入る長波放射量 Lを計算する。219.4節ではCO2 濃度が増加したとき気候変化が生じる原理を理解する。付録1,2では山本の放射 図の使い方と長波放射の特徴を理解する。付録3では地表面の顕熱・潜熱輸送も 考慮したときの気候変化の計算例を示す。

本論では、温暖化の原理を理解するために簡単化したモデルを用いる。地球の気候の 基本形は放射伝達の作用によって形成されている。地球大気の実質的な厚さを10kmと したとき、放射伝達による気温変化の時定数は20日間ほどである(近藤、2021)。 深層まで含む海洋の時定数は、さらに長くなる。こうした地球の気候変化について、 通常の時間変化を解く数値シミュレーションによって調べるのではなく、いつでも 必ず成り立つ地表面の熱収支式を用い、そのつど大気と地表面下が瞬間的に平衡状態 になるとした簡単化モデルを用いた。


備考:時定数(追従時間、緩和時間)
例えば、空気温度 T の中に温度 Tsの小さな金属球があるとする。温度差をΔT とし、 初期時刻の温度差をΔTo とすれば、ΔT は次式にしたがって経過時間 t とともに 小さくなる。

  ΔT=ΔTo×exp(-t/τ)

この τ を時定数(追従時間、緩和時間)という。すなわち温度差ΔT は τ の時間後 には初期時刻の温度差 ΔTo の 1/e≒0.37(e=2.718 は自然対数の底)に減少, すなわち63%の効果によって初期時刻の37%の温度差になるまでの時間を時定数 という。なお、ほぼ平衡状態の ΔT≒0 になるまでには時定数の4倍ほどの時間がかかる。

次に、黒体の2つの固体面に挟まれた空気層が定常状態に保たれていたとする。 初期時刻に、片方の固体面温度が瞬間的に変化し、固体面と空気層の温度差ΔToが 生じたとする。その後の固体温度は不変とする。固体面と空気層の間の熱交換が放射 のみとしたとき、放射には分子熱伝導や乱流と違う遠隔作用をもつため、温度差の 時間変化は上式で示す指数関数には従わないが、それに似た形で近づいていく。 それゆえ、最初の温度差の0.37倍になるまでの時間を放射時定数と定義する。

初期時刻に温度を変えた固体面からの距離を z とすれば、放射時定数は近似的に z2/3 に比例して大きくなり、水蒸気など温室効果ガスが多いほど 小さくなる。実際には固体面近傍では分子熱伝導が働き、その時定数は z2 に比例する。それゆえ、 z<0.06mでは分子熱伝導による時定数が短く、z>0.06m では逆に放射時定数が短くなる。すなわちz>0.06mでは放射の効果が大きくなる (近藤、2021)。なお、地表面は長波放射(遠赤外放射、大気放射)に対して 近似的に黒体とみなしてよい。



219.2 温室効果と大気・地表面温度

地球の気候は放射エネルギーによって大きく支配されている。放射は短波放射と 長波放射からなる。短波放射(太陽からの放射、日射)は波長0.15μm~3μmの範囲 にその99%のエネルギーが含まれている。太陽と地球が平均距離のとき、大気の 最上端において、太陽光線に垂直な単位面積に入射する太陽エネルギー (Io=1360W/m2)を太陽定数という。地球には昼側と夜側があり、 北極・南極もあるので平均すると、太陽定数の1/4(=地球の断面積 / 地球の表面積) つまり340 W/m2が地球上端に入射する。地球全体の反射係数 A (惑星アルベド)=0.3であるので、実際に地球に取り込まれる量は (Io/4)×(1-A)=238 W/m2となる。

一方、地球・大気系の温度は250K~300K範囲にあり、温室効果ガス(水蒸気、 二酸化炭素、オゾン、・・・)の出す放射は波長10~15μm付近を中心とした スペクトルをもち、大部分のエネルギーは波長3~100μmの範囲に含まれる。これを 長波放射(遠赤外放射、大気放射)と呼ぶ。大気中に含まれる水蒸気量H2O の容積比は0.5%前後、二酸化炭素CO2は約0.03~0.04%の少量であり ながら、地球の気候を大きく支配している。

以下は、筆者が現役時代に大学1~2年生の全学部の学生向けに講義した内容である。 用いた教科書は近藤(1987)「身近な気象の科学―熱エネルギーの流れ」である。

(1)地球平均の温度
地球の温度は、基本的には太陽と地球間の距離、及び地球の反射係数A(惑星 アルベド)によって決まる。 図1 はその関係を示したものである。以後、地球表面 は長波放射(遠赤外放射、大気放射)に対して黒体とする。地球は平均的に平衡状態 にあると考えられるので、地球に取り込まれる正味の太陽放射量(238 W/m2) と地球から宇宙に放出される長波放射量が等しくならなければならない。そのとき、 地表面と大気全層を含む地球の平均的な温度「有効温度」を Te (絶対温度の単位: K) とすれば、

  σTe4=Io(1-A)/4=238 W/m2 ・・・・・(1)

ここに、σ(=5.670×10-8 W m-2K-4) はステファン・ボルツマン定数である。したがって、

  Te=254.5K(=-18.7℃)・・・・・(2)

となる。実際の平均的な地表面温度と地表面付近の大気温度は15℃程度、上空の 平均的な大気温度は-50℃程度であり、大気と地表面を含めた温度を平均すれば -18.7℃になる。この有効温度Teは宇宙から地球を観測したときの温度に相当する。

太陽エネルギーと地球放射の関係
図1 太陽放射量と地球から出す長波放射量の釣り合い(「身近な気象」の 「1.地球温暖化と都市気候」の 図1.1に同じ)。


(2)温室効果、大気1層モデル
前項では地球の平均的な温度「有効温度」 Teを求めるために、地球と大気とを一体 として考えたが、こんどは別々に分けて計算してみよう。計算を容易にするために 次の近似を行う。(a)大気は短波放射(太陽放射、日射)に対して透明である。 (b)しかし長波放射(遠赤外放射、大気放射)に対して大気は黒体度ε(0<ε≦1) であるとする。すなわち大気温度を T とすれば、大気はεσT4の 長波放射を出すとともに地表面が出した長波放射を(1-ε)の割合で透過する。 ここに、σT4は温度 T(単位:K) に対する黒体放射量である。

地球全体の反射係数(惑星アルベド)をA、地表面温度を Tsとする。図2を参照し、 式を見やすくするためにx≡T4、y≡Ts4と置けば、大気の 熱収支式は(左辺:放出エネルギー、右辺:入力エネルギー)、

    2εσx+(1-ε)σy=σy ・・・・・(3)

地表面の熱収支式は(左辺:入力エネルギー、右辺:放出エネルギー)、

    Io(1-A)/ 4+εσx=σy ・・・・・(4)

これら連立方程式(3)と(4)を解き、式(1)を用いると、xとyは次のように 得られる。

    x≡T4=Te4 [ 1 /(2-ε)] ・・・・・(5)

     y≡Ts4=Te4 [2 /(2-ε)] ・・・・・(6)

仮に、ε=0.5とすれば、地表面温度Ts=273.5K(=0.3℃)、大気温度T=230K (=-43.2℃)となる。その場合の放射エネルギーの流れを図3に示した。

大気と地表面のエネルギーのやりとり
図2 大気と地表面の放射エネルギーのやりとり、Io は太陽定数、A は地球の惑星 アルベド、T は大気温度、Ts は地表面温度である(近藤、1987、図1.3に同じ)


黒体度が0.5のときの熱収支
図3 大気の黒体度がε=0.5の場合の大気と地表面の熱収支、放射エネルギーの 流れる方向と大きさを示す。


大気の黒体度ε=0.5の場合は図3に示したが、εと地表面温度 Ts の数値的な関係は 式(6)から次のようになる。

ε=1.0・・・・Ts=302.7K=29.5℃
ε=0.7・・・・Ts=283.4K=10.2℃
ε=0.5・・・・Ts=273.5K=0.3℃
ε=0.0・・・・Ts=254.5K=-18.7℃=Te

大気中に温室効果ガスが多くなると(εが大きくなると)、地表面温度 Ts は温室効果 によって Te より高温になることが分かる。近年の温室効果ガスの増加によって生じる 下層大気の温度上昇を地球温暖化と呼んでいる。

備考: この項までは、大学全学部の1~2年生向けの内容である。理系の3年生に対しては、 大気を1層モデルから2層モデルとした場合の計算をリポートとして提出させて、 気温は上層ほど低温になることを理解させる。また、太陽・地球間の距離は1月上旬 (近日点)に最短、7月上旬(遠日点)に最長となり、両者の距離差は3.4%である。 地球の広い範囲が積雪で覆われる年は地球の惑星アルベド A が大きくなり、逆に 北極海の氷の面積が減少するとA は小さくなる。こうした場合、 Te や Ts にどの 程度の変化が生じるか、考察させる。

(3)多層モデルと気温の鉛直分布
温室効果ガスの吸収係数は波長の複雑な関数であり、また気圧や温度の関数でもある (付録1を参照のこと)。しかしここでは、温室効果ガスの温室効果によって大気 温度の鉛直分布を定性的に理解するために、波長、気圧、温度によらず「吸収係数は 一定」と仮定する。そのような仮想大気を等射出係数の大気「灰色大気」とよぶ。

大気中の上向きと下向きの放射量を表わす2つの微分方程式を解けばσT4 つまり気温Tの鉛直分布がわかる(近藤、1982、1.1節)。その結果によれば、 大気上端の気温は214K(=-59.2℃)、地表面直上の気温To=281.7K(=8.5℃)、 地表面温度=302.7K(=29.5℃)となる。近藤(1987)の第1章「温室効果」)には、 この結果も示してある。

短波放射(太陽放射、日射)と長波放射(遠赤外放射、大気放射)だけを考慮して 求めたこの鉛直分布を放射平衡の温度分布という。この分布では、地表面温度 Tsと その直上の気温 T の間に21℃もの大きな温度ギャップがあり、地表面に近い下層大気 は非常に不安定である。これは灰色大気とした場合の定性的な結果であるが、 放射のみを考えたときの放射平衡の温度分布の基本形は表現されている。

より厳密に計算するには、大気中の遠赤外放射吸収物質(水蒸気、二酸化炭素、 オゾンなど)の高度分布と放射に対する吸収の波長依存特性などを考慮に入れ なければならない。そのようにして最初に数値計算によって大気の気温鉛直分布を 示したのはManabe and Strickler(1964)である。その結果は近藤(1987)の第1章 にも紹介してある。彼らの厳密な計算でも同様に、地表面温度 Tsとその直上の気温 T の間に大きな温度ギャップができて、不安定な温度分布となる。その結果、 対流・乱流が生じて地表面からの熱(潜熱、顕熱)が上空へ運ばれることになり、 地表面は冷却、大気は加熱されて、現実の気温鉛直分布が形成される。
放射の効果に対流の効果を加えたとき形成される気温鉛直分布を「放射対流平衡」 の分布と呼んでいる。

現在、各国で行われるようになった大気大循環・気候変動のモデル計算は Manabe and Strickler(1964)の研究から発展してきたと言えよう。


備考:潜熱輸送と顕熱輸送
潜熱輸送とは、地表面で蒸発した水蒸気が対流・乱流によって上空へ運ばれ凝結し 雲をつくるさいに潜熱を解放し大気を暖める。それゆえ、水蒸気の移動のことを 潜熱輸送という。潜熱輸送量100 W/m2は地表面における蒸発量3.53mm/d =1287mm/yに相当する。一方、顕熱輸送とは、周囲に比べて高温の空気塊が対流・ 乱流運動によって運ぶ熱輸送のことである。地表面も含めて物体表面のごく近傍を 除けば、大気中では分子熱伝導に比べて顕熱輸送量は桁違いに大きい。地球の気候 は放射によって基本が決まり、次いで水循環(蒸発、降水)にともなう潜熱輸送に よってあらかた決まる。



219.3 水蒸気量・CO2濃度と大気放射量

前節では、大気中に水蒸気や二酸化炭素が増えると大気から地表面に注がれる 長波放射量(遠赤外放射量、大気放射量)が増加し、地表面温度が上昇することを 理解した。それゆえ本節では、水蒸気や二酸化炭素が増えた場合、地表面に入る 長波放射量がいくら増えるか、計算してみよう。ここでは山本の放射図 (Yamamoto, 1952)(付図1)を用いて計算する。放射図では、大気中の気温と水蒸気量の 鉛直分布によって描かれる図形の面積が放射量の大きさに比例するようにつくられて いて、直感的に分かりやすい。そのため高速計算機が利用できる現在でも利用する 価値は非常に高い。

付録1に示すように長波放射量は大気中に含まれる水蒸気量の全量と密接に関係する。 放射伝達では光学的な距離として、各高度の水蒸気量を気圧で補正した 「有効水蒸気量」を用いる。有効水蒸気量は付録1の式(A1)で定義され、垂直気柱内 の全量を「有効水蒸気量の全量」とよぶ。地表面が受ける大気からの下向き 長波放射量は有効水蒸気量の全量と高い相関関係にある。有効水蒸気量の全量は 可降水量より少し小さな値である。ここに、可降水量とは大気中の水蒸気のすべてが 水となって降ったときの降水量のことである。単位は液体水としたときの深さ mm、 または1平方m当たりに降った水の質量(kg m-2)で表わす (注意:付録1の山本の放射図では昔使っていたcmの単位で有効水蒸気量を表わす)。

有効水蒸気量の全量(縦軸)と地上の日平均水蒸気圧(横軸)の間には密接な 関係があり、両者の相関係数は大きいことがわかっている(図4の破線)。手元にある 観測値のみをプロットしてあるが、バラツキ±30%程度の範囲内に分布する。 この関係を参考にして以下の図を見ていくことにしよう。

有効水蒸気量の全量と地上水蒸気圧
図4 有効水蒸気量の全量(縦軸)と地上の日平均水蒸気圧(横軸)の関係。破線は 実験式、観測値は多数あるが、筆者の手元で現在見つかったデータのみ丸印でプロット してある。横軸のe=10 hPa は気温が15℃のとき相対湿度59%に相当する。


放射計算を行う大気モデル
この節では地球全体を平均した水平一様な1次元モデルとし、放射量や気温などの 日変化・季節変化は無く、地表面温度 Ts と地上気温To は等しいとする。それゆえ、 地表面温度も To で表わすことにする。

放射量の計算では、大気モデルとして地上気温To=15℃、対流圏における気温の高度 減率Γ=0.0065℃/mの標準大気を想定し、水蒸気量を表わす相対湿度は高度によらず 全層で60%とした(単純化のために快晴を想定)。地上のCO2 濃度には 0、100、200、300、400ppmを与え、高度とともに減少するとする。その場合、 空気中に含まれる容積比は高度によらず一定と仮定する(山本の放射図における仮定: 現実に近い高度分布とする)。

この気温減率Γと相対湿度60%は不変とし、地上気温To=-5℃(a)、5℃(b)、15℃(c)、 25℃(d)の4例を想定する。付録の式(A1)から求めた4例における有効水蒸気量の 全量wTOP* は次の値となる。

 wTOP*=2.93mm, To=-5℃ ・・・・・(7)
 wTOP*=6.45mm, To=5℃
 wTOP*=13.43mm, To=15℃
 wTOP*=26.54mm, To=25℃

図5は4例について計算した地表面に入る大気からの長波放射量(大気放射量、 遠赤外放射量)と有効水蒸気量の全量との関係であり、計算値を滑らかな曲線で 結んである。横軸は対数目盛であることに注意しよう。図からわかることは、 (1)気温が高くなり水蒸気量が増えると、地表面に入る長波放射量 L は増える。しかし、Lに占める二酸化炭素CO2による増加量 ΔLCO2は水蒸気量の増加とともに減少する。 (2)CO2濃度の増加とともにΔLCO2は増加するが、 CO2濃度が大きくなる割合ほどにはΔLCO2 は増加せず、しだいに飽和に近づくような増え方である。

有効水蒸気量の全量と地上の長波放射量
図5 山本の放射図によって計算された有効水蒸気量の全量(横軸)と地表面に入る 大気からの長波放射量(縦軸)の関係。下図は水蒸気と二酸化炭素による長波放射量 L、上図は二酸化炭素による下向き放射量の増加分ΔL である。地上のCO2濃度=0,100,200,300.400 ppmの場合を色分け してある。注意:山本の放射図による計算値Lは、横軸>25mm の範囲で誤差>12.6 W/m2 となる(付録2を参照のこと)。


こうした特徴を示す理由は、水蒸気の吸収の強い波長帯と二酸化炭素の吸収の強い 波長帯が重なる部分が多いことによる。また、付図2に示すように、有効水蒸気量の 全量が2.9~26.5mm の範囲では大気放射量Lは地上気温の日平均値 To に対する黒体放射量σTo4 の0.7(=70%)前後になっている。 この比0.7が1に近い値となる異常な高温多湿条件(付図2の横軸が100mm)では、 CO2濃度が増えても大気放射量Lはほとんど増えないことに なる。

大気モデルによって、つまり仮定によっては「温暖化の暴走」が生じることもあるが、 異常な高温多湿状態(大気の射出率が1の状態)になったときは、大気から地表面に 入る長波放射量Lと地表面が出す長波放射量σTo4 がほとんど等しくなる。

この異常な高温多湿状態は、地上気温 Toがいくらのときか計算してみよう。 その前に、付録の付図2を参照すれば、有効水蒸気量の全量=100mm(=10cm)を少し 越える条件で、L/σTo4≒1になる。ここに、L は大気からの下向き長波放射量、To は地上気温の日平均値である。この図の Lは水蒸気と二酸化炭素の両効果を含み、高温多湿条件で山本の放射図 に含まれる計算誤差を補正した下向きの長波放射量である。この条件における地上 気温Toはいくらになるか、上で想定した大気モデル、つまり対流圏における気温の 高度減率Γ=0.0065℃/m、相対湿度は大気全層で60%の場合として求めてみると、 To=47℃のときに有効水蒸気量の全量 wTOP *=102mm(=10.2cm) となる。

地球温暖化の暴走、その極限状態
仮に「地球温暖化の暴走」(備考を参照のこと)が生じたとしても、地上気温がTo=47℃ まで上昇すれば、前述のとおり地表面に入る下向き長波放射量 Lと地表面 が放出する長波放射量σTo4(黒体放射量)が等しくなり、

L=σTo4=596 W/m2 ・・・・・(8)

この状態を極限状態とする。ただし太陽定数Io=1360W/m2、地球の惑星 アルベドA=0.3、対流圏における気温の高度減率Γ=0.0065℃/m、相対湿度は大気 全層で60%とし、さらに地球を平均化した1次元の仮想大気の場合である。 極限状態になるまでには、海洋深層まで準定常状態の温度分布にならなければなら ないので、それまでには長い年月を要する。なお大気・地表面が高温化すると、 蒸発が盛んになり降水量も増え、雲や対流の状態などあらゆる要素が変化することが 考えられる。しかし、ここでは簡単化のためにAもΓも相対湿度も不変とする。

この極限状態が定常状態であるとして、そのときの地表面の熱収支を考えてみよう。 仮定として、(1)地球の気候は基本的に、放射の効果に次いで水循環の効果によって 成り立っているので、地表面における顕熱輸送量=0、蒸発による潜熱輸送量 ιE は 有りとする。また、(2)大気は短波放射(太陽放射、日射)に対して透明とする。

極限状態で長波放射量はバランス状態(L=L= σTo4、ここにLは地表面からの上向き長波放射量)に あるので、地表面に入る太陽放射量(S=238 W/m2:図3) と潜熱輸送量 ιE が等しく ιE=238 W/m2となる。この238 W/m2 を蒸発量 E に換算すれば E=3063mm/yである(換算式:ιE=100 W/m2は、 E=1287 mm/y=3.53 mm/d)、ただし ι は水の気化の潜熱で0℃のとき2.50×106J kg-1。なお、年蒸発量は年降水量 Prに等しいので、Pr=3063mm/yとなる。

一方、現在の標準大気(To=15℃、Γ=0.0065℃/m)とし、相対湿度が60%のとき L=σTo4=391 W/m2、L= 290 W/m2(wTOP*=13.43mm、CO2濃度=400ppmの とき:図5下図または図6下図)である。この場合の地表面における熱収支式は (左辺:入力エネルギー、右辺:放出エネルギー)、

   S+L= L+ιE ・・・・・・(9)

したがって、
   ιE=S+L-L=238+290-391 =137 W/m2

この ιE=137 W/m2を換算すれば、蒸発量は E=1763 mm/y となる。 上記の極限状態における蒸発量(3063mm)は1763mmの1.7倍である。これは大気の 相対湿度=60%の場合である。

なお現実には、現在の地球の年蒸発量は年降水量 Pr に等しいので、E=Pr≒1000 mm/y (ιE=78 W/m2)である。計算蒸発量 / 現実蒸発量=1.76と大きいのは、 計算では大気は太陽放射に対して透明と仮定し、さらに相対湿度60%の大気を想定 したことが大きな理由と思われる。


備考:ボーエン比の気温依存性
地表面では顕熱輸送量 H と蒸発にともなう潜熱輸送量 ιE がある。Bo=H/ιE を ボーエン比と呼ぶ。熱収支の特徴として、Bo は気温が高いほど小さくなる、 つまりH はιE に比べて無視できるようになる。この特徴により、高温時は H を 無視してよい(近藤、1994、6.2節を参照のこと)。

備考:温暖化の暴走で起きる増強効果と抑制効果
現実の地球で温暖化の暴走が始まると、雪氷域の面積が減少し地球の惑星アルベドA が小さくなり、温暖化を加速する増強効果が現れる。しかし、蒸発量と降水量の増える 暴走状態になれば、対流活動がより盛んになると考えられるので、雲量が増えること によって惑星アルベドAが大きくなり地表面に届く太陽放射量が減少する。 こうした増強効果と抑制効果の両効果によって現実の気候変化は決まる。 しかし現実には、その他すべての効果・相互作用が正しくわかっていないので、 気候変化を正しく予測することは困難である。

最近の一般的な流行として、観測値に合うように諸パラメータを決める方法があるが、 気温変動などの実態を正しく観測することが、非常に難しい。



研究課題、問題1
本節では、大気全層の相対湿度を60%として長波放射量を計算した。相対湿度= 80%の場合について、下向きの長波放射量Lを計算し、地表面における 熱収支を考察せよ。
ヒント:簡易計算として次の方法がある。まず、有効水蒸気量の全量 wTOP* を付録の式(A1)により計算し、次いで下向き長波放射量Lと wTOP* の実験式(10)からLを求める。実験式(10)は 近藤(2000)のp.75の快晴条件における式(2.33)と同じである。

  L/σTo4=0.59+0.038 ln(wTOP*) + 0.011 [ ln(wTOP*) ]2 ・・・・(10)



219.4 CO2濃度の増加と気候変化の原理

この節では、地球温暖化による気候変化の原理を理解するために、前節よりも具体的 に詳しく計算してみよう。

前図の一部を拡大し横軸を直線目盛りで表わした図6を用いて考察する。地上の 二酸化炭素CO2濃度は1750年頃には280 ppm程度であったが、工業化が 進むにしたがって増加し、1960年には320 ppm程度、現在は400 ppm程度と言われている。 ここでは、CO2濃度と温度上昇の関係を見やすくするために、100 ppm から400 ppm に瞬間的に増加した場合を計算する。その初期条件として、前述の 地上気温 To=15℃の標準大気、相対湿度60%、有効水蒸気量の全量wTOP* =13.43mm とする。簡単化のために、地表面に接する地上気温 Toと地表面温度 Tsは 等しいとする。

図6から初期条件(CO2濃度=100 ppm、wTOP* =13.43mm) における下向き大気放射量を読み取ると(下図の黒印)、

L=283.8 W/m2

次いで、CO2濃度が100 ppm から400 ppmに増加したとき、L の増加分は(上図の赤印と黒印の差)、

ΔL=27.8-21.8=6.0 W/m2

である。

拡大図、有効水蒸気量の全量と地上の長波放射量
図6 前図5の拡大図、ただし、横軸の目盛りは直線目盛りに変えてある。下図は水蒸気 と二酸化炭素による下向き放射量 L、上図は二酸化炭素による下向き 放射量の増加分ΔLである。地上のCO2濃度=100,200, 300,400 ppmの場合を色分けしてある。



CO2濃度の増加による気温上昇の最終的な結果を知るために、ここでは 短波放射量(太陽放射量、日射量)の日変化・年変化は無く、これまでと同様に、 地球を平均化した1次元モデルを想定する。

条件1:地表面の温度(=地上気温)が上がっても絶対湿度は不変とする
放射量の増加が地表面温度に及ぼす直接的な効果を知るために、地表面は熱容量ゼロ の薄板とし地中との熱交換はナシとして考える、すなわち定常状態を想定する。 また、地表面から大気への顕熱・潜熱輸送量が地表面温度に与える影響もナシとする。 気温が変わっても絶対湿度(単位体積の空気中に含まれる水蒸気の質量)は不変の条件 とする。この条件では、CO2濃度の増加による下向きの大気放射量 Lの増加によって、地表面温度 Tsが上昇する。その結果、地表面からの 上向きの長波放射量σTs4も増加することによって平衡状態が保たれる。 時間変化を無視し、大気はそのつど瞬間的に平衡状態になるとして考察していく。

初期条件のTs=To=15℃のとき、100ppm から400ppm へのCO2濃度増加に よる長波放射量の増加はΔL=27.8-21.8=6.0 W/m2 となる(図219.6上)。6.0W/m2の増加に対して気温上昇がδTo=1.1℃ であれば地表面の熱収支が保たれる(15℃付近では、温度1.1℃の差で黒体放射量が 6 W/m2増える)。その結果Ts=To=15℃+1.1℃=16.1℃となる。

この条件1では、大気中の絶対湿度を一定としているが、現実には、地表面温度が 昇温すれば、地表面と大気中の水蒸気量の差が大きくなり、蒸発量は初期条件の ときよりも増加し、温度上昇量は1.1℃よりも小さくなる。この働きは「抑制効果」 である。ここでは放射のみを考えているが、顕熱・潜熱輸送量も考慮に入れるモデル では、地表面における熱収支式を解き、地表面温度の上昇量と顕熱・潜熱輸送量の 増加量を同時に求めることになる(付録3を参照のこと)。

条件2:地表面温度(=地上気温)が上がっても相対湿度は一定の60%とする
温暖化すれば大気中に含まれる水蒸気量は増えると考えられる。条件2では、 相対湿度は高度によらず60%の一定とする。この条件では気温が上がれば水蒸気量も 増えるので有効水蒸気量の全量が増え、下向きの大気放射量(長波放射量) Lも増える。CO2濃度が100 ppm から400 ppmへの変化による Lの増加分に加えて有効水蒸気量が増えることによるL の増加は、ますます大きくなる。この働きは「増強効果」である。そのほかの抑制 効果が仮にゼロの場合には、前節で述べた「温暖化の暴走」が生じることになる。 「温暖化の暴走」過程を熱収支の観点から、図6と図7を用いて調べてみよう。

地上気温と有効水蒸気量の全量の関係
図7 地上気温(横軸)と有効水蒸気量の全量(縦軸)との関係。
(式(7)と同様に、地上気温To=15℃、対流圏における気温の高度減率Γ =0.0065℃/m、大気全層で相対湿度60%の場合であり、To=14~20℃範囲を拡大 してある)。



条件1と同様に、大気中のCO2濃度が100 ppm から400 ppm に変化したとする。 この変化にともなって生じる気温などが定常状態になるのは長時間後であるが、 分かりやすくするために、大気放射量の増加 ΔLが、地上気温 To (=Ts)の昇温に、そして有効水蒸気量の全量 wTOP*の増加となり、 再び大気放射量の増加、・・・・の順に変化していく。こうした過程を調べてみよう。 条件1と同様に、wTOP*の増加の直接的な影響を見るために、他の要素が 地表面温度に及ぼす効果はナシとする。

初期条件:Ts=To=15.0℃

第1段階:まず、前記の条件1と同様に、Toが1.1℃上昇し To=16.1℃になる。

第2段階:To=16.1℃になれば、相対湿度一定の仮定によって、図7よりwTOP* =14.5mmとなり, その結果として図6より、Lは290 W/m2 から296 W/m2 にまた6 W/m2増える。その結果、 To=16.1+1.1=17.2℃になる。

第3段階:To=17.2℃になれば、相対湿度一定の仮定によって、図7よりwTOP* =15.6mmとなり, その結果、図6下図よりLは296 W/m2から 301.5 W/m2 に5.5 W/m2増える。5.5 W/m2の増加 はToの0.9℃の昇温となり地表面の熱収支が保たれTo=17.2+0.9= 18.1℃となる。

第4段階以後:前段階と同様に、地上気温 To は上昇を繰り返し、相対湿度一定の条件 により大気層の絶対湿度は気温上昇とともに増加し、「温暖化の暴走」の状態となる。

しかし前節の最後で述べたように、有効水蒸気量の全量がwTOP*= 102mm(=10.2cm)に近づくにつれて、昇温速度はにぶる。この極限状態になったとき、 地表面における上向きと下向きの長波放射量が等しくなるので、前節と同様に 地球温暖化は止まるとする。ただし太陽定数Io=1360W/m2、地球の 惑星アルベドA=0.3、対流圏における気温の高度減率Γ=0.0065℃/m、相対湿度は 大気全層で60%とし、さらに地球全球を一様に平均化した1次元の大気とした場合で ある。極限状態になるまでには、海洋深部まで準定常状態の温度分布にならなければ ならないので、それまでには長い年月が必要である。

ここでは簡単化した大気モデルによって、二酸化炭素CO2濃度の増加による温度上昇 を求めた。現実には、温暖化による温度上昇が原因となって降水量など他の気象要素 も変化せざるを得なくなる、つまりマイナス方向に働く抑制作用もあるので、 温暖化の気候変化に及ぼす影響は複雑となる。

本論では、現象の時間的な変化を無視して、数値シミュレーションによらない理論的 考察によって地球温暖化の基本を学んだ。

研究課題、問題2
219.3節と219.4節で示した1次元モデルで得た結果を参考にして、気候変動の原理的 な理解を深めるために、相対湿度が60%より大きい場合や、水循環(蒸発、降水) を加えた場合の地表面の熱収支を考察せよ。基本原理の理解のため、モデルを複雑に しないことが肝要である。

研究課題、問題3
本論では時間変動を無視して、たえず平衡状態になった状態における熱収支を解く 方法に従った。そこで、時間変化の時間スケールの目安を知るために、日変化・季節 変化ゼロの1次元モデルについて、地表面・地中温度の時間変化を計算する。 計算例として、大規模火山噴火により地表面が受ける太陽放射量が1%減少したとき、 海面温度の数年間の時間変化を求めよ。見やすくするために、太陽放射量が5%減少 したときを最初に調べてもよい。
ヒント:海洋は地球全体を代表できる。この問題3は数年間の現象を対象と するので、水平一様で水深50~100mの1次元の海を想定する。海水は陸地に比べて 熱慣性が大きく、海洋混合層の追従性は数ヶ月である(近藤、1981)。海洋表層に できる海洋混合層はKondo et al. (1979)のモデルが観測結果をよく再現 できる。

注意:大規模火山噴火によって成層圏に噴煙が広がると地表面における直達 日射量は大きく減るが、散乱光は逆に大きく増加し、地球の惑星アルベドは大きく なる。その結果として地表面が受ける太陽放射量が1%減少する場合を計算する。 大規模火山噴火後の世界の夏の地上気温の平均値は0°~30°N帯で0~0.1℃の低下、 30°~60°N帯で0.1~0.4℃の低下、60°~90°N帯で0.1~0.2℃ほど低下する。 しかし日本の特に東北地方の太平洋側では夏3ヶ月間平均気温が確率90%で1~2℃ 低下する(Kondo, 1988)。異常な冷夏で大凶作となる。天保7年(1836年)夏の 冷夏では大飢饉となり仙台伊達藩では人口の1/4が餓死している [ 近藤(1987) 「身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れ」の8章「天保大飢饉」を参照 ]。


まとめ

(1)大気中に含まれる温室効果ガス(水蒸気H2O、二酸化炭素CO2) による温室効果を簡単なモデルを用いて解説した。

(2)大気中の水蒸気の相対湿度が60%で、地上のCO2濃度が0ppmから100ppm, ・・・ 400ppmと増加したとき、地上における下向き長波放射量(遠赤外放射量、大気放射量) が増加することを示した。

(3)CO2濃度が増加し下向き長波放射量が増えると、地表面温度が上昇することを 簡単化したモデルで示した。その温度上昇が原因となって水蒸気量や蒸発量・降水量 なども変化せざるを得なくなることを理解した。

(4)現実の大気中では、温暖化の抑制作用と増強作用が働くが、仮に抑制作用が ないとすれば「地球温暖化の暴走」が起こる。しかし地上気温が47℃になれば、 下向き長波放射量と地表面が上向きに放つ長波放射量は等しくなる。これを極限状態 とする。ただし47℃は地球の惑星アルベド=0.3、気温の高度減率Γ=0.0065℃/m、 大気の相対湿度=60%、地球を水平一様の1次元化した場合である。 地球の気候は放射と水循環(蒸発、降水)に支配されているとすれば、 この条件における年蒸発量(=年降水量)は標準大気 (To=15℃)で相対湿度=60%のときの年蒸発量(=年降水量)の1.7倍である。

本論では、地球の惑星アルベドがA=0.3として大気上端で地球に取り込まれる 太陽放射量を238 W/m2とした。そして大気は太陽放射に対して透明と 仮定し、S=238 W/m2が地表面に届くとした。現実には、 238 W/m2の一部は大気と雲に吸収されて残りの約175 W/m2 が地表面に届いている。また、地表面から顕熱・潜熱が大気中へ輸送されている。 したがって、今後検討してみたい単純化モデルでは、太陽放射量S =175 W/m2と下向き長波放射量 Lが地表面に入り、 それとバランスするための上向き長波放射量と蒸発による潜熱輸送量が存在すると して考察したい。



付録1 山本の放射図と利用方法

長波放射(遠赤外放射、大気放射)は空気中を通過するとき、水蒸気など温室 効果ガスにより吸収されるほかに、それら水蒸気などはその量・温度に応じた 長波放射を射出する。そのため、短波放射(太陽放射、日射)と違って取り 扱いが難しくなる。また、水蒸気や二酸化炭素などの吸収線は広い波長範囲に 無数と言えるほど多数あり、しかも吸収係数は波長の複雑な関数で、また気圧 や温度の関数でもある。そのため高速計算機のなかった1960年代以前には、 放射量を計算で求めることは困難であり、放射図による図式計算法が開発された。 当時は、少し複雑な熱伝導の微分方程式を計算するときも図式解法で解くことが あった。

放射図利用の利点
放射量の図式計算では、図に描かれた面積が放射量の大きさで表わされるように なっている。そのため大気中に気温の逆転層がある場合や、雲が存在する場合、 それらの高度によって図形と面積が変化し、対象としている高度における放射量 がどの高度の気温・水蒸気量・雲の高さなどに大きく依存しているかが直感的に わかる。つまり、放射量の物理的な意味が容易に理解できる。それゆえ、高速 計算機の利用が可能となった現在でも図式解法の価値は高い。放射図にはいくつ かあるが、ほぼ正しく計算できるのは山本の放射図である(Yamamoto, 1952)。

1980年代以前には、少数ではあるが、気象学以外の分野でも山本の放射図を 用いた計算が行われていた。筆者は他大学の建築学専攻の大学院生から放射図の 使い方について相談されたことがあった。しかし、最近は大気に及ぼす放射の 役割をよく理解していない者が多くなってきたように思う。計算機を使って放射 を計算する大学院生がいる。その中には、放射の物理過程・原理を十分に理解 しないまま、だれかがつくった計算プログラムを譲り受けて計算する者がいる。 彼らが面白そうな計算結果を発表したとき、結果が奇妙なので質問すると、 答えられない例があった。その者たちも、放射図による計算の演習を行い、 放射過程の原理を理解して欲しい。物理学の講義を受けても、演習問題を解か なければ実力がつかないのと同様である。

放射図による計算方法、概要
山本の放射図では、各高度における上向き放射量と下向き放射量を計算する ことができる。もちろん、ある高度に雲が広がっているときも計算できる。 それらのすべてを説明すると長文になるので、ここでは地上における下向き 放射量の計算方法についてのみ説明する。他の条件についての計算方法は次に 掲げた参考書を参照のこと。

山本の放射図についての解説と使い方は、山本「大気輻射学」(1954)、 関谷 博(1954)、会田「大気と放射過程」(1982)、近藤「水環境の気象学」 (1994)に掲載されている。山本の放射図では単位として、以前に用いられて いたcal min-1cm-2=ly cm-2 で表わされているが(ly: langley は放射量の単位)、近藤(1994)では W/m2の単位に書き換えしてあり、白図の拡大図はその巻末のp.350 (2刷以後)に掲載されており、また本論の付図3にも示してある。練習したい ときは、付図3を拡大コピーして利用してよい。

山本の放射図の原図はB3版の大きさであり、例えば高度数100m間隔で放射量の 高度分布を求めたい場合などに利用できる。しかし、ごく地表面に近い大気層内 について放射量の高度分布を計算することは難しい。その場合は、B3版を5m×5m 程度の広さに拡大した図を用いることになるが、現実的でなく、数表を 用いる計算方式となる。その数表はKondo(1971)に掲載されている。

正味放射量はRn=(上向き放射量-下向き放射量)で表わされ、気温の時間変化率 dT/dtは正味放射量の高度に対する変化率 dRn/dzに比例する。地表面に近い高度 範囲で Rn の高度分布を放射計による観測から求めることは、通常の放射計では 観測精度上難しく、数値計算によることになる。その場合は、上記の数表を用いて 正味放射量の高度分布を計算する。その計算例はKondo et al.(1978)に示されて いる。当時、高度50m程度以下の接地境界層における風速や気温などの鉛直 分布はMonin and Obukhov(1954)による乱流の相似則に従うという考えが 常識になっていたが、晴天夜間にはこの相似則は成立せず、気温の鉛直分布と 時間変化(冷却速度)は、ほとんど放射の作用によることがわかった。現在でも、 この事実を知らないまま、夜間の気温変化を求める数値シミュレーションが 行われているが、その計算では観測を正しく説明できるはずがない。夜間の 接地境界層における気温鉛直分布に及ぼす放射の影響は近藤(2000)の4.6節に 解説されている。

放射図による計算例
山本の放射図では、縦軸は平均の透過率(0~1)で、横軸は黒体放射量 σT4で表わされている。平均の透過率とは、透過率を全波長範囲に わたって波長ごとに重みづけして平均した値である。補助線として、有効水蒸気 量の等値曲線が描かれている。有効水蒸気量 w* は式(A1)で定義される。

  w*=(1/g)∫q(p/p0)dp ・・・・・(A1)

ここに、gは重力加速度、qは比湿(=水蒸気の密度 / 湿潤空気の密度)、 p は気圧、p0(=1013.2 hPa)は標準気圧である。上式は温室効果 ガスの吸収線の幅が気圧によって変わる「気圧効果」を考慮した水蒸気量を表わす ものである。w* の単位は mmまたは kg m-2 である。

有効水蒸気量の意味は、気圧の高度変化を考慮しなければ、水蒸気を水に換算した ときの水の深さに相当する。すなわち、式(A1)から(p/p0)を 外せば、ある高度範囲に含まれる水の量(水の深さ)である。

w* はラジオゾンデによって観測された気温、湿度、気圧のデータから求める。 その例を付表1に示した。なお、地表面から上層大気までの w* の全量を有効 水蒸気量の全量 wTOP*と呼ぶ。付表1から分かるように、 wTOP*は気圧が低くなる高度10kmより上層に含まれる水蒸気量の寄与 はゼロとしてよい。有効水蒸気量の全量は可降水量(水蒸気を降水量に置き 換えた量)より小さな値になる。

注意:山本の放射図では、有効水蒸気量 w* の単位は cm で表わされている。 また、地表面の二酸化炭素ガスの分圧は0.32 hPa(=0.32 mb)としているが、 これは現在多用されている単位で表わすと320 ppmに相当する。

付表1 高層観測の気温、水蒸気圧から有効水蒸気量 w*を計算した例、ただし 標準大気(地上の気温=15℃、気圧=1013.3hPa)の場合で、相対湿度が全高度 で60%とする。この例では、有効水蒸気量の全量 wTOP*=1.34cm= 13.4mmとなる。山本の放射図では、補助線は cm 単位で表わされていることに 注意のこと。
高層気象のデータ



山本の放射図では水蒸気のみについて組みたてられており、二酸化炭素 CO2ガスの影響は別に補正するようになっている。CO2 ガスの空気中に含まれる容積比は高度によらず一定と仮定している、つまり 大気はよく混合されていると仮定している。CO2 量と有効水蒸気量 から平均の透過率の補正値を求め、放射図の下部に曲線を描き (付図1と付図3の下方に描かれた赤線)、放射量の補正値を求めるようにつくら れている。ここではCO2 量と有効水蒸気量から平均の透過率の補正値 を求める図は省略してあるので、原著あるいは山本「大気輻射学」(1954)、 関谷(1954)、会田「大気と放射過程」(1982)を参照のこと。

付図1は放射図に描いた図形の例である(付表1の場合)。上側の緑線から上の 面積が水蒸気による下向き放射量(LH2O= 262.0 W/m2)、下側の緑線から下の面積が二酸化炭素CO2 による補正量(ΔLCO2=27.8W/m2) (この下側の緑線は地上のCO2 濃度=400ppmの場合)を表わしている。

山本の放射図プロット
付図1 山本の放射図に付表1のデータをプロットした例(有効水蒸気量=1.34cm、 地上のCO2濃度=400ppmの場合)。放射図の上の横軸は温度 T(K)、 下の横軸はσT4(W/m2)、縦軸は平均の透過率、破線で 示す補助線につけた数値は有効水蒸気量(単位は cm)、下方に赤線で示す 補助線は二酸化炭素CO2 による補正値を求める平均の透過率の補正値 である。プロットされた2本の緑曲線のうち、上側の緑曲線が気温・有効水蒸気量 のプロットとそれらを結んだ曲線である。下側の緑曲線がCO2 による補正曲線である。上側の緑曲線につけた緑数値100m、200m、500m、 1km、・・・は、地表面からの高度を示し、理解を助けるために参考までにつけて ある。


備考:ごく低温における補助線の曲がり
放射図において、黒破線または赤線で描かれた補助線は温度240~300Kの範囲で 横軸に平行に近いが、ごく低温部で下に曲げてあるのは、黒体放射のスペクトル を表わすPlanckのエネルギー分布関数の極大が波長の長いほうへ移動することに よる。

備考:通常の温度範囲における模型実験の場合の計算方法
山本の放射図は、上空でごく低温になり水蒸気量もゼロに近づく地球大気に 対して利用する場合につくられたものである。通常の温度範囲(T=240~300K) で行う模型実験装置内の場合には、例えばT=260Kにおける平均の透過関数を用いて 計算する。その例は「K189.黒体面に挟まれた空気層内の 放射伝達・温度変化」に示してある。

備考:有効水蒸気量の全量が非常に多いときの放射図による計算誤差
山本の放射図による計算値は正しいことが中緯度で行われた高精度観測によって 確認されている(Yamamoto and Sasamori, 1954)。しかし、筆者らが1979年5月 に水蒸気量の多い熱帯海洋上で下向き長波放射量を高精度観測して、放射図に よる計算値と比較してみると計算値が小さい(放射図による計算には誤差がある) ことが分かった(Kondo and Sato, 1979;近藤、1994)。一般に用いられている 放射計には±5~20W/m2の誤差があるので高精度観測はできない。 これら高精度観測では黒色塗装した銅製の2つの黒体の水容器でLinke-Feussner 放射計(近藤、1982,の図2.18)を検定しながら観測した。放射図による計算 誤差について検討した結果、山本の放射図では吸収係数の小さい連続吸収帯 (波長8~12μm)の効果が十分に導入されていないことによることがわかった。 それゆえ、近藤「水環境の気象学」(1994)の表4.8にその補正値を有効水蒸気量 の全量 wTOP*の関数として示してある(本論の付表2に同じ)。

備考:雲のある場合の雲水量と射出率の関係
水蒸気が凝結し雲層が形成され、厚さがある程度以上になると、射出率がほとんど 1 となり、天空の雲層は長波放射に対して黒体と見なす。つまり、その雲底から 上空には水蒸気が無限の厚さ存在しているとして放射図に(T, w*)をプロット する。すなわち放射図では、雲底から上空へむかって描く緑線は放射図上では 下向きに伸ばした縦の直線となる。雲水量と射出率の関係は近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の図2.18に示してあるように、わずかな 雲水総量>0.02mmで黒体に近づく。つまり、ある程度より厚い雲層は日射を 透しても、長波放射は透さない黒体と見なす。

付図2のプロットは快晴時の高精度観測から得られた下向き長波放射量(大気放射量) Lと有効水蒸気量の全量 wTOP*との関係である、 ただし縦軸はLを地上で観測された日平均気温 To に対する黒体 放射量で割り算してある。プロットにバラツキがあるのは、同じwTOP* のときでも、上空の気温・水蒸気量の高度分布が異なるからである。それにしても、 バラツキが比較的小さいのは、大気放射量は地表面に近い下層大気の気温と 水蒸気量でおおよそ決まるからである。

注意:例えば大陸の冬期の内陸盆地では下層大気に強い気温の逆転層が 昼夜にわたり長時間続くことがある。そのような特殊な条件のときの観測値の プロットは付図2に示す曲線(実験式)から外れるので注意すること。この図は、 そうした特殊な例外を除く場合の放射観測値をチェックするときにも利用できる。 普通に使われている長波放射計(遠赤外放射計や正味放射計)によって観測された 下向き長波放射量の値がおかしいときは、この付図2を使ってチェックしよう。 その観測で、現地と高層気象観測所が多少離れていても、ごく下層大気の水蒸気量 のみ現地観測値を使えば、有効水蒸気量の全量 wTOP*の値に大きな 違いは生じない。



大気放射の射出率と水蒸気量
付図2 大気放射の射出率(縦軸)と有効水蒸気量の全量wTOP*(横軸) との関係。
(注意:この図では横軸の単位はmm)。L(W/m2) は大気放射量の観測値、To(K) は地上における日平均気温。例として、 地上の日平均水蒸気圧=10hPaのとき、多くの場合、横軸のwTOP* は13mm程度になる。wTOP*の概略値を求める推定式は近藤(2000)の 付録Bに示されている(ただし、地上の日平均水蒸気圧>6.2 hPaのときの推定式 である。)
図中の左よりに記された添字Oは快晴時の関係、u は上層雲, m は中層雲, l は 下層雲で覆われているとき, r は降雨・降雪時の関係である。プロットされた 白丸印はKondo and Sato(1979)による熱帯海洋上における観測値、その他は Yamamoto and Sasamori(1954)による観測値、その他を含む。5本の各曲線は 近藤(2000)のp.75に示す実験式(2.33)~(2.37)で表わされる。



長波放射(遠赤外放射、大気放射)の特徴を理解するために、再び放射図(付図1) を用いて調べてみよう。付表1に示した標準大気で相対湿度60%を仮定したモデル 大気では、高度100mまでに含まれる有効水蒸気量はw*=0.08 cmである (下層のゆえ、気圧≒1013.2 hPa であるのでw*=0.08 cmは可降水量0.08 cm にほとんど等しい)。地表面近くを想定したとき、0.08 cmの1/100=0.0008cm は 厚さ1mの空気中に含まれる有効水蒸気量である。放射図からw*=0.0008 cm に 対応する破線の補助線の縦軸の値は平均の透過率である。この値を破線群から 内挿して読みとれば、温度 T(横軸)に対して、

<τ(w*, T)>=0.92(T=280K)
<τ(w*, T)>=0.92(T=260K)
<τ(w*, T)>=0.90(T=200K)
<τ(w*, T)>=0.83(T=160K)

である。ただし、記号<τ(w*, T)>は平均の透過率を表わす。この空気層の 温度をT=15℃=288.2K(σT4=391 W/m2)とし、 この空気層より上空には空気中に含まれる水蒸気など温室効果ガスはゼロとする。 この場合に放射図に描かれることになる緑曲線の縦軸(平均の透過率)の平均値は 0.90となる。したがって、この空気層の射出率=(1-0.90)となり、空気層から 地表面に入る長波放射量LH2O=σT4(1-0.9) =391×0.1=39 W/m2 となる。39 W/m2は付表1の条件の 場合のLH2O=262 W/m2 の15%である。 厚さがわずか1mの薄い層でも近くにあれば、放射の影響が大きいことがわかる。 なお、この空気層の上空には温室効果ガスはゼロとしているので、この空気層の 上端から下向きに入る上空からの長波放射量はゼロである。

なお、この空気層と地表面の間に温室効果ガスがゼロの場合、あるいは、 この空気層が地表面からある程度離れた高度 z にある場合でも、放射図に描かれる 緑曲線の位置は変わらず、地表面に入る長波放射量LH2O =39 W/m2も変わらない。つまり、放射では高度 z は不要で、 光学的な距離を表わす有効水蒸気量w* を用いて計算する。

また、この空気層に含まれる水蒸気量が付表1に示す大気の高度1 km の空気層に 加えられた場合、付図1に描かれた上側の緑曲線の位置の変化はほとんどゼロであり、 下向き放射量(LH2O=262.0 W/m2)は ほとんど変わらない。

要約すれば、気温の異なる空気塊が下層に移流してきたとき地上の下向き放射量 は大きく変化するが、同じ空気塊が上空に移流してきたときはわずかしか変化 しない。

その意味で、放射図では放射の近接作用・遠隔作用など物理的な意味が直感的に 理解できる。


付録2 放射図の白図(単位を W/m2 に書き換えた図)

長波放射(遠赤外放射、大気放射)の計算や、観測値をチェックするときに 山本の放射図が役立つ。その場合に利用できる山本の放射図の白図が付図3である。 この図は横軸下段に示す単位として、昔の単位 cal min-1cm-2 を現在の単位W/m2 に書き換えてある。

図中の右下方に示す矩形の面積が 10W/m2に相当する。それゆえ、 プロットをつなぐ線が正しく描かれていれば、誤差は±1~2 W/m2 以内の精度で計算できることが分かる。

放射図の白図
付図3 山本の放射図。放射図の上の横軸は温度T(K)、下の横軸はσT4 (W/m2)、縦軸は平均の透過率、破線で示す補助線につけた数値は 有効水蒸気量(単位は cm)、下方に赤線で示す補助線は二酸化炭素CO2 による補正値を求める平均の透過率の補正値である。


二酸化炭素による放射量の補正が面倒で、微小な計算誤差を無視してもよい場合は 以下の式で補正する。また熱帯の海洋上のように水蒸気量の多いときは山本の 放射図では放射量は小さめに計算されるので、補正する。

すなわち、地上における下向き放射量は次式によって補正する。

  L=LH2O+ΔLCO2 +ΔLCONTINUUM
   =(1+δCO2)LH2O+ ΔLCONTINUUM ・・・・・・(A2)

ただし、
  δCO2=ΔLCO2/ LH2O
  LH2O: 水蒸気だけによる下向き放射量、放射図に よる計算値
  ΔLCO2: 二酸化炭素による放射量の補正値
  ΔLCONTINUUM: 放射図の誤差

ΔLCONTINUUMは、山本の放射図作成に際して、水蒸気の連続吸収帯 (窓領域:波長8~12μm)と他の吸収帯における透過関数は同じ形式であると 仮定したために生じる誤差で、そのほかオゾンによる吸収・射出を無視してある ための誤差も含まれる。δCO2とΔLCONTINUUMは、 近似的に有効水蒸気量の全量wTOP*だけの関数である。地表面に おける下向き長波放射量は付表2を利用して補正する。

付表2 快晴時の地上における下向き長波放射量(大気放射量)の二酸化炭素 による補正率δCO2、および山本の放射図の誤差ΔLCONTINUUM と有効水蒸気量の全量 wTOP* との関係(近藤、1994、表4.8より転載)。
放射図の補正表



付表2を参考にすれば、有効水蒸気量の全量がwTOP*<1.8cmの温帯 地域~寒帯地域では、山本の放射図による計算誤差は±5 W/m2 以内で あることが分かる。しかし、放射図による計算値を式(A2)によって補正すれば、 計算値の誤差は±1~2 W/m2 程度となる、ただし快晴のときである。 この誤差は、ラジオゾンデ観測における下層大気の気温観測誤差の±0.2℃以下に 相当する。上層大気の気温観測誤差の放射量に及ぼす影響はさらに小さくなる。 その意味で、精度の悪い放射計による観測値をチェックできる。放射図の利用を 多くの研究者に勧めたい。

放射の特徴・役割が理解できるようになれば、空間スケールにおける熱伝導、 対流・乱流、放射の役割分担を理解しよう。近藤(2021)の第2図が参考になる (「K191.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(2)」 の図191.11;「K208.観測の誤差から真実を見るー地球 温暖化 観測所の設立に向けて」の第2図)。


付録3 地表面の熱収支計算

本論では簡単化のために、放射量のみを考える場合には地表面温度Tsと気温Tの差 はゼロとしたが、顕熱・潜熱輸送量が存在する現実的な場合には、TsとTの間には 差が生じる。この付録3では、この場合を計算する。

地表面に短波放射(太陽放射、日射)Sと長波放射(遠赤外放射、 大気放射)Lが入射するとき、地表面温度Tsと気温Tに差が生じ、 地表面から長波放射量σTs4、顕熱輸送量H、蒸発による潜熱輸送量ιE、 および地表面下の地中・水中への熱輸送量Gが発生して熱収支がバランスする。 左辺は入るエネルギー、右辺は出るエネルギーとして表せば、

  S+L=σTs+ιE+H+G  ・・・・・(A3)

ここに、
   H=CpρkH(Ts-T) ・・・・・・(A4)
   ιE=ιρβkH(qs―q) ・・・・・(A5)

である。ただし、Cp は空気の定圧比熱、ρは空気密度、kHは 地表面における顕熱輸送の交換速度、β(=0~1)は地表面の蒸発効率である (近藤、1994、6章、または近藤、2000、5章を参照)。

ここでは、そのつど地表面下は平衡状態になるとし、G=0として考える。 これら3式から T が与えられたときの(Ts-T)、H、ιEを求めることができる。 解法として(Ts-T)が小さいときは近似解があり、一般には逐次近似法がある (近藤、1994、p.132~p.135)。逐次近似法の計算プログラムは近藤(2000)の 付録Fに記載してある。あるいは、エクセル計算で行う場合は、Tsの予想値を 細かく並べ、それにしたがって式(A3)の右辺各項を計算し、右辺の和が左辺に 一致するときのTs を見つけ、その結果から(Ts-T)、H、ιEがわかる。

ここでは例として次の場合を解く。地表面に入る放射量が219.4節の条件1 (T=15℃、相対湿度rh=0.6, S=238 W/m2は一定で、 L=283.8 W/m2 から287.8 W/m2に 6.0 W/m2 増加する)とし、絶対湿度は一定、さらに、地表面の 蒸発効率β=1(水面)、顕熱輸送の交換速度kH=0.003 m/sとする。

次の計算結果を得る。
(a) 初期条件:L=283.8 W/m2(T=15℃、wTOP* =13.43mm, CO2 濃度=100ppm)では、
(Ts-T)=5.56℃、σTs=422.22 W/m2、 ιE=79.40 W/m2、H=20.17 W/m2、Ts=20.56℃、 ボーエン比Bo=H/ιE=0.254である。ιE=79.40 W/m2を蒸発量に 換算すると E=1022 mm/y は降水量Prに等しくPr=1022 mm/yである。

(b)CO2 増加: L=289.8 W/m2(T=15℃、 wTOP*=13.43mm, CO2 濃度=400ppm)では、
 (Ts-T)=5.92℃、σTs=423.82W/m2、 ιE=82.49 W/m2、H=21.48W/m2、Ts=20.92℃、 ボーエン比Bo=H/ιE=0.259である。ιE=82.49 W/m2 を蒸発量に 換算すると E=1062 mm/y は降水量Prに等しくPr=1062 mm/yである。

CO2 濃度の増加による変化量「(b)-(a)」は、
ΔTs=+0.36℃、ΔσTs=+1.60W/m2、ΔιE= +3.09 W/m2(換算すれば、蒸発量の増加分ΔE=降水量の増加分ΔPr =0.109mm/d=39.8mm/y)、ΔH=+1.31 W/m2 となり、式(A3)右辺の 増加分の合計はΔσTs+ΔιE+ΔH=+6.0W/m2 であり、 熱収支はLの増加分ΔL=6.0 W/m2 とバランスしている。

次に、219.4節の条件2(相対湿度60%一定)の場合を考える。上記の ΔιE=+3.09 W/m2 を換算すると蒸発量の増加分ΔE=0.109mm/d= 39.8 mm/yに相当する。初期条件(a)の降水量Pr=1022 mm/yが一定のままだと、大気中の 水蒸気量はしだいに増える。顕熱輸送量の増加ΔH=+1.31 W/m2 もあるので、いずれ長時間後には条件2の第2段階のwTOP*=14.5mm、 T=16.1℃となり、大気放射量も増えてL=296 W/m2 (T=16.1℃、wTOP*=14.5mm, CO2濃度=400ppm)となる。

(c)このときの式(A3)の左辺のS=238 W/m2(一定)、 L=296 W/m2となる。この条件2の第2段階の条件 (rh=0.6、T=16.1℃、wTOP*=14.5mm, CO2濃度=400ppm) について熱収支式を解けば、次の結果を得る。
 (Ts-T)=5.60℃、σTs=428.83W/m2、 ιE=84.87 W/m2、H=20.33W/m2、Ts=21.70℃、 ボーエン比Bo= H/ιE=0.240となる。

以後も同様に相対湿度一定の条件が続けば、気温・地表面温度の上昇、 水蒸気量・有効水蒸気量の増加、大気放射量の増加が続くことになる。 ボーエン比 Bo は気温上昇とともに小さくなる性質があるので、長時間後の高温 状態に近づけば顕熱輸送量は潜熱輸送量に比べて無視できるようになる。 それゆえ、219.3節の「地球温暖化の暴走、その極限状態」で述べたように、 極限状態では蒸発量E=降水量Pr=3063mm/yになる。ただしPr=3063mm/yは S=238 W/m2(一定)で、いつでも相対湿度 =0.6(60%)の場合である。

本論では気温や熱収支量などの時間変化の微分方程式を直接解かないで、 いつも必ず成り立つ地表面の熱収支式(原理式)と、そのつど大気と地表面下が 瞬間的に平衡状態になるとして計算した。時間間隔を短くした通常の数値計算 でも地表面の熱収支式が成り立ち、微小時間・部分ごとに平衡になる条件の計算を 繰り返すのと同様である。


備考:季節変化を考慮するときの地表面の熱収支の特徴
ここでは日変化・季節変化なナシとして考察したが、夏は高温・冬は低温の 季節変化を考慮する場合、高温時ほどボーエン比Bo=(H/ιE)が小さくなる、つまり 同じ入力放射量に対して、気温の高い夏は潜熱輸送量 ιE に分配される比率が大きくなる という熱収支の特徴が現れる。したがって気温の高い夏は降水量も多くなる。

備考:温暖化により大気低層の温度が上昇すれば大気高層の温度は逆に下降する
大気低層が温暖化によって温度が上昇すれば、より多くの長波放射量を地表面へ 向けて出すとともに宇宙に向けて放出する量も増える。大気上端では地球に取り 込まれる太陽放射量と地球から放出する長波放射量が等しくならなければならない (地球平均の「有効温度」Te は一定である)。この大気上端での熱収支バランス を保つために、大気高層では大気下層の温暖化とは逆に低温化が進むことになる。


文献

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近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

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