K193.空間内の温度に及ぼす放射影響(4)空気2層


著者:近藤純正
空気温度に及ぼす長波放射(赤外放射)と熱伝導、あるいは乱流・対流との関係に ついて理論的・実験的に調べている。

本論では、模型容器内の空気層を上下にアルミ箔で仕切った複雑な問題を対象とする。 アルミ箔の上面(表)と下面(裏)の反射率が赤外放射に対して共に白、表白・裏黒、 表黒・裏白、表裏共に黒の4種類について実験する。上下に仕切ったアルミ箔の上側は 厚さ約0.5mの「空気層」、下側は「第2空気層」とする。第2空気層の厚さが30mmと 180mmの2シリーズの実験を行う。

容器内の空気温度は初期時刻にほぼ等温とした。その温度より12℃ほど高い高温水 を容器天井の上に注いだ後、容器内の空気温度の時間変化を記録した。アルミ箔に 接する直上の空気温度はアルミ箔の温度に依存するので、ここではアルミ箔の昇温 速度に注目する。

30mmシリーズの実験では、第2空気層の厚さが30mmで薄く、熱伝導が放射の作用 に勝り、アルミ箔の昇温速度はアルミ箔の下面(裏)の反射率によらず、上面(表) の反射率にのみ依存する。

しかし180mmシリーズの実験では、第2空気層の厚さが熱伝導・放射の優劣を決める 境界距離50mmをはるかに超えるため放射の作用が勝り、アルミ箔の下面(裏)の 反射率にも依存する。アルミ箔の昇温が最大になるのはアルミ箔の上面が天井面の 高温放射をよく吸収する赤外放射に対して黒、つまり「表が黒、裏が白」の場合で ある。裏が白であれば、第2空気層底の低温面に向かって失う放射量が少ないから である。逆に昇温量が最小になるのはアルミ箔の表裏が逆の「表が白、裏が黒」 の場合である。 (完成:2019年9月22日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年9月4日:素案の作成
2019年9月6日:備考1を追加
2019年9月15日:図193.4、22、23を取り換え、図193.7を訂正
2019年9月22日:図193.4の前に解説を追記
2019年10月3日:193.3「放射伝導平衡の温度分布」の節に説明を追加
2019年10月7日: 同上の節の説明の一部を変更

    目次
        193.1 はじめに    
        193.2  実験の方法
        193.3 放射伝導平衡の温度分布
        193.4 中空に置かれたアルミ箔の温度の理論計算
        193.5 空気温度の時間変化と時定数の定義
        193.6 実験結果
            (1)30mmシリーズ実験
            (2)180mmシリーズ実験
            (3)全実験の比較
        まとめ
        文献              


193.1 はじめに

放射、特に長波放射(波長3μm以上の赤外放射)は一般になじみが薄く、 難題とされている。しかし、地球の気候・大気現象の主要部は放射の働きに 大きく支配されている。また、私たちの日常は長波放射の場にありながら、 それをあまり意識せずに生活している。

前報までの研究によって、次の結果が得られている。
(1)放射による空気温度の放射時定数を定義した。時定数が短いほど空気温度 の追従(反応)が早いことであり、放射の作用が強いことを意味する。1次元空間 を想定したとき、放射時定数は近似的に黒体面からの距離の2/3乗に比例すること (数値実験による実験式)が実験によって確かめられた。いっぽう、分子熱伝導 の場合、温度変化の時定数は距離の2乗に比例する。空気中に含まれる 水蒸気量=10g/mの場合、空気温度の時定数は距離≒50mmを境にして、 短距離では分子熱伝導による効果が放射の効果よりも大きいが、これよりも長距離 では放射の効果が勝るようになる(「K191.空間内の温度 に及ぼす放射影響の実験(2)」の図191.11)。

断熱容器内に対流が起きないように、容器内の底にほぼ一定温度の低温水を入れ、 天井の上には高温水を入れて、容器内には安定成層ができる「実験D」を行った。 その実験から放射時定数と距離の関係をもとめ、理論結果を確認することができた。 実験Dは放射の特性を確認する基礎的実験である。

この結果に熱伝導、乱流・対流を加えて考察すると、大気中における放射の特徴 として「空間スケールが小さいときは熱伝導が、乱流・対流が発生すれば乱流・対流 が、さらに空間スケールが大きく地球規模に近づくと、大気温度は主に放射伝達で 決まる」ことを再認識することができた(「K191.空間内の 温度に及ぼす放射影響(2)」)。

(2)容器内の底に入れた一定温度の水の代わりに、断熱材(発泡スチロール)に 置き替えると、放射冷却の符号を変えた「放射加熱」の「実験E」となる (「K192.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(3)」)。

放射冷却の理論は確立されており解析は容易である。理論式は近藤(1994) 「水環境の気象学」の式(6.64)~(6.70)に、温度変化の図は近藤(2000) 「地表面に近い大気の科学」の図4.5、あるいは近藤(1987)「身近な気象の科学」 の図5.5に示されている。

「実験E」では、高温の天井面からの放射により、天井に近いほど空気温度の上昇が 大きい。 同時に、天井からの放射は断熱材表面を加熱する。この加熱された表面 からの放射と熱伝導によって下層の空気層は昇温し不安定成層となり乱流・対流が 発生、ほぼ等温の混合層「準放射対流平衡の温度分布」 が下層部に形成される。 混合層内では、温度の激しい時間変動が記録された。

次に、断熱材の上面に赤外放射をよく反射するアルミ箔(台所用品の厚さ0.012mm のアルミホイル)を密着して貼った「実験F」を行った。高温の天井面からの下向き 放射の作用は実験Eと同じだが、さらにアルミ箔表面で反射された上向きの放射が 加わり、空気層の昇温はより大きくなろうとする。しかし、反射率が大きいアルミ 箔表面で吸収されるエネルギーは少なく、それ以下への伝導熱が少なく、底面温度 の上昇は小さく低温である。底面に接する空気温度は底面温度と等しく低温で、 空気層は強い安定成層となる。この全層安定な「準放射伝導平衡 の温度分布」は、 天井面と底面に近い空気層で大きな温度勾配をもつ。熱伝導だけであれば温度は 直線分布になるはずだが、放射の作用で斜体S字形の温度分布になる。

以上の実験D~Fは、空気層が1層の実験である。

本論では、模型容器の空気層内をアルミ箔で上下に仕切った空気層が2つの複雑な 問題を対象とする。アルミ箔の上面(表)と下面(裏)の反射率が赤外放射に対して 共に白、表白・裏黒、表黒・裏白、表裏共に黒の4種類について実験する。 上下に仕切ったアルミ箔の上側は厚さ約0.5mの「空気層」、下側は「第2空気層」 とする。第2空気層の厚さが30mmと180mmの2シリーズの実験を行う。 30mmシリーズでは実験G、H、I、Jを、180mmシリーズでは実験K、L、M、Nを行う。

本論の空気層が2つに仕切られた場合の大気現象として、夜間に雲層が現れたとき、 地表面温度・地上気温の冷却は抑制されるが雲頂に近い大気層の冷却は大きくなる。

空気層が2つの場合の応用例は多い。凍霜害予測の実用化として、作物群落の葉面 温度の予測がある。その場合には、葉面と空気間の顕熱輸送量は大きく (30W/m程度)無視することができなかった (「K182.凍霜害予測の実用化(8)秦野市千村」 の182.6節)。本論の模型実験は空間スケールが小さく顕熱輸送量は放射量に比べて 無視してもよい大きさである。

葉面に結露・降霜や蒸発・昇華がある場合、熱収支式はさらに複雑になる (「K176.凍霜害予測の実用化(4)狭山―準備研究」 の図176.13~176.14)。それに比べれば、本論は蒸発・昇華などがないので 簡単である(複雑問題の中では簡単である)。

その他、本論の応用例として、農業用ビニルハウス内の昇温・冷却の調節や、 ビルの最上階が晴天日中に昇温しやすいのを防ぐ建築構造に活かすことができる。


備考1:赤外放射に対して「白」と「黒」
本論では、赤外放射に対する吸収率や黒体度の用語がでてくる。説明を分かりやすく するために、「赤外放射に対して白または黒」の用語も用いる。一般に、可視光に 対して白に近くても、赤外放射では黒体に近い物質がほとんどであり(黒体度≒ 0.90~0.97)、通常の地物が出す放射量は近似的に黒体として取り扱うことが多い。

ところが、金属を真空蒸着してつくった新鮮な表面(アルミ、銀、金など)の 反射率は0.95~0.98程度である、ただし赤外放射の約半分のエネルギーを含む 波長3μm~10μm範囲においてである(国立天文台編「理科年表」p.449の 金属面の分光反射率)。

本論で取り扱うアルミ箔(台所用品のアルミホイル)の全波長範囲のエネルギー 総量に対する反射率は前報の実験から約80%(黒体度ε≒0.2)と見積もることが できた(「K192.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(3)」 )。

市販のつや消し黒塗料を塗った場合、筆者の経験では赤外放射に対する反射率は5% 程度であることが分かっており、本論では反射率≒0(黒体度ε≒1)として 取り扱う。

そうして、アルミ箔表面は赤外放射に対して「白」、黒塗装した場合を赤外放射に 対して「黒」と呼ぶことにする。



193.2 実験の方法

用語の定義
天井面・・・・空気層の上端: 黒塗装したアルミ板の下面(表面は黒体とみなす)
空気層・・・・天井面とアルミ箔に挟まれた水蒸気を含む空気層(水蒸気量は測定する)
アルミ箔・・・空気層下端の底面
第2空気層・・厚さ30mmと180mmの2シリーズ
最下面・・・・発泡スチロール(30mmシリーズ)、 ベニヤ板(180mmシリーズ)


本実験では、前々報と前報で示した中模型の実験D、E、Fと同じ装置を用いる。 装置全体の高さは0.95m=0.03m+0.91m+0.012m(発泡スチロールの蓋、 側壁の発泡スチロール、ベニヤ板)である。横幅×縦の最大値は0.91m×1.34m (一番底のベニヤ板)である。実験装置は、板の間の上に毛布を敷き、その上に 置かれている。

図193.1は30mmシリーズの実験G、H、I、Jの模式図、図193.2は180mmシリーズ の実験K、L、M、Nの模式図である。

30mmシリーズ
図193.1 30mmシリーズの実験G、H、I、Jの模式図。
天井のアルミ板(厚さ1mm)の下面は黒塗装してある。赤数値は熱電対センサと Pt温度計センサの直径(mm)、他の数値は材の厚さ(mm)を表している。


180mmシリーズ
図193.2 180mmシリーズの実験K、L、M、Nの模式図。
天井のアルミ板(厚さ1mm)の下面は黒塗装してある。赤数値は熱電対センサと Pt温度計センサの直径(mm)、他の数値は材の厚さ(mm)を表している。


アルミ箔の上側の空気層の空間スケールと温度計の位置は次のとおり。

30mmシリーズ(実験G、H、I、J)
空気層の厚さ=0.518m
幅×長さ=0.786m×1.186m

温度計の位置
天井アルミ板の下面に密着(アルミ箔から0.518m: 天井面温度の測定)
天井アルミ板から0.07m(アルミ箔から0.448m: 空気上層)
天井アルミ板から0.3m(アルミ箔から0.218m: 空気中層)
天井アルミ板から0.47m(アルミ箔から0.048m: 空気下層)
アルミ箔の下0.003m(第2空気層内の上面近く: アルミ箔温度の推定用)
アルミ箔の下0.027m(第2空気層内の底面近く: アルミ箔温度の推定用)

180mmシリーズ(実験K、L、M、N)
空気層の厚さ=0.438m
幅×長さ=0.786m×1.186m

温度計の位置
天井アルミ板の下面に密着(アルミ箔から0.438m: 天井面温度の測定)
天井アルミ板から0.07m(アルミ箔から0.368m: 空気上層)
天井アルミ板から0.3m(アルミ箔から0.138m: 空気中層)
天井アルミ板から0.38m(アルミ箔から0.058m: 空気下層)
アルミ箔の下0.02m(第2空気層内の上面近く: アルミ箔温度の推定用)
アルミ箔の下0.18m(第2空気層の底面温度の測定)


各温度は5秒間隔で記録する。


備考2:空気温度の測定における放射影響の誤差
空気層の温度測定用の熱電対は直径0.05mmで細いが、放射の影響を受けて測定誤差 となる。本実験の場合、もっとも影響の大きい条件として、空気層の中層以下がほぼ 等温になる場合、黒体の天井面温度と空気温度の差≒5℃である。この条件では、 センサの有効放射量は約+30W/m2である。無風条件のとき、放射影響の誤差は+0.1℃、 実際より高めに測定される(近藤、1982、「大気境界層の科学」の図3.4; 「K16.気温の観測方法」の図16.3)。

底面のアルミ箔の温度が空気温度より低温のとき、センサの有効放射量は +30W/m2にマイナス値が加わるので、放射影響による誤差は+0.1℃より も小さくなる。したがって、誤差は±0.05℃程度、最大+0.1℃と見込まれる。



図193.3は実験装置全体の写真である。空気層の天井の上に、初期時刻 t=0に温水を 入れたあと(t≒30秒)、厚さ30mmの発泡スチロールの上蓋を被せる。

中模型
図193.3 試験容器全体の写真。全体の高さは0.95mである (「K191.空間内の温度に及ぼす 放射影響(2)」の図191.3に同じ)。


後の節で定義する放射時定数を実験から求める際に、温度計の分解能が0.1℃である ため、同じ実験を2回または3回繰り返し行い、温度を平均した。また、同じ実験を 繰り返す目的は、再現性を確認することにあり、各回ともほとんど同じ結果がえ られた。

なお、アルファベットのG、H、I、・・・・Nの順番は実験を行った時間的な順番で あるのに対し、アルミ箔の赤外放射に対する白・黒の順番はこれと異なる。 アルファベットの記号の後ろにつけた2桁数値の最初の数値はアルミ箔上面(表) の射出率を、2番目の数値はアルミ箔下面(裏)の射出率を意味する。 「0」は射出率(=1-反射率)が約20%を、「1」は射出率が約100%を意味する。 例えばG00はアルミ箔が新品で、表も裏も射出率が約20%の実験、L11はアルミ箔の 表も裏も黒塗装してあり射出率が約100%の実験である。


193.3 放射伝導平衡の温度分布

まず、放射平衡について考える。
放射平衡の温度分布とは、温度が時間的に変化しない状態の温度分布のことである。 放射は、上向きと下向きに伝わる放射があり、上向きと下向きの差を正味放射量という。 正味放射量 Rn が高さ z によらず一定の場合(dRn/dz=0)、温度 T の時間変化は ゼロである。これが放射平衡の状態である。なお、Cpρを空気の体積熱容量とすれば、 温度の時間変化は次式で表される。

 dT/dt=-(1/Cpρ)×dRn/dz

例として、正味放射量 Rn が上向きで(上向きを正として)、高さ z とともに大きく なる場合は、微小厚さ dz の空気層は熱エネルギー(放射量)を失うので空気温度は 低下することになる。 逆に、Rn が高さと共に小さくなるとき空気温度は上昇する。Rn が高さによらず一定 の場合、空気温度は時間的に変化しない平衡状態である。

これまでの報告で示した内容の復習のため、「放射平衡の温度分布」を図193.4 によって説明する。放射伝達の性質から、空気温度と固体(または液体) 面温度はその境界面で不連続になる。

放射伝達のみによる空気温度の鉛直分布の説明として3つがある。
説明1:厳密な数値計算
近藤(2000)「地表面に近い大気の科学」の「4.6 大気の放射 冷却・加熱」の節に掲載されている。 その図4.16は厳密な数値計算の結果であり、地表面温度とそれに接する空気温度は 約1℃の不連続になっている。特に注目すべきは、地表面に近い ほど空気温度の鉛直勾配が大きいことである。

説明2:近似的な解析的結果(定性的説明)
放射伝達の解析的な結果(ただし、放射伝達は厳密には解析解で 表すことができないので、近似になっている)は、近藤(1982)「大気境界層の科学」 の「1.1 地球大気の放射平衡」の「(3)大気温度の鉛直分布」の項(p.3-p.12)に 掲載されており、地表面温度とその直上の空気温度に21℃の不連続が生じている。 この場合は、厳密な数値計算と違って近似であるため、地表面に近い空気層で温度の 鉛直勾配が急に大きくなっていない。

説明3:思考実験
図193.4に示す実験では、上の固体を高温、下の固体を低温にして、空気層内には 対流(乱流)による熱輸送が起こらないように工夫してある。
初期に、高温の天井と低温の床の中間の温度の等温空気層が存在した場合、上半分は 放射加熱で温度が上昇し、下半分は放射冷却で温度が低下し、図193.4に示された 黒破線の温度分布で、放射平衡になる。なお、天井が高温で床面が低温の場合の 正味放射量 Rn は下向きでマイナスである。

図193.4は放射平衡の温度分布では温度が不連続になることを物理的に説明したもの である。黒丸印は放射平衡のときの空気温度、黒四角印は固体面の温度または液体面の 温度である。

一方、熱伝導の作用は固体・液体・空気の境界面で温度は必ず連続になる。 その結果としての「放射伝導平衡の温度分布」は赤曲線で示す斜体S字形となる。 後掲の実験結果に、斜体S字形の「放射伝導平衡の温度分布」が描かれることになる。

放射伝導平衡
図193.4 放射伝導平衡の温度分布を説明する模式図。
緑直線:熱伝導のみが作用するときの伝導平衡の温度分布
黒破線:放射のみが作用するときの放射平衡の温度分布
赤曲線:放射と熱伝導の両方が作用するときの放射伝導平衡の温度分布
黒丸印:放射平衡のときの境界面における空気温度
黒四角印:固体の表面温度。黒四角印と黒丸印の温度差は放射平衡のときの温度不連続
黒実線:固体の表面温度(黒四角印)を z 軸方向に伸ばした線



「放射平衡の温度分布」について、文章による説明
放射は隣り合った空気同士および、離れた空気同士で、いろいろな波長ごとに射出・ 吸収が行われている。エネルギーの一部が吸収され、残りの一部は次の空気層で 吸収される。吸収率の強い波長のエネルギーは近距離で元のエネルギーはゼロに 近づくが、吸収率の弱い波長のエネルギーは遠距離まで伝わる。 同時に空気層各部からもその温度と射出率に応じた放射エネルギーを射出している。 距離当たりの射出率と吸収率は空気に含まれる水蒸気量に依存する。

図193.4は空気層の天井固体面が高温、床の固体面が低温の場合で、黒四角印は空気と 接する固体の表面温度である。この固体表面からは黒体放射量が出ている。 いっぽう、空気層の微小部分 dz(仮に厚さ0.01m程度)が 射出する放射量は黒体放射量より数桁小さく、吸収する放射量も数桁小さい。 各 dz と固体表面の間で放射量の交換を行った結果、境界面の空気温度が黒丸印の 位置であれば、平衡状態である。この温度差があるとき、正味放射量 Rn は高さに よらず一定となっている。 すなわち、黒四角印と黒丸印の水平距離に相当する温度差がなければ平衡状態には ならない。

仮に、黒丸印と黒四角印が重なって同温となれば、境界面で非常に尖った温度分布と なり、尖った部分の空気温度の時間変化が非常に大きくなって平衡状態にはならない。 この特徴は、熱伝導に似ており、尖った温度分布になれば、なめらかになろうとする。 そのほか放射には、離れた距離でも影響を及ぼしあう特徴があり、この特徴は熱伝導 にはない。

固体表面に近いほど空気層内の温度勾配が大きくなるのはなぜか?
固体表面は黒体放射を放出しており、その中の吸収率が強い波長のエネルギーは 固体面に近い空気に多く吸収され、距離とともにしだいに減少し影響が弱くなっていく。 その結果として、空気層内の温度勾配は固体面に近いほど大きく なる

空気層内の温度勾配が固体面に近いほど急激に大きくなる特徴は、以下で示す実験でも、 前記(説明1)の厳密な数値計算でも現れる。しかし、吸収率・射出率の波長依存性 を考慮していない解析解(説明2)では、この重要な特徴は現れない。赤外放射 (長波放射)の取扱いの難しさである。


193.4 中空に置かれたアルミ箔の温度の理論計算

本論で行う空気層が2つの実験は、非常に複雑な内容を含むため、あらかじめ理論的 に考察しておこう。「はじめに」の節で述べたように、問題は複雑とはいえ、作物 群落内の葉面温度の予測法などに比べれば、簡単な熱収支問題である。

図193.5はアルミ箔によって仕切られた上側の空気層と下側の第2空気層の模式図 である。天井は高温TH=40℃の固体、第2空気層の底面は低温TL =28℃の固体とする。

アルミ箔は厚さ0.012mmで薄いが、図では厚く描かれている。概算のために、 固体は黒体とする。天井と最底面の固体面からの黒体放射量σTH4 =546W/m、σTL4=467W/mが 途中の空気層によって増加・減少する量は数W/m2ほど (最大10 W/m2)であり、 無視すれば黒体放射量がそのままアルミ箔に入射する。


アルミ箔の熱収支
図193.5 天井と底が固体とし、中空を仕切ったアルミ箔の熱収支模式図。 rは反射率、εは黒体度。


途中の空気層で増加・減少する放射量の見積もりは前報 「K192.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(3)」の192.3節を参照のこと。

また、前報の備考4でも検討したように、空間スケールが1m以下の場合、空気層が 不安定となり対流・乱流が発生したとしても、アルミ箔面から上向きの顕熱輸送量は 1W/m2以下で無視できる(Kondo&Ishida, 1997; 近藤、1994、 「水環境の気象学の図5.5を参照)。

なお、10 W/mの誤差は、アルミ箔温度に約2℃の誤差を生じることに なるが、ここでは、定性的な予測のための計算である。

高温の天井面からの放射量はアルミ箔上面(表)の反射率 r1 (=1-ε1)によって反射され、残りがアルミ箔に吸収される。また、 低温の最下面からの放射量はアルミ箔下面(裏)の反射率r1 (=1-ε2) によって反射され、残りがアルミ箔に吸収される。ここに、反射率とは全波長範囲に 含まれるエネルギー総量に対して反射する割合を表すもの、黒体度(=1-反射率) はアルミ箔から射出される黒体放射量の割合を表すものとする。

TAをアルミ箔の温度とする。左辺がアルミ箔両面からの放出エネルギー、 右辺が両面で吸収されるエネルギーとすれば、熱収支式は次のように表される。

(ε1+ε2)σTA= ε1σTH4+ε2σTL  ・・・・・・(1)

この式からアルミ箔の温度TAを解くことができる。結果は図193.6に示した。

後節で行う実験M00は最上段の図の横軸ε2=0.2に対応、実験K01は横軸 ε2=1に対応する。実験N10は2段目の図の横軸ε2=0.2に 対応、実験L11は横軸ε2=1に対応する。

あるいは、M00は3段目の図の横軸ε1=0.2に対応、実験N10は横軸ε1 =1に対応する。実験K01は4段目の図の横軸ε1=0.2に対応、実験L11は 横軸ε1=1に対応する。

アルミ箔の温度予測
図193.6 天井は高温TH=40℃の固体、第2空気層の最底面は低温 TL=28℃の固体 としたときのアルミ箔の温度TAとアルミ箔の黒体度εとの関係。ただし、 第2空気層の厚さが0.05mより十分に厚い場合(180mmシリーズの実験K、L、M、N に対応)。


初期時刻 t=0 に天井面の上に高温水を注いだ後、空気層が安定成層になるか不安低成層 になるかは、アルミ箔直上の空気温度の昇温の度合いによって決まる。そのアルミ箔 直上の空気温度はアルミ箔の温度に大きく支配されるので、ここではアルミ箔の温度 に注目している。上記の概算結果から、次の結論が得られる。

(1)アルミ箔が高温になりやすいのは、アルミ箔上面(表)が赤外放射に対して 黒く(ε1=1)、下面(裏)が白いとき「実験N10」である。

(2)アルミ箔が高温になり難いのは、上面(表)が赤外放射に対して白く (ε1=0.2)、下面(裏)が黒いとき「実験K01」である。

次の図193.7は第2空気層の厚さが0.05mより十分に厚い場合(180mmシリーズの 実験K、L、M、N)の実験結果を予測した模式図である。上記の(1)(2)の 関係が示されており、アルミ箔の温度の昇温は1位の「実験N10」から、「実験L11」、 「実験M00」、「実験K01」の順になる。

実験結果の予測順位
図193.7 180mmシリーズの実験結果の予測図。アルミ箔の上面(表)と下面(裏) の黒体度の組合せによるアルミ箔の昇温の大きさを比較したもの。色付き番号①② ③④の順が昇温の大きさの順番であり、表裏の合計番号が小さいほどアルミ箔の 温度上昇が大きくなる。


以上の理論的考察をもとに、後掲の実験結果を見ることにしよう。


193.5 空気温度の時間変化と時定数の定義

これまでの実験から容器内の空間スケールの範囲内であれば、放射時定数は数分~10 分程度であり、ほとんど平衡状態とみなされる時間は30~60分後である。このことを 今回の実験でも確認しておこう。

図193.8はアルミ箔の表裏ともに新品、赤外放射に対する反射率が80%(黒体度=0.2) の場合の1080分後(18時間後)までの温度の時間変化である。およそ30分後には 容器内の温度差が10℃ほどであるが、60分後からは温度差が時間とともに小さくなり、 1080分後には1℃程度になっている。

実験G長時間
図193.8 1080分(18時間)後までの温度の時間変化(実験G)。


図193.9は同じ実験Gについて、横軸を拡大し60分後までを示している。天井面の温度 (青線)がほぼ40℃で一定とみなすことができ、さらに空気温度(黒線、赤線、紫線) が時間と共に昇温し、ほぼ一定温度に達するのはこの時間の範囲内にある。

実験G60分
図193.9 60分後までの温度の時間変化(実験G)。


実験G鉛直温度分布
図193.10 35分後の温度の鉛直分布(実験G)。高度=0はアルミ箔の位置、 マイナス(-0~-0.03m)は第2空気層、-0.03mの下は断熱材である。


図193.10は35分後(30分~40分の平均値)の鉛直温度分布であり、「準放射伝導平衡 の温度分布」ができている。ここでは厳密な意味で「準」を付けてあるが、省略しても 差し支えない。

放射時定数の定義
「K189.黒体面に挟まれた空気層内の放射伝達・温度変化」 の189.6節で説明したように、Tsを十分な時間経過後の空気温度、To を初期時刻 t=0 の空気温度として、放射時定数 τr を次式で定義する。

  τr=(Ts-To)/ (dT/dt)t=0 ・・・・・・・・・(193.2)

その意味は、t=0 直後における温度の時間変化率 (dT/dt)t=0 がそのまま 続いたとしたとき、τrの時間で T は Ts に等しくなる。

多くの条件について実験を行った結果、図示された温度の時間変化から勾配 (dT/dt)t=0 を決めることが難しい場合がある。例えば、鉛直方向に ほぼ等温の混合層ができて温度の短時間変動が乱流的になる場合である。

ほかに、初期時刻 t=0 直後における空気温度の時間変化は、放射の作用による場合は 指数関数ではない。また、空気層の両端(天井面と底面)の温度が一定でなく、 本論で対象とするように底面温度が天井面からの放射によって時間と共に変化する 場合の空気温度を細かく見ると複雑な関数形となる(ただし、見かけ上は指数関数的 に見える)。

これら2つの事情により、式(193.2)で定義される「放射時定数」は、大小の 比較だけで放射の作用の強さの厳密な比較にはならない。

そこで、新しい「63%時定数」を次のように定義する。初期時刻から時間 t 後の 空気温度を Tt として、

(Tt-To)/(Ts-To)=(1-e-1)=0.63 ・・・・・(193.3)

となる時間 t を「63%時定数」と定義する。この時定数は温度計センサなど小さな 金属的物体(熱伝導率が大きい金属などの小物体)の温度が急変したときに用い られている時定数(time constant)に対応する。

本論では、式(193.2)と式(193.3)で定義する「放射時定数」と「63%時定数」 の両方を実験から求めることにする。後で示されるように、t=0 直後の空気温度 の時間変化が同じ関数形(例えば指数関数)に従うならば、「放射時定数」と 「63%時定数」の関係を表したときプロットは直線上に並ぶはずだが、 バラツキがあるのは厳密には同じ関数形では表せないことを意味していることになる。

図193.11は前図の横軸と縦軸を拡大したもので、赤丸印の横軸が放射時定数である。 実験では、空気層容器の上にバケツ3杯分の高温水を瞬間的に注ぐことが難しく、 注ぎ始めてから約0.3分後に空気層の温度変化が実質的に始まる。そのため、 時定数は0.3分間ずらした時間としてある(横軸の0.3分の位置にも赤丸印をつけて ある)。

実験G時定数
図193.11 30分後までの温度の時間変化(実験G)。赤丸印は放射時定数の位置 を示し、横軸の0.3分の位置の赤丸印は温度変化の始まる時間(時間のずれ)を示す。


注意:放射時定数と63%時定数は、ともに空気温度が平衡状態の値(Ts) に近づく速さを表す時間である。時定数が同じであっても、温度変化幅は(Ts-To) の絶対値が小さいときは小さいが、(Ts-To)の絶対値が大きいときは大きくなる。 そのため、時定数の大小だけで温度変化幅、つまり空気層が安定成層になりやすいか どうかを議論することはできない。本論では、時定数のほかに、底面温度(アルミ箔 の温度)と第2底面温度の上昇量についても比較する。


193.6 実験結果

空気層と第2空気層の間にあるアルミ箔の上面(表)が新品で赤外放射の大部分を 反射する黒体度ε1=0.2の場合や、黒塗装したε1=1の場合 などについて実験する。つまり30mmシリーズでは、実験G00, J01, H10, I11の順に、 180mmシリーズではM00, K01, N10, L11の順である。

(1)30mmシリーズ実験
図193.12、193.13、193.14、193.15はそれぞれ実験G00, J01, H10, I11における 35分後、3時間後、12時間後の温度の鉛直分布である。各曲線のプロットは前後の 5分間の平均(10分間平均)の温度である。

アルミ箔の上面(表)の反射率が大きい黒体度ε1=0.2の場合は、下面 (裏)の黒体度ε2によらず空気全層は安定成層となり、アルミ箔の温度 上昇はわずかである(図193.12と図193.13)。

実験G時長時間分布
図193.12 実験G00における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。 高度=0はアルミ箔の高度である。


実験J長時間分布
図193.13 実験J01における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。 高度=0はアルミ箔の高度である。


実験H長時間分布
図193.14 実験H10における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。 高度=0はアルミ箔の高度である。


実験I長時間分布
図193.15 実験I11における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。 高度=0はアルミ箔の高度である。


それに対し、上面を黒塗装して黒体度ε1=1とみなされる場合(図193.14と 図193.15)、アルミ箔は高温の天井面からの放射をよく吸収して昇温し、空気層の 下層から中層までほぼ等温の混合層が形成される。

混合層内では空気温度の短時間変動、つまり対流・乱流が発生する。それを示した のは図193.16である。この図は実験I11の場合であるが、実験H10でも同じような 短時間変動がみられる(図は省略)。

乱流変動
図193.16 混合層ができたときの空気温度の時間変化(実験I11)。


図中の最上層(天井面の下0.07m)における短時間変動の特徴として、平均温度 から急激なマイナス方向(最大1℃程度)の変動が時々記録される。このマイナスは 鉛直温度分布の図193.15を参照すると、上層より約1℃低温の下層・中層の空気隗が 上層部へ突入していることを思わせる。この現象は、大気境界層内に混合層ができた とき、混合層空気が上の安定成層内へ激しく突入・浸食することを連想させる。

表193.1は30mmシリーズ実験のまとめである。放射時定数、63%時定数、底面温度 (アルミ箔温度)のt=0から5分後までと、35分後までの上昇量、および第2底面温度 (厚さ60mmの発泡スチロールの上面温度)の35分後までの上昇量の比較である。

表193.1 30mmシリーズ実験のまとめの表。
30mm一覧表


最後の列に示した第2底面温度の35分後までの上昇量を除外すれば、空気温度の時定数 と底面温度(アルミ箔の温度)の上昇量はアルミ箔の下側(裏)の黒体度に殆ど 依存せず、上側(表)の黒体度に大きく依存することを示している。つまり、 赤数値と青数値の2グループに分けられる。

アルミ箔の温度上昇が下面(裏)の黒体度にほとんど依存しないのはなぜか?
「はじめに」の節で述べたように、“水蒸気量= 10g/mの場合、空気温度の時定数は距離≒50mmを境にして、 短距離では分子熱伝導による効果が放射の効果よりも大きい”こと、 つまり第2空気層が30mmの実験では、第2空気層内での熱輸送の 主役は熱伝導であり、アルミ箔下面(裏)の黒体度に殆ど依存しない。この理論的 結果が本実験で確認されたのである。

もう一つ注目すべきことは、表193.1の最後の列に示した第2底面(発泡スチロール) の表面温度が4実験でそれぞれ異なることである。すなわち、アルミ箔の裏面が 黒塗装してある場合の温度上昇が大きい。第2空気層が30mmで薄く熱伝導が 主役であり、それに放射の作用も加わっていることになる。

なお、本論の実験に要した時間は約2週間であり、初期条件の容器内の温度と 装置周辺の温度には±0.5℃ほどの違いがあり、条件をほぼ完全に同じ(±0.1℃以内) にすることはできなかった。そのために生じる各実験間の底面温度と第2底面温度 に含まれる誤差は0.2℃程度と考えられる。

本項の30mmシリーズは限界距離50mm以下の実験である。次項では放射の効果 が優勢になる限界距離50mmを十分に超える第2空気層の厚さ=180mmの実験を行い、 アルミ箔の温度はアルミ箔の下面(裏)の黒体度にも依存することを確認する。

(2)180mmシリーズ実験
図193.17、193.18、193.19、193.20はそれぞれ実験M00, K01, N10, L11における 35分後、3時間後、12時間後の温度の鉛直分布である。各曲線のプロットは10分間 平均温度である。

空気上層部では、どの実験とも空気温度はほとんど同じになっているが、 高度=0 面の温度(アルミ箔温度)と空気下層部の温度は実験ごとに異なる。 前項の30mmシリーズとの大きな違いは、3番目と4番目の図(図198.19と図193.20) に見られる。

すなわち、混合層は実験N10で形成されるが(図193.19)、実験L11では形成 されず全層が安定成層のまま続いている(図193.20)。

実験M長時間分布
図193.17 実験M00における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。


実験K長時間分布
図193.18 実験K01における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。


実験N長時間分布
図193.19 実験N10における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。


実験L長時間分布
図193.20 実験L11における35分後、3時間後、及び12時間後の鉛直温度分布。


アルミ箔上面(表)が共に黒塗装の実験N10(図193.19)と実験L11(図193.20)を 比較すると、下面(裏)が黒塗装の実験L11の場合、アルミ箔温度とその直上の 空気下層~中層の温度上昇が小さい。その理由は、アルミ箔の下面が赤外放射に 対して黒であれば、白の場合に比べて、アルミ箔から低温の最底面(ベニヤ板) に向ってより多くの放射量が放出され失われて、アルミ箔の温度上昇は小さくなる からである。

次に、天井面温度≒40℃がほぼ一定とみなされる35分後の準平衡状態のときの鉛直温度 分布を詳しく見てみよう。図193.21、193.22、193.23、193.24はそれぞれ実験M00, K01, N10, L11における35分後(30分~40分の平均)の鉛直温度分布である(前掲の図中に 赤線で示した分布と同じもの)。

高度ゼロ面にプロットされた黒菱形は式(1)によって計算されたアルミ箔温度 の概算値である。計算には天井面温度THと最下面温度TL (ベニヤ板の上面温度)は実測値を用いてある。前記したように、式(1)の計算 では、天井面からの下向き放射は黒体放射量とし、途中の空気層によって増加・減少 する量、およびアルミ箔と空気間の顕熱交換量(両者を合わせた熱フラックスの 最大値10W/m2程度)は無視した概算値である。

M35分分布
図193.21 実験M00における35分後の鉛直温度分布。高度=0はアルミ箔面の高度、 マイナスは第2空気層を表す。高度ゼロ面にプロットされた黒菱形は式(1)による アルミ箔温度の概算値。


K35分分布
図193.22 前図に同じ、ただし実験K01.


N35分分布
図193.23 前図に同じ、ただし実験N10.


L35分分布
図193.24 前図に同じ、ただし実験L11.


表193.2は180mmシリーズ実験のまとめである。放射時定数、63%時定数、 底面温度(アルミ箔温度)のt=0から5分後までと、35分後までの上昇量、および 第2底面温度(厚さ12mmのベニヤ板面の温度、その下は毛布、板の間、床下) の35分後までの上昇量の比較である。

表193.2 18mmシリーズ実験のまとめの表。
180mm一覧表



最後の列とその前の2列に注目すれば、色分けで示したように、各実験とも温度 上昇量の順位が異なる。

要約すると、
(1)底面温度(アルミ箔温度)の上昇量が5分後と35分後共に、アルミ箔上面 (表)が赤外放射に対して黒、下面(裏)が白の実験N10が第1位であり、第4位は 実験K01の表が白、裏が黒の場合である。

第1位(実験N10)・・・表が黒の場合は高温の天井面からの放射量を多く吸収し、 裏が白であればアルミ箔から低温の最下面に向って失う放射量が少なくなり昇温 しやすいからである。

第4位(実験K01)・・・表が白の場合は天井面からの放射量の吸収が少なく、 裏が黒であればアルミ箔から低温の最下面に向って失う放射量が多くなり昇温し 難いからである。

その他、2位と3位も含む順序は前掲の図193.8で説明したとおりである。

(2)第2空気層の最底面の温度は上記の順序ではないことが面白い。第2空気層 の底面温度の上昇量が第1位は実験L11、第4位は実験M00である。

第1位(実験L11)・・・・アルミ箔の上面(表)が赤外放射に対して黒であれば高温の 天井面からの放射量を多く吸収し、下面(裏)も黒であればアルミ箔から最底面が 受ける放射量が多くなるからである。

第4位(実験M00)・・・・アルミ箔の上面(表)が赤外放射に対して白であれば高温の 天井面からの放射量はほとんど吸収されず、裏も白であればアルミ箔から最底面が 受ける放射量も少なくなるからである。

こうした原理は、ビニルハウス内の地面温度の日中の加熱、夜間の冷却の促進・抑制 に役立てることができる。あるいは、一般住宅でも、またビルの最上階が晴天日中に 昇温しやすいのを防ぐ建築構造に活かすことができる。


(3)全実験の比較
図193.25は放射時定数と63%時定数の比較である。t=0直後の時間変化が同じ 関数形(例えば指数関数)に従うならばプロットは直線上に並ぶはずだが、 バラツキがあるのは測定誤差のほか、厳密には同じ関数形で表せないことを 意味している。

つまり、高温の天井面からの放射量によって、その下の空気層・アルミ箔・第2空 気層・最底面が相互作用を及ぼしあって昇温する。この過程はアルミ箔の表裏の 黒体度の組合せによって複雑に変わる。この複雑さが温度の時間変化となって同じ 関数形に従わない(ただし、どの場合も、大まかには指数関数的に見える)。

時定数比較
図193.25 放射時定数(横軸)と60%時定数(縦軸)の比較、これまでの全実験 (実験D~実験N)を含む。


表193.3はこれまでの全実験のまとめである。放射時定数、63%時定数、底面温度 (アルミ箔温度)のt=0から5分後までと、35分後までの上昇量、および第2底面温度 の35分後までの上昇量の比較である。

表193.3 全実験から得られた放射時定数、底面温度、第2底面温度のまとめ。
行群は4群からなり、上から2つめの行群「放射時定数補正値」のカッコ内は水蒸気量 =16g/m3とした場合の放射時定数の補正値である。
全実験一覧表


表193.3から次のことがわかる。
(a)前述したように、底面の温度上昇量の順序と第2空気層の最底面の温度上昇量の 順序は異なる(表193.3では色分けしてある)。

(b)第2空気層の最底面の温度の上昇量は30mmシリーズでも180mmシリーズ でも1位から4位まで同じように並んでいる。

(c)しかし、第2空気層の最底面の温度上昇量の大きさは30mmシリーズで大きく、 180mmシリーズで小さい。応用例として、日中に起きる温室の地面温度の上昇を 抑制するには、アルミ箔を地面から十分離して(50mm以上、100mmほど離して) 設置すればよいことになる。


まとめ

本論では、断熱容器内の空気層をアルミ箔で上下に仕切り、2つの空気層の場合を 対象とした。

上側の空気層の厚さ0.518mと下側に第2空気層の厚さ0.03mの場合(30mmシリーズ) と、空気層の厚さ0.438mと第2空気層の厚さ0.18mの場合(180mmシリーズ) について、合計8実験を行った。

容器内の空気温度は初期時刻にほぼ等温とした。その温度より12℃ほど高い高温水を 容器天井の上に注いだ後、容器内の空気温度の時間変化を記録した。

30mmシリーズの実験(G00, J01, H10, I11)では、第2空気層の厚さが30mmで 薄いため、熱伝導が放射の作用に勝り、アルミ箔の昇温速度はアルミ箔の下面(裏) の反射率によらず、上面(表)の反射率に依存する。

しかし180mmシリーズの実験(M00, K01, N10, L11)では、第2空気層の厚さが 熱伝導・放射の優劣を決める境界距離50mmをはるかに超えるため放射の作用が勝り、 アルミ箔の下面(裏)の反射率にも依存する。アルミ箔の昇温速度が最大になるのは アルミ箔の表が天井面の高温放射をよく吸収する赤外放射に対して黒、つまり 「表が黒、裏が白」の場合である。裏が白であれば、第2空気層底の低温面に 向かって失う放射量が少ないからである。逆に昇温速度が最小になるのはアルミ箔 の表裏が逆の「表が白、裏が黒」の場合である。

底面の温度上昇量の順序と第2空気層の最底面の温度上昇量の順序は異なる(表193.3)。

第2空気層の最底面の温度上昇量の大きさは30mmシリーズで大きく180mmシリーズ で小さい。つまり、最底面の温度上昇を抑制するには、アルミ箔を地面から十分離して (50mm以上、100mmほど離して)設置すればよい。

本論で得られた知見は、ビニルハウス内の地面温度の日中の加熱、夜間の冷却の 促進・抑制に役立てることができる。あるいは、一般住宅でも、またビルの最上階 が晴天日中に昇温しやすいのを防ぐ建築構造に活かすことができる。

今後の課題
野外では日中に昇温し夜間に冷却する日変化がある。そうした加熱・冷却が繰り 返される場合について、温室内における現象も興味深い。その予備実験として、 ビニルトンネル内の土壌面に敷くマルチを密着させたときと、土壌面から浮かせた 場合の実験はすでに行った。マルチを浮かせた場合、地中からの放熱が抑制されて 土壌温度の冷却は小さくなったが、その上のビニルトンネル内の空気層の冷却は 逆に大きくなった(「K183.マルチの保温・冷却効果、 ビニルトンネル栽培」)。

その続きとして、マルチの表裏の黒体度の違い、マルチの土壌面からの高さによって 日中の加熱、夜間の冷却の大きさがどのように日変化するのか、調べることになる。


文献

国立天文台編、2008:理科年表、丸善、pp.1038.

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正、1987:身近な気象の科学-熱エネルギーの流れ.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

Kondo, J. and S. Ishida, 1997: Sensible heat flux from the earth’s surface under natural convective conditions. J. Atmos. Sci., 54, 498-509.




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