K182.凍霜害予測の実用化(8)秦野市千村


著者:近藤純正
神奈川県秦野市千村において2019年1月~2月の40日間にわたり、夜間の放射量、 風向・風速、気温・湿度、表層0.02mの地温、葉面温度を観測し、作物の凍霜害 予測(葉面最低温度の予測)について各種方法を試験した。

夕刻の有効放射量を用いる場合、冷却量の初期値として表層0.02mの 地温を用いる方法がもっとも精度がよく、快晴微風夜の葉面最低温度の誤差は 1℃程度で予測できる。しかし欠点は、曇天夜や強風夜の葉面最低温度を高めに 評価することである。

快晴微風夜の葉面最低温度を誤差1℃の精度で予測する簡易法がある。それは、 葉面最低温度が大気放射量で決まる原理(葉面温度計は放射計と同じ原理) を利用したものである。 大気放射量は湿度・気温・気圧の観測値と実験式から推定できる。この場合の 欠点は、曇天夜や強風夜の葉面最低温度が低めに予測されるが、凍霜害防止上の 安全策と考えればよい。

この方法に必要な前日夕刻最低の気温・水蒸気量は気象予報会社の予報値を利用する ことができる。 (完成:2019年3月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2019年3月3日:素案の作成

    目次
        182.1 はじめに
        182.2 観測     
        182.3  有効放射量、温度、風向・風速の観測例
        182.4  有効放射量観測値と冷却量の関係
        182.5  快晴時放射量と葉面最低温度の関係
        182.6 葉面温度計受感部の熱収支
        まとめ
        参考文献
        付録
      付録A 快晴時大気放射量一覧表と夜間用簡易放射計の検定定数
      付録B 最低気温・葉温、風速、冷却量の観測一覧表
      付録C 実験式による快晴時大気放射量の一覧表                    


研究協力者(敬称略)
野口 賢次
大森 哲男
内藤 玄一

182.1 はじめに

微風晴天夜の地表面温度の低下量「冷却量」は放射冷却の理論式に従う。理論式 は近藤(1994)「水環境の気象学」のp.145-p.147に示されている。

地上気温や作物葉面温度も地表面温度にしたがって下降する。放射冷却量を決める 要素は、(a)夕刻の有効放射量(大気全層の水蒸気量・気温)、(b)地表層の 熱的パラメータ(土壌種類、土壌水分量、季節)、(c)夜間の長さ(季節)、 (d)風速(地上風速、または地域を代表する高度1km付近の風速)である。 そのほか、(e)雲の種類・広がりによって夜間の有効放射量が時間変動し、 地表面温度・地上気温に影響を及ぼす。また、例えば海岸に近い所など移流効果 の大きい所では(f)風向によって冷却量は変わる。

これら諸要素(a)~(f)を正確に予測することは困難で、実用上は経費節減 のため、可能な限り少ないデータから冷却量あるいは葉面最低温度を予測する ことになる。これまでの各地で行った試験によれば、夜間の葉面最低温度Bmの 予測で、もっとも精度のよい方法は、夕刻の気温Toを基準とした冷却量(To-Bm) である(「K181.凍霜害予測の実用化(7)つくば野菜畑」 の表181.2)。

本報告では、この冷却量(To-Bm)のほか、夕刻の風速・雲の短時間変動に 左右されにくい夕刻の裸地表面下0.02mの地温Goを基準とした冷却量(Go-Bm) の予測精度を調べたい。

さらに、作物の葉面温度を代表する基準型の葉面温度計(直径0.06mの水平円板) の熱収支を調べ、葉面最低温度と快晴時の大気放射量(または天空の有効温度) が比例関係になることを示す。

これらの結果から、凍霜害予測に最低限必要な要素と具体的な方法を見出したい。


182.2 観測

神奈川県秦野市千村の観測地点は「K167.通風式気温計用 の太陽光パネル」に示した図167.1と同じ場所である。この畑地(標高189.6m) は風通しがよく、地域を代表する気温観測の基準点としている。この観測点一帯は 南が高く北に低い緩斜面にある。

高度2.5mに2次元超音波風向風速計Wind Sonic(Gill Instruments Ltd.)、 高度1.5mに近藤式精密通風気温計(「K126.高精度通風式 気温計の市販化」の図126.1a)と夜間観測用の簡易放射計 (「K178.夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」) を設置した。今回の放射計は「K167.通風式気温計用の 太陽光パネル」の図167.1に撮影されている手製品とは違うプリード社製の市販品 である。

有効放射量は、放射計受感部センサ温度と気温の差(出力単位:℃)で表される。 付録A に示すように、出力(℃)に検定定数70.1Wm-2-1 を掛け算すれば通常の単位W/m2が得られる。例えば出力-1℃は-70.1 W/m2に相当する。

小松菜の畑の葉面最上端から少し低い高度(畝の土壌面から0.3mの高度)に 葉面温度計(「K178.夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」 の図178.2)を設置した。

その脇の裸地面下0.02mの地温をPtセンサで観測した。地温は土壌・小石の混ざる 極局所の温度ではなく、代表地温を測ることが望ましく、受感部は葉面温度計と 同じもので、直径0.06mの水平アルミ円板の中心へ温度センサを挿入したものである。

気温・相対湿度・気圧センサ(T&D社製おんどとり、TR-73U)はYang社製の自然 通風式シェルターに入れ、太陽光パネルの支柱に取り付けた。シェルターは太陽光 パネルの陰になっているが、陰は不完全のため放射影響により、シェルター内の 気温は日中に高温、夜間は逆に低温に観測される。 しかし、シェルター内の気温センサと相対湿度センサはほぼ同じ ように昇温・冷却されるので、気温・相対湿度から計算される水蒸気圧または 絶対湿度には大きな誤差は生じないと考える。

(気温・相対湿度センサは放射影響が微小となる強制通風筒に入れればよいが、 吸引されたゴミなどが多く付着し、湿度センサに悪影響を及ぼす。それゆえ、 今後の観測では、自然通風式シェルタの上部に日陰の覆いを置く予定である。)

夕刻の気温・相対湿度・気圧の観測値から、実験式によって大気全層の有効 水蒸気量を求め、快晴時の大気放射量Lを推定する(近藤、2000、 式2.33と式(A2.1~A2.7))。

風向・風速は1秒ごとの記録から1分間または10分間平均の風向・風速を求めた。 その他の気温、相対湿度、地温、葉面温度、放射量は10分間隔で記録した。 観測期間は2019年1月17日から2月26日までの40日間連続である。

記号と定義
夕刻:日没の30分前、夜間冷却の初期時刻t=0
R-σT:有効放射量、σはステファン・ボル ツマン定数、T は気温(K)
R:下向き放射量(日射量+大気放射量)
L:大気放射量
T:気温
B:葉面温度
G:地温(裸地面下0.02m)
To、Bo、Go:夕刻の初期値
Tm、Bm:夜間の最低温度
Te:天空の有効温度(定義:σTe=L)、単位はKであるが図では℃で表す

備考1:近藤の実験式による快晴時大気放射量
快晴時の大気放射量は、本来は地上の日平均気温と日平均水蒸気量と気圧から 計算することになっている(近藤、2000)。しかし凍霜害予測の実用化では、 簡単化して夕刻の気温と水蒸気量から計算する。実験式は日本各地に応用でき、 日中も存在する極端な逆転層などが存在するような特殊条件を除けば、推定誤差は ±10W/m以内である(近藤、1994)。

備考2:気温・水蒸気量・気圧の観測誤差から生じる大気放射量の推定誤差
凍霜害予測の際に必要な快晴時の大気放射量の誤差は±10 W/m以内で あり、その際に用いる気温・相対湿度・気圧の精度にあまり神経質にならなくてよい。 例えば、気温=10.0℃、相対湿度=51.0%、気圧=993.1 hPa のとき、 大気放射量=259.1W/m2である。この場合、気温に+1℃の誤差が あれば大気放射量は+5.7 W/m2 過大に評価される。相対湿度に +5%の誤差があれば+2.8 W/m2 過大に評価される。気圧に+30hPaの 誤差があれば+1.0 W/m2 過大に評価される。


182.3 有効放射量、温度、風向・風速の観測例

観測例として、4夜の有効放射量、温度、風向・風速の時間変化を示す。

図182.1は快晴夜の1月21日15時から22日9時までの記録である。上1段目に示す 有効放射量は18時~7時までの時間帯には出力単位で-1.5℃であり、換算すると -105W/mに相当する(付録A の図182.11を参照)。

葉温(葉面温度計の温度)は放射量と風速の時間変動に敏感に反応しており、 朝方の4時に2℃ほど上昇したが、6時前後からの風速低下によって下降し、 6時過ぎに最低値(-6.9℃)を示した。気温はそれよりも遅れて変化している

1月21日
図182.1 快晴夜における有効放射量ほかの時間変化(2019年1月21日~22日)。
上1段目:有効放射量(R-σT)、放射計の出力単位℃で示す
2段目:気温(赤線)、葉面温度(緑線)、地温(裸地面下0.02m:黒線)
3段目:葉温と気温の差
4段目:風速(高度2.5m)
5段目:風向(0°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


図182.2は風の吹く夜間の例である。晴天であるが、時々雲片が通過し、 風速変動が激しい。前図と同様に、葉面温度は放射量と風速の時間 変動に反応している。朝7時ころ微風となり、葉面最低温度(-8.7℃)が 記録された。最低気温(-2.9℃)に比べて5.8℃も低温である。

1月26日
図182.2 風の吹く夜における有効放射量ほかの時間変化(2019年1月26日~27日)。


次の図182.3は、夕刻まで晴れていたが18時過ぎから雲がしだいに厚くなり、 朝からは完全な曇りとなった微風夜の例である。しかし、早朝2~4時に一時的に晴れ 間が広がり3時前に葉面最低温度(-3.2℃)が観測された。最低気温(+1.8℃)に 比べて5.0℃も低温である。

2月4日
図182.3 雲のある夜における有効放射量ほかの時間変化(2019年2月4日~5日)。


図182.4は風の強い曇りの例であるが、夜半0時ころから快晴の微風となり、 凍霜害対策では注意すべき代表的な例である。夕方の状況から油断して対策 しなければ、作物の種類によっては凍霜害を被ることになる。朝方の葉面 最低温度は-3.0℃を記録している。

2月7日
図182.4 風と雲のある夜における有効放射量ほかの時間変化(2019年2月7日~8日)。


182.4 有効放射量観測値と冷却量の関係

図182.5は前節のまとめ、有効放射量(18時~21時の観測値平均)と夜間の冷却量 の関係である。快晴微風夜と風あり夜と雲あり夜を記号分けしてある。

図中に描かれた破線は快晴微風夜についての直線近似である。プロットのばらつき が最小なのは最下段の冷却量である。すなわち、夕刻の基準温度として裸地面下 0.02mの地温Goと葉面最低温度の差(Go-Bm)のばらつきは小さい。裸地面下 の地温Goは夕刻の雲や風の短時間変動に追従しがたく、夕刻初期値の基準温度と して用いることに適している。

冷却量4種
図182.5 有効放射量観測値(横軸)と冷却量(縦軸)の関係。
快晴微風夜、風あり夜、雲あり夜を記号分けしてある。
上1段目:冷却量=夕刻の葉面温度と葉面最低温度の差(Bo-Bm)
2段目:冷却量=夕刻の気温と葉面最低温度の差(To-Bm)
3段目:冷却量=夕刻の気温と最低気温の差(To-Tm)
4段目:冷却量=夕刻の地温と葉面最低温度の差(Go-Bm)


図182.5にプロットされた快晴微風夜における冷却量(丸印)は放射冷却の理論式 に従う。つまり夕方の有効放射量に比例することを示しているが、風ありの夜や 雲ありの夜は破線から外れ縦軸の冷却量が大きいほうにずれており、凍霜害防止 対策では注意が必要である。

図182.6は有効放射量と葉面最低温度・最低気温の差(略して最低葉温・最低気温 の差)の関係である。破線は快晴微風夜(丸印)の直線近似の関係であり、 プロットは±1℃以内に分布し、葉面最低温度は最低気温よりも4~6℃ほど低い。

葉温・気温差
図182.6 有効放射量(横軸)と葉面最低温度と最低気温の差(縦軸)の関係。


なお、図182.5と図182.6にプロットしたデータは付録B の最低気温・葉温、風速、 冷却量の観測一覧表(表182.2と表182.3)に掲載されている。


182.5 快晴時放射量と葉面最低温度の関係

凍霜害防止では安全策が必要である。天気予報が「強風の曇り」と出されていても 予報が外れて夜半あるいは朝方に晴れて微風になった場合の葉面最低温度を知って いることが重要である。この観点から、快晴時の有効放射量(L- σT)または大気放射量Lと葉面最低温度の関係を求めて おきたい。

快晴時の有効放射量(L-σT)または大気放射量 Lの推定方法、および天空の有効温度の定義は182.2節で説明した。

図182.7は快晴時の放射量と葉面最低温度(Bm)の関係である。各図の実線は 快晴微風夜(丸印)の直線近似である。丸印は直線近似の線から±1℃の範囲内 にある。

夕刻に曇りの強風であっても、天気予報が外れることがあるので、凍霜害対策の 安全策として利用することができる。図中の「雲あり」のプロットのうち、40~50% が安全策を心がけすべき夜である。

快晴時放射量と冷却量
図182.7 快晴時の放射量と葉面最低温度(Bm)の関係。
 上:有効放射量と「葉面最低温度-最低気温」の関係
 中:大気放射量と葉面最低温度の関係
 下:天空の有効温度と葉面最低温度の関係


なお、図182.7にプロットしたデータは付録C の実験式による快晴時大気放射量 と冷却量の一覧表(表182.5)に掲載されている。

図182.8は、前図の中図に示された「快晴時の大気放射量と葉面最低温度(Bm) の関係」がつくば市柳橋の野菜畑でも成り立つことを示している。プロットは 「K181.凍霜害予測の実用化(7)つくば野菜畑」 の付録に示した観測一覧表による。

この図中の直線が図182.7中図の直線と少し異なるのは、野菜の種類が違う ことによる。次節の葉面温度計の熱収支から分かるように、大気放射量 Lが同じ条件であっても、葉面温度計の温度は受感部下方からの 長波放射量 Lが作物の種類によって変わることが理由の一つである。

最低葉面温度、つくば
図182.8 前図の中図に同じ、ただし、つくば市柳橋の野菜畑における結果。


182.6 葉面温度計受感部の熱収支

前節で示した葉面最低温度が快晴時の大気放射量と比例関係にあることを理解 するために、葉面温度計受感部の熱収支について考察する。

図182.9は快晴微風夜の1月18日18時~19日6時までの受感部(直径0.06mの水平円板) の熱収支各項の時間変化である。B は受感部の温度、T は気温、H は受感部に入る 顕熱輸送量、Lは大気放射量(大気から下向きの長波放射量)である。

熱収支図
図182.9 葉面温度計の受感部(直径0.06mの水平円板)熱収支の時間変化。


図に示す顕熱輸送量 H は次の熱収支式から計算した。

 2H+L+L=2σB ・・・・・・(1)

左辺は直径0.06mの円板に入る熱収支各項、右辺は円板から放出される長波放射量 である。Lは観測値、Lは円板の下の半立体角内にある 作物体と地面からの長波放射量である。それら作物体・地面温度の平均値は円板 のレベルの気温より高温になっており、高度1.5mの気温 T に等しいと仮定すれば L=σTとなる。この仮定で温度が1℃違っていれば 約5W/mの誤差となる。この誤差は他の熱収支各項の大きさに比べて 無視してよい微小量である。

葉面温度計の温度 B が観測されているので、右辺は観測値であり、顕熱輸送量 H は 熱収支式の残差として求められ、図中に黒×印で示されている。一晩にわたり 30W/m前後の値で推移している。

H≒30 W/mが正しいかどうか、チェックしてみよう。

1月18日18時~19日6時の高度2.5mの風速(観測値)=0.46m/s、したがって 葉面温度計レベル(小松菜畑の畝の土壌面からの高さ0.3m)の風速U=0.1~0.2m/s と推定される。

半径 r=0.06m の水平円板の風の流れに沿う有効幅X=πr2/2r=0.047m
レイノルズ数Re=UX/ν=313(U=0.1m/s)~627(U=0.2m/s)
ν=1.51×10-5-1は空気の動粘性係数

近藤(1994)「水環境の気象学」の式(7.36)において、水蒸気の分子拡散 係数 D を空気の分子温度拡散係数 a=2.12×10-5-1に置き換えれば顕熱輸送の交換速度 ChU が次のように得られる、 だだし、レイノルズ数 Re=10~2500 の範囲で成立する関係式(近藤、1994、式7.36) から、

ChU=1.45(ν/a)-2/3Re-0.6U
=0.0058m/s(U=0.1m/sのとき)
=0.0076m/s(U=0.2m/sのとき)

観測によれば、快晴微風夜の最低気温(高度1.5m)と葉面最低温度の差は 5℃前後であることから、水平円板(葉面温度計受感部)周辺の気温と葉面温度計 の温度差dT=4℃と仮定できる。したがって、水平円板に入る顕熱輸送量 H は、 次のように計算される。Cpρを空気の体積熱容量として、

H=Cpρ・ChU・dT
=28W/m2(U=0.1m/sのとき)
=37W/m2(U=0.2m/sのとき)

顕熱輸送量H=28~37 W/m2は図182.9にプロットされた H の値と矛盾し ていない。

以上の検討の結果、葉面温度計の温度(作物の葉面温度の代表値)は放射計 と同じ熱収支式によって成り立っていることがわかる。図182.10は葉面温度計の 放射熱収支関係を示すもので、気温が最低気温 Tm、葉面温度も葉面最低温度 Bm のときの関係である。ただし、Lは快晴時の実験式による推定値である。

快晴微風夜の丸印は直線状に並び、バラツキは±5W/mの範囲内にある。

放射熱収支関係
図182.10 葉面温度計の熱収支関係(最低気温 Tm、葉面最低温度 Gmのとき)。 縦軸に含まれる Bm は葉面最低温度、横軸に含まれる Tm は最低気温である。


以上のとおり熱収支関係から、前節の図182.7の中図と図182.8に示された 関係「葉面最低温度は快晴時の大気放射量と密接に関係する」ことが理解できる。

したがって、凍霜害予測(夜間の葉面最低温度の予測)でもっとも簡便な方法は、 前日の大気状態(地上の気温・水蒸気量)から大気放射量を推定することである。 気温・水蒸気量は気温と相対湿度の観測から計算してもよいし、気象予報会社が 発表する夕刻の気温・相対湿度の予報値を利用してもよい。


まとめ

凍霜害予測の実用化を目指す試験として、神奈川県秦野市千村の畑地において気温、 相対湿度、深さ0.02mの地温、葉面温度、放射量、風向・風速を観測し、 夕刻の初期値(気温、地温、葉面温度)から朝の最低温度(最低気温、 葉面最低温度)までの温度下降量「冷却量」と放射量との関係を調べた。

作物葉面の代表温度を観測するために、葉面温度計として基準型受感部 (Ptセンサを含む、直径0.06mの水平のアルミ円板、黒塗装)を用いた。

(1)夕刻の有効放射量の観測値を用いる場合、冷却量の初期値として深さ0.02m の地温 Go を用いる方法がもっとも精度がよく、快晴微風夜の最低葉面温度の 誤差は1℃程度で予測できる。しかし欠点は、曇天夜や強風夜の葉面最低温度を 高めに評価することである。

(2)湿度・気温・気圧のデータから快晴夜の大気放射量を実験式から推定して 用いる場合も、葉面最低温度の予測は誤差1℃程度である。この場合の欠点は、 曇天夜や強風夜の葉面最低温度が低めに予測されるが、凍霜害防止上の安全策と 考えればよい。今後の実用化は、この方式にしたがうことになる。

(3)快晴微風夜の最低気温(高度1.5m)と葉面最低温度の差は4~6℃で、 この温度差は有効放射量(または大気放射量)に比例する。

(4)葉面温度計として用いている基準型受感部(水平円板)についての熱収支的 考察から、葉面最低温度は天空の有効温度(大気放射量を黒体温度に換算した温度) と比例関係にあり、葉面温度は放射計の出力に相当していることがわかった。 すなわち、葉面最低温度は快晴時の大気放射量と密接に関係する。

したがって、凍霜害予測(夜間の葉面最低温度の予測)のもっとも簡便な方法は、 前日の大気状態(地上の気温・水蒸気量・気圧)から快晴時の大気放射量を推定 することである。気温・水蒸気量は気温と相対湿度の観測から計算してもよいし、 気象予報会社の気温・相対湿度の予報値を利用してもよい。

この予測方法が他所でも利用できるか、今後、数か所で追試験を行う予定である。 なお、実験式から快晴時の大気放射量を誤差±10W/m2の範囲内で 推定したいとき、気象要素の誤差の許容範囲は、地上気温で±1℃、相対湿度で ±5%、気圧で±30hPaである。

注意:図182.7の関係
葉面温度計の下方から入る長波放射量Lの値は作物の種類などに よってが違ってくる。すなわち、図182.7中図に示された快晴時大気放射量と 葉面最低温度の関係は、季節や各地で同じにはならない。
それゆえ、葉面最低温度の予測に先立って、対象地点で準備観測を行い図182.7中図 に相当する関係を求めておく必要がある。


参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.




付録A 快晴時大気放射量一覧表と夜間用簡易放射計の検定定数

気温の逆転層が日中まで残るような特殊な場合を除けば、快晴時の大気放射量は 日平均気温と日平均水蒸気量から実験式を用いて精度±10W/m2で推定 することができる(近藤、2000、式2.33、式A2.1~式A2.6)。

日平均値のかわりに夕刻の気温と水蒸気量から推定しても大きな誤差は生じない。 表182.1(1月)と表182.2(2月)は夕刻の気温と水蒸気量および気圧の観測値 (T&D社製おんどとり、TR-73Uによる観測)から実験式によって求められた 大気放射量Lと途中の計算表などのまとめである。「おんどとりTR-73U」 による気温観測は放射影響による0.2℃~0.5℃程度の誤差があるので、有効放射量 (L-σT4)を求める際の T は近藤式精密通風気温計に よる正確な観測値を使用した。

表182.1 実験式による快晴時大気放射量、ほかの一覧表(1月)
快晴時大気放射量その1


表182.2 実験式による快晴時大気放射量、ほかの一覧表(2月)
快晴時大気放射量その2


図182.11は今回用いた近藤式精密通風気温計(「K126.高精度 通風式気温計の市販化」の図126.1a)と夜間観測用の簡易放射計 (「K178.夜間用の放射計と葉面温度計、市販化」) によって観測された有効放射量の出力(℃)を横軸にとり、縦軸は上記の実験式 から計算した有効放射量(W/m2)の関係である。

放射計の検定グラフ
図182.11 快晴時の有効放射量の観測値(横軸)と実験式による有効放射量の 推定値(縦軸)の比較。


破線は座標(0、0)を通る直線近似であり、次式で表される。

有効放射量(W/m2)=検定定数×有効放射量の出力(℃)・・・・・(2)
検定定数=70.1 W m-2-1

出力が-1℃のときは、有効放射量=(L↓-σT)= -70.1 W/m2 となる。


付録B 最低気温・葉温、風速、冷却量の観測一覧表

観測期間中の毎日夕刻の気温 To・葉面温度 Bo・深さ0.02mの地温 Go、夜間の 葉面最低温度 Bm・最低気温 Tm、18時~21時平均の有効放射量 L- σT、翌朝0~6時平均の風速 U、冷却量(Bo-Bm)、冷却量(Bm-Tm)、 冷却量(To-Bm)、冷却量(To-Tm)、冷却量(Go-Bm)を表182.1と182.2に 示した。

表182.3 観測値一覧表(その1)
観測表その1


表182.4 観測値一覧表(その2)
観測表その2


付録C 実験式による快晴時大気放射量の一覧表

快晴時の大気放射量を用いたときの葉面最低温度、冷却量などの一覧表を表182.5 に示した。部分的に表182.3、表182.4と重なっている。

表182.5 実験式による快晴時大気放射量と冷却量の一覧表
実験式による快晴時大気放射一覧表




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