K166. 最低気温、凍霜害の予測(1)秦野市千村


著者:近藤純正
本シリーズ研究の目的は夜間の最低気温の予測を実用化することである。 この第1報では、小地形の代表地点において観測した気温・地面温度と、気象庁 数値予報モデルによるメッシュ気温予報値、および微風晴天夜の地面温度の放射 冷却の計算値を比較する。

晴天が続いた2018年5月における放射冷却の初期条件として、夕刻に有効 放射量=0となる時刻の地面温度は気温の観測値に等しいとした。凍霜害対策を 想定し、放射冷却の計算値が低めになるように地表層の熱的パラメータ(「熱慣性」の2乗) cgρgλg=5×10Js-1 K-2m-4と設定した。

雨天日など除く19夜間について解析した結果、地面の最低温度の観測値と放射冷却 計算値の差(誤差)は-0.85℃±1.29℃となった。マイナスは計算値が低いことを 意味する。このうち、風速が強い3夜間と夜半から曇ってきた1夜間、合計4夜間 の計算値は-2.67℃±0.81℃である。平均として2.67℃の低めとなったが、 「天気予報外れ」で朝方微風に、あるいは夜半から曇らず晴天のままであれば、 気温・地面温度は急下降する。凍霜害対策では、そうした安全を見ておくことになる。

これら4夜間を除く15夜間、すなわち風・天気が安定している夜間の誤差は -0.37℃±0.91℃であり、実用化の可能性がある。 (完成:2018年6月17日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年6月16日:素案の作成
2018年6月17日:付録の追加


    目次
        166.1 はじめに
        166.2 観測       
        166.3 微風晴天夜の放射冷却の計算
        166.4 地面温度の予測値と観測値の比較
        166.5  今後の課題
        まとめ
        付録 風がある夜の放射冷却
        参考文献
                  


研究協力機関・協力者(敬称略)
野口 賢次
尾崎 文隆
大森 哲男


166.1 はじめに

日本では、幕末に開国・開港、外国との貿易が始まる。生糸、茶、海産物の輸出が 行われ、取扱高の大部分は生糸であった。群馬県に富岡製糸場が建設されたのは 1871年(明治4年)である(高校の「日本史」による)。

各地で桑畑の凍霜害、養蚕室の室内気候が問題となる。多くの農家では畑地に 桑を植え、養蚕室には乾湿計が設置され室温と湿度を測っていた(筆者の昭和 初期の記憶)。

宮城県金山(現在の丸森町)で製糸工場を営んでいた佐野理八は、養蚕と気象の 関係が密接なことを痛感し、金山に本格的な気象観測を行う測候所を1898年に 開設した。さらに、東北大学に気象学を研究してもらうことが必要と考え、 大学敷地内へ赤レンガ造りの測候所風の建物を1918年に寄贈した。また、 1917年に日本気象学会へ基金を寄付し佐野賞を設立している。

当時、東京大学と東北大学の兼任教授であった岡田武松(のち、中央気象台 第4代台長、現在の気象庁長官に相当)と佐野理八は懇意の関係にあった。

凍霜害および関連する研究は数多く行われてきた永遠のテーマである。

最近は、数値予報研究が進歩し、それとともに逐次学習型のガイダンス(数値予報 を統計的に処理した客観的予報資料、予報官をガイドするために作成された資料) の技術も進歩してきた。

気象庁予報部の「ガイダンスの解説」(2018:数値予報課報告・別冊第64号) によれば、全球モデル(GSM:格子間隔20km)とメソモデル(MSM:格子間隔 5km)によるガイダンスがある。1年間の全国のアメダス地点の気温について 検証された数値予報の誤差RMSE(二乗平均平方根誤差)は、3~24時間範囲 で比較すれば次のとおりである(図4.4.3)。

全球モデル(GSM)
モデル・・・・・2.2~2.5℃
ガイダンス・・・1.3~1.6℃

メソモデル(MSM)
モデル・・・・・1.7~2.1℃
ガイダンス・・・1.2~1.6℃

この誤差は季節や地域によって異なる。例えば冬期のGSM・MSM最低気温ガイダンス による翌日予報について、GSM最低気温ガイダンスは全国的に最低気温を低めに 予報し、特に北海道の内陸部でこの傾向が強く、10℃以上も低めに予報した例もある。

逆に、MSM最低気温ガイダンスは、北海道内陸部で最低気温を高めに予報する傾向 がある。

これはガイダンスの誤差の1例であり、GSMガイダンスのほうが観測値に近い場合 もある。こうした特徴を理解して利用する必要がある。

最低気温の誤差は、夜間の雲量予測と風速予測が正しいか否かによるところが 大きいと考える。

上記の誤差は、質の高い観測データの蓄積と予報技術の進歩によって、将来は 0.5℃~1℃程度の誤差(乱流的性質による誤差の限界)に改善されるであろう。

現実の日本における農耕地はアメダス設置点に比べて複雑な小地形にもある。 地表面被覆状態も複雑である。近くに傾斜地、森林があり、近傍の循環流や冷気 堆積の影響によって気温分布は複雑になる。水平スケール1km範囲内でも±1℃ (「K156.里地里山の気温分布」)、小盆地の極端な 場合は10℃ほどの違いがある(近藤ほか、1983)。

森林内の気温は地形の傾斜や葉面積指数、あるいは土壌水分量によって林外に 比べて高温になることも低温になることもあり、そこから開空間への暖気移流 あるいは冷気移流となることがある。そのため、単に標高など簡単な地形パラ メータだけでは小地形内の気温分布を表すことはできない。

この一連の研究の最終的な応用目的は、地域の代表地点(風通しと日当たり良好 な地点)の代表気温としてガイダンス気温によるメッシュ気温予報値を用いる。 複雑な小地形範囲の気温は、別途調査した結果に基づいて代表地点の気温から 推定する。ガイダンス気温の予報値の精度が悪い場合は、小地形の代表地点に おける気温のほか、最低限の観測値が必要となる。

これまでに調査した小地形内の観測例として、 「K156.里地里山の気温分布」「K162.夜間の放射量・ 風速と気温変動―丘と小盆地」、今後まとめる予定の 「K167.里地里山の気温分布(2)」がある。

本研究は、小地形における気温分布予測の可能性を探るものであり、神奈川県 秦野市千村の小地形の代表地点でおいて行った観測データを解析する。 すなわち、「K162.夜間の放射量・風速と気温変動―丘と 小盆地」の再解析である。


166.2 観測

丘観測点
神奈川県秦野市千村では地形・土地被覆状態の異なる多地点で気温観測を行っている。 観測地点は「K156.里地里山の気温分布」の図156.1に 示した。本研究の「丘」は図156.1の下段図の「H1」である。丘の畑地(標高189.6m) は風通しがよく、地域を代表する気温観測の基準点としている。この観測点一帯は 南が高く北に低い緩斜面にある。

高度2mに2次元超音波風向風速計Wind Sonic(Gill Instruments Ltd.)、 高度1.2mに精密通風気温計と夜間観測用の簡易放射計 (「K161.夜間観測用の簡易放射計・微風速計」) を設置した。風向・風速は1秒ごと記録から1分間平均の風向・風速を求めた。 気温と放射計は1分間隔で記録した。

小盆地観測点
基準点から北東へ約300mの距離にある畑地(標高=173.3m)は、西から東へ 流れる谷沿いにあり、盆地状地形である。標高は基準点より16.5mほど低い。 高度1.2mに精密通風気温計を設置し、1分間隔で記録した。

観測期間は2018年4月22日から5月26日までの1か月余である。5月1日から小盆地 (以後、盆地と呼ぶ)で地面温度(土壌面に置いたかまぼこ板の表面温度) の観測を追加した。本研究では5月1日から26日朝までのうち、雨天日など除く 19夜間(15時から翌朝7時)を解析する。

備考:土壌面に置いた「かまぼこ板」の表面温度
続報で示されるように、土壌面に置いた「かまぼこ板」の表面温度は、日没ころ までを除くと、夜半から日の出時刻までは植物群落(例:さつき、茶)の上端の 少し下に設置した模型葉面の温度と近似的に同温となる。「群落の上端の少し下」 とは、天空率は大きいが風当たりが少し悪く、夜間に最も低温になりやすく凍霜害 を受けやすい場所である。


166.3 微風晴天夜の放射冷却の計算

微風晴天夜の放射冷却の初期時刻 t0 は有効放射量(R↓-σT) =0の時刻とする、ここにR↓は下向き放射量、σはステファン・ボルツマン定数、 T は気温(K)である。

初期時刻 t0 は毎日変更せずに30分単位で変え、17:30(5月1日~15日)または 18:00(5月16~25日)とした。

この期間中の地表層の熱的パラメータ( cgρgλg) は試行錯誤で有効値をもとめ、 5×10Js-1K-2 m-4 を用いる。

地面温度の放射冷却の計算は「水環境の気象学」の式(6.62)~式(6.70)を用いる。 「エクセル」で簡単に計算できる。

本研究における地面温度の計算値は、凍霜害予測を目的とし、地面温度の観測値の 最低値より低めになるように設定した。なお、すべての観測値と計算値の平均値 を一致させたい場合は、熱的パラメータを大きめに設定すればよい。

微風晴天夜の放射冷却の初期時刻における有効放射量は19~20時観測の平均値を 使用する。ただし、夕方に曇っていた5月18日は、途中で雲が薄くなるとして推定値 (放射計出力=-0.6℃、換算値=-40W/m2)を用いた。同様に、 途中で雲が薄くなるとした5月6日も(-0.6℃:-40W/m2)、あるいは 途中で晴れるとした5月3日、10日、17日は(-1.2℃:-80W/m2)を用いた。

166.4 地面温度の予測値と観測値の比較

将来、メッシュ気温の予報値の精度が向上した場合を想定する。

注目すべき点は、微風晴天夜を仮定したときの放射冷却による地面温度の計算値 (時間とともに単調に低下)と地面温度の観測値の比較である。解析した19夜間のうち、 1例のみ計算値・観測値の時間変化が大きく外れた。

代表例として以下に示す5夜間の概要を最初に示す。
(例1) 5月3~4日:薄曇りであったが、翌朝の日の出時刻から快晴となり、 気温・地面温度は急激に下がり最低気温を記録した。
(例2)5月4~5日:19時から微風となり、地面温度の低下はほぼ放射冷却に従う。
(例3)5月5~6日:夜半から風が弱まり、地面温度は急下降して放射冷却に従う。
(例4)5月18~19日:曇りで風があり、地面温度観測値の下降は小さい。
(例5)5月19-20日:放射量の変動が大きく、東風から南風に替わり計算値が合わない。
理由として、夕刻の初期気温が高めだったことが考えられる。こうした外れは必ず 起きるがデータ蓄積によって補正される見込みある。
(例6)5月22~23日:微風夜、雲がしだいに厚くなり、冷却は弱化した。気温・地面 温度の最低値は夜半に生じた。

次に詳細に調べることにしよう。
図166.1は例1(5月3日~4日)を示している。上から1段目の図によれば、 一晩中曇りであるが、翌朝の日の出後に快晴となった。風はあったが夜半頃から 微風となり、3~4時の時間帯に一時的に高度2mの風速が1m/s以上になった。 2段目の気温と地面温度は時間経過とともにほぼ単調に低下した。しかし、 日の出(4:49)ころから快晴となり気温と地面温度は急激に下降した後、地表面 に日射が当たるようになって急上昇した。

気温・地面温度は、この例のように短時間に急激に下降して最低値を示すことがある。 最低気温の予測では、こうした現象に注意すべきである。 「K162.夜間の放射量・風速と気温変動―丘と小盆地」 の付図3で示したように、新雪で覆われた場合は、地表面(積雪面)温度は30分間 に15℃程度も下降することがある。

放射、温度などの時間変化、5月3~4日
図166.1 有効放射量・気温・地面温度・風速の観測値、微風晴天夜の地面温度の 計算値、気温予報値(2018年5月3日~5月4日)。2段目の図中の記号「微風快晴地面」 は微風晴天夜の地面温度の放射冷却計算値である。
上1段目:有効放射量(R↓-σT4)、放射計の出力単位℃で示す
2段目:予報気温、微風晴天夜の地面温度の放射冷却計算値、観測気温(丘)、 盆地の観測気温、盆地の地面温度観測値
3段目:風速
4段目:風向(0°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


例1のように、夕刻に曇っていても、安全をとるならば、朝までに晴れる可能性 があることを考慮すべきで、初期条件の有効放射量は19:00~20:00の観測値平均 (放射計出力=-0.81℃、⇒ 換算値=-54W/m)を使わずに、 -80W/mを用いた。10日~11日と17日~18日も同様に、-80W/m を用いた。

通常の最低気温起時の時間帯(朝4時前後の1時間)において、丘の気温に比べて 盆地気温は0.8℃、地面温度は1.5℃、微風晴天夜の地面温度計算値は2.6℃ほど低い。 前記したように計算値は、凍霜害予測を目的とし、地面温度の観測値の最低値より 低めになるように意識している。そのため、この結果は妥当とみなしてよい。

なお、図中に青丸印で示す「予報気温」は、当時の予報値を記録していなかった ので、小田原アメダスと海老名アメダスの気温観測値の平均をもとめ、標高補正 した値である(5月についてはアメダス平均値より1.1℃低い気温となる)。

本論では、青丸印の「予報気温」は参考までに示した。全体としては赤線の観測 気温とほぼ一致しているが、高い例と低い例がある(後掲の表166.1)


次に、図166.2は例2(5月4日~5日)である。上から1段目と3段目の図によれば、 一晩中の快晴微風である。2段目の気温と地面温度は時間経過とともにほぼ単調 に低下する典型的な例である。

通常の最低気温起時の時間帯(朝4時前後の1時間)において、丘の気温に比べて 盆地気温は1.0℃、地面温度は1.9℃、微風晴天夜の地面温度計算値は3.1℃ほど 低くなっている。前記と同様に、この結果も妥当とみなしてよい。

放射、温度などの時間変化、5月4~5日
図166.2 図166.1に同じ、ただし5月4日~5月5日。


次の図166.3は例3(5月5日~6日)である。23:00頃まで高度2mの風速が1m/s以上 の強さであり、気温と地面温度は19:00ころまで下降した後、ほぼ一定値が続いた。 23:30から風速が0.7m/s以下となり、同時に一時的に出ていた薄雲・中層雲が消えて、 気温と地面温度は急激に下降しはじめた。朝方4時前後において、丘の気温に比べて 盆地気温は1.3℃、地面温度は2.7℃、微風晴天夜の地面温度計算値は3.6℃ほど低く なっていて、例1や例2と同様に妥当である。

放射、温度などの時間変化、5月5~6日
図166.3  図166.1に同じ、ただし5月5日~6日。


図166.4は例4(風のある曇天夜:5月18日~19日)を示している。風は強く、 1~3m/sの範囲で変動した。そのため、気温と地面温度の下降量は小さい。 朝方4時前後、丘の気温に比べて盆地気温は0.1℃、地面温度は1.1℃、微風晴天夜 の地面温度計算値は2.8℃ほど低くなっている。

放射、温度などの時間変化、5月18~19日
図166.4  図166.1に同じ、ただし5月18日~19日。


この夜間は翌朝の日の出後まで風速1m/s以上の風があり、地面温度は微風晴天夜 の放射冷却による計算値ほど下がらず、予測値の誤差が大きい。 この例のような場合、予測精度をあげる計算方法を付録に示した。


次の図166.5は夜半の時間帯における計算値が大きく外れた例(5月19~20日) である。夜半過ぎの1:00まで風速は1m/s以上あり晴れたり曇ったりである。

夜半の計算値と観測値が大きく異なる理由として、夕方まで快晴で谷風 (東から暖かい気流)が21:00まで続き、夕方の昇温が大きく、初期時刻18:00の 初期温度が高めに設定されたためと考えられる。21:00を過ぎて斜面上方 (S方向、南風)の森林・畑地から冷気流が入るようになり、気温・地面温度の 下降が顕著になったと考えられる。こうした計算外れは必ず起きるものである。 データが蓄積されれば、統計的手法によって補正すれば精度は向上する。

放射、温度などの時間変化、5月19~20日
図166.5 図166.1に同じ、ただし5月19日~20日。


図166.6は例6(微風夜間の5月22日~23日)を示している。夕方は快晴であったが、 薄雲から中層・下層雲と変化し、有効放射量はマイナス値でしだいに小さくなった。 そのため、気温・地面温度の最低値は夜半過ぎ0:00~1:00 の時間帯に生じた。

放射、温度などの時間変化、5月22~23日
図166.6 図166.1に同じ、ただし5月22日~23日。


本研究の目指す最終目的は、以上のような内容を実用化することであり、 19夜間についての解析で、例5(図166.5)のみが大きく外れた例である。

表166.1は全19夜間の観測一覧表である。すでに説明したように、微風晴天夜の 放射冷却を計算する際の初期時刻の有効放射量について、晴天の場合は19~20時 平均の観測値を与える。しかし、夕方に下層雲による曇天の場合は -40 W/mを、途中で晴れる可能性がある場合は-80 W/m を与えた。

雲の出現や風速変化によって、気温・地面温度の最低値は日の出前に起きるとは限らず、 夜半に起きる場合がある(例5、例6)。そのような場合は、一晩中に実際に 起きた最低気温(ただし、1時間平均値)を表に赤数値で示した(5月19~20日、5月 22~23日)。


表166.1 観測一覧表(秦野市千村、2018年5月)
秦野観測一覧表

表の最下段右端の列には全19夜間の平均値と標準偏差を示した。放射最低Tr (微風晴天夜の地面温度の放射冷却計算値)は地面温度Ts(盆地の裸地面に置いた 「かまぼこ板」の表面温度)よりも平均0.85℃低くなっている。

表下の備考に記してあるように、この誤差の平均値をゼロにしたい場合は、 地表層の熱的パラメータを大きめに設定して計算すればよい。前記したように、 ここでは凍霜害対策を意識した研究であるため、計算値が低めになるように、

熱的パラメータ=5×105 Js-1K-2 m-4

と設定した。

全19夜間のうち、風の強い3夜間(15~16日、16~17日、18~19日)と夜半から 曇ってきた1夜間(22~23日)を合わせた合計4夜間と、それら4夜間を除く15夜間 の誤差をまとめると次のとおりである。

(1)19夜間の誤差の平均:-0.85℃±1.29℃・・・全解析
(2)4夜間の誤差の平均:-2.67℃±0.81℃・・・・強風または夜半から曇りの夜間
(3)15夜間の誤差の平均:-0.37℃±0.91℃・・・(2)を除く夜間

強風や途中で雲が現れて曇りとなる夜(4夜間)は、冷却が小さくなるので誤差は マイナス値で大きくなる。誤差の平均はマイナス値であり、放射計算値はいずれも 低温となる(凍霜害対策を意識し計算値が低くなる)。


166.5 今後の課題

将来、メッシュ気温予報値は時代と共に精度が上がるであろう。それを使って各地 における代表地点の気温予測を行う。現段階では、読取り利用が簡単な日本気象協会 の夕方発表の予報値を使う。

その次の段階として、代表地点の気温をもとに、周辺の小地形の気温を予測する。 小地形の気温について、現在は秦野市千村の数か所で観測しているような結果 を使う。現実には、地形のほか、山林からの冷気・暖気の移流も起きる。 これをすべて計算で行うことは実用上得策ではない。

続報では、住宅地なども含む場所について、さらに異なる季節についても観測・ 解析を行う予定である。

住宅地における結果は、凍霜害対策とは違って、たとえば都市における熱帯夜の 環境問題に活用できる。都市の夜間の気温下降が小さいのは、地表層からの 蒸発散量が1日を通して少ないため地表面温度が高めになることと、熱的パラ メータが大きいコンクリートなどで覆われていて夜間の温度低下が小さく なることが大きな要因である。

今回に比べて観測要素を少なくした気温と放射量だけでも、基本的データは 十分得られるので、各地で観測を行うことが望ましい。

それら一連の研究から、夜間の小地形における最低気温予測の実用化が可能か どうか、予測精度とともに明らかにしたい。

小地形の代表地点の気温がメッシュ気温予報値の補正値で表せない場合 (精度が悪い場合)は、現地の代表地点で観測すべき観測要素は何であるか が分かってくるであろう。


まとめ

神奈川県秦野市千村の小地形において気温・地面温度・放射量・風速を観測した。 気温・地面温度の観測値と、気象庁数値予報モデルによるメッシュ気温予報値、 および微風晴天夜の地面温度の放射冷却の計算値を比較した。

放射冷却の初期時刻 t0 は夕刻の有効放射量=0の時刻とし、t0 の温度は気温の観測値に等しいとした。凍霜害対策を想定し、放射冷却の計算値は 低めになるように地表層の熱的パラメータcgρgλg =5×10Js-1K-2m -4と設定した。

(1)2018年5月の雨天日など除く19夜間について解析した結果、地面の最低温度 の観測値と微風晴天夜の放射冷却計算値の差(誤差)は-0.85℃±1.29℃となった。 マイナスは計算値が低いことを意味する。

(2)19夜間のうち、風速が強い3夜間と夜半から曇ってきた1夜間、合計4夜間 の誤差は-2.67±0.81℃ある。風・雲量の大きな変化がある夜を 「天気予報外れ」と呼ぶことにした。

計算値が平均-2.67℃低めとなったが、「天気予報外れ」でも朝方に微風、 あるいは夜半から曇らなければ、気温・地面温度は急下降する。凍霜害対策では、 そうした「天気予報外れ」も考慮して安全を見ておくことになる。

夜間の風速が弱化しない確率が高い場合の放射冷却の簡単な計算法は付録に示した。

(3)天気予報外れ4夜間を除く15夜間、すなわち風・天気が安定している夜間の 誤差は-0.37℃±0.91℃であり、実用化の可能性がある。

(4)夜半の地面温度の計算値と観測値が大きくずれた例(図166.5:5月19日~20日) には今後も注意しなければならない。

大きくずれた理由として、5月19日は夕方まで快晴で谷風(東から暖かい気流) が21:00まで続き、夕方の昇温が大きく、初期時刻18:00の温度が高めに 設定されたためと考えられる。21:00から斜面上方(S方向、南風)の森林・ 畑地からの冷気流が入るようになり、気温・地面温度の下降が顕著になったと 思われる。

こうした計算外れは必ず起きるが、データが蓄積されれば、統計的手法によって 補正できて精度は向上すると考えられる。


付録:風がある夜の放射冷却

本論では、微風夜、つまり大気と地表面間の顕熱・潜熱交換はゼロと想定 した場合の放射冷却を計算をしている。顕熱・潜熱交換がある場合の地面温度、 地中温度および下層大気の気温の時間変化は1970年代以後、高精度で計算が 可能となってきている。ただし、大気と地中の水分条件などが与えられている 場合である。

夜間の最低気温・凍霜害予測では、不明な大気条件などは予測値を用い なければならないので難しい問題となっている。数値天気予報によるガイダンス 気温は、そうした予測された風速や放射条件のもとに統計的に予測されている。 しかし、100%の確度で予報が当たらず、「予報外れ」は必ず起きる。

本論では、安全をみて、地面温度の予測が低めになるように微風夜の放射冷却を 計算している。しかしながら、例えば、夜間の風が微風になる確率がほとんど無し と考えられる場合、簡単な計算で対応することが工夫の一つである。

その簡単な例を次に示す。
夜間の大気から地表面への顕熱輸送量が一定と仮定すれは、その一定値 を有効放射量から差し引いた残りを有効放射量とみなして放射冷却の計算を 行う。放射冷却の計算は、プログラムを作ってあれば、瞬時に結果は得られる。

付図1は例4(5月18日~19日:図166.4)の場合を示している。図166.4では、 初期条件の有効放射量=-40W/m2 (放射計出力=-0.6℃)とした。付図1では次の3つを 示した。

有効放射量=-13.3 W/m2・・・・三角印
有効放射量=-26.7 W/m2・・・・塗潰し四角印
有効放射量=-40.0 W/m2・・・・四角印(図166.4の条件)

時間変化、5月18~19日
付図1 初期条件の有効放射量が3通りの場合の温度変化、5月18日~19日。
1段目:有効放射量(縦軸の単位は放射計の出力:℃)
2段目:観測気温(赤線)、地面温度の観測値(黒線)、放射冷却計算値(三角、 塗潰し四角印、四角印)
最下段:風速


図によれば、塗潰し四角印(有効放射量=-26.7W/m2)が早朝における 地面温度の観測値とほゞ合っている。つまり、夜間の風速が1.5~3m/s前後のときは、 夜間一定の顕熱輸送量=-(40-26.7)=-13.3 W/m2(大気から地表面へ) が存在したことに相当する。

-13.3 W/m2が妥当かどうか?
Kondo et al(1978)によれば、大気が非常に安定な夜間の地表面における顕熱 輸送量=-3 W/m2である(Fig.8)。これは高度4.4mの風速≒0.6m/s のとき、高度2mに換算すると風速=0.4m/sに相当する。付図1は高度2mの風速= 1.5~3m/sであり、2.5~5倍である。
観測の場所・条件も異なるが概略として、-13.3 W/m2はこれと 矛盾しない値とみてよいだろう。


参考文献

気象庁予報部、2018:ガイダンスの解説、数値予報課報告・別冊第64号、気象庁 予報部、pp.248.

Kondo, J., O. Kanechika, and N. Yasuda, 1978: Heat and momentum transfers under strong stability in the atmospheric surface layer. J. Atmos. Sci., 35, 1012-1021.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支.朝倉書店、 pp.350.

近藤純正・森洋介・安田延寿・佐藤威・萩野谷成徳・三浦章・山沢弘実・川中敦子・ 庄司邦彦、1983:盆地内に形成される夜間の安定気層(冷気湖).天気、30、 327-334.

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