K162. 夜間の放射量・風速と気温変動ー丘と小盆地


著者:近藤純正
晴天夜の放射冷却の大きさは、有効放射量と風速と地表層の熱的パラメータに依存 する。放射量・風速が時間的に変動すれば気温も変動する。気温の変動幅は地表層 の熱的パラメータのほか、小地形にも依存する。

夜間の放射冷却の特徴から、気温変動幅は風速・放射量変動の周期に依存し、 短周期で小さく長周期で大きくなる。本章では概略1~2時間の変動について 論じる。

(1)風速変動で生じる気温の変動「応答」は上層から下層(丘から盆地底)へ伝わる。
盆地に強い安定層(冷気湖)ができた場合には、一般風の強まりで冷気湖が上部 から破壊されて地上に達するまでに時間がかかるので、盆地における応答は小さくなる。

(2)いっぽう、放射量変動で生じる気温の変動「応答」は各地点の地表面から上空に 向って伝わる。そのため、この変動「応答」は地形への依存性が小さい。
放射量変動に対して地表面温度は約10分遅れで変動する。約10分遅れは理論的結果と 一致している。

これら(1)風速変動に対する応答と(2)放射量変動に対する応答の違いについて、 冷気湖の強さを表す大気安定度を定義してまとめると、(1)と(2)は互いに異なる 関数形で表される。

風の吹く夜半、高度2mの風速が数分間のうちに1m/s以下になり、0.5m/sほどになった とき、気温は10分間に約2℃、30分間に約3℃ほど急激に下がった。 この気温下降速度は放射冷却の理論式から説明できる。気温下降速度は地表層の熱的 パラメータの関数である。この現象を冬期の積雪地にあてはめれば、新雪時には 短時間に気温が最大15℃前後も下がることになる。 (完成:2018年6月1日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2018年4月25日:素案の作成、例1まで
2018年4月26日:「はじめに」へ Fujibeの論文を加筆
2018年4月28日:図162.1の解説として付録1を追記
2018年4月29日:図162.4に丘と盆地の気温差を追加、付録2を追加
2018年5月4日:4月29日と5月1日を追加、付録3を追加
2018年5月11日:「はじめに」の章に加筆
2018年5月18日:付録4を追加、風速・放射変動に対する気温の「応答率」「応答率の比」を加筆
2018年5月22日:例4および163.4節を追加
2018年5月24日:付録5を追加
2018年5月26日:全データをまとめ、図162.14と表162.1を追加
2018年5月27日:参考2を追加
2018年5月28日:付録6(急激な気温低下)、付図4と付図5を追加
2018年5月30日:細部に説明など加筆


    目次
        162.1 はじめに
        162.2 気温データと観測地点       
        162.3 放射量・風速と気温変動
            例1:4月21日~22日(夜半から微風)
            例2:4月29日~30日(風速変動0.4~1.5m/s)
            例3:5月1日~2日(放射量と気温・地温変動)
            例4:5月22日~23日(しだいに雲が厚くなる)
        162.4 放射量・風速に対する応答率の比と大気安定度の関係
        162.5 一晩の冷却量と気温変動幅の関係
        まとめ
        参考文献

        付録 
            付録1:図162.1の解説
            付録2:乱流による気温・風速変動と顕熱輸送
            付録3:放射量変動に対する地表面温度の遅れ
            付録4:木板面の温度測定
            付録5:放射計の検定
            付録6:放射冷却による急激な気温低下                  


研究協力者(敬称略)
野口賢次
大森哲男
竹久保昭一
菅原広史

162.1 はじめに

最近、Fujibe(2018)はアメダス917か所の1分間データから気温と風速の1時間以内 の変動について統計的な関係を調べている。日中の気温変動の大きさは春~夏の 晴天日に大きく、夜間の気温変動が大きいのは北日本で見られ、 特に低温期で風が弱い時に起きていることを示した。
夜間の気温変動が現れる場所は比較的限られていて、盆地の中央部は変動が小さく, 台地や扇状地のような場所で大きな変動が現れる傾向がある。

これら統計的な関係は、放射冷却の特徴から説明できることである。本シリーズ研究 「夜間の気温変動」によって気温変動の物理過程がより具体的に示される。

夜間の気温分布あるいは最低気温について、最近では水平100km程度のメソ スケールモデルによる研究が行われるようになった。例えば、Yazaki et al(2017) は北海道十勝地方の積雪期における夜間の気温分布について観測とモデル計算から 調べている。

そのほかでも、メソスケールモデルは夜間の気温分布の計算に利用されているが、 筆者の考えでは、夜間の地上気温を再現するのには限界があり、モデル計算の 結果と観測が合わないこともあろう。

モデル計算の応用として、例えば高度30m程度で水平スケール1kmのメッシュ における大気状態の大勢を知る場合に役立てたい。特に、日本のように複雑・ 小地形からなる地域については、メソスケールモデルによって計算・予知 された結果を例えば高度30mの境界条件として利用し、各地点の地表面温度 や地上気温(高度1~2m)は放射冷却の計算から知る方法を勧めたい。

放射冷却の計算結果は、多くの観測から検証されている。

近藤・森(1982;1983)は小地形を考慮した最低気温予報式を用いる試みを 行った。また、稲刈り後の広い水田地帯の1km離れた2地点において 上空の風速がほとんど同じ快晴夜間の気温の観測によれば、朝の最低気温の 予報誤差(標準偏差)は乱流的性質によって0.3~0.4℃が限界であることを示した。

異常な最低気温が起きるような晴天夜間は微風で、乱流混合が弱く地表面に おける顕熱輸送量は放射量に比べて無視できるほどに小さい(Kondo et al, 1978)。

図162.1は接地境界層内の気温変化率と熱輸送量の鉛直分布である。ただし、 右図に示す大気放射量は地表面の正味放射量(Rn=55 W m-2:上向きを プラス)との差で示す。高度10m付近では乱流が間欠的になる“非常に安定”なときの 例であり、地表面では「顕熱輸送量 / 放射量」=5%である。 なお、この図の解説は付録(1)に示してある。

間欠乱流は大気安定度(リチャードソン数) Ri=0.3~2 で生じ、Ri>2 では 顕熱輸送が生じない「静流」の状態になる(Kondo et al, 1978)。
本論では、Ri にかわる冷気湖の強さ(安定度の強さ)を表す Ri を定義して風速・放射量変動に対する気温の変動「応答」を示すことになる。

強安定時のフラックス鉛直分布
図162.1 微風の晴天夜間における大気冷却率の観測値、放射冷却、乱流冷却の 鉛直分布(左)、および顕熱輸送量と正味大気放射量の鉛直分布(右) (Kondo et al, 1978)。ただし、正味大気放射量は地表面での値 (Rn=55W m-2)との差で示す。(近藤、2000、図4.18に同じ))。 


図162.1は、高度4.4mの風速≒0.6m/s(高度2mの風速≒0.4m/s)のときの例である。 あとで示される観測例では高度2mの風速が約 0.5 m/s以下の微風条件に相当する。 そのような微風条件は、放射冷却が強いときとみなしてよいだろう。

気温変動は乱流による (付録(2)を参照) ほか、放射量と風速の変動によって 生じる。また、風向変化 にともなう気温の異なる空気の移流によっても生じる。特に夜間は、放射冷却 によって形成された安定層が乱されることで大きな気温変動が生じる。 夜間の気温変動を理解するために、放射冷却の特徴から学ぶことにしよう。

放射冷却の特徴
微風晴天夜の地表面温度は放射冷却にしたがって下降する。地上気温は地表面温度 の変化にしたがって時間変化する。

地表面の冷却量は地表層の熱的パラメータ(=熱容量×熱伝導率)に依存し、 乾いた土壌や新雪の夜の放射冷却量は大きくなる(近藤、1994、6.5節)。
地表面が同じ放射熱を失う場合、水やコンクリートに比べて乾燥土壌や新雪は 熱的パラメータが小さく、冷えやすいからである。

近藤・山沢(1983)によれば、日本の内陸各地における数十年間に1回程度の 頻度で起きる最低気温の極値や、数年に1回程度の頻度で起きる記録は積雪時 に出現している。

放射冷却量は夕方の有効放射量に近似的に比例する(近藤、1994、式6.64と式6.78)。 有効放射量は(R↓-σT)で表され、R↓は下向きの放射量、 σTは気温Tに対する黒体放射量である。

風が吹くときの放射冷却量は近藤(1994)の図6.5の実線で示されており、 無風時に比べて冷却量は小さい。ただし、その図では、斜面流による風を意味 するが、平坦地での風の場合もこれに似てくる。

晴天夜間に放射冷却によって地表面温度・気温が下降しているとき、風が急に 吹きはじめると、地表面温度・気温の下降率が変わり急上昇することもあり、 逆に風が止むと元の下降率にもどるように変化する。 風が吹くと大気から地表面への顕熱輸送量が大きくなり、同時に鉛直混合も 盛んになるため地表面温度・気温の下降率が変わるわけである。

晴天夜間に雲が現れると下向き大気放射量が増え(マイナス値の有効放射量の 絶対値が小さくなり)、地表面温度・気温は上昇する。そして、雲が去ると 地表面温度・気温は下降してもとに戻る形で変化する。

雲や風の影響は、積雪時と無積雪時によって異なる。積雪時の快晴夜の放射冷却量 は最も大きくなっているので、雲が現れると地表面温度・気温は大きく上昇し、 雲が去ると大きく下降する。風が強くなる場合も同様である。したがって 地表面温度・気温の上昇・下降の変化幅は無積雪時に比べて大きくなる。 この特徴は、前報で示した(「K160.夜間の気温変動、 積雪期と無積雪期」)。

日本の代表的な多くの盆地・谷地形における放射冷却の関係も観測から明らかに されている(Kondo, Kuwagata, and Haginoya, 1989)。

冷却の大きさと地形との関係についても明らかにされている (近藤・佐藤、1984;Kondo and Okusa, 1990)。すなわち、地形パラメータ の導入によって冷却の度合いを調べることができる。例えば、V字形盆地と U字形盆地を比較したとき、前者は冷却を生じる斜面面積に比べて大気全容積 が小さいので冷えやすい。広い盆地の中に小丘陵があると斜面面積が多くなり、 また散在する樹木も斜面と同様に大気冷却の効果が増すことになる。

以上のとおり、放射冷却の大きさと気温変動の一般的な振舞い、斜面風の強さ・ 厚さと時間による発達・停止、及び冷気湖の深さと地形との関係などについては 1980年代に、理論的にも観測からも明らかにされている。

本研究の目的は、こうした夜間の気温についての理解をいっそう深めるために、 小地形による違いなど追加観測を行い、データ解析の詳細を示すものである。

夜間の放射冷却の特徴により、気温変動幅は風速・放射量変動の周期に依存し、 短周期で小さく、長周期で大きくなる。例えば、気温が放射冷却にしたがって 時間と共に下降しているとき、風が吹くと気温の上昇が始まる。1時間ほどで風が 止むと気温の下降が始まる。このときの気温の変動幅は小さいが、風が5時間ほども 長く続けば気温の上昇・下降幅は大きくなる。

本章では主に1~2時間の変動について論じる。


162.2 気温データと観測地点

神奈川県秦野市千村では地形の異なる多地点で気温観測が行われている。 観測地点は「K156.里地里山の気温分布」の図156.1 に示した。

本研究の「丘観測点」は図156.1の下段図の「H1」である。「盆地観測点」 は同図の左下の隅から左方へ約200m、この写真の範囲外の位置にある。

観測期間
観測は2018年4月22日から5月26日まで1か月余である。この期間のうち、 おもに晴天夜についてデータ解析を行う。

丘観測点
丘の畑地(標高=189.8m)は風通しがよく、地域を代表する気温観測 の基準点としている。この観測点一帯は南が高く北に低い緩斜面にある。

高度2mに2次元超音波風向風速計Wind Sonic(Gill Instruments Ltd.)、 高度1.2mに精密通風気温計と夜間観測用の簡易放射計( 「K161.夜間観測用の簡易放射計・微風速計」)を設置した。 風向・風速は1秒ごと記録から1分間平均の風向・風速を求めた。 気温と放射計は1分間隔で記録した。
この観測期間中、異常な放射計出力を生むような結露はなかった。

盆地観測点
基準点から北東へ約300mの距離にある畑地(標高=173.3m)は、西から東へ 流れる谷沿いにあり、盆地状の小地形である(以後、盆地と呼ぶ)。標高は 基準点より16.5mほど低い。

高度1.2mに精密通風気温計を設置し、1分間隔で記録した。

5月1日からは、地表面温度も観測した。
盆地観測点の南側は雑草(一部は5月下旬から水田)、北側は畑地で野菜などが 植えられている。地表面温度計はセンサの金属保護管(直径3.2mmの細棒状)を 赤土の裸地の表面に半分ほどが見えるように水平に設置した。

その後、雨天日の降水量は多く、赤土の土壌水分が多くなり、熱慣性が大きくなった 裸地表面の温度は周辺一帯の野菜や雑草の葉面から成る (熱慣性の小さな)地表面温度を代表しなくなったと考え、5月9日からは 地表面温度計のセンサは、かまぼこ板の表面に設置した。かまぼこ板 (52mm×170mm、厚さ10mm)の表面に直径3.2mmの細い溝をつくり、 センサを溝に固定した。この温度を「盆地の地面温度」とした(付録4)。

丘観測点
162.2 丘の写真、北北東から南南西を撮影(2018年4月21日)。
赤矢印で示す場所に超音波風向風速計、放射計、気温計、太陽光発電パネル などが設置されている。

盆地観測点
162.3 盆地の写真、北東から南西を撮影(2018年4月21日)。
写真中央のポールに通風気温計が取り付けられている。写真中央の遠方300mに 丘観測点がある。


162.3 放射量・風速と気温変動

例1:4月21日~22日(日没:18:21、日の出:5:03)(夜半から微風)
快晴夜の4月21日~22日の観測例を図162.4に示した。この時間帯は17日~18日の 雨天のあと19日から22日までの4日間連続晴天日に含まれる。

21日の日没は18:21、22日の日出は5:03であるが、丘の周辺地形などの 影響によって、地表面に届く太陽光はこれら日没・日出時刻と多少のずれがある。

最上段に示す有効放射量は18時ころから翌朝5時ころまで一定に近く (出力は温度の単位で-1.3~-1.5℃)、快晴であったことがわかる。2段目に注目すると、 21日夕刻の太陽高度の低下にしたがって、気温は21日15時~18時までほぼ一定の 低下率で下がっている。3段目は丘と盆地の気温差である。

なお、放射計の出力単位℃は放射量の単位 W/mに換算できる (付録5)。

(1)22:30ころまでは風速が2m/s以上で比較的強いため、気温の低下率は 小さく約19℃の一定に近い状態が続いた。これは、近藤(1994) 「水環境の気象学」の図6.5の風が吹くときの放射冷却(実線)に示された 特徴である。

22:30までは、丘と小盆地の気温はほぼ同温である。両地点とも地表面温度は 測っていないが、気温より低温と考えられる。つまり、風が強く、付近一帯は 下層ほど僅かに低温の弱安定層が分布しており、盆地には冷気湖と呼ばれる ほどの強い安定層は形成されていない。

(2)24時(22日の0時)を過ぎて風速は1.5m/s前後から0.5m/s前後まで弱まる につれて、気温の低下率は大きくなる。とくに盆地(紫点線)の気温低下率 が大きく1:00~2:00における丘との気温差は3℃以上になった。すなわち、冷気湖が 形成された。

(3)特に、2時過ぎに風速は1.5m/sから0.5m/sに急激に弱まり、丘の気温は 1時間に3℃ほども下がった。このような例は他にも観測された。放射冷却の理論 から気温の急激な低下が説明される。この現象を冬期の積雪地(新雪)に応用すれば、 夜半の風が弱まったとき気温は急激に10~15℃ほども下がることになる(付録6)。

(4)1:00~6:00 の時間帯について、丘の気温(赤線)が風速の強・弱に 敏感に応答して上昇・下降変動しているのに対し、盆地の気温(紫点線)は わずかしか変動していない。すなわち、1:00-2:00と3:00過ぎに風速が0.5m/s ほど 強まったとき、丘(赤線)の気温は1℃ほど上昇したのに対し、盆地(紫点線) では気温はわずかしか上昇せずに冷却傾向を続けている。

4月21日~22日
162.4 15時から翌朝9時までの時間変化、2018年4月21日~22日。
各プロットは1分毎観測値の前5分から後5分まで11個の移動平均値である。
最上段:有効放射量(=R↓-σTa:単位は測器の出力℃で表してある)
2段目:気温(赤線は丘、紫点線は盆地)
3段目:気温差(=丘-盆地)
4段目:風速
最下段:風向(0°と360°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


上2段目の丘と盆地の気温変動のグラフを拡大し(ここには図示しない)、0:00~4:00に ついて詳細に調べてみよう。気温変化は全体として低下傾向であり、なめらかな 低下傾向の曲線から丘(赤線)は風速1m/sの上昇に対して気温は2℃ほど上昇 しているのに対し、盆地(紫線)は0.8℃ほどの上昇である。

風速変動1m/sに対する気温変動の比を「応答率」と定義すれば、

4月22日の00:00-4:00:
丘の応答率 =2.0℃/(1m/s)
盆地の応答率=0.8℃/(1m/s)

丘の応答率に対する盆地の応答率:
「応答率の比」=0.8/2.0=0.40

丘の風速が1~2時間の間に強くなったとき、盆地の気温変化幅は丘の 40%である。この時間帯における、気温差(=丘の気温-盆地の気温)と 風速は、

気温差=2.59℃
風速=0.95m/s

であり、標高差16.5mで比較的に強い冷気湖ができていたことになる。

つまり、少し高い高度の風(丘の風速)が強くなっても、盆地にできた安定層 (冷気湖)の下層は乱され難い。
一般に、安定層の下層における乱され方の度合いは、気温差と冷却速度と 風速の強さの兼ね合いによる。あとで、このことに関して安定度(冷気湖 の強さ)を定義して論じることにする。


冷気湖の生成・破壊の現象に関する理論的関係は近藤ら(1983)によって次のように 示されている。
盆地内安定層(冷気湖)は斜面で生まれた冷気の堆積、つまり重い低温空気が 下層に溜まり位置エネルギーが生成されることである。他方、安定層上部における 乱流の摩擦応力がなす仕事が安定層を破壊する。これら両者のバランス関係に よって安定層の深さが決まる。

風が弱いときは前者が後者を上回り冷気湖が形成される。 いったん形成された安定層が風によって破壊されるまでには時間 がかかる。福島県吾妻小富士(完全な盆地、火山の噴火口)では、峰の風速が5m/s 以下のとき冷気湖は形成され、それ以上の風速のときは形成されない。

つまり、深い盆地にできる安定層(冷気湖)の気温鉛直差は大きくなっていて、 弱風では壊されない。しかし、上空で強風が吹くと上部から壊されていき、時間が 経ち地上に達すると、地上気温の上昇(気温変動幅)は大きくなる。


例2:4月29日~30日(日没:18:28、日の出:4:54)(風速変動0.4~1.5m/s)
4月25日に70mmほどの大雨があってから3日目の28日と29日は連続快晴となった。
地上気温は風速変動(地表面への顕熱輸送量の変化、混合作用)と放射量変動 (地表面の熱収支バランスを変化させる)によって生じる。通常、これら両作用は 同時に重なっている。そのため、各々の振舞いを見るには、一方の作用がほとんど 生じていない時間帯について解析する必要がある。

図162.5は放射量、気温、風速・風向の一晩中の時間変化である。
夜半の0時から翌朝5時までに注目すると、放射量の変化が微小であるのに対し、 風速が0.4~1.5m/sの範囲で大きく変動している。この時間帯について、解析 しよう。

4月29日~30日
162.5 15時から翌朝9時までの時間変化、2018年4月29日~30日。
各プロットは1分毎観測値の前5分から後5分まで11個の移動平均値である。
最上段:有効放射量(=R↓-σTa:単位は測器の出力℃で表してある)
2段目:気温(赤線は丘、紫点線は盆地)
3段目:気温差(=丘-盆地)
4段目:風速
最下段:風向(0°と360°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


注意深く見ると、丘の気温は風速より10分程度遅れ、盆地の気温は25分程度遅れて 変動している。風速が強くなれば気温が上昇し、風速が弱くなれば気温は下降している。 図162.6はそれぞれ10分、25分遅れた時刻の気温と風速の関係である。 直線近似の実験式とR値を図中に示してある(R は相関係数)。

4月30日0時~5時、風速・気温相関
162.6 風速変動にともなう気温変動、相関関係(2018年4月30日0時~5時)。


4月30日0時~5時、R2乗
162.7 風速からの遅れ時間と R2 の関係(2018年4月30日0時~5時)。


図162.7は風速からの遅れ時間とR の関係である。風速・気温は いろいろな周波数の変動成分から成るが、全体的にみると丘の気温は 風速より10分遅れて、盆地の気温は25分遅れて変動していると見なすことが できる。

盆地は丘よりも遅れ時間が大きいのは、安定層が厚く、冷気湖が形成され ているため、上空の風が地面近くまで下りてくるのに時間がかかるからである。

前述の例1と同様に応答率と応答率の比は次の通りである。

4月30日の00:00-5:00:
丘の応答率 =3.0℃/(1m/s)
盆地の応答率=1.5℃/(1m/s)

丘に対する盆地の応答率の比:
「応答率の比」=1.5/3.0=0.50

この時間帯における、気温差(=丘の気温-盆地の気温)と風速は、

気温差=2.63℃
風速=0.75m/s

この例2も、例1と同様に、強い冷気湖ができているときの応答率の比(0~0.5) の範囲内にある。これが風速に対する気温変動の特徴である。


例3:5月1日~2日(日没:18:30、日の出:4:52)(放射量と気温・地温変動)
快晴続きの4日目の5月1日である。1日夕方~2日朝まで風速は1m/s以下、夜半からは 0.2~0.3m/sの微風が続いた。そのため、放射量変動にともない「盆地の地面温度」が変化し、 それに遅れて気温も応答した(図162.8)。

5月2日の朝3時~5時にかけて、風速は0.2~0.3m/sのほぼ一定の微風に対して、 放射量の変化にともなう気温と「盆地の地面温度」の変化が見られる。

厚さの薄い冷気が地表面上に移流してくる「極小低温層:レイズドミニム」 (「身近な気象」の「M20.裸地面上の極小低温層 (特別講義)」)など特殊例を除外するならば、 風速は上空から下層へ向かって気温に影響を及ぼすのに対し、放射量は地表面温度 に影響し、下から上に向って影響が伝わる。

この下から上に向って影響することを意識して、図162.8を見てみよう。上から2段目に 表された「盆地の地面温度」(黒線)の遅れは10分ほどであるのに対し、丘の気温と盆地の 気温は25~30分ほど遅れているように見える。

注意:レイズドミニマムの現象
上3段目の図中に示す盆地における温度差(=気温-地表面温度)が22時ころまで マイナスである。地表面温度計を設置した赤土土壌は熱的パラメータが周辺一帯の 平均的パラメータに比べて大きく冷えにくい。そのため、雑草地の葉面で冷却 された冷気が高温の地表面上に流れてきて「レイズドミニマム」が形成されて 22時ころまで続いている。

5月1日~2日
162.8 15時から翌朝9時までの時間変化、2018年5月1日~2日。
各プロットは1分毎観測値の前5分から後5分まで11個の移動平均値である。
最上段:有効放射量(=R↓-σTa:単位は測器の出力℃で表してある)
2段目:気温(赤線は丘、紫点線は盆地)と盆地の地面温度(黒線)
3段目:気温差(=丘-盆地)と気温・地面温度差(盆地)
4段目:風速
最下段:風向(0°と360°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


図162.9は放射量と気温および盆地の地面温度の関係である。 図162.10は放射量からの遅れ時間とR の関係である。

5月2日3時~5時、放射・気温相関
162.9 放射量変動にともなう気温変動、相関関係(2018年5月2日3時~5時)。


5月2日3時~5時、放射・気温相関
162.10 放射量からの遅れ時間と R2 の関係(2018年5月2日3時~5時)。


が最大値になる遅れの時間は、盆地の地面温度では10分、 丘と盆地の気温では25分~30分である。

理論によれば(「水環境の気象学」の6.7節参照)、放射量が1時間~3時間の 周期で変化をするとき、地表面温度は地表層の熱物理係数(=熱容量×熱伝導係数) の関数で表され、約10分の位相遅れで変化する(付録3)。

図162.10に示された10分遅れと理論はほぼ一致していることがわかる。

微風晴天夜の地上気温(高度=1~2m)は、盆地の地面温度の変化から、さらに10~20分ほど 遅れて変化することが分かる。

この例3では、例1と例2とは異なり、放射量変動(単位は放射計の出力単位:℃)に 対する気温の変動(応答)である。図162.9から読み取れば、応答率と応答率の比は 次のようになる。ここに、地面温の応答率とは盆地の地面温度の応答率である。

5月2日の3:00-5:00:
丘の応答率 =0.62℃/0.5℃
盆地の応答率=0.86℃/0.5℃
地面温の応答率=1.06℃/0.5℃

丘に対する盆地の応答率の比:
「応答率の比」=0.86/0.62=1.39

この時間帯における、気温差(=丘の気温-盆地の気温)と風速は、

気温差=1.25℃
風速=0.25m/s

風速に対する盆地気温の応答率の比とは異なり、放射に対する応答率の比は大きい。 また、盆地の地面温度の応答率がもっとも大きいことが特徴である。


例4:5月22日~23日(日没:18:47、日の出:4:34)(しだいに雲が厚くなる)

5月22日~23日は夜半まで快晴であったが、しだいに雲が現れて朝方は下層雲と なった。図162.11の最上段と2段目に示すように、朝方に向って放射量の変動にともない 気温と盆地の地面温度が上下している。

5月22日~23日
162.11 15時から翌朝9時までの時間変化、2018年5月22日~23日。
各プロットは1分毎観測値の前5分から後5分まで11個の移動平均値である。
最上段:有効放射量(=R↓-σTa:単位は測器の出力℃で表してある)
2段目:気温(赤線は丘、紫線は盆地)と盆地の地面温度(黒線)
3段目:気温差(=丘-盆地)と気温・地面温度差(盆地)
4段目:風速
最下段:風向(0°と360°は北風、90°は東風、180°は南風、270°は西風)


早朝の1~5時について、図162.12は放射量と気温(丘、盆地)および盆地の地面温度 の関係であり、時間遅れがそれぞれ27分、20分、10分の場合である。また、図162.12は 放射量からの遅れ時間とRの関係である。

5月23日1時~5時、放射・気温相関
162.12 放射量変動にともなう気温変動、相関関係(2018年5月23日1時~5時)。


5月23日1時~5時、放射・気温相関
162.13 放射量からの遅れ時間と R2 の関係(2018年5月23日1時~5時)。


例3と同様に、図162.11から読み取ると応答率と応答率の比は以下のとおりである。

5月23日の1:00-5:00:
丘の応答率 =1.23℃/0.8℃
盆地の応答率=1.31℃/0.8℃
地面温の応答率=2.37℃/0.8℃

丘に対する盆地の応答率の比:
「応答率の比」=1.31/1.23=1.07

この時間帯における、気温差(=丘の気温-盆地の気温)と風速は、

気温差=1.04℃
風速=0.25m/s

例3と同様に、盆地の地面温度の応答率がもっとも大きく、風速が弱い割に安定層(冷気湖) が強く、放射に対する応答率の比が1より大きくなっている。


162.4 放射量・風速に対する応答率の比と大気安定度の関係

前節に示したように、夜間の放射量・風速変動にともなって気温が変動(応答) する。応答の度合いが丘と盆地で異なることを表すパラメータとして応答率の比(=盆地の 応答率 / 丘の応答率)を定義した。

すでに例1でも説明したように、盆地に安定層(冷気湖)ができている場合、 上空で風が起きたとき安定層(冷気湖)の破壊は上空から下層へ向かって伝わる。 つまり気温変動は上から下へ伝わるために、冷気湖が非常に強いときは盆地の底での 気温の応答は小さくなる(応答比は小さい)。

いっぽう放射量変動の場合は、最初に地表面の熱収支バランスが変化することから最下層で 気温変動が起きる。その気温変動は各地点の地表面から上に向って伝わる。冷気湖が非常に 強くても盆地の底での気温の変動(応答)は大きい。つまり応答率の比は大きい。

冷気湖の強さ(大気安定度の強さ)を定義して、応答率の比との関係をみることにしよう。

近藤(1994)の「水環境の気象学」の式(5.122)によれば、接地境界層の大気 安定度 Ri(リチャードソン数)は次の近似式で表される。

Ri≒z(g/T)ln(z1/z2)(θ12)/ (U1-U2)

12):高度z1とz2の気温差
(U1-U2):高度z1とz2の風速差
z=(z1z21/2
g:重力の加速度
T:大気の絶対温度(K)

この式に準じて、冷気湖の強さを Ri* で定義する。ただし、

z1・・・・丘の気温計の標高差(16.5m+1.2m)
z2・・・・盆地の気温計の標高差(1.2m)
U=U1-U2・・・丘の地上高度2mの風速
θ1・・・・丘の気温(℃)
θ2・・・・盆地の気温(℃)

とすれば、次式で与えられる。

Ri*=0.38×(気温差)/(風速)・・・・・・・(無次元数)

ここに、係数の大きさ 0.38 は、上記の標高差の数値を用い、気温差の単位を℃、 風速の単位を m/s とした場合である。

冷気湖の強さを表す Ri* の分子「気温差」は下層に堆積した冷気の位置の エネルギーに対応し、分母「風速の2乗」は冷気湖を破壊する風の運動のエネルギー (乱流の摩擦応力のなす仕事)に対応している。


〇参考1:吾妻小富士の冷気湖の強さ
直径450m、深さ70mの完全な盆地(火山噴火口:吾妻小富士)では、峰の風速 U<1.5m/s のとき峰と盆底の温位差=9℃、U=4 m/sのときは 4℃、U>5m/sのとき 0℃(冷気湖なし)と なった。この盆地では、峰と盆底の標高差が70mのため、気温差のかわりに温位差を用いる (近藤ら、1983)。

これらの数値を用いれば、前記と同様に、安定度(冷気湖の強さ)は次式で表される。

Ri*=1.27×(温位差)/(風速)・・・・・・(無次元数)

Ri*=5.1 ・・・・U=1.5m/s, 温位差=9℃
Ri*=0.85 ・・・・U= 3 m/s, 温位差=6℃
Ri*=0.31 ・・・・U= 4 m/s, 温位差=4℃
Ri*=0 ・・・・・・U= 5m/s, 温位差=0℃

深さ70mの吾妻小富士では、 Ri*>1 を強安定とみなすことができる。


〇参考2:吾妻小富士の冷気湖と今回の冷気湖の比較
小規模盆地「吾妻小富士」の峰と盆地底の標高差70mに対する温位差は(9℃±2℃)/70m= (1.3℃±0.3℃)/10mであった。 今回の丘と盆地の標高差16.5mに対する気温差は(3℃±1℃)/16.5m=(1.8℃±0.6℃) /10mである(夜半~日の出頃、図162.4、図162.5)。
これら小規模盆地では、高度10m当たりの気温差(温位差)は1.3~1.8℃程度である。

低層ラジオゾンデによる大規模な「会津盆地」の観測では(Kondo et al, 1989)、 盆地の深さ1090mに対して温位差=21℃である(1986年5月9日5:15)。 高度10m当たりの温位差=0.19℃/10mである。

盆地が小規模なほど高度10m当たりの気温差(温位差)は大きくなることがわかる。


前節の例1~例4のほか、4月22日から5月末までの観測を加えて安定度との関係をみる。
図162.14は気温変動の応答と安定度(冷気湖の強さ) Riとの関係である。 表162.1は諸要素を含む一覧表である。

応答率の比と安定度の関係
162.14 応答率の比と安定度(冷気湖の強さ)の関係。
赤丸印は風速変動に対する気温の応答、黒四角印は放射量変動に対する気温の応答である。


風速変動に対する応答
風速に対する気温の応答率は、安定度が強い(風速が弱い)ほど大きくなる。 しかし盆地では、その傾向が弱くなる。 こうした盆地と丘の違いを応答率の比として図162.14に赤丸印で示した。

応答率の比は、Ri>1 の強い安定度のとき小さくなりゼロに近づく傾向にある。 つまり強い冷気湖ができたとき風の盆地底への影響が微弱になることを意味している。

放射量変動に対する応答
放射量変動に対する気温の応答率の比(黒四角印)は1より少し大きめであり、 安定度 Riが概略1付近で1程度になっている。安定度との関係は、 風速変動に対する応答と逆である。

つまり、放射量に変化があると、まず地表面に影響し熱収支バランスを変化させ、地面温度を 変える。そののち上に向って影響が伝わることを意味している。非常に強い安定度のとき応答率の 比が1以上になるのは、盆地の気温鉛直勾配が丘に比べて大きくなっているからである。

なお、概略 Ri<0.075の範囲に放射量への応答のプロットが無いのは、 弱い安定度のときは、風速変動に対する気温の応答(変動)と放射量変動に対する 応答の区別がつかなくなり、解析していないからである。

表162.1 観測結果の一覧表
上半分の表:風速変動に対する気温の応答率(=気温変化幅/風速変化幅)、ほかの要素
下半分の表:放射量変動に対する気温の応答率(=気温変化幅/放射量変化幅)、ほかの要素
応答率の比=盆地の応答率/丘の応答率
放射量変化幅の単位は℃(放射計の出力単位)、W/mの単位に換算できる(付録4)
最下段の赤文字:放射量変化幅が50 W mー2の場合に換算した応答率
観測一覧表


表162.1上段について、風速変化に対する応答率(=気温変動幅/風速変動幅)の分母に 示す風速変動幅は1m/s前後である。それゆえ、応答率の平均値は風速変動幅が1m/s の場合としたときの気温変動幅である。

これに対して表162.1下段の応答率の平均値は放射量変動幅が1℃(放射計の出力単位:℃) とした場合、最下段の赤文字は放射量変動が50W/mとした場合を示してある。

なお、放射量変動の場合、放射量変動幅と気温変動幅は比例関係にある。


162.5 一晩の冷却量と気温変動幅の関係

気温の変動幅は地表層の熱的パラメータ、つまり時期や地域によって変わる。 そして、一晩の冷却量を超えることはない。 そこで、今回解析の対象とした4~5月のうち、快晴夜の一晩の冷却量に対する気温変動幅 の比率を調べる。

乾燥期や特に新雪の積もった時期は、一晩の冷却量も気温変動幅も大きいが、この比率 は季節依存性が小さいと考えられる。今後、他の地域・季節に行われる観測の参考と するために、この比率を求めておく。

夜間の冷却が始まる時刻として、日没の30分前を基準とすれば、地表面温度はほぼ 放射冷却の理論式にしたがって下降することがわかっている(「水環境の気象学」の 6.5「放射冷却」の節を参照)。

表162.1は快晴微風夜5月4日~5日(日没18:32、日の出4:48)の気温(丘と盆地)、 地面温度(盆地)、冷却量、および一晩の有効放射量と風速の平均値をまとめたものである。 この表に示す一晩中(18~5時)の冷却量を基準にして気温変動幅の大きさを比較する。

表162.2 快晴微風夜の冷却量の大きさと風速および放射量の表(2018年5月4日~5日)。
各時刻の気温と地面温度は時刻の5分前から5分後までの10分間平均値である。
一晩の冷却量

表によれば一晩の冷却量は、
丘では9.1℃
盆地では9.8℃
盆地の地面温度では10.3℃
である。

これらの冷却量と前節の表162.1に示した気温の応答率との関係を調べてみよう。ただし、 気温の応答率は、今回の観測の平均的・代表的条件である風速変動幅1m/sの場合と放射量 変動幅 50 W/mの場合である。

風速変化(1m/s)に対する気温変化の比率
1.83℃/9.1℃=20%・・・・・・・丘の気温
0.99℃/9.8℃=10%・・・・・・・盆地の気温
0.57℃/10.3℃=6%・・・・・・・盆地の地面温度

放射量変化(50 W/m)に対する気温変化の比率
1.15℃/9.1℃=13%・・・・・・・丘の気温
1.33℃/9.8℃=14%・・・・・・・盆地の気温
3.37℃/10.3℃=33% ・・・・・・盆地の地面温度

これらは、丘の地上高度2mの風速が2m/s以下の弱風ないし微風条件における結果である。 比率の大きさは、風速変動では標高が高い順に、放射量変動では逆になっていて、 前者は上層から下向きに、後者は下から上向きに伝わることと矛盾していない。


まとめ

晴天夜の放射冷却の大きさは、有効放射量と風速と地表層の熱的パラメータに依存 する。放射量・風速が時間的に変動すれば気温も変動する。気温の変動幅は地表層 の熱的パラメータのほか、小地形にも依存する。

本研究では、傾斜の緩やかな斜面上にある丘と小盆地の2か所における気温変動の 特徴の違いを示した。丘と小盆地の距離は300m、標高差は16.5mである。 小盆地を「盆地」とする。

夜間の気温変動幅は、微風の快晴夜の一晩の冷却量を超えることはない。 夜間の放射冷却の特徴から、気温変動幅は風速・放射量変動の周期に依存し、 短周期で小さく長周期で大きくなる。本章では主に1~2時間の変動について論じる。

大気の安定度Riをリチャードソン数(Ri)に準じた式で定義し、 冷気湖の強さを表すことにした。

(1)風速変動で生じる気温の変動「応答」は上層から下層(丘から盆地底)へ伝わる。
盆地に強い安定層(冷気湖)ができた場合には、一般風の強まりで冷気湖が上部 から破壊されて地上に達するまでに時間がかかる。そのため、盆地における応答、 つまり応答率の比は安定度 Riが大きいとき小さくなる(図162.14)。

「応用問題」:風が強く吹き、夜半過ぎからしだいに弱まりながら風速が変動すれば、 安定度が強くなくても丘に比べて盆地の気温は急下降する。この場合、盆地の応答 (つまり応答率の比)は、非常に大きくなる(例:5月17日1:00-5:00の応答率の 比=1.71)。

数時間平均の安定度 Riが同じであっても、風速変動の形によって 応答率の比は違ってくる。図162.14の赤丸印にバラツキがあるのは、このためである。 バラツキにも意味がある。

(2)いっぽう、放射量変動で生じる気温の変動「応答」は各地点の地表面から上空に 向って伝わる。そのため、この変動「応答」は地形への依存性が小さい。 しかし、強い安定層(冷気湖)ができたときは気温の鉛直勾配が大きくなっているので、 放射量変動で生じる気温の「応答」は丘に比べて盆地で大きくなる。

放射量変動に対して地表面温度は約10分遅れで変動する。この遅れは理論の約10分遅れ とほぼ一致している。

(3)微風の快晴夜の一晩の冷却量(微風夜の放射冷却量)の大きさを基準の100%として 気温変化幅の比率を定義することができる。

今回の観測では、風速変化幅1m/sに対する気温変化の比率は、20%(丘)、 10%(盆地)、6%(盆地の地面温度)であり、標高の高い順になっている。
一方、放射量変化幅 50 W/mに対する気温変化の比率は、13%(丘)、 14%(盆地)、33%(盆地の地面温度)である。 地面温度でもっとも大きいのは、放射の影響はまず地面が受けて、上層へ伝わるからである。

本研究で解析した1~2時間の変動に対するこの比率は、地域や季節によって大きく 違わないが、これより長い5~6時間の変動に対する比率は大きくなると考えられる。

(4)規模が小さい盆地ほど、冷気湖内の気温鉛直勾配は大きく、高度10m当たりの 気温差(温位差)は大きくなる(162.4節の「参考2」を参照)。

今回観測した盆地にできた強い冷気湖では、高度10m当たりの気温差は1.3~1.8℃ である。

(5)風の吹く夜半、高度2mの風速が数分間のうちに1m/s以下になり、0.5m/sほどになった とき、気温は10分間に約2℃、30分間に約3℃ほど急激に下がる。 この気温下降速度は放射冷却の理論式から説明できる。気温の急激な下降速度は地表層の 熱的パラメータの関数である(付録6)。

この現象を冬期の積雪地にあてはめれば、短時間に気温が大きく下がることになる。 「K160 夜間の気温変動、積雪期と無積雪期」の図160.6によれば、 北海道十勝の上札内アメダスでは、30分間に5~7℃ほどの気温低下がある。

また、冬期積雪時に諏訪湖の沿岸で行われた大久保ら(2005)の観測に見られる夜間の急激な 気温下降が説明可能である。その第4図と第6図によれば、測風塔の高度14.9mの風速 が1m/s以下に下がるとき気温の急下降が生じている。ただし、風速の周期的に近い変動の 原因は不明である。


参考文献

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付録

付録1:図162.1の解説
図162.1の右図は熱輸送量(乱流による顕熱輸送量と放射量、プラスは上向き、 マイナスは下向き)の鉛直分布である。

顕熱(破線)は地表面付近で下向きに 3 W m-2、 高度10m付近でほぼゼロである(高度10mでは上空から入ってくる顕熱≒0)。 したがって、高度0~10m層は顕熱 3 W m-2を失うために冷却する。 顕熱の高さに対する変化率は下層で大きく、高さとともに小さくなっている。 気温の変化率は顕熱の高さに対する変化率に比例する関係から、 気温変化率は下層ほどマイナス値で大きくなる(下層ほど冷却率 が大きい)。

それが左図に示す乱流(破線)による気温変化率の高度分布として描かれており、 高度1~3m付近で1時間当たり約1.3℃の割合で気温が下がっている。

右図の大気放射量の鉛直分布(実線)によれば、高度5mでは高度0に比べて 上向きに0.2 W m-2ほど大きい。つまり0~5m層は放射によって0.2 W m-2ほどの熱を失う。そのため、0~5m層は1時間当たり 0.1~0.3℃の割合で気温が下がる。

高度5m付近から上層では、下層に比べて大気放射量の高さによる変化率が大きく、 気温の下がる割合も大きくなり、1時間当たり0.5℃ほどとなる。それが 左図の放射(白丸印つき実線)による気温変化率として示されている。

左図の観測値(黒丸印つき実線)は、実際の1時間当たりの気温変化率(マイナス であるから冷却率)の鉛直分布である。つまり、気温変化率の観測値は、乱流に よる冷却に放射による冷却を加えた値となっている。

まとめると、微風晴天夜の気温下降は乱流による顕熱輸送の高度による違いと、 放射量の高度による違いの両方で起きており、高度10mより上空では乱流の 役割はほとんどゼロで、放射の冷却作用によってのみ気温が下降している。

この図162.1は夜間の90分間の観測値と計算値を示したものであり、高度2~3m付近 で観測値の気温変化率(左図)がマイナス値で極大になっている(冷却率が高度0m 付近より大きくなっている)。この現象は、たまたまこの90分間の時間内に生じた ものであり、別の時間帯には少し違う冷却率の高度分布をもつ。例えば18時から翌朝 の4時ころまでの長時間の冷却率の鉛直分布を描けば、下層ほど大きくなる。

ごく地表面に近い高度0.1m以下の層について詳しく説明すると、一般に、 気温分布は放射平衡の鉛直分布(放射による気温変化率=0の分布)から大きく ずれるため、放射による気温変化率が非常に大きくなる(「水環境の気象学」の 図4.12と「地表面に近い大気の科学」の図4.17を参照のこと)。
その結果、それを補うために乱流(乱流が無い場合は分子熱伝導)によって符号が 逆の気温変化率がいつでも生じる。 その詳細分布は複雑になるので図162.1には描いていない。

なお、通常の放射計による観測精度は±5~±10 W m-2程度であり、 下層大気中における放射量の鉛直分布の観測は困難である。そのため、この図では 放射量の鉛直分布は計算によって求めた値である。


付録2:乱流による気温・風速変動と顕熱輸送
追従性の早い測器で観測すると、地上の風速や気温などは1秒以下から10秒程度の 短時間で激しく変動している(「地表面に近い大気の科学」の図3.2)。

日中は、上昇流(w>0)にともない、風速(u)が小さくなると気温が高温になり、 下降流のときは風が上から降りてくるので強くなって気温が低温になる確率が高い。
夜間は逆に、風速が小さくなると気温が低温に、風速が大きくなると気温が高温に なる確率が高い。

これを10分間あるいは30分間の長時間平均すると、日中は顕熱が上向きに運ばれて おり、夜間は下向きに運ばれていることになる。

本論のおもな注目点は、こうした乱流変動ではなくて、例えば、上空に 雲群が1時間ほど現れた場合、それまでの地表面の熱収支バランスがくずれ、 気温が変化し、その結果、大気安定度の変化により風速が変わる現象である。

しかし、実際には乱流による風速・気温変動との区別は難しい。それゆえ、 観測では、両者の変動が混ざった風速・気温変動を見ることになる。 本論では、乱流変動が目立たないように、10分間移動平均値をグラフに示す。


付録3:放射量変動に対する地表面温度の遅れ
放射量が周期変化するとき、熱慣性のある地表面の温度は時間遅れで周期変化する。 その位相差 φ についての理論的な関係は「水環境の気象学」の式6.103で表される。 計算を簡単化するために、顕熱交換量=0としたときの関係を付図1に示した。

新雪などは位相遅れが5~10分で短く、水分を多く含む湿り粘土・砂地では7~20分 であり、1~2時間の短周期変動の場合は地表層の種類に大きく依存せず10分前後の遅れ とみておけばよい。

位相差φ
付図1 放射量が周期変化するときの地表面温度の位相遅れと地表層の 熱的パラメータ(熱容量×熱伝導率:cρ λ)の関係。


付録4:木板面の温度測定
作物が植えられた畑や草地の地表面温度は裸地面の温度では代表しがたい。 特に降水量が多い季節になると、土壌水分が多くなり裸地は熱慣性が大きく なり、周辺一帯の植物の葉面から成る熱慣性の小さな地表面温度を代表しなく なる。そのような場合は、放射温度計を斜め上方から地表面に向けて放射 温度を記録することが望ましい。

この自記記録装置が無い場合、不完全ではあるが、表面温度計のセンサは 熱慣性の小さい、例えば木板に固定して、その温度を測ればよい。 今回は、かまぼこ板(52mm×170mm、厚さ10mm)の表面にセンサの直径と同じ 3.2mmの細い溝を彫刻刀で彫り、センサを溝に固定した。この温度を盆地の 地面温度とした。その写真を付図2に示した。

かまぼこ板の温度計
付図2 かまぼこ板に取り付けた地面温度計の写真。
かまぼこ板の周辺に立てた細棒(木の枝)は温度計の設置に注意し、 人が踏み込むことを防ぐためのものである。


付録5:放射計の検定
今回用いた簡易放射計の出力はセンサの温度℃の単位である。これを放射量の 単位 W/mへの換算は、「地表面に近い大気の科学」(近藤、2000) の付録の式(A2.3)と式(2.33)を用いて推定する。
下向きの放射量を R↓とする。

丘の標高=190m(標準気圧1013hPaに対して気圧 p=990hPa)である。

b0=2.3026×[1-(p/1013)(1/2)]=0.02629 ・・・・式(A2.5)

ln(w*top)=0.0714×Tdew+2.003-0.02629 = 2.77 ・・・・・式(A2.3)

ここに露点温度 Tdew =11.0℃を用いた(付表1)。

R↓/σT=0.59+0.038×ln(w*top)+0.011×ln(w*top) =0.780 ・・・・式(2.33)

付表1によれば、気温15.4℃であるので、

T=(15.4+273.2)=288.6K を用いれば、σT=393 W/m

R↓=0.780×393 =307 W/m

ゆえに、有効放射量の平均値:

R↓ーσT=ー89 W/m

このー89 W/mが付表1に示す快晴夜7日間平均の21時における放射計の 出力平均値=-1.34℃に相当する。したがて、

出力=-0.75℃・・・・R↓ーσT=ー50 W/m

出力=ー1.0℃・・・・R↓ーσT=ー66.4 W/m
出力=ー1.5℃・・・・R↓ーσT=ー100 W/m

この関係を用いて、放射計出力(℃)を W/mの単位に換算する。

付表1 快晴夜の21時の丘における放射計出力と気温、及び横浜地方気象台における 露点温度の観測値の表。
放射計検定資料


付録6:放射冷却による急激な気温低下
例1の図162.4において、早朝2時過ぎに高度2mの風速が1.5m/sから0.5m/sに急激に弱く なったとき、丘の気温は約3℃ほど急激に下がった。

降雪期に積雪があるときは、これ以上の大きな気温低下が考えられる。
「水環境の気象学」の6.5節に示す理論式6.61~式6.70によって、初期条件の気温が0℃の 場合について、2時間までの地表面温度の低下を計算し付図3に示した。

2本の曲線はそれぞれ地表層の熱的パラメータcgρgλg =3×106 J s-1K-2-4と 3×10J s-1K-2-4 で、最大可能冷却量=24.8℃(下向き大気放射量=216W/m、 0℃に対する黒体放射量=316W/m)の場合である。 前者は湿潤土壌、後者は新雪に相当する。

例1で説明したように風が強い夜、気温は夕方に下がったのち、ほぼ一定の状態が 続く。その後、風速が弱まればその時刻を初期条件として新しい放射冷却が始まる。 付図3はそれを示していると考えてよい。

新雪(黒破線)の地表面温度は10分間に約11℃、30分間に約15℃も下降している。 湿潤土壌に比べて概略5倍の下降率である。気温は地表面温度にともなって下降する ので、気温も同程度の下降率となる。

積雪期によくみられる急激な気温低下の原因として、この放射冷却が考えられる。

2時間までの放射冷却
付図3 放射冷却による、2時間までの地表面温度の下降、ただし最大可能冷却量=24.8℃ のとき。
図の範囲外であるが、10時間の地表面温度の低下量は9.6℃(湿潤土壌)、22.1℃(新雪) である。
注意:放射冷却による地表面温度の下降のはやさは地表層の熱的パラメータに依存 するほか、初期時刻における地表面温度 Tso と下向き大気放射量、つまり最大可能冷却量 によっても変わる。最大可能冷却量は大気全層の水蒸気量に依存することになり、 乾燥時は大きくなる。同じ土壌水分量であっても、放射冷却は夏に小さく、冬に大きい。


今回の4月~5月の観測で得られた急激な気温下降の例を付図4と付図5に示した。
付図4は例1の丘の気温と風速について2時間(1:30~3:30)の範囲、 付図5は5月25日の2時間(21:30~23.30)の範囲を拡大した図である。

青塗り矢印は高度2mの風速が弱化して1m/s 以下になり始める時刻に付けてある。 ほぼ3分間で0.5m/s まで弱化すると、地表面の熱収支量のほとんどが放射量となり、 地中伝導熱とのバランスによって地表面温度が放射冷却に従って急激に下降する。

気温は、付図3の理論カーブ(緑線)に似た形で下降していることがわかる。 付図4、5とも、30分間に約3℃のの低下である。

気温急降下4月22日
付図4 丘の気温(赤線)と風速(青線)の時間変化、4月22日1:30-3:30。

気温急降下5月25日
付図5 丘の気温(赤線)と風速(青線)の時間変化、5月25日21:30-23:30。


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