K158.日だまり効果、市街地・森林内の気温(Q&A)


編集:近藤 純正
日だまり効果、市街地気温、森林内の気温に関する質問・疑問に対する回答 である。これは本ホームページの「研究の指針」の 「日だまり効果、アーケード街と並木道の気温(まとめ)」 の読者から寄せられた質問・疑問をもとに作成した内容である。 (完成:2017年12月20日)



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更新の記録
2017年11月17日:Q1.を掲載

  目次
	158.1 市街路の気温差が道幅で説明できるわけ
	158.2 
	158.3 
	158.4 
	158.5 
        参考文献


158.1 市街路の気温差が道幅で説明できるわけ


Q1 仙台や平塚での観測結果によれば、気温差が X/h(空間広さ)ではなく、 道幅 X だけで説明できるのはなぜか?(H.S., 2017年11月14日)


A1 長く延びる市街路は道幅 X のスケールをもつ”流路チャンネル構造” であると考えている。 晴天日中の地上高度1~2mの気温は、地上付近の拡散係数が小さいと高温に、大きいと 低温になる。拡散係数は、乱流渦の代表的な距離スケール(混合距離)と乱流強度 の積で表される。市街路では路面上の拡散係数が近似的に道幅の関数と考えられる。

流路チャンネル構造の市街路では気温差は道幅 X の関数で近似できた。いっぽう、防風林 や建物の風下では、気温差は空間広さ X/h( X:障害物からの風下距離、h:障害物 の高さ)の関数として表してきた。前者(1)と後者(2)を区別して説明すること にしよう。

説明が長くなるが、これまでの観測・観察の結果を交えながら 理解を深めることにしよう。流路チャンネル内の風については、細管内の流れの 性質が管の直径で表されるレイノルズ数の関数であることを連想する。

(1)市街路
東京の旧大手町露場は南側は開けているが、西側には南北路を隔てて竹橋会館が ある。高い測風塔高度の風が東寄りのとき、風は竹橋会館に ぶつかり反転・下降して、露場の風向は正反対の西風となる( 「K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町」の図63.4の赤印プロットを参照)。

別の例として、静岡地方気象台がある。この露場は東西方向が開けていて、北側には 東西に延びる気象台の2階建て庁舎が、南側は住宅街で2階建てと5~6階建ての アパートが建ち、露場は市街路に似た構造になっている。

南寄りの風(北寄りの風)のとき、風は庁舎(住宅街)にぶつかる。少しでも西 成分を含むとき地上高度1.6mの露場風向は西となり、少しでも東成分を含むとき 露場風向は東となる。つまり、露場風向は東または西の2方向のみとなる (「K61.露場風速の解析ー静岡」図61.4の上段)。

仙台や平塚の市街路における気温を自転車で移動観測したときの観察によれば、 次のことに気づく。上空の風向が道路走向と一致しないとき、上空の風は 建物にぶつかり反転して路面上に下降、反対側の建物壁にぶつかりながら方向を 道路走向に変える。周辺より高い建物近くでは、路面上の風は強くなり、この傾向が 顕著である。渦のスケールは道幅で制限される。同時に、路面上の地上風速は道幅が 広いほど風を遮る障害が少ないことから風は強い。つまり乱流強度も強くなる。

道幅が広いほど両側の建築物の高さも高い傾向にあり、建物の上から吹き下ろして くる路面上の風速も強くなる。こうした幾何学的構造の流路チャンネル構造では、 上空での風向によらず路面上の風は道路走向と同じ向きになる。

路面上では、気温差を支配する乱流渦の代表的な距離スケール(混合距離) と乱流強度は、ともに道幅の関数となる。そうして、地上高度1~2m程度の気温差は、 道幅の関数で近似される。

上空の風向が道路走向と一致するときは、空間広さは大きく風は入りやすい。 細管内の流れが管の直径で表されるレイノルズ数で表されることを連想できる ように、この場合も路面上を長く流れていると渦スケールは道幅に依存するように なる。

備考:市街路の空間広さの測量・利用の問題点
市街路では自動車通行が多く、空間広さ(X/h)の空間平均値の測量が現実的に 難しいこともあって、道幅 X を空間広さの代わりに用いてきた。写真の移動連続撮影 を行い、従来の空間広さを評価することは可能であるが、この手法は手間がかかるので 誰にでも応用・利用していただけない。

しかし、学問的な見地から手間のかかる方法で評価した空間広さ(X/h)は、 定義を少し変えれば、一般的な空間と流路チャンネル構造の市街路にも共通して 使える可能性はある。


(2)防風林や建物の風下
「K121.空間広さと気温ー”日だまり効果”のまとめ」 の図121.3で説明したように、防風林・建築物など障害物の風下における地上風速 (風下風速)と無限に広い空間における地上風速(風上風速)との比は空間広さ (X/h)の関数で表される。 林内空間は概略 X/h<1ないし3以下の範囲である。通常の開空間は0.6<X/h<30の 範囲、X/h>30は無限に広い空間の範囲である。

この図に示す関係は、空間スケールの大きい山脈の風下における地上風速に対しても 近似的に成り立つことが Yamazawa & Kondo(1989)によるアメダスデータで示されて いる(図121.3に示された赤破線の楕円形の範囲)。

空間広さ 2<X/h<30 の範囲で、縦軸の風速は X/h の対数に近似的に比例している。 この対数分布は接地境界層における風速・気温などが高さの対数に比例する「対数則」 を連想する。「対数則」では、拡散係数は渦のスケール(混合距離:地表面からの 高さに比例)と摩擦速度(≒乱流強度)の積で表される。

障害物の風下における渦のスケールは障害物からの距離とともに大きくなる。 障害物の高さ h が低ければ、その影響は小さいので、渦スケールは高さを含む 無次元の空間スケール X/h の関数と考える。

風下における乱流強度は近似的に地上風速に比例し、X/h が30に近づくにしたがって 無限平面上の接地境界層に連続する。

つまり、渦スケールも乱流強度もともに X/h の 関数となるので、風下の気温差を決める熱拡散係数は X/h の関数となる。

備考:乱流変動量の近似的な関係
運動量輸送に対する拡散係数と熱拡散係数は大気安定度が中立状態から大きく異なる とき厳密には同じではないが、概略的には同じとみなしてよい。 また、非常に不安定なときを除外すれば、風速変動と気温変動は近似的 に摩擦速度に比例する(近藤、1982、「大気境界層の科学」の5章;近藤編著、1994、 「水環境の気象学」の5章を参照)。

気温変動の大きさは無限平面上では大気安定度に依存するが、狭い空間では空間 広さの関数で表される。狭い場所ほど気温変動の大きさ σ は大きくなる (「都市の地上気温の分布ー新しい視点・解析法」 の図79.5を参照)。ただし、図79.5では、狭い空間(図の左寄りにプロット)では 風速が弱くなっているので、大気安定度は左方ほど不安定である。それゆえ、 この図は空間広さと大気安定度が混ざった関係であることに注意すること。

上で述べたように、気温変動の大きさ σ は拡散係数に比例する乱流強度と厳密 には比例しないが、σ が大きいときは乱流強度も大きいとみなしてよい。



Q2


A2


参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.東京大学出版会、pp.324.

Yamazawa, H. and J.Kondo, 1989: Empirical-statistical method to estimate the surface wind speed over complex terrain. J. Appl. Meteor., 28(9), 996-1001.

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