K63.露場風速の解析ー北の丸と大手町


著者:近藤 純正
東京の気象観測所の「北の丸露場」と「大手町露場」の風速比(=露場風速 / 測風塔 風速)と露場の風通し「露場通風率」を解析した。森林公園内に開設された北の丸 露場では露場の風速は弱く、露場通風率は30%前後の小さい値であるが、大手町露場 はビルに囲まれ天空率が小さい割には、南方向に皇居とお堀が、西側の竹橋会館との 間には南北の道路があり南・北の風通しがよく、露場通風率は40%~80%である。 大手町露場の顕著な特徴として、東寄りときの風は竹橋会館に当たり逆向きとなるが、 露場通風率は60%前後で比較的に大きい。(完成:2012年8月24日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2012年8月18日:素案の作成


  目次
        63.1 はしがき
        63.2 方位別の露場の広さと風速比
        63.3 露場通風率
               考察
        63.4 風向のずれ
               Q&A
        63.5 まとめ
               今後の研究の方向


63.1 はしがき

これは東京の北の丸露場と大手町露場で2012年6月から気象庁観測部が実施している 露場風の比較観測について、これまで得られた1か月分のデータを同庁に協力して 解析した結果である。

これまで調べてきた各地試験地における結果によれば、森林内の開放空間内に設置 された気象観測露場の風速比と露場通風率は露場の広さ(=X/h:無次元)の関数 で表されることがわかった。ただし、方位別の露場の広さは測風塔風向の方向とする。

ここに、
風速比=露場風速 / 測風塔風速
露場通風率(風通しの良し悪しの成績)=風速比 / 風速比理想値
露場の無次元広さ=X/h=1/tanα
αは露場からみた周辺地物の仰角
X は露場の広さ(m)
h は周辺地物の高さ(m)
である。

詳細は、「K57.森林内の開放空間の風速」「K59.露場の風速と周辺環境の管理―指針」および 「K61.露場風速の解析―静岡」に説明されている。 なお、露場の無次元広さは、以下では略して「露場の広さ」と呼ぶ。

現在の東京大手町にある観測露場の周辺には高層ビルが増えてきたため、新しい 露場が北の丸公園内に開設されて2011年8月から試験的観測が行われている。 また、気象庁観測部では、2012年6月から、これら両露場の高度2mに超音波風速計 を設置して露場風速を観測し、将来の移転に際して気温などの観測値に生じる違いの 原因を探っている。

ここでは、現時点で得られた2012年6月の1か月分について、両地点の露場風速と 測風塔風速(科学技術館屋上、高度35.1m)との関係を調べるために、10分間平均 の風向風速データを解析する。

大気安定度の影響を除くために、測風塔における10分間平均風速が3m/s以下の資料 を除外する。解析に利用した資料と条件は次の通りである。

2012年6月1日~2012年6月30日(1か月間)の観測
測風塔風速>3m/s (この条件のデータを全資料とよぶ)
測風塔の風向風速計の高度:Z=35.1m
ゼロ面変位補正高度:Z-d=23.9m
露場風速の高度:Zr=2m

風速比の観測値(全資料平均)=露場風速 / 測風塔風速
=0.211±0.045(北の丸露場)
=0.419±0.151(大手町露場)
風速比理想値=0.724・・・・・芝生で覆われた無限に広い平坦地の風速比
露場通風率(全資料平均)=風速比 / 風速比理想値
=29.1%(北の丸露場)
=57.9%(大手町露場)

周辺の仰角平均=<α>
=18.0±3.9°(北の丸露場)、雨量計の南1m、高さ0.5mで測量
=26.1±16.3°(大手町露場)、雨量計の南1m、高さ0.55mで測量
露場の広さ1: 1/<tanα>=X/<h>
=3.06(北の丸露場)
=1.80(大手町露場)
露場の広さ2: <1/tanα>=<X/h>
=3.23±0.81(北の丸露場)
=3.35±2.92(大手町露場)

パラメータ比=「広さ2」 / 「広さ1」・・・(露場周辺の非対象性を表す)
=3.23/3.06=1.06(北の丸露場)
=3.35/1.80=1.86(大手町露場)

露場の顕著な違いは露場の広さの方位角依存性にあり、北の丸露場で小さく、 大手町露場では大きい。

備考1:大手町の露場の広さ
以前に報告した大手町露場の仰角の値、すなわち、「露場の 風速と周辺環境の管理―指針」の表59.2で示した値は筆者による2012年2月8日 の測量値で、露場面から測った仰角 (α=α+α)に換算し、また方位は磁石の 北から10°ごとに測量し、磁気偏角7°を補正してある。その平均値は次の通りである。

<α>=25.5±17.2°
1/<tanα>=1.82
<1/tanα>=3.96±4.04

パラメータ比=3.96 / 1.82=2.18

一方、上で示した気象庁による測量(2012年6月25日)はα≒αの近似値 であり、測量場所も完全に同じでなく(雨量計の南1m)、しかも、真北から 10°ごとに測量した値である。

したがって、両者が測量した10°ごとの目標物は異なる。それゆえ、 両者による仰角の平均値(26.1°と25.5°)と露場の広さ1(=1/<tanα>) (1.80と1.82)では大きな違いはないが、露場の広さ2(=<1/tanα>) (3.35と3.96)では違っている。

測量による仰角の違いについての議論は次の章で論じる予定である。

注1:仰角の定義:
地表面(高度ゼロ)から周辺地物を見上げたときの仰角αは、セオドライトで測量した 望遠鏡の高さから見上げた仰角α1と、見下げた遠方の地表面との仰角を α0として、α≒α1+α0 で定義した。 なお、セオドライトの水準レベルは、地上1.3m程度であった。

α0は通常1~2°程度で小さく、今後の解析では無視することとし、 測量値α1を仰角αとして用いる。

露場の管理で重要なことは、周辺地物の仰角が時代によって変わらないことである。

63.2 方位別の露場の広さと風速比

図63.1は風速比(=露場風速/測風塔風速)と測風塔風向との関係である。多数の 小プロットは10分間平均値、緑印(北の丸露場)と赤印(大手町露場)で区別して ある。

風速比
図63.1 風速比の風向依存性、2012年6月
緑:北の丸露場、赤:大手町露場

方位別の露場の広さと風速比を比べてみると、北の丸露場(図63.2a)では、露場の広さの 方位角依存性が少なく、風速比も風向依存性は小さい。

北の丸露場の広さ
図63.2(a) 北の丸露場の方位別の露場の広さ(無次元)。赤線は方位角±20°の範囲 (50°範囲)の移動平均値。

大手町露場の広さ
図63.2(b) 大手町露場の方位別の露場の広さ(無次元)。赤線は方位角±20°の範囲 (50°範囲)の移動平均値。

大手町露場(図63.2b)では、南~南南西(190~220°)の方向について露場の広さが 大きく、風速比はこれら方位を含む風向170~230°の範囲で大きくなっている。 ただし、230~290°の風向のデータ数はわずかであることに注意のこと。

図63.2の赤線は方位角の前後±20°、つまり10°間隔で測量した露場の広さ (1/tanα)の値5点の移動平均である。現実の風向は変動しており、ある方位の 風速比は露場の広さの移動平均(赤線)と比較することが望ましい。

63.3 露場通風率

前節で求めた風速比から、露場の風通しの良し悪しを表す成績「露場通風率」を 求めた。露場通風率=100%は無限に広い芝生露場の値である。気候観測所として 適しているかどうかは他の風速条件なども考慮することになるが、露場通風率>60%が おおよその目安である。ただし60%以下であっても時代によって変化しなければよい。

露場通風率
図63.3 露場の広さと露場通風率の関係、データ個数が大きいものを大きいプロット で表してある。緑:北の丸露場、赤:大手町露場

図63.3は方位別の露場通風率と露場の広さとの関係である。大きい四角印は全資料 の平均値、丸印は観測時間が1000分間以上の平均値、小印は観測時間が1000分未満 の平均値である。横軸は各方位の露場の広さ(1/tanα=X/h)である。ただし、 全資料の平均値(大きい四角印)に対しては「露場の広さ1」(=1/<tanα>) を用いてある。

緑の破線は森林内の開放空間でもとめた実験式である。北の丸露場の露場通風率は 実験式の半分程度の大きさである。いっぽう、大手町露場では縦軸の値は大きめで あり、静岡や館野で見出された傾向と同じく実験式の上方にプロットされている。

つまり、露場から見たとき、風が入りやすい方位があれば、露場の風通しがよいことを 意味している。大手町露場は南が広く、

露場の広さ1:X/<h>= 1/<tanα>=1.80
露場の広さ2:<X/h>=<1/tanα>=3.35±2.92

から計算すると、パラメータ比は約2である(3.35/1.80=1.86)。このパラメータ比 が大きいことが大手町露場の特徴である。

表63.1は10分間平均風速についてまとめた風速比と露場通風率である、ただし測風塔 風速>3m/s の解析結果。データの統計は、まず、測風塔風向について0~19°、 20~39°、40~59°、・・・・・の20°間隔で区切り、その間隔内のデータを平均 すると、測風塔風向の平均値は14°、30°、50°、67°、・・・・のように 半端の数値の風向を含むことになる。


表63.1 風速比と露場通風率のまとめ、2012年6月
  X/h=1/tanα:各方位の露場の広さ(±20°範囲の平均)、
   ただし全資料1か月間平均値は「露場の広さ1」
  風向:測風塔風向(科学技術館屋上、ZA=35.1m)
  資料数:10分間平均値の資料数が少ないものは掲載しない

        風向   風速比 露場通風率 資料数 
    X/h  (°)        (%)
北の丸露場
    2.64     14      0.252       34.8      44
    2.65     30      0.237       32.7     156
    2.60     50      0.223       30.8     169
    2.53     67      0.233       32.2      98
    2.96     90      0.248       34.3      47
    3.51    109      0.229       31.6      63
    3.96    131      0.203       28.0     214
    4.20    149      0.207       28.6     327
    3.89    170      0.204       28.2     221
    3.43    189      0.202       27.9     260
    2.80    207      0.221       30.5      87
    3.68    312      0.154       21.3      26
    3.44    328      0.212       29.3      48
    2.71    351      0.259       35.8      21
   
    3.06   全風向    0.211       29.1    1781

大手町露場
    3.63     14      0.380       52.5      48
    3.30     30      0.361       49.8     156
    2.80     50      0.390       53.9     169
    2.85     67      0.403       55.7      98
    4.07     90      0.443       61.2      47
    3.79    109      0.422       58.3      62
    2.30    131      0.309       42.7     213
    1.82    149      0.327       45.2     327
    4.09    170      0.469       64.8     219
    7.87    189      0.562       77.6     268
    8.72    207      0.617       85.3      87
    1.80    312      0.238       32.9      26
    2.90    328      0.270       37.4      49
    4.13    351      0.374       51.7      23
   
    1.80   全風向    0.419       57.9    1792


備考2:一般風(測風塔)の風向で分類した理由
静岡の解析でみたように(「K61.露場風速の解析―静岡」)、 露場周辺が極端に非対称な(仰角が方位によって大きく変化するような)場合、 露場の風向変動の標準偏差は非常に大きく 60~90°になり、風は渦巻くことになる。

それゆえ、観測データは露場風向(10分間平均風向)で分類しても意味づけが難しい。 また、露場風向は測風塔風向と方位ごとの露場の広さ(X/h=1/tanα、α:露場から 見た地物の仰角―露場近くの局所的なパラメータ)に支配される。これら2つの理由に より、データは露場風向ではなく、測風塔風向で分類した。

考察:北の丸露場の風速が特に弱いこと
北の丸露場の通風率がこれまでに得た森林内の開放空間の値(図63.3の破線)の 0.6~0.7倍であり、風通りがとくに悪い主な原因として、次のことが考えられる。

(1)露場が周辺より1~2mの高さに土盛りされており、仰角αを測った高度や露場 風速の観測高度が森林の樹冠層(幹層の上の層)の高度、つまり林内の風速鉛直分布 の弱風層にあること。

(2)露場の土盛りが林内の風に対して障害物として作用し、露場および露場周辺の 風速を弱めていること。ただし、土盛りによって、露場面は高くなり、上空からの 風は入り易く、風速を逆に強くする効果もある。

(3)露場空間の広さ「露場の広さ1、2」(X/<h>、<X/h>)で定義される 露場空間の面積の範囲内に背の低い樹木が多く、森林内の風を弱めていること。

これらについては別の章「K65.北の丸露場の風が弱い原因」 (未掲載)で詳しく論じる予定である。

63.4 風向のずれ

この節は、結果の理解に役立てるための解析である。

風向のずれ
図63.4 測風塔風向と露場風向の差の風向依存性。
緑:北の丸露場、赤:大手町露場

図63.4は風向差(=測風塔風向-露場風向)の風向依存性を示したもので、全資料 の平均では、

風向差=-4.1±61°(北の丸露場)
風向差=-3.2±97°(大手町露場)

であり、風向差の平均値はゼロに近いが、大手町露場における大きな特徴は、

(1)南寄りの風(測風塔風=180~220°)のとき:
風向差(測風塔風向-露場風向)は小さく、大部分が±20°の範囲内にある。

(2)東寄りの風(測風塔風向=45~135°)のとき:
風向差=-180°前後または+180°前後となる。

すなわち、東寄りの風は露場の西側にある15階建ての竹橋会館にぶつかり、露場の 風向は測風塔風向と逆向きになる。逆向きの風は測風塔風速(高度35.1m)の 40%前後の大きさをもち、小さくはない(図63.1)。竹橋会館がビルでなく森林で あれば、林内に侵入していく風成分があると考えられ、露場風速はビルの場合よりは 弱くなるであろう。

Q&A
質問:大手町露場では一般風が東寄りのとき、風は竹橋会館にぶつかり 逆流して露場へ入っている。もしも、竹橋会館の高さが現在より高かったとすると 逆流はより強くなって露場に入り風速比(露場通風率)は大きくなる。東風に対する 露場の広さは不変なのに、風速比(露場通風率)が大きくなることをどのように 考えるか?

回答:竹橋会館が現在より高かったとすると、「露場の広さ1」(=1/<tanα>) は小さくなる。しかし露場の非対称性は大きくなり、つまりパラメータ比 (=露場の広さ2 / 露場の広さ1)が大きくなる。そのため、露場通風率の実験式 (図63.3の破線)からのずれは、よい大きくずれると考えられる。

63.5 まとめ

東京に新設された北の丸露場と現露場(大手町露場)の露場面上の高度2mに設置した 超音波風速計により露場風速を観測した。資料解析から、露場の風速比と露場通風率 の方位角依存性を求めた。

(1)北の丸露場は森林内にあり、開放空間は狭く、露場通風率は30%程度と低い。 特徴は、方位による露場の広さの違いが小さく、パラメータ比(=「露場の 広さ2」/「露場の広さ1」)=1.06である。

(2)大手町露場の周辺には高層ビル群が多く天空率は小さいが、南の方位が開けて おり、露場の広さの方位角依存性が大きく、パラメータ比=1.86である。すなわち、 南のほうに皇居があり、露場と西側の竹橋会館との間には南北の道路があり風の 通り抜けがよく、露場通風率は40~80%(風向による)、森林内の開放空間で得た 実験式よりも大きい(図63.3の赤色プロット)。

大手町露場のパラメータ比1.86は、静岡のパラメータ比1.30よりも大きい。 このパラメータ比が大きいほど露場周辺の仰角分布は非対称であり、 露場の広さ1(=1/<tanα>)の割に風の通り抜けがよいことを意味している。 今後の他の露場についての解析でもパラメータ比に注意しよう。

(3)「K54. 日だまり効果と気温」、および 「K60.森林の開放空間“日だまり”の気温」 で説明したように、森林内の新露場「北の丸露場」は市街地の現露場「大手町露場」 に比べて晴天日の気温日較差が大きく、最高気温が高くなることは露場通風率から 説明することができる。

北の丸露場は森林内で風通りが悪く、露場の広さを定義する距離 X の位置に生えて いる樹木による影響のほか、露場フェンスとX の間に生えている樹木の状況を受け やすい。そのため、今後の環境管理では特別の注意が必要となる。

今後の研究の方向
この章は「日だまり効果の基礎研究」の一部として行ったもので、最終目標は、 露場風速の弱化と平均気温の上昇量について、具体的な関係を知ることである。

露場で観測される気温は、その近傍の地表面温度(周辺地物を含む)によって決 まるが、地表面温度は露場近傍の風速(露場風速がそれを代表する)の関数となる ので、まずは風速の特徴を掴む研究・調査を行っているのである。

平坦地、斜面、丘など地形の特徴を代表する観測所(静岡、館野、大手町、北の丸、 深浦、宮古、奥日光、宇都宮、石廊崎、津山、室戸岬など)で露場風速の振る舞い を知り、それに基づいて地温・気温の特徴を明らかにする方向に進むことになる。 「日だまり効果」の研究は簡単な課題ではなく、難しい内容を含むので、 よく検討された研究方針・計画に沿って進めなければならない。

そうして得られ成果は、気候観測所の環境管理のみならず、都市気候や農業気象など 広い分野に活用されることになるゆえ、多くの研究分野で取り組むべき重要な課題で ある。

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