K147. 市街気温の高精度観測、模型都市


著者:近藤純正
水平スケール10m~10km範囲における気温の高・低は観測地点の風通しと日当た りに依存する。この関係を市街地について確認するために、最初に模型都市に ついて観測した。模型都市は1.5m立方のコンクリートが1.5m間隔に100m×50m の範囲に並べられている。コンクリート群の上に日除けを付けた日除け区も設け られている。

芝地の気温を基準として、気温差(=気温―基準気温)が最大になる晴天日の 正午前後について調べると、コンクリート区で+0.9℃前後、日除け区で+0.3℃ である。降雨日の翌日の晴天日には両区とも気温差は0.3℃低くなり、森林公園 で見出された関係に似ている。

晴天日のコンクリート区における気温の鉛直分布について、日中の10~18時は 高度とともに気温は低くなるが、夜間18時~6時は現実都市と同様に熱慣性 (熱容量×熱伝導率)が大きく冷えにくいため、外部(草地)からの冷気の 移流によって、極小低温層(レイズドミニマム:raised minimum)が中間高度 (コンクリート区では高度0.75m)で観測された。 (完成:2017年4月14日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2017年4月11日:素案の作成
2017年4月14日:誤字など数か所を訂正、空間広さと道幅の関係を加筆

    目次
        147.1 はじめに
        147.2 観測方法
        147.3 コンクリート区と日除け区の気温差
        147.4  気温の鉛直分布  
        まとめ
        文献               


研究協力者
日本工業大学:三坂育正教授
防衛大学校:菅原広史准教授


147.1 はじめに

最近、気温観測用の高精度通風筒が市販化され、従来よりも正しい 気温が観測されるようになった。これまで見えなかった新しい現象がわかり、 自然の理解が進むことになった( 「K126.高精度通風式気温計の市販化」; 「K146.高精度気温観測用の横型通風筒」)。

地上気温は、地物を含む地表層の熱物理係数(体積熱容量、熱伝導率)、 蒸発効率、日射に対するアルベドなどで決まる。もっとも重要なのは風通し (熱拡散の強さ)と日当たり具合に依存する。そのため、当初の気象観測所は 「開けた、日当たりの良い場所」に設置されてきた。

これまでの研究経過
(1)日本の地球温暖化量を正しく評価する目的で、各地の気象台・旧測候所 などの現地調査を行っているうちに、観測露場の周辺環境が変わり、風通しが 悪くなると平均気温が高くなることがわかった。これを「日だまり効果」による 気温上昇と名付けた(「7.都市気温上昇と風速の関係」 ;近藤、2012)。

「日だまり効果」を詳細に知るために、各地の気象観測所で観測した 結果、観測地点の空間広さと気温の一般的な関係が明らかになった。日中は 「日だまり効果」によって平均気温が上昇し、夜間は空間広さが狭くなるほど 「放射冷却」が大きくなり平均気温は下降する。日中の上昇量が夜間の下降量 に比べて大きく、差し引き日平均値または年平均値は上昇する (「K121.空間広さと気温―日だまり効果のまとめ」)。

(2)東京都心部の北の丸露場など森林に囲まれた地点の観測環境の特性を 明らかにするために東京都内、つくば市、平塚市の森林公園で観測した結果、 広い芝地の基準観測点との気温差は「木漏れ日率」および「見通し(風通し)」 によって表されることが分かった(「K141.自然教育園 の林内気温の特徴」の図1にまとめられている)。

「木漏れ日率」は雲量の観測と同様に目測が可能であり、「木漏れ日率」と 林床の日射量は1対1の関係にある( 「K113.林内の日射量と木漏れ日率の測定」の図113.5)。

本研究の目的
気温の上昇・下降は観測地点の風通し(空間広さ)と、日当たり具合(木漏れ 日率、日射量の比率)によって決まる。

多くの気象台は市街地にあり、現状では上記の方法で「空間広さ」の時代変遷 を記録していけば、観測環境の変化による気温上昇量を補正することが可能 である。

大都市の観測所の観測環境が極端に変化した場合―例えばアーケード街、繁茂 した並木や高層ビル等による大気加熱効果・日陰が広範囲に及ぶような場合 ―気温の観測値がどのように変化していくか。これを定量的に明らかにする 目的で、本シリーズ研究が始まった。

これは、都市気候の研究そのものであり、近年深刻化した熱中症対策や快適な 都市環境の設計にも役立つものである。

従来の都市気候の多くの研究では、誤差の大きい気温計が用いられてきた。 汎用的な自然通風式気温計では少なくとも1℃程度、最大5℃の誤差がある。 強制通風式気温計でも0.3~0.4℃程度、最大1℃の誤差を含む。さらに、 観測方法や解析方法が適切でない研究も多い。

本研究は、これまでの常識にとらわれることなく、正しい都市気候を知る目的で、 高精度通風式気温計を用いて観測する。

先入観にとらわれた解析例
夏の市街地の気温を降下させる散水実験が行われたことがある。道路の10m平方 程度の散水によって気温が1~3℃も下がったとして報道された。筆者が 「気温の自記記録から、どの気温を読み取ったか?」と尋ねると、記録の 極大値を散水しないときの気温、記録の極小値を散水の効果だという。 日中の市街地の気温は散水の有無にかかわらず1~3℃の幅で自然変動をしている。 散水すると気温が下がるという先入観から間違った解析を行ったのである。

夏の森林公園内は体感として涼しいという先入観から、公園内は低温となる 等温線が描かれた論文もある。実際には、森林公園内の開空間に設置されている 北の丸露場における晴天日の最高気温は、市街地に比べて1℃以上も高いことが 多い。

147.2 観測方法

日本工業大学(埼玉県宮代町学園台)の敷地内に都市環境を研究するために 模型都市が設置されている。これは2006年度に開始された大規模な研究 プロジェクトによってつくられた。1.5m立方のコンクリート(厚さ0.1mの 中空構造)が縦横に1.5mごとに並べられている。卓越風向(北西~南東)の 縦方向に100m、横方向に50mの広さがある。

図147.1は土砂置き場の小山から撮影した模型都市の全景である。コンクリート 立方体群上の手前に黒っぽい範囲が見える。これはフラクタル日除けである。 フラクタル日除けは京都大学の酒井敏教授の企画考案により、積水化学工業 (株)が商品化した塩化ビニールの三角形の素材を組み合わせたものである (http://www.pvc.or.jp/news/70-2.html)。

模型都市全景
図147.1 模型都市、東から西方向を撮影(2017年3月25日)


2017年3月下旬に次の2項目の観測を行った。
(1)コンクリート区と日除け区の気温差、3月24日~29日
(2)コンクリート区内の気温の鉛直分布、3月29日~31日

模型都市のコンクリート区と日除け区(フラクタル区)の気温の違いを見るた めに、芝地の高度1.5mの気温を基準とする。

気温差=気温-芝地の気温

として表すことにする。

日除け区内における日射量はまだら模様であり、日射計を手にもって移動しな がら測った平均日射量は、模型都市の外の水平面日射量の5%であった (3月25日12:50~13:10)。5%は、かなり密な森林内の平均日射量に相当する。

図147.2は草地に設置した気温計である。図147.3と図147.4は、それぞれ コンクリート区と日除け区に設置した気温計の写真である。

芝地の気温計
図147.2 芝地に設置した高精度通風式気温計(中央の三脚、白色はデータロガー 収納箱)、北西方向を撮影(2017年3月25日)

コンクリート区の気温計
図147.3 コンクリート区に設置した高精度通風式気温計(横型)、遠方に 日除け区が見える。北西から南東方向を撮影。

日除け区の気温計
図147.4 日除け区に設置した高精度通風式気温計、遠方にコンクリート区が見える。 南東から北西方向を撮影。

気温計配置模式図
図147.5 気温計(A,B)の配置模式図。番号はコンクリートの北西端からの 順番を表す。


図147.5は気温計(A:コンクリート区, B:日除け区)の配置を示す模式図で ある。風は北西から南東に吹く頻度が高いことを考慮した。気温計A,Bの高度は、

0.45m・・・・3月24日12時~25日13時30分
0.75m・・・・3月25日13時30分~29日14時

である。

147.3 コンクリート区と日除け区の気温差

図147.6は3月24日~29日の気温の時間変化である。上図に赤四角枠で囲んだ 範囲は太陽南中時をほぼ中心とする日中の3時間(10時~13時)を示す。

気温の時間変化
図147.6 気温の時間変化
上:1時間ごとの1時間平均の気温差
下:気温の時間変化(1分ごと記録し前後10分間、合計20分間の移動平均値)


晴天日について、この3時間の気温差を図147.7にプロットし、数値は表147.1に まとめた。横軸はコンクリートブロックの間隔(=1.5m)を道幅とし、 対数目盛で表してある。今後の実都市での観測結果を考慮し、道幅として 1m~64mを選んである。筆者らが行ってきたこれまでの研究によれば、気温差 は空間広さの対数差に近似的に比例することがその根拠である。

模型都市では均一な形・大きさの構造体(コンクリート立方体)が均一な間隔 で並んでおり、空間広さの計算は容易である。しかし、実都市は形・大きさが 不均一で複雑なため、空間広さの評価方法について検討中である。定義通りの 計算方法は複雑で実用的でない。今後の多くの観測結果がまとまる簡易な方法 について、諸都市の実態を観察しながら見出したい。

空間広さはX/hで表される。ここに、X は樹木や建物までの水平距離、hは樹木 や建物の高さである。まっすぐに延びた通常の通りでは、道幅の両側に建物が 並んでおり、X は道幅に比例する。それゆえ、便宜的に道幅を空間広さの 第一近似値に比例する広さとして横軸に選ぶことにする。

図147.7によれば、晴天4日間のうちの3プロットはほとんど同じ値であり、 気温差はコンクリート区で1℃、日除け区で0.3℃前後である。これより下方の プロット(コンクリート区の0.74℃、日除け区の-0.02℃)は降雨日の翌日の 晴天日(3月28日)の値であり、揃った3プロットからともに約0.3℃低くなって いる。

この実験サイトに近い久喜アメダスの3月26~27日の降水量=38mm、鴻巣 アメダスの降水量=37mmである。降雨があると、模型都市のコンクリートは 水分を含み、熱慣性(比熱×熱伝導率)が大きくなり、晴天日になっても外部 (芝地・畑地)に比べて風速が弱く、日射量が少なく地温・気温の上昇が遅れる。 その結果、気温差は小さくなる。

この雨後の傾向は森林における結果と同じである (「K111.北の丸公園の日中の気温分布(2)」 の図111.3、「K114.明治神宮・代々木公園の日中の気温 分布(3)」の図114.4、「K115.新宿御苑の気温水平 分布(2)」の図115.4)。

気温差と道幅の関係
図147.7 晴天日の気温差(=気温-芝地の気温)と道幅の関係。

表147.1 晴天日の正午前後の気温一覧表
気温差の表


147.4 気温の鉛直分布

コンクリート区における晴天日の気温鉛直分布を観測した。観測点は図147.5の A点から北西方向に3ブロック(10.5m)だけ、日除け区から遠い位置に移動した。

気温の観測高度は床面から0.25m、0.75m、1.3mの3高度である。下部2つの 気温計は横型の通風式気温計(「K146.高精度気温観測用 の横型通風筒」)、高度1.3mは手製の軽量通風筒の吸気口を斜め下に向けて 吸気口の高度=1.35mとし、平均的に高度1.3mの空気を吸引させるように設置 した。

図147.8と147.9は観測場所を四方向から撮影した写真である。

鉛直分布観測の写真、南東から、北西から
図147.8 気温鉛直分布の観測風景。上:南東から北西方向を撮影、 下:北西から南東方向を撮影(2017年3月29日)。

鉛直分布観測の写真、北東から、南西から
図147.9 気温鉛直分布の観測風景。上:北東から南西方向を撮影、 下:南西から北東方向を撮影(2017年3月29日)。


図14.10は3月29日~31日の気温差の時間変化である。気温差は高度0.75mの 気温を基準として表してある。観測期間のうち、快晴条件について夜間 (18時~6時)と日中(10時~18時)の鉛直分布を図147.11に示した。

鉛直気温差
図147.10 鉛直気温差の時間変化。

鉛直気温分布
図147.11 晴天日のコンクリート区における気温の鉛直分布。
左:夜間の18時~6時
右:日中の10時~18時


観測結果によれば、気温差は±0.2℃以内で小さいことがわかる。図147.10から わかる晴天日の特徴:

(1)高度1.3m~0.75mの気温差は昼夜によって正・負に変化する。すなわち、 夜間(29日の24時前後と、30日の21時前後)に高度1.3m~0.75mの気温差が プラスになっている。つまり夜間は安定層、日中は不安低層となる。

(2)他方、下層の高度0.25m~0.75mの気温差は昼夜にかかわらず プラスである。つまり、最下層はいつも高温である。

(3)30日の15時前後に太陽直射光が床面に多く入り気温差の絶対値が大きく なっている。

図147.11の左図を参照すると、上記(2)の現象が理解できる。コンクリートからなる 都市構造物は熱慣性が大きく、夜間は冷えにくい。そこへ外部の草地・畑地で 冷却された空気塊が移流してきて、いわゆる極小低温層(レイズドミニマム: raised minimum)ができる(近藤、1975;近藤、2001;身近な気象の 「M20.裸地上の極小低温層(特別講義)」

この模型都市におけるレイズドミニマムの強さは0.1℃の桁である。地表面 (コンクリート床面)の温度は測っていないが、地表面温度との差は1℃程度 であろう。


まとめ

地上気温は観測地点の風通しと日当たりに依存する。この関係を市街地について 確認するために、最初に模型都市について2017年3月下旬に観測した。模型都市 は1.5m立方のコンクリートが1.5m間隔に100m×50mの範囲に並べられている。

(1)気温差(=気温―基準気温)がほぼ最大になる晴天日の正午前後について 調べると、コンクリート区で+0.9℃前後、日除け区で+0.3℃である。

(2)降雨日の翌日の晴天日には両区とも気温差は0.3℃低くなり、森林公園で 見出された関係と同じである。

(3)晴天日のコンクリート区における気温の鉛直分布について、日中10~18時は 高度とともに気温は低くなり高度1.3mは高度0.25mに比べて約0.3℃低温である。 夜間18時~6時は現実都市と同様に熱慣性(熱容量×熱伝導率)が大きく冷えに くいため、外部(芝地・畑地)からの冷気の移流によって、極小低温層 (レイズドミニマム:raised minimum)が高度ゼロではなく中間高度 (コンクリート区では高度0.75m)で観測された。

文献

近藤純正、1975:用語解説-レイズドミニマム.天気、22(1)、41&42.

近藤純正、2001:地表面の熱収支の研究、わかるということー2001年度藤原賞受賞 記念講演.天気、48(9)、651-659.

近藤純正、2012:日本の都市における熱汚染量の経年変化.気象研究ノート、224号、 25-56.


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