K135.Ptセンサの温度計の試験(3線式と4線式)


著者:近藤純正
本研究は野外の気温を0.01℃の精度で観測することを目標としている。
4線式Pt100Ωセンサの高精度温度ロガー「プレシィK320」(立山科学工業社製)、 および3線式Pt100Ωセンサとデータロガー「おんどとり」TR-55i-Pt(T&D社製)を 用いた温度計について、接触抵抗や導線内の温度ムラ、延長ケーブルによる誤差を 調べた。

4線式の場合、データロガーが精密につくられていれば誤差はなく、K320は0.01℃まで 正確に測定できることを確かめた。

3線式Pt100センサの場合、厳しい野外条件ではケーブル内の温度ムラによる誤差が 生じる。ケーブルを長く延長する場合、3芯ケーブル内の数%の品質の違いから生じる 誤差を防ぐには、縄構造(より線)のキャプタイヤケーブルを用い、電気抵抗の 大きいPt1000センサとデータロガー「おんどとり」を組み合わせた利用が望ましい。 そうすれば、4線式の場合と同等の精度で気温観測ができる。

野外観測では、通風筒に及ぼす放射影響による誤差があり、自然通風式では最大 5℃の誤差、気象庁などで用いている強制通風式で最大0.4℃程度の誤差がある。 それゆえ、高精度観測が必要なときは近藤式精密通風気温計を用いることを勧めたい。 (完成:2016年10月15日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2016年10月8日:素案の作成
2016年10月9日:「まとめ」の最後に「湿度の観測」を追記

  目次
      135.1 はじめに
      135.2 4線式高精度温度ロガー(プレシィK320)
   135.3 3線式Pt100センサ
     (3A) ケーブル内の温度ムラによる気温観測の誤差
      (3B) センサケーブルが長い場合の誤差
   まとめ(要約、今後の計画、湿度の観測)



謝辞
立山科学工業(株)の桶谷充宏氏、ティアンドディ(株)の三村孝二氏、横川電機(株) の笠原信行氏、クリマテック(株)の大江悠介氏からはデータロガーその他に ついてコメントを頂戴した。

135.1 はじめに

ごく最近、筆者によって開発された高精度通風筒がプリード社から市販化されるようになり、 高精度の気温観測が可能な時代に入った。 そのため、これまでは特に考慮されなかった問題について検討する必要がでてきた。

Ptセンサの温度計は安定しており広く利用されているが、ケーブルの長さはいくらまで 延ばせるだろうか? これが本研究の動機である。

通風式気温観測装置に含まれる誤差として、
(1)通風筒に及ぼす放射影響
(2)温度センサの安定性
(3)温度センサの検定誤差(A級のPtセンサのとき、未検定では±0.2℃の誤差)
(4)記録装置(データロガー)の安定性・精度
(5)使用するケーブルの品質

が考えられる。これら5要素のいずれかが非常に高精度であっても、いずれかが不良で あれば、精度の高い気温観測はできない。

湧水の涵養域における環境変化を湧水温度から調べる研究や、観測点の空間広さと 気温の関係について研究しており、水温や気温の観測精度は0.03℃~0.1℃が必要 である。
K121. 空間広さと気温―「日だまり効果」のまとめ
K130.東京の都市化と湧水温度―熱収支解析
K132. 東京の都市化と湧水温度―熱収支解析(2)

これらの研究で用いている気温計や水温計については、これまでの章で示してきた。
K126. 高精度通風式気温計の市販化
K133. 高精度水温計の検定

しかし気象庁などのルーチン観測で用いられている気温計では、放射による誤差が0.3~0.4℃ 程度、その他の誤差も存在する。現在、多くの分野で利用されている非通風式(自然通風式) 気温計では、最大5℃ほどの放射による誤差が生じる。

K99.通風筒の放射影響(気象庁95型、農環研09S型)
K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差

ほかに、測温抵抗体の場合、センサから記録部までの多芯ケーブルが長い場合、 各芯の間で温度差が生じ抵抗値に微小な差が生じたときや、接続部の接触抵抗による 誤差がある。

測温抵抗体のリード線の結線方式として3線式と4線式がある。4線式は 原理的に高精度測定が可能であるが、データロガーの価格は市場に多く流通している 3線式のデータロガー(おんどとり)の数倍から1桁ほど高価である。

4線式の場合、測温体には定電流回路により一定電流が供給される。測温体の両端の 電圧は測温体の抵抗値によって決まる。入力インピーダンスが非常に大きいので リード線抵抗が少し変化しても電圧は精度よく測れる。これが4線式の原理である。

現実にはデータロガーの精巧さの度合いによって誤差が生じないのか、確認して おきたい。

ここでは、筆者が所有する温度計を用いて試験する。

135.2 4線式高精度温度ロガー(Pt100、プレシィK320)

筆者は、0.01℃の桁まで表示される高精度温度ロガー「プレシィK320水温計」を 水温観測に利用している(立山科学工業、Pt100、税込約13万円)。測定時はセンサ (Pt100オーム、4線式、ケーブル長=2m)を本体の表示・記録部の取り付け部に 接続する。

実験1(K320の接触抵抗の試験)
最終的には、後掲の実験2で確認されるが、当初行なった内容をこの実験1で示す。

K320と比較する際の基準の温度計として、A級Pt1000センサの水温計W12を用いる (「K133. 高精度水温計の検定」)。 これは、完全防水型センサ(立山科学工業、税込約19,000円)を小型データロガー (T&D社、おんどとりTR‐55i‐Pt、モジュールPTM‐3010付、税込約2万円)に接続 したものである。標準温度計を用いて検定してあり、安定して高精度で温度が測定 できることは確かめてある。

温度計W12を用いて0.01℃の単位まで測りたい。しかし、「おんどとり」の表示は 0.1℃単位であるため、温度変動が非常に小さい場合や、下2桁目が0.05℃前後の 一定値で長時間続く場合は、最大±0.05℃の実験誤差が生じる。

いっぽう、温度変動が大き過ぎるときはサンプル数を多くとる必要がある。サンプル数 を1000個以上、20秒間隔で記録時間は6時間以上とする。これを1試験とする。 例として、記録時間=10時間でサンプル数N=1800個、温度変動の標準偏差σ=1℃の 場合、実験誤差の目安≒σ/N1/2=1/(1800)1/2=0.024℃となる。

つまり、σが非常に小さい場合と大きい場合に実験誤差が大きくなる可能性がある。 それゆえ、温度の変動幅は小さからず大きからず、適当な変動幅の条件で実験する。

0.01℃の桁の温度(0.01~0.09℃)をほぼ均等に出現させるには、室温をエアコンに よって短時間に上下変化させるよりも、なめらかにゆっくり変化させる方法がよい。 すなわち、いったん高温(または低温)にさせた後、エアコンをoffにすれば室温は ほぼ滑らかに下降(または上昇)する。また、室温ムラが生じないように2台の 扇風機を使って室内空気を撹拌する。この条件で試験する。

備考1: 筆者が用いているPtセンサは気温観測用に作られたもので、完全防水 でないため、水中で試験することができず、空気中で行なった。

数回の試験を行い、W12とK320の温度差dTに±0.02℃以上のばらつきがなければ、 「プレシィK320」は0.01℃まで測定可能な高精度水温計として利用できる。

試験器K320と基準器W12のセンサ受感部をほぼ密着・接近させて室内の床上1.2mの 高さに吊るす。1試験が終わればK320はoffとし、センサケーブルは接続部から外す。 再開時にはセンサケーブルを接続し、記録を開始する。

合計12回の実験結果を表135.1に示した。参考のために、各試験における室内の温度 変動の標準偏差σなども示した。実験結果から、温度差(dT=W12-K320)の平均値は 次式で表される。

dT=+0.01℃±0.01℃

右辺第1項はすべてプラスである。その平均値=+0.01℃は、筆者が行った温度計の 検定誤差とみなされる(「K133. 高精度水温計の検定」)。 右辺第2項±0.01℃、つまり平均値からのばらつき幅は実験誤差とみなされる。

それゆえ、この温度計K320には、明らかな誤差は認められず、0.01℃まで測定可能 であることが確認された。

表135.1 基準器W12と試験器K320の温度と温度差dT(2016年7月)
    dT:温度差=(基準器W12の温度)-(試験器の温度K320)
  N:サンプル数
  σ:温度変動の標準偏差
  σ/N1/2:サンプル数の少なさから生じる誤差の目安

  開  始 - 終  了   W12  K320   dT       σ     N  σ/N1/2
                         ℃   ℃  ℃    ℃           ℃
14日11:20-14日18:00   26.09  26.08  0.01    0.29   1200  0.01
14日19:00-15日17:00   27.21  27.21  0.00     0.76   3960 0.01
15日18:00-16日14:00   26.12  26.11  0.01     0.93   3600 0.02
16日15:00-17日11:00   27.06  27.06  0.00     0.80   3600 0.01

17日12:00-18日06:00   19.15  19.13  0.02     2.16   3240 0.04
19日00:00-19日06:00   18.57  18.54   0.03     0.13   1080  0.00
19日18:00-20日06:00   28.15  28.14   0.01     0.19   2160  0.00
20日10:00-20日18:00   31.56  31.56   0.00     0.71   1440  0.02

20日19:00-21日06:00   29.88 29.87   0.01     1.13   1980  0.03
21日07:30-21日18:00   28.04  28.04   0.00     0.18   1890  0.00
21日19:00-22日06:00   27.02  27.00   0.02     0.70   1980  0.02
22日07:00-22日18:00   26.42 26.41   0.01     0.26   1980  0.01



原理的に4線式の場合、定電流・電圧測定部の回路(データロガー)が精巧につくられて いれば誤差は生じない。メーカ(立山科学工業)によれば、K320では次の工夫がされて いる。

(1)センサ入力部分は4線式にて、センサ供給電源とセンシングラインを分離して 供給電源変化の影響を軽減し、高精度測定を可能にしている。
(2)センサコネクタ部分に金メッキを使用して接触抵抗による誤差を無くしてある。
(3)電源投入部にプリント基板に塔載された基準高精度抵抗を比較測定して部品の 温度変化を補正している。
(4)24ビットのA/Dコンバータを使用して高精度分解能を実現してある。
(5)温度測定ブリッジ回路に高精度抵抗を実装して温度ドリフトの影響を抑えてある。
(6)ノイズの除去について、アナログ回路のGND信号強化とデジタル的に平均化処理 をソフト的に処理しノイズの影響を最小にして、測定結果に与える影響を小さくして ある。

実験2(K320のケーブルを延長したとき)
4線式Pt100のK320に附属しているケーブル長は2mである。4線式ではデータロガー が精密に作られていれば、原理的にはケーブルを延長しても誤差は生じない。 長さ30mの延長ケーブルで延ばしても、誤差が生じないことを確かめる。

K320のセンサは水温測定用に作られているので、水を入れた魔法瓶にセンサを入れる。 延長ケーブルを用いてケーブルを延ばしたときと、延ばさないときの温度の表示を 比べる。

延長ケーブルを室内に置いた場合と、野外の直射光の当たる場所に延ばした場合に ついて、それぞれ多数回の繰り返し実験を行った。その結果、0.01℃の単位まで 一定値を示し変化はなかった。

135.3 3線式Pt100センサの温度計

この節の結果から、3線式で高精度観測を行う場合は、Pt100センサではなく、 Pt1000を用いれば安心できることがわかってくる。

4線式は、原理的にケーブルの抵抗が変化しても温度測定は正確にできる。しかし、 3線式に比べてデータロガーが高価であるため、3線式が多用されている。

3線式の測温抵抗体(Pt)の場合、センサの両端から出るリード線の抵抗が同じならば 誤差にはならない。しかし、厳しい野外条件では、長いリード線の内部で温度ムラが 生じることがあり、ケーブル内の各リード線は厳密には同じ抵抗にならない。 この誤差について試験する。


(3A) ケーブル内の温度ムラによる気温観測の誤差

実験3(3本の独立した単芯の線)
T&D社の「おんどとり」TR-55i-PtとPt100センサを用いる。

3芯ケーブルの温度ムラの影響を見やすくするために、3本の独立した単芯のリード線 をセンサの両端から分離独立させて出しておく。単芯は細い素線7本からなる。 各単芯の長さ=22mであり、各々は直径0.1mほどの大きさの円形に巻いておく。 3本の単芯のリード線が等温のときを基準とし「等温時示度」とする。

そのうち防水袋に入れた単芯のリード線1本を氷水に浸けたときの示度「低温時示度」 を記録する。「等温時示度」との差を誤差とする。リード線の長さ=22mのうち、 20m(抵抗≒2Ω)を氷水に浸ける。氷水はよく撹拌する。

室温(≒Pt100センサーを入れた箱内の温度)は28~28.5℃であり、バケツに入れた 氷水の温度は3~5℃である。したがって、室温と氷水の温度差=23~25℃である。

図135.1は3線式抵抗温度計の原理を示し、各リード線の抵抗はr1, r2, r3であり、 r1=r2ならば誤差にはならない。図135.2は実験時の指示温度の時間変化である。

3線式原理図
図135.1 3線式抵抗温度計の原理図。

氷水に入れたとき
図135.2 各リード線を氷水に入れた時の指示温度、四角印はリード線が氷水の温度に 等しくなった時刻の指示温度を表している。
黒破線:箱にいれたPt100センサの温度
赤四角印r1:リード線r1の温度がほぼ一定になったときの指示温度
緑四角印r2:リード線r2の温度がほぼ一定になったときの指示温度
黒四角印r3:リード線r3の温度がほぼ一定になったときの指示温度

リード線r1を低温にしたとき指示温度は約0.5℃低く、r2を低温にしたときは約0.5℃高く なる。リード線r3は低温のときも指示温度は変わらない。0.5℃は各リード線の間で 23~25℃の温度差が生じたときの観測誤差である。各リード線の長さ=22m、 そのうちの20mを低温にした場合である。0.5℃の誤差は、各リード線の抵抗≒2Ωで あり、銅線抵抗の温度係数から理論的に計算される誤差に相当する。ほぼ理論的な 計算結果のとおりであることが確かめられた。

実験4(偽3芯ケーブル)
前記の実験3と違って、現実の3芯ケーブルは3つの単芯が1つにまとまっており熱伝導 がよく、実験3で行なったような各芯間に大きな温度差は生じない。しかし、強い 直射光が地面や鉄塔に張られたケーブルに当たるとき、各芯間の温度差がわずかながら 生じる。

偽3芯ケーブルを用いて実験する。偽3芯ケーブルとは、ケーブル内の銅線に熱電対を 差し込むために、実際のケーブルと異なるという意味である。また、キャプタイヤ コードのように3芯は縄構造(より線)と異なり、平行線的な構造である。

銅・コンスタンタン線がそれぞれ被覆された2芯ケーブルがある。これと被覆された 普通の銅線を組み合わせて作る。

図135.3(上)の上側に示すように、銅・コンスタンタンの2芯ケーブルの端の被覆を はがし、半田付けして熱電対の接点を作る。それを被覆された多数の細銅線からなる 導線の右端から差し込む。熱伝対が外れないように細銅線の素線内に固定する。 外側をビニールテープで2回巻く。これを第1リード線とする。

同様に、図135.3(上)の下側に示すように、こんどはもう1つの熱伝対を細銅線から なる導線の左側から差し込む。これを第2リード線とする。

図135.3(下)に示すように、第3の被覆銅線(長さ=600mm)と、熱伝対の入った 第1リード線、第2リード線を束ねる。そうして黒色のビニール線を数回巻いて 偽3芯ケーブルが完成する(図135.4)。

図135.3(下)に示す2つの大円形の左側(右側)は偽3芯ケーブルの左方(右側)の 断面の模式図である。

3芯ケーブル断面図
図135.3 実験用偽3芯ケーブルの模式図。
上図の赤線:熱電対の銅線
上図の緑線:熱電対のコンスタンタン線
上図の赤丸印:熱電対の接点
上図の黒細線:多数の素線からなる細銅線

上:ケーブルを横から見た模式図
下左:ケーブルの左方の断面図
下右:ケーブルの右方の断面図

3芯ケーブル写真
図135.4 実験用の偽3芯ケーブルの写真。
中央部(外径=7mm)の黒色部分は直射光を当てたときの温度を測る部分。 熱電対(右)の接点は黒色の中央から右20mmの所にあり、銅・コンスタンタン線は 右方へ出ている。熱電対(左)の接点は黒色の中央から左20mmの所にあり、 銅・コンスタンタン線は左方へ出ている。


図135.4に示された黒色のビニールテープを巻いた部分は、外径=7mmm、長さ=250mmである。 偽3芯ケーブルの全長=600mmであり、その両端から左右に熱電対の導線(2芯) が出ている。

2本の熱電対の出力はデータロガー(T&D社製、TR-55i-TC/TC-T01)に接続し、 それぞれの温度を記録する。

太陽直射光が当たるときの地面温度やケーブル内温度は50℃以上になる。筆者が所有 する検定用の標準温度計は-30℃~+50℃の範囲であるので、50℃以上となる熱電対 については検定できないので、未検定で試験した。

快晴日(2016年8月9日の10:20-12:00)に偽3芯ケーブルを地面に張る。5分間ごと にケーブルの中心軸上で少しずつ360度回転させる。試験①ではケーブルを地面に 張った黒色防草シート上に置き、90度ごとに360度を2回転(10:20~11:05)、 試験②ではケーブルをコンクリート面上に置き、45度ごとに360度を1回転させる (11:10~12:00)。

図135.5は試験結果である。試験①では、温度差の最大・最小の幅は2.1℃、 試験②では2.2℃である。この幅の1/2(試験①:1.05℃、試験②:1.1℃)が ケーブル内の2芯銅線間の温度差である。

野外ケーブル内温度差
図135.5 偽3芯ケーブル内の2芯間温度差。
 試験①:10:20~11:05、地面温度=66.6℃、気温=33.0℃、銅線温度=59.2℃
 試験②:11:10~12:00、地面温度=62.0℃、気温=33.2℃、銅線温度=59.3℃


前記の実験3によれば、ケーブル長=20mの2芯間の温度差=23~25℃のとき、 Pt100センサの誤差=0.5℃であった。このことから2芯間の温度差=1.1℃のときの 誤差=0.02℃となる。

したがって、気温観測の精度として0.02℃を目的とする場合、ケーブル長は20m以内 とすべきである。ただし、この0.02℃はケーブルをネジらないで高温面に張ったやや 仮想的な場合の誤差の最大値である。

キャプタイヤケーブルの使用
市販されているキャプタイヤケーブルは図135.6に示すように、各芯は縄構造(より線) になっている。それゆえ、野外に張った場合、特定の線芯に太陽直射光が方寄って 当たることはなく、ケーブル内の温度ムラによって生じる気温観測の誤差はほとんど 無視してよいと考える。

より線の写真
図135.6 キャプタイヤケーブル(MITSUBOSHI, E, VCT, 3.5mm2)、
上から2芯、3芯、4芯ケーブル

注意1: 3線式Pt100センサの温度計でケーブルが長い場合、検定は全ケーブル を接続した状態で行なうこと(次項の実験を参照)。

注意2: 抵抗値が大きいPt1000センサの場合は、ケーブル内の温度ムラの 観測精度に及ぼす影響は微少になる。それでも、観測条件の厳しい野外では、ケーブルは 図135.6に示すように縄構造(より線)のキャプタイヤケーブルを使用すること。


(3B) センサケーブルが長いときの誤差

原理図(図135.1)で示したように、3線式ではケーブルの抵抗r1=r2ならば誤差に ならない。しかし、多芯ケーブルでは、各芯の抵抗は厳密には等しくないために、 温度測定の誤差となる。

電線メーカ(富士電機工業(株)技術第一課 藤本政志氏)に問い合わせすると、 多芯ケーブルの各芯間では最大1%ほどの品質誤差があるとのことである。 たとえば、VCTF 4×0.5mm(素線構成20/0.18mm)では36.2~36.5Ω/kmの 範囲に入っている。

実験5(ケーブルを30m延長した場合)
各芯の長さ30m当たりの電気抵抗≒1.1Ω、被覆線の外径=7mm、銅線の 素線数/素線直径は20本/0.18mm、断面積=0.5mmのキャプタイヤ ケーブル(FUJI E.W.C. 2016)を使用する。30mの価格(切り売り価格)は 税込み3,175円である。

センサと延長ケーブルの導線端はビス止めで固く接続し、接触抵抗が無視できる ようにした。

指示温度の記録は「おんどとり」(T&D社製、TR-55i-Pt, Ptモジュール付き) で行なう。基準の温度として熱電対温度計2台の平均値を用いる。いずれも指示温度 は0.1℃の単位であるので、室温変化は小さからず大きからず、3時間に2.5℃ (30.5℃~33℃)の割合でゆっくり上昇させ、乱流的な室温変動を含む条件で実験する。 この実験時間における室内温度の時間変動の標準偏差=0.11℃(平均化時間=30分間) である。

温度は多数のサンプル数が必要であるので、20秒間隔で記録し、1時間ごとに30m長 のケーブルを延長したときと延長しないときを繰り返し、そのときの温度差を調べた。

3つのセンサの受感部は床上1.2m高度に設置し、室内空気は2台の扇風機で撹拌した。 Pt100温度計と熱伝対温度計の追従性は異なる。3つのセンサの各受感部の距離は 近づけて15mmとしたが、各瞬間の指示温度は同じにはならない。

図135.7は10時~16時までの6時間の温度差(=Pt100センサの指示値-基準センサの 指示値)の時間変化である。プロットは200秒間(サンプル数=11)の移動平均値、緑丸印は 延長ケーブルを用いないときの温度差、赤丸印は延長ケーブルを接続したときの 温度差である。

再実験の結果は図135.8に示してある。

延長ケーブルを接続していないときの 温度差がゼロでないのは、これら3センサは未検定であることと、追従性が異なる こと、空間的温度ムラが存在すること、データロガーの表示が0.1℃の単位である ことの4要因による。

8月18日試験
図135.7 センサケーブルを延長したときのPtセンサの示度の変化、だだし、 1芯あたりの電気抵抗=1.1Ωのケーブル(長さ=30m)の場合。Ptセンサと基準センサ は共に未検定のままで実験したため、縦軸が概略-0.1℃ほどずれている。
赤丸印:30mを延長したとき
緑丸印:延長しないとき

8月31日試験
図135.8 前図の図135.7に同じ、ただし再実験の結果。


延長ケーブルを接続したときは(赤丸印)、接続しないとき(緑丸印)に比べて温度差 の平均値≒0.005℃ほど高温側にずれている。ただし、温度変動が大きいので相当の誤差を 含む。

Pt100センサの抵抗は温度1℃の変化に対して抵抗変化率=0.39Ω/℃であるので、0.005℃の 温度差は0.39Ω/℃×0.005℃=0.002Ωに相当する。したがって、ケーブルの品質誤差は 0.20%(0.002/1.1=0.002)。
つまり、原理図(図135.1)で示すケーブルの抵抗r1とr2には0.2%±2%程度の違いがある。

筆者の用いたケーブルの各芯には0.2%±2%程度(目安)の品質誤差があることがわかった。 しかし、全重量が重くなる長いケーブルを張り、不注意な取扱いで移動させたりすると、 悪い品質のケーブルは途中で断線することもある。また後の実験6で示す中古品ケーブル による結果では3%の品質誤差がある。

これらを考慮すれば、10%程度の品質誤差も想定しておくべきだろう。 したがって、0.01℃の桁まで高精度観測を行う場合は、延長ケーブルを接続した状態で 検定しておく必要がある。

実験6(気温とケーブルの温度が異なる場合)
晴天日の野外観測では、例えば気温=30℃で地面温度=60℃、あるいは観測塔表面の 温度が高温になる条件はしばしば生じる。長いケーブルを地面に張った場合、気温と ケーブルの温度差=30℃になる条件を想定する。

通常、銅線や錫メッキ銅線がケーブルとして用いられている。錫の抵抗変化率 =0.45Ω/℃であり、Ptや銅の温度係数に近い。

ケーブルの各芯の純度にもばらつきがあり、成分温度係数も一定とは限らないが、 仮に温度係数が同じとし、前記実験で用いた新品の30m長ケーブル(銅線、各芯の 抵抗≒1.1Ω)を用いる場合、気温とケーブルの温度差=30℃の条件では、1.1Ωの 抵抗は13%(0.14Ω)変化する。各芯間の抵抗の品質誤差を1%とすれば0.0014Ω の差となり、これをPt100センサに換算すれば、気温観測の誤差=0.0036℃となる。

Pt100センサの3芯ケーブルの各芯の抵抗=1.1Ωのとき、
品質誤差=0.5%・・・気温観測誤差=0.0018℃
品質誤差= 1%・・・ 気温観測誤差=0.0036℃
品質誤差=10%・・・ 気温観測誤差=0.036℃

これを実験によって確かめておきたい。

長さ30mのうち27mを氷水に浸したときの指示温度と室温の差、室温状態にしたとき の指示温度と室温の差を測定する。前記と同じ方法で実験する。

データロガーは0.1℃単位で指示されるので、室温変動は小さからず大きからずの 適当な幅、0.1℃<1時間の変動幅<1℃の条件の場合のデータを採用する。ケーブル を30分間ごとに氷水(水温=0~3℃)と室温の水(30~33℃)に浸けた。ケーブルの温度 が氷水または室温の水になじんだとみなされる30分間の最後の13分間の指示温度の平均値 を比較する。

表135.2に実験結果を示した。温度差の差(気温に対してケーブルの温度が約30℃異なる ときの指示温度の差)の9回の平均値は表の最下段に示すように、

0.002℃±0.018℃

であり、実験誤差(実験回数、各実験のサンプル数の不足による誤差)の範囲内で 理論的に予想された値と矛盾していない。ただし、これは今回の実験で用いた 新品の30mケーブル(各芯の抵抗≒1.1Ω)の場合である。

表135.2 30m長のケーブル(各芯の抵抗≒1.1Ω)のうち、 27mを室温の水(30~33℃)に入れたときのPt100センサの指示温度と基準温度計の指示温度 の温度差と、氷水の温度にしたときの温度差。
  実験番号は2016年8月19日(番号1~3)、20日(番号4~6)、21日(番号7~9)。
  室温前:氷水に浸す前のセンサの指示温度と基準温度計の指示温度の温度差(℃)
  室温後:氷水から出したときのセンサの指示温度と基準温度計の指示温度の温度差(℃)
  氷水時:氷水に浸したときの温度差(℃)
  温度差の差=(室温前と室温後の平均)-(氷水時)(℃)

実験番号   室温前  室温後 氷水時  温度差の差

 1      -0.07 -0.12  -0.09   0.01
 2      -0.12 -0.14  -0.14  -0.01
 3      -0.14 -0.15  -0.13   0.02

 4      -0.08 -0.12  -0.09   0.01
 5      -0.09 -0.14  -0.10   0.02
 6      -0.14 -0.13  -0.11   0.03

 7      -0.07 -0.11  -0.10  -0.01
 8      -0.11 -0.14  -0.16  -0.04
 9      -0.09 -0.05  -0.08  -0.01

平均(標準偏差)              0.002(±0.018℃)



野外観測ではケーブルを張るときの曲げや張力により多少とも伸びて品質が変わる。 現実的には、各芯の抵抗値と温度係数を含めて品質に10%程度の差があることを予想 しておかねばならない。その場合は、理論的に0.036℃の誤差が生じる。

これは、ケーブルの各芯の抵抗≒1.1Ωの場合である。

備考2(Pt100センサの3芯ケーブルの各芯の抵抗=3Ωのとき)
品質誤差=0.5%・・・気温観測誤差=0.005℃
品質誤差= 1%・・・ 気温観測誤差=0.010℃
品質誤差=10%・・・ 気温観測誤差=0.098℃

注意3:3線式Pt100センサで高精度観測を行う場合は、ケーブルの長さや 取扱いに細心の注意を払わなければならない。Pt100に比べてPt1000センサは少し 高価(立山科学工業製:税込み18,000~20,000円)であるが、筆者は安心して使用 できる3線式Pt1000センサを利用している。3線式のデータロガー(T&D社製: TR-55i-Pt, Ptモジュール付き)は100Ωと1000Ωの両方に設定可能であり安価である。 長期間使った経験から安定している。


実験7(中古ケーブルを使用した場合)
野外で使用した中古ケーブルを東北大学の山崎剛准教授から借りて試験した。 室温は単調に上昇または下降する条件で行なった。図135.9~135.11はそれぞれ 3種類のケーブルについての結果である。実験ではPt100センサを用いた。

各図は、中古品ケーブルを繋いで延長したときと、延長しないときの温度差 (=Ptセンサの示度-基準温度計の示度)の時間変化である。赤丸印と緑丸印で 記号分けしてある。データロガーの表示は0.1℃単位であるため、各プロットに 含まれる誤差が大きいので、数回の丸印の平均値の差で比較する。

中古ケーブル1
図135.9 中古品ケーブル(1)を延長したときのPtセンサの示度の変化、だだし、 1芯あたりの電気抵抗=3Ωのケーブル(外径=5mmシールド線、長さ≒40m)の場合。
赤線:40mを延長したとき
緑線:延長しないとき

中古ケーブル2
図135.10 中古品ケーブル(2)を延長したときのPtセンサの示度の変化、だだし、 1芯あたりの電気抵抗=3Ωのケーブル(外径=5mmシールド線、長さ≒40m)の場合。
赤線:40mを延長したとき
緑線:延長しないとき

中古ケーブル3
図135.11 中古品ケーブル(3)を延長したときのPtセンサの示度の変化、だだし、 1芯あたりの電気抵抗=2.4Ωのケーブル(外径=7mm、長さ≒65m)の場合。
赤線:65mを延長したとき
緑線:延長しないとき


表135.3に示すように、中古品ケーブル(3)では多芯の中の各芯の電気抵抗値に3%の 品質誤差がある。前記したように、ケーブルの品質に10%の差があれば、Pt100センサ では、理論的に0.036℃の誤差が生じる。

通常は、観測時にケーブルを張った状態で、このような微少な品質誤差を確かめる ことはできないので、センサとして電気抵抗の大きいPt1000センサを用いれば 誤差は1桁小さくなり安心である。

表135.3 中古品の延長ケーブルを繋いだときの温度の示度差と、 繋がないときの示度差の実験。
 延長時温度差:延長ケーブルを繋いだときの指示温度の差
 なし時温度差:延長ケーブルを繋がないときの指示温度の差
 差  :   上記2つの温度差の差
 相当抵抗: 差をセンサ抵抗値に換算したときの抵抗値
 品質誤差:延長ケーブルの各芯間の抵抗値の違い

ケーブル  室温  延長ケーブル 延長時 なし時  差  相当抵抗 品質誤差
番号          抵抗 R   温度差 温度差       r    r/R
       ℃     Ω     ℃    ℃   ℃   Ω        %
 (1) 27.2~32.0   3    -0.101 -0.084 -0.017 0.0066    0.2
 (2) 26.5~29.5     3        -0.128 -0.114 -0.014 0.0055    0.2
 (3) 28.2~30.7     2.4      -0.119 -0.066 -0.185 0.072   3.0



まとめ

要約
一般に実験・観測における誤差は多くの要因からなる。野外における気温観測も同様に、 通風筒に及ぼす放射影響の誤差、センサの不安定性、センサの未検定による誤差、 ケーブルの品質誤差、記録計(データロガー)の不正確さなどがある。これらの 各誤差がほぼ同じ程度になるように計画・設計し、予算の使い方をしなければならない。

例えば、放射影響の誤差が大きい自然通風式シェルターを用いる場合、高価な精密 データロガーに予算を使うのは無駄遣いである。高精度通風筒を使う場合、 誤差の大きな不安定な気温センサ、しかも未検定で用いるのはよくない。

本研究は野外の気温を0.01℃の精度で観測することを目的としている。
最近、高精度通風筒(プリード社製)が使われる時代に入り、これまでは考慮されなかった 誤差について実験によって確認した。実験は、筆者が所有する4線式Pt100センサの温度計 (高精度温度ロガー、プレシィK320、立山科学工業製)と3線式Pt100センサの温度計 (おんどとりTR-55i-Pt、 Ptモジュール付き、T&D社製)について行なった。

(1)4線式Pt100センサの温度計(プレシィK320、立山科学工業社製)
0.01℃の単位まで表示される高精度温度ロガーであり、センサの検定を行なえば0.01℃ の単位まで正確に水温が観測できることを確認した。

30mの延長ケーブルをコネクターで接続しケーブルに直射光が当たる場合も、 温度表示は0.01℃の桁まで不変の一定である。

この高精度温度ロガーは誤差が微少になるように工夫されており、理論的に予想される 通りに正確に温度測定ができることがわかった。

(2)3線式Ptセンサの「おんどとり」(T&D社製)
Pt100センサで3芯ケーブルが長い場合(長さ=30m~60m、各芯の電気抵抗=1~3Ω)、 各芯間に生じる温度ムラによる誤差について調べた。ケーブルが平行線形式で、縄構造 (より線)でない場合、最大0.5℃程度の誤差を、縄構造(より線)の場合は0.03℃~0.1℃ 程度(ケーブルの品質誤差、長さ、抵抗に依存)の誤差を想定しなければならない。 特に、使い慣れて曲げたり伸ばしたりしたケーブルになると各芯間の品質が悪化し、誤差 が大きくなる。

それゆえ、野外観測では、電気抵抗の大きいPt1000センサの使用を勧めたい。 これに用いる、データロガーとしてT&D社製の「おんどとり」は市場に多く流通して おり安価である。

3線式でもPt1000センサを用いれば、4線式と同等の精度で野外の気温を観測することが わかった。

なお、3線式で延長ケーブルを用いる場合、延長ケーブルを接続した状態でセンサ の検定を行う必要がある。

Ptセンサの利用に際して、従来多方面で使われている自然通風式シェルターや 気象庁などで公式に使われている強制通風式の通風筒では放射影響による誤差が 大きい。それゆえ、高精度で気温観測したい場合は、最近市販化された高精度の 通風筒の利用を勧めたい(「K126. 高精度通風式気温計の市販化」)。


今後の計画
計画1(検定の準基準器)
現在用いている「おんどとり」の温度表示は0.1℃の単位までであり、Ptセンサは 気温観測用の完全防水型ではない。それゆえ、0.01℃単位まで求める検定は空気中 で行ない、多数のサンプリング数を必要とした。この検定は長時間がかかり難しい (「K69.気温観測用Ptセンサの安定性と誤差」「K91.Ptセンサの検定(比較検定)」)。

検定作業を楽に行なうために、今後は0.01℃まで表示される高精度温度ロガー 「プレシィK320」(4線式Pt100センサ)を準基準器として用いる。その際、 K320は検定しておく。

「おんどとり」に用いるPt1000センサは、受感部とケーブル接続部までが完全 防水型とし、検定は水温が単調に上昇または下降する条件のもと水中で行なう。 氷点下については不凍液を用いる。

検定済みPt1000センサを高精度の通風筒に取り付け、放射影響の誤差を改めて 確認する。

計画2(2点間の気温差観測用の気温計)
例えば、乱流観測の渦相関法でフラックスを観測する場合、降雨時は超音波の発信・受信 部が濡れて正しいフラックスが測れない。このとき、傾度法またはボーエン比法の併用 によってフラックスを観測する。この方法では、鉛直方向の2点間のわずかな 気温差を観測しなければならない。そのほか、空間的に離れた2点間の僅かな気温差 を知りたいことがある。

水温観測用に作られている高精度温度ロガー「プレシィK320」(4線式Pt100センサ) は、2つのセンサA,Bを同時に0.01℃の単位まで測ることができる。これに気温観測 用Pt100センサ2個を取り付ける。短時間に接続できるコネクターで延長ケーブルも取り 付けられる。ただし、センサの検定は水中で行なえるよう、完全防水型とする。 この気温計について試験を行う。


追記:湿度の観測
同じ通風筒の中に湿度センサを入れると、(1)通風の流量を増やすことになりファンモータ のワット数を大きくしなければならず、(2)通風筒内の流れが複雑になり気温観測に 放射による誤差が生じる。そのため、湿度センサは別の独立した第2通風筒に入れる。 気温は第1通風筒(近藤式高精度通風気温計)で観測する。

最近は、湿度センサと気温センサが一体になった品が市販されている。これを第2通風筒に 入れて、第2通風筒に吸引された空気の相対湿度と気温から水蒸気圧(または絶対湿度)を 求める。この場合、第2通風筒内の湿度・気温センサには多少の放射影響があっても よいことになる。

この方針に従って、私たちは相対湿度ではなく、水蒸気圧を観測することにしている。 もし、相対湿度が必要な場合は、第2通風筒で求めた水蒸気圧と、第1通風筒の気温から 計算する。

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