ブラーツク海


夏のブラーツク海


 ダムによってできた人造湖は「ブラーツク“海”」とよばれる。この“海”の出現でこのあたりの気候はかなり厳しさが緩和されたという。写真の左手に堰堤が見える。  (1983年8月撮影)


冬のブラーツク海


 町を案内してくれたガイド氏に「どうして『ブラーツク湖』といわずに『ブラーツク海』と呼ぶんですか」と聞いてみた。日本にも来たことのあるという彼女は、日本人なら塩分を含んでいるかどうかで海か湖かを区別するのだろうが、海に出ようとしたらどの方向にも何千キロも行かなければならないこのあたりの人にとっては大きさだけが判断基準だからだという答えであった。  (2001年3月撮影)



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中継局 (ブラーツク)


中継局


 広大なシベリアの町々をつなぐには衛星通信が書かせない。ブラーツク市内の林の中に隠すようにして置かれていた中継局。近づいたら目つきの厳しい番犬が吠えかかってくるのではじめ軍事施設かと思ったが、そうではなくて民生用の通信施設であった。   (1983年8月撮影)



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鉄道駅 (ブラーツク)


ギドロストロイチェリ駅


 市域の広いブラーツクにはBAM鉄道の旅客駅がいくつもある。正式に「ブラーツク」という名前の駅はないから鉄道旅行の計画を立てる時には注意が必要だ。写真は、最も東側にあるギドロストロイチェリ駅。ダム工事の労働者に敬意を表しての命名か。 (2001年3月撮影)



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ヴィホレフカ


雪の中の列車


 ブラーツクから数十k西寄りの町の駅。ブラーツクを出る頃から降り始めた雪が激しくなってきたが、列車の到着を待っていた物売りのおばさんたちは商いをやめることはなかった。 (2001年3月撮影)


物売り

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チュナ


チュナ

 ヴィホレフカからさらに130kmほど西。コムソモリスクを出てからかなりの間、駅と駅との間では人家などをまったく見かけないことが珍しくなかったが、このあたりまで来ると村里や耕地がずっと続き、人々が活発に動き回る地域に戻ってきたことを感じさせられた。駅舎もBAM鉄道でこれまで見てきたようなのと違って、ロシア各地でごく普通に見るような建物に戻っていることがおわかりと思う。ここからあと百数十kmでシベリア鉄道との合流点タイシェットだ。 (2001年3月撮影)

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