キエフ



 キエフの市内のホールで民族音楽を披露する歌舞団。 (1985年8月撮影)


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オデッサ


 オデッサのオペラ・バレエ劇場のオーケストラ・ボックス。歌劇「イオランタ」の幕間の風景。劇場には子ども達も少なからず来ていて、彼らは幕間になると平土間の前方にやってきてオーケストラ・ボックスをのぞき込んだりしている。そうやって自然に音楽が身近なものになっていくのであろう。 (1985年8月撮影)

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セワストーポリ



 ロシア黒海艦隊の将兵と軍艦がウクライナの軍港セワストーポリに駐留している。その隊内にある「歌と踊りのアンサンブル」の公演の模様。右の写真は、終演後にロビーで写真撮影に応じる隊のバラライカ奏者。  (2003年8月撮影)



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セワストーポリ


 港に着いた客船を歓迎する軍楽隊。接岸しようとする桟橋に“先客”の船がいるときには、歓迎する人たちはその“先客”のデッキに上がってそこで演奏することになる。  (2003年8月撮影)
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ザポロージェ


 ドニエプル川沿いの町ザポロージェは、古くはコサックの根拠地の一つであった。そのコサック伝統の馬術を披露する観光施設で、余興に民族楽器を奏でて聞かせる老人。 (2003年8月撮影)



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タリツィ




 アンガラ河畔にあるタリツィの木造建築博物館で、ウクライナの民族楽器バンドゥーラを演奏する女性。きっと、ウクライナから遠くシベリアへ移住してきた人なのだろう。  (2011年8月撮影)

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コラ


 コラにある博物館のホールで民族音楽を披露するムルマンスクの大学生。 (1985年12月撮影)

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エレヴァン


 エレヴァン中心部で開かれた青空市場で商品の縦笛を吹いて見せる露天商。  (2004年12月撮影)


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ゲガルト(アルメニア共和国)




 エレヴァン郊外のゲガルト修道院前の駐車場で観光客が着くたびに“歓迎”の民族音楽を奏でる男性三人組。 (2004年12月撮影)



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コムソモリスク・ナ・アムーレ


 コムソモーリスク・ナ・アムーレを発つ日、ガイド氏が面白いものを見せるからと言って私を連れて行ってくれたのが市内の少年少女合唱団がリハーサルをしていた文化会館だった。お名前は忘れてしまったが力のある熱心な指導者がいらして、その人の子供たちに対する熱意に感じいったハバロフスク在住の田中猛さんという日本人がいろいろと支援をしていらっしゃる。左の写真で指揮をとっているのがその指導者。練習風景を見ていると、あれなら子どもたちが喜んで練習に来るはずだと思うほど力のこもった指導ぶりであった。 (2001年3月撮影)




 経済が混乱を極めているというロシアの、しかも中央に比べればさらに困難さが大きいと言われる極東の地方都市で、合唱にこれほど多くの子供たちが集まること、言い換えれば親達が合唱の練習に行かせているということ、それ自体が私には一種の驚きであった。芸術にはそういうスタンスをとる国民性なのだ。


 別れ際に、田中さんは、この子たちに是非日本での公演を実現させてあげたいとおっしゃっていた。





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コムソモリスク・ナ・アムーレ


ギター片手に



 上の会場に案内してくれたガイドのミーシャさん。その前日の夜はご自身の自宅に招いてくださって、ギターを弾きながらの歌で歓迎された。 (2001年3月撮影)



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