アムール川 (ハバロフスク)



 中国とロシアを隔てる大河アムール。上段左2枚が夏の写真。冬には下段の写真のように全面に氷が張る。上段3枚目は、氷がゆるむのを待ちわびる春の写真。下段左も同じ季節。  (上段左から、2002年8月,2012年8月,1984年3月撮影、下段左から、1984年3月、1999年4月,1999年4月,1980年1月撮影)


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スタジアム (ハバロフスク)


 アムール川沿いにあるスタジアム。下段は、スタジアムへ通じる道にあるゲート。  (上:1984年8月,下:2012年8月撮影)







日本人墓地 (ハバロフスク)


 ハバロフスク空港のすぐ近くに広大な墓地があり、その一角にシベリア抑留中に亡くなった日本人の墓地がある。墓地は清掃が行き届いていて丁寧に管理されていることがわかる。日本人の旅行団が行くと管理人が「ちゃんと線香を持ってきたか」などと聞く。  (上:2012年8月,下:1999年4月撮影)






慰霊公苑 (ハバロフスク)



 上の墓地とは別の所にある慰霊公苑。  (2002年8月撮影)



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ダーチャ (ハバロフス郊外)



 ハバロフスク市の中心からバスに乗ってアムールに架かる橋を渡ってしばらくの所に、ダーチャ群がある。そのうちの一軒に泊まらせていただいた。  (2012年8月撮影)

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ダーチャ村 (ハバロフスク郊外)



 そのダーチャのあるあたりの村の風景。川は、もちろんアムール河。   (2012年8月撮影)

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子ども達のキャンプ施設 (ハバロフスク郊外)



 アムール河畔に、かつてのピオネール・キャンプを彷彿とさせる広大な施設があった。   (2012年8月撮影)

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アンガラ川にかかる橋 (イルクーツク)



 アンガラ川をはさむイルクーツク旧市街と新市街を結ぶ最も重要な橋。「絵はがき」の章にも書いたが、レーニンが亡くなった時、市民が寄せたお悔やみの募金をクループスカヤに届けたところ、「このお金は市民が最も必要としていることに使いなさい。」と言われて架けたという言い伝えがあり、ソ連崩壊後の今でも、現地ガイドはその話をする。  (2011年8月撮影)



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街の風景 (イルクーツク)



 2011年夏の旧市街の風景。ソ連時代の面影を色濃く残している所もあるけれど、他方では、モスクワから始まった近代化の波がここシベリアまで押し寄せ、市内いたる所工事中で、モダンな建築物も次々と誕生している。   (2011年8月撮影)



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博物館と図書館 (イルクーツク)




 イルクーツク市のほぼ中心部アンガラ河畔にある博物館。この中の売店で売っているマトリョーシカが安価で良質だと旅行者の間で評判。  (2001年3月撮影)



 博物館の真向かいにある国立イルクーツク総合大学図書館。白い建物なので「ホワイト・ハウス」と呼ばれるとか。内戦時にこの白い建物に赤軍が、そして向かいの赤い建物に白衛軍がたてこもったという話もあり、それが真実なら東口に西武デパートがあって西口に東武百貨店があるという池袋の話にそっくりだ。  (2001年3月撮影)


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学校 (イルクーツク)



 左は、音楽を専門に教える中等学校。右の写真は、イルクーツク国立総合大学。  (2011年8月撮影)


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