カスピ海に面したバクー市街


臨海部

 アゼルバイジャンの首都バクーは、ソ連解体後もっとも変貌を遂げた都市の一つだと聞く。しかし、その新生バクーには私は行ったことがないどころか、ソ連時代も含めてもう15年以上も彼の地を訪れていない。左の写真はキーロフ公園から見た当時(今から15年以上前)のバクーの臨海部。海はもちろんカスピ海。下の夜景は公園からではなく、市街にあるホテルの部屋から撮影したもの。キーロフ公園のあたりは高台になっていてい、左下の写真はその高台にある別のホテルとその向こうへ沈んでいこうとする夕陽。  (1981年3月撮影)

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背後の高台 夜景






乙女の塔 (バクー)


乙女の塔

  バクーの象徴的建造物。かつてバクーを治めていたハーン(汗)が自分の娘に言い寄ってしまい、嘆き悲しんだその娘はこの塔からカスピ海に身を投じて死んだという言い伝えがある。もっとも、現在ではこの塔は海岸のすぐそばにあるわけではない。  (1981年3月撮影)


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城壁 (バクー)


城壁

 諸民族の行き交う十字路の位置にあるバクーは、シルクロード上の他の多くの要衝と同じく、かつては城壁に囲まれた街であった。その壁の一部が保存されていた。シルクロードを旅してきたキャラバンはこの城壁の門をくぐり、しばし体を休め、馬を休ませたにちがいない。  (1981年3月撮影)


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キャラバンサライ (バクー)


キャラバンサライ

 キャラバンサライとは「隊商宿」のこと。シルクロードを旅してきた商人達のための、今風に言えばホテルか。ここでは中央に広場があり、その周囲に客室だったと思われる小部屋があった。私が訪れたときはレストランないしカフェとして使われていて、観光客に簡単な飲食物を提供してくれた。  (1981年3月撮影)


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拝火教の寺院 (バクー郊外)


寺院

 古くから石油の産出したこの地域では拝火教(ゾロアスター教)が支配的な時期があった。写真はその拝火教の神殿を保存したもの。神殿内の中心だけでなく(この写真ではわかりにくいけれど)屋根の上の煙突風の四角い筒からも炎が絶えず燃え上がっていた。  (1981年3月撮影)