3分20秒の記憶



    Epilogue
      −− 終 幕


 ・・・フィルムは、その最後の終端を前方のリールから外し、映写機のローダーガイドに滑り込ませると、投影部を抜け、カチリという音と共に巻き取りリールの方にその身を移動させました。
 スクリーンは、真っ白に映し出されました。フィルムの終端部を踊らせ、片側のリールのみが回る映写機は、まだカタカタと音を立てています。
 悟おにいさんが、部屋の明かりをつけてカーテンを開けたときも、真治君はまだ、スクリーンを見つめたままでした。いまだに、映画の残像を追うように・・・
 暫く無言が続いた後、悟おにいさんが声をかけました。
「どうだったかな、感想は? 真治君には、まだ難しすぎるところがあったかもしれないけど・・・」
 真治君は、まだぼんやりとする頭を振りながら、答えました。
「うーん、よくはわからないけど、なんだかとっても不思議な感じ。胸がきゅんとして懐かしいよな・・・」
「うん、うん」
 悟おにいさんはうなずいています。
「このお話しは、悟おにいさんが作ったの?」
「まあ、映画研究会のスタッフや役者さんがみんな協力して、映画は作られるのだけどね。でも一応、脚本と監督は、ぼくだよ」
「なんて言ったらいいのかわからないけど、とってもよかった」
 悟おにいさんは、嬉しそうに顔に笑みを浮かべました。半分は苦笑いだったのかもしれませんが。
「どうもありがとう。共感してくれるところがあったんだね。・・・でも、十年後の真治君がこの映画を観たら、また違った見方や評価をするかもしれないね。映画って、光と影の織りなす時空間の中で、真実の基に虚実が語られ、虚実の基に真実が語られるんだ。ちょっと難しい言い方だけど」
「そんなものなのかなあ」
 悟おにいさんは、唇を噛み、一呼吸おいてから言いました。
「けれども、真治君、フィルムって映画って、おもしろいと思わないかい? 8ミリフィルムのひとつのカートリッジが千五百フィートで、一秒間に十八コマ撮影するとして、全部で三分二十秒。それで、そのときそのときの風景や自分の切なる想いが、カメラのレンズを通してフィルムに焼き付けられるんだから」
 あっ、と真治君は心の中で叫びました。自分が一番言いたかったことは、まさしくそういうことだったのです。
 悟おにいさんは続けて言いました。
「そうしてフィルムになった映像は、何年経ってもずっとそのままであり続けるんだよね。その瞬間瞬間の美しさは決して、損なわれることがなくそこに存在し続けるんだ」
 そして、真治君は思い当たりました。
 そういうことは、映画の世界でなくても、今ここに毎日を過ごしている生活でも同じことなのだと。時間は過ぎ去って行くもののように見えるけれども、本当は、ある瞬間というものは、過去の時点においても未来の時点においても、その美しさを保ったままずっとそこに存在し続けるものなのだと。
 それはなんだか、ある意味で、安堵感を真治君の胸の中に生じさせました。
 悟おにいさんは、すべてを知っていて、そういうことを言いたかったのかもしれません。
 果てしない宇宙、この広い世界の中で、そんなことを考えているちっぽけな自分。その自分の存在・・・
 真治君は、不思議な気持ちでいっぱいになりました。
 そうして、不安と期待を抱きながら、真治君はまだ見ぬ明日にやっぱり想いを馳せるのでした。
 窓の外には、五月の空が広がっていました。


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