平成四年度指定

若八幡宮古墳

福岡市西区大字徳永字下引地280番2 若八幡宮

 若八幡宮古墳は、若八幡宮社殿東側の境内地叢林内、今宿平野のほぼ中央部に位置し、南に聳える高祖山より派生した標高29mの舌状丘陵上にあります。

 若八幡宮古墳の第1次調査は昭和45年10月26日〜12月30日今宿バイパス建設に先立って福岡県教育委員会が墳形、墳丘規模及び内部主体の確認調査を行いました(福岡県教育教育委員会『今宿バイパス関係埋蔵文化財調査報告』第2集1971年)。第2次調査は平成2年4月26日〜5月9日社殿建て替えにともない福岡市教育委員会が後円部の墳丘裾部形状の確認調査を行いました。

 若八幡宮古墳は、後円部を南に向ける古式の前方後円墳です。昭和45年度の確認調査では内部主体及び前方部と後円部のくびれ部を中心に調査区を設定しました。その結果、墳丘は全長約47m、後円部の直径25m、前方部の長さ25mの規模であり、葺石をともない後円部は三段、前方部は二段に築成されています。なお墳丘のうち後円部西側の一部と前方部端部を失っています。
 また埋葬主体部は墳頂部にあり、古墳長軸と直交する位置に刳抜き式の舟形木棺を埋置しています。木棺は、東西径13.5m、南北径13mのほぼ円形の墓墳に埋置され、復原外形は長さ2.75m、西幅1.2m、東幅0.85mの規模です。棺材はスギ属と鑑定されています。
 副葬遣物は原位置を保ち、棺内と棺外から出土しています。棺内遣物はすべて西南隅で出土し、三角縁二神二獣鏡一面、碧玉製管玉14個、ガラス小玉2個、鉄製環頭太刀1口、万子1口、鉄斧1個があります。また、棺外では北側で鉄製環頭太刀1口、鉄剣1口、鉄鏃19本、ヤリガンナ1本が束になって発見されました。西側では棺小口の近くに竪矧板革綴短甲が置かれていました。

 若八幡宮古墳は、今宿平野に分布する12基の前方後円墳の中で最古の墳丘、埋葬施設をもった前期古墳であり、その造営時期は4世紀後半まで遡り、この平野に君臨した歴代首長墓の最初の墓として、その価値は歴史的・学術的に非常に高く評価されます。