地震の記憶・青苗・奥尻島津波館

■北海道南西沖地震と奥尻島津波館

奥尻島を語る上でどうしても忘れてはならないのが北海道南西沖地震です。北海道南西沖地震は平成5年7月12日に奥尻島からわずかしか離れていない奥尻島北部の海を震源地として起こりました。奥尻島は大きな揺れに襲われ加えて島全体を高い津波が襲いました。大きな揺れは山崩れを起こし奥尻港の背後の観音山が崩落しホテル洋々荘を押し潰し20名余の人が犠牲になりました。また青苗地区には5〜10mの津波が地震発生からまもなく襲いかかり壊滅的な被害をもたらしたのです。島全体で死者、行方不明者合わせて200名余にの犠牲者を数えたのです。
今ではそんな震災の直接的な傷跡を見ることはほとんどできません。しかしながら小さな島、奥尻島の人々のほとんど人がそのことをしっかり記憶し悲しみを背負っているのは事実なのです。青苗地区は台地の住宅を除くとほとんどがきれいな町並みになっています。青苗の漁港は美しい二階建ての橋の漁業施設ができています。奥尻港も地滑り対策工事が完成し大壁画サムーンが港を見下ろしています。しかしその美しすぎるすべてが震災のことを考えるととても重い風景なのです。

そんな奥尻島の地震を忘れず後世に伝えるためにできた施設が奥尻島津波館です。奥尻島の歴史を模型で紹介するコーナー、考古的資料を展示するコーナーなどが現代的な建築物の中に展示されています。そして津波の記録と島の歴史の2本を映像で紹介する映像ホールがあります。3D眼鏡で見る映像はなかなか迫力がありますが私が訪れたときは空いていて一人で映像を見ることになりとても怖くもありました。

(入館料:600円、10時-18時)

■時空翔と青苗市街

震災の慰霊碑として時空翔が立てられました。ここは丘の上にあり青苗の南端一帯を見渡すことができます。この付近には今は民家は全くないのですが震災前には民家が立ち並んでいた地でもあるのです。

■堤防

集落のある海岸線には今ではそのほとんどに高さ10m余りの堤防が造られています。そのため道路から海を見ることはなかなかできません。集落のない場所は道路改良も行われず海が見える部分も随所に残っています。写真の堤防は奥尻から青苗に向かう途中のもので堤防の写真は松江の集落のものです。


北海道旅情報巻頭  3-7.天売・焼尻・奥尻へ
地震の記憶・青苗・奥尻島津波館