歌劇《Die Entführung aus dem Serail》K.384 のタイトルについて
改訂履歴(下からの順番です)

2010/5/4 改訂項目
  1. 表1に柴田治三郎『モーツァルト〜運命と闘った永遠の天才〜』岩波ジュニア新書1983を追加。
  2. ハンガリー語・中国語・トルコ語に対する見解を追加。
2002/1/15 改訂項目
  1. 表2にギリシャ語を追加。
2002/1/3 改訂項目
  1. 「ハンガリー語Q&A」 <http://bbs212.goo.ne.jp/cgi/bbs?u=sibo&p=g6200>の しい坊さんにご教示頂き、表2のハンガリー語の訳を訂正。
  2. 併せて表2の中国語訳を訂正。
  3. 表2の細部を訂正。
2002/1/1 改訂項目
  1. 表2にハンガリー語を追加。
  2. 第2章で例外を「ハンガリー語・中国語」とした。
2001/12/31 改訂項目
  1. 表2にオランダ語、チェコ語、ポーランド語、デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語、フィンランド語、トルコ語を追加。
  2. 表2のスペイン語を二分。
  3. 表2の細部を訂正。
2001/12/19 改訂項目
  1. 表2の中国語の簡体字訳を訂正。
  2. 表2に香港での広東語による発音を追加。
  3. 表2のアラビア語訳を右寄せにし、発音をアルファベット表記から片仮名表記に変更した。
  4. 表2にロシア語訳を追加。
  5. 第2章で台湾・中国・香港をまとめて「中国語」とした。
2001/12/16 改訂項目
  1. 表1の(1)に木村重雄 『モーツァルト』アテネ文庫256 弘文堂 1955を追加。
  2. 表1の(2)に備考を記入。
  3. 表2に中国語の簡体字訳を追加。
2001/6/2 改訂項目
  1. 表1に海老澤敏・高橋英郎『モーツァルト書簡全集VI』白水社2001を追加。
  2. 表2にアラビア語の翻訳を追加。
2001/5/2 改訂項目
  1. 表1にNHK番組表を追加。
  2. 表1にH.C.ロビンス・ランドン著、海老澤敏訳『モーツァルト最後の年』中央公論新社を追加。
  3. 第5章にメーリケの小説『プラハへの旅路のモーツァルト』に関する記述を追加。
2001/2/25 改訂内容
松田 聡様から「(前略)ドイツ語のentfuhrenは誰かにとって大切な人をその誰かから奪って(ent)、連れ去る(fuhren)、というニュアンスが強いものと思われます(誘拐の場合は「〜から誘拐する」はなじみません)。Konstanze? Entfuhrt? の台詞に関しても、セリムが、コンスタンツェが無理やり「誘拐された」と見ているわけではないのは、すぐにその後、彼女を「裏切り者」として非難していることからも分かります。日本語のニュアンスからすれば「誘拐された」本人をそのように非難するというのは、まず考えられないことでしょう(警戒心の薄かったことを叱ることはあっても)。あくまでも、ベルモンテが自分から彼女を奪ったからEntfuhrungなのであり、セリムの立場からこの語を訳した場合でも、「誘拐」は抵抗があるわけです。(後略)」とのご提起を受けました。振り出しに戻り悩みましたが、それを契機に、「見せかけの誘拐」という二重構造(オペラには『見せかけの』というタイトル物も多い)の見地から説明が出来るのでないかと考え、第5章で台詞を見直し、翻訳のブラシュアップも図りました。松田様ありがとうございました。さらに議論を進めたくよろしくお願いいたします。
2001/2/18 作成までの経緯
2001年1月8日に榎本 悌次郎様からインターネットのメーリングリスト「モーツァルティアンJP」に『誘拐、逃走、脱出、奪還?』と題した以下の問題提起がありました。

二幕のジング・シュピール「Die Entfuhrung aus dem Serail」K.384の日本語訳は、現在は「後宮からの逃走」がほぼ定着しているといってよいと思います。最初は「誘拐」と呼ばれていたのが、その後現在の「逃走」となり、さらに一部では「脱出」へと変わってきて、海老澤敏の近著「モーツァルトとルソー〜魅せられた魂の響奏」(音楽之友社)では、ついに「奪還」が登場しました。この歌芝居は、コンスタンツェ、ブロンデ、ペドリロの三人が海賊に誘拐されて、奴隷として売られてトルコの後宮に送られた後の物語りです。つまり、誘拐後の展開ですから「誘拐」では明らかに当を得ないでしょう。一方「脱出」では、後宮という閉鎖禁錮環境からその囲みを解いて、囚われ人(コンスタンツェなど)が自己の意思で「脱出」する能動行為になります。また「奪還」では、外部からなんらかの強制手段が使われて囚われ人が救出される意味にとられ、囚われ人は受動的に助け出されることになります。ところがフィナーレでは、囚われ人は太守の寛容と恩恵による太守命令によって後宮から放免されます。脱出でも、奪還でもないと言えましょう。最終第9場で、太守は後宮の衛兵に

Man begleite alle vier auf das Schiff
(4人とも船に送って行ってやれ  訳:海老沢敏)
と命じ、コンスタンツエなど四人は晴れて故郷に帰ることになるのです。
自分たちで無理やりに逃げ出すのでも、ましてや外部のだれかが手を貸して救出するものでもないのですから、「脱出」も「奪還」も違和感を覚えます。もっとも、現在広く使われている「逃走」でも太守の恩恵が隠されしまい、「帰還」としたのでは単に行って帰って来ただけのようにもなりますから、日本語の奥深さ、難しさを痛感します。なお、原題の直訳では「誘拐罪」が適当のようですが。

この問題提起に対し、1月14日までに深見 和彦様と私が意見を投稿しました。その後、私が神戸モーツァルト研究会の例会(2001/2/4)で発表し、さらにまとめたものをアップロードしました。

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作者:野口 秀夫 Noguchi, Hideo
Email:ホームページを参照ください。
URL: http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k384rev.htm
本ページに記載の文章、図表、画像、音楽などの転載を禁じます。
(最終改訂:2010/5/4)