悠久交差点 [HOME] [悠久ミニストーリー]

リレー小説前奏・出会いの日

前編

タムタム

 空は晴天、快晴。絶好的な旅日和。中天に差し掛かろうとしている太陽の下、特に整備もされてないただ踏み固められただけの街道を行く人影が一つ。
 年のころは二十過ぎだろうか。長く伸ばしたライト・ブルーの前髪を横に垂らし、ゆったりした白いズボンに淡い紫に染められた薄手のロングコート。肩には食料などの入った鞄。
 そして、どこか「ぼ〜」っとした雰囲気を持つ男。特に長身でもなく、一見すると華奢ともとれる体つき。しかし、長旅をして来たはずにもかかわらず、特に疲れた様子も見せずに歩く姿には、ある程度鍛えられているのが見て取れる。
 彼の名はアーシィ・フォーヴィル。時には遺跡を巡り、時には魔物を退治することで報酬を得る。いわゆる「冒険者」を生業とする者である。
 深紅の瞳が見据えるその先に、彼の目指す街がある。街の名前はエンフィールド。これからの、彼の人生を大きく変える事にもなる街の名前である。

 いきなりだがアーシィは窮地に立たされていた。そこはローズレイクという、エンフィールドの外れに位置する湖である。彼はその湖のほとりで一人立ち尽くしていた。
 理由は簡単。有るはずの物が無いのである。いつも腰の右側にぶら下げておいた銃が、ホルスターごと。
 彼がその事に気が付いたのは街を一通り見て歩き、そのままローズレイクヘ移動。その美しさに感動し、何気無く腰に手を当てた時だった。つまり、ついさっき。
「ん〜。何故?なぜないんだ?封印がかかっているから悪用される心配は無いとして・・・」
 ぶつぶつと呟きながら、心当りを探ってみる。
「街道沿いで出会った赤毛のフサ。あいつの時は・・・」
 ―街道を歩いていたら近くの茂みがガサガサっと音を立てて揺れ、そこから赤い毛をしたフサと言われている魔物が現れる。魔物であるが性格はおとなしく、特に危害を加えない限りは友好的な種族とされている。
 そのため、特に警戒もせず片手を上げあいさつ?をし、通り過ぎる。はずであった。
「アイシクル・スピアぁ〜?」
 突然、目の前に生まれた数本の氷の槍を横に飛んでギリギリかわす。フサが放ったものだと判断した彼は地面を転がり素早く立ち上がると同時に、左手にカードを持ち右手でいつでも銃を抜ける体制を取る―
「ん〜。あの時点で銃は有った。はずだしなぁ〜?」
 頭を捻りながら、別の心当りを探ろうとする。が、上手くいかない。思い浮かぶのは…
 小さいが安心できそうな病院(物の壊れる音、それに続く悲鳴とひたすら謝る少女の声が印象的だった)
 立派な造りをした図書館(何冊かの本を抱えた、黒く長い髪の美しい女性が思い浮かぶ)
 さくら亭と書かれた食堂(美味しそうな匂いと怒鳴り声が忘れられない)
 やはり、無くすような事はしていない。はずである。
「ん〜・・・。どうしよう・・・」
 なかなか良い案が浮かばない。空はむかつくほど晴れているが彼の心の中は台風だ。
 とりあえず落ち着こうとでも思ったのか、懐からフルートを取り出しおもむろに吹き始める。遠くから近付いて来る小さい影に、彼はまだ気付いていなかった。

「ねぇねぇ、トリーシャちゃん。あの人知ってる?」
 頭の上に大きなリボンを乗せた可愛らしい少女―ローラ―が、隣を歩くこれまた大きなリボンを頭の後ろに着けた少女―トリーシャ―の手を引き、湖のほとりでフルートを吹く男を指差す。
「うーん。ボクは見たこと無いなぁ」
距離があるためはっきりは見えていない、にも関わらず、ボクの知り合いには似た人はいないな。と決めつける(しかも後ろ姿だけで)
「何やっているのかなぁ?」
「さあ?つりかな?」
 そう言いながら歩く二人の耳に、澄んだ音色が聞こえてくる。
「綺麗な音色だね・・・」
「もっと近くによって聴いてみようよ〜」
 トリーシャの返事も待たず、ローラは男の方へ小走りに近づいて行く。
「ちょっとローラ。んもぅ、しょうがないなぁ」
澄んだ音色に静かに流れる旋律。安らぎを与えるような曲にもかかわらず、ローラは少し寂しい気持ちになっていた。
 すぐ傍まで近づいても男は気が付いていないのか、そのままフルートを吹きつづける。なんて声をかけようかな?そんな事を考えたとき、
「ローラ。勝手に行かないでよ」
すぐ後ろからトリーシャの声が聞こえてきた。その時になってようやく気が付いたのか、男が静かに振り返った。
 胸の辺りまで伸ばされている前髪が微かに揺れ、その容姿が明らかになる。特に美形と言う訳ではないが、均整の取れた顔立ちは何処か中性的で、見る人によっては不思議な印象を受ける事がある。
 ローラは男の瞳に思わず見入ってしまう。優しげな、それでいて何処か物悲しげな光をたたえた瞳は吸い込まれそうなほど深い紅…。
「あっ!邪魔しちゃったかな?ごめんなさい。お兄さん見かけない人だけど、こんな所で何しているの?」
 硬直してしまったローラを気にもせず、トリーシャは率直な疑問をぶつける。もともと人見知りをしないのも有るだろうが、持ち前の明るさと元気の良さは初対面の相手にも好印象を与え、結果として友達を無数に増やして行く事にもなる。
「なによ、なによ〜。先に声をかけちゃうなんて。せっかく・・・」
「あはは。ごめんごめん。でもさほら・・・」
 少しむくれてしまったローラを見て、トリーシャはちょっぴり困ったような笑みを浮かべる。常日頃から『燃えるような恋がしたい』と言ってるローラのことだ、硬直状態の間に色々考えてしまったのだろう。何を考えていたかは何と無く予想が出来る。
 一方、男は少し戸惑っていた。こんなに近付かれていた事にも驚きだが、それ以上に目の前にいる少女たちに対する驚きの方が強かった。いきなり声をかけて来たと思ったら、今度は二人で話し始めたのだ。一体どうすれと言うのだろうか。
「えーっと。君たちは・・・?」
 いささか困惑気味に声をかける。すると少女たちは思い出したようにこちらを向き、
「ボクの名前はトリーシャ。こっちが」
「ローラよ。今度はそっちの番ね」
 今度は自己紹介をしてきた。彼も紳士的に挨拶を返そうとした。が、
「私の名前はアーシィ・フォーヴィル。!!!君達っ!どこかでこの様な銃を見なかったかい?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて話そうよ」
 今にも掴み掛からんばかりの勢いで尋ねてくるアーシィに、トリーシャ達は一歩引きながらも、詳しく話を聞き始めた。
 これがトリーシャとローラがアーシィと初めて出会った時の事だった。

―さくら亭―
 あいにく、銃の事について二人は全く知らなかった。アーシィとしても多少の期待は寄せていただけにちょっぴり落ち込んでしまう。どんな些細な情報でもいいから欲しかったのだ。藁にもすがる状況とはこの事だろう。
 だが、彼は今さくら亭にいた。トリーシャとローラも一緒にである。理由は二つ。情報収集の基本は酒場から、と言うのが一つ。もう一つは…腹が鳴ったのだ。時間としては丁度昼飯時、無理も無い。
 聞けば二人とも昼はまだだと言うし、銃を探すのも手伝ってくれると言うので三人揃って食事中(勿論アーシィのおごりだ)。とは言ってもいきなり食事にした訳ではなく、手当たり次第に聞いたが誰も知らなかったのだ。…それにパティが怒るし。
 店の中は混雑していてこれ以上他の人から聞くのは無理だろう。何処から探せばいいのか見当もつかないし、頼れるのは目の前にいる二人だけ。魔法を使って探そうともしたが、異常な魔力反応が辺りを妨害して失敗に終わったのだ。
「ねえねえ、アーシィさんて彼女とかいるの〜?」
 いきなりの質問だった。が、別に驚きはしない。ローラ位の年頃なら恋愛に興味を持っても不思議ではないと思うし、聞かれて困る様な事でもないからだ。
「ん〜。残念ながらいないんだよ。第一、いたら一人で旅なんて出来ないよ」
「そうよね〜。じゃあじゃあ、他の町で恋に落ちたことはぁ〜?」
 今度の質問は中々に良い所を付いて来た。だがしかし、これも聞かれて困るような質問ではない。慌てず騒がず、それに答える。
「ん〜。色んな所に行ったし、多くの人と出会っても来たさ。けど、仲良くなっても恋に落ちたことは無かったかな」
「ほんとに〜。じゃあさ、今度はボクの質問に答えてよ。・・・」
 彼女たちの興味は尽きることが無いのか、色々と質問を繰り返してきた。その度に彼は丁寧に答えを返して行く。かなり偏った話題だったが、それなりに楽しい時間だったと言えよう。
そんなこんなで食事も終わり、紅茶を飲みつつ至福の一時。(食後、急に動いてはいけないのです)そこへ一人の女性が近づいて来た。身のこなしからすると戦士の様だが荒々しい雰囲気は無く、落ち着いた雰囲気というか“自信”の様なものが感じられる。特に警戒する必要も無いだろう。とその時、トリーシャがその女性に声をかけた。
「あ、リサさん。時間大丈夫?」
「ああ。新しく入って来る客もいない様だし、パティが少し位なら良いってさ」
 そう言うと空いていた椅子に腰をかける。この店に入った時、トリーシャがカウンターの方で何か言っていたのはこの女性に協力して貰う為だったのだろう。
「この人かい?銃を無くして困っているって言うのは」
「うん。何とか力になってあげたいんだけど…」
 そこで言葉が止まり、何だか重苦しい沈黙が訪れる。が、これでは話が進まない。とりあえず沈黙を破る事にした。
「リサさん、だったね。何でもいいから教えて欲しいんだ」
「リサでいいよ。その代り、あんたの事もアーシィって呼び捨てにさせてもらうよ」
「かまわないさ」
 そして幾つかの特徴を挙げていく。その中で最も特徴的な部分はハンドグリップに『逆五芳星』が刻まれていることだろう。見る人が見れば分かるだろうが、それは“禁断の手法”を用いて作られた事を示している様なものだ。もっとも、造ったのは昔の人だが。
「残念だけど、私は見たことが無いね」
 リサも知らないらしく、小さく頭を振る。辺りを見ると、あれほど居た客がめっきり少なくなっている。そろそろ違う場所へ移動したほうがいいだろう。アーシィは三人分の代金をリサへと手渡した。
「まいどありっ」

―自警団事務所―
 もしかしたら落とし物として届けられているかも知れない。と言う、一縷の希望にすがり三人はここに来ていた。
「こんにちはー」
「おっ、トリーシャちゃん。何かあったのか?」
 事務所にいたのはアルベルトだった。暇を持て余していたのか何かの雑誌を広げて見ている。怠慢の様にも見えるが、こういう組織が暇なのは平和な証拠だろう。
「拳銃の落とし物、届いていない?」
「拳銃?トリーシャちゃんの?」
「ちがうわよ〜。こっちにいるアーシィさんの!」
 とんちんかんな事を言うアルベルトへローラが怒った様に言う。トリーシャが拳銃を持っていたらそれはそれで問題だ。
「すまない。こういう銃なんだけど…」
 そして、リサにしたのと同じ説明をする。答えはすぐに返ってきた。
「いいや、届いていねぇ。っつーか、落とし物自体届いてないからな」
「・・・」
 やはり届いていなかった。予想していたとは言え、やはり落胆は隠せない。三人は顔を見合わせうつむいた。
「もし届いたら隊長に伝えておくよ。そう心配するなって。意外と簡単に見付かるんじゃねぇか?」
 アルベルトの言葉は何の根拠も無い、推測ですらない様なものだが、気休めでもそう言ってくれたのは正直言って嬉しかった。
「じゃあ、アルベルトさん。見付かったら教えてね」
「よろしく頼むよ」
「じゃあね〜」
 三者三様の言葉を残し、三人は自警団事務所を後にした。

―ジョートショップ―
「…と言う訳なんです」
 アーシィは何度目になるか判らない説明を繰り返していた。ここに来るまでに、魔術師ギルドや陽のあたる丘公園を回っても見たが、期待したような答えは得られていない。
「すいませんけど…」
 やはり、ここにも無い様だ。一体何処に行ったのだろうか?
 ふと、窓の外を見ると、辺りが薄暗くなり始めていた。今日の捜索はここまでにした方が良さそうだ。
「今日はありがとう。トリーシャちゃんにローラちゃん。また明日から捜す事にするよ。
そうそう、お礼と言っては何だけど…」
「えっ!いいよ、そんなの」
「何くれるの〜」
 遠慮するトリーシャと目を輝かせてるローラに、アーシィが手渡したものは翼を意匠化した少し小さめのブローチだった。
「かわいい〜」
 二人の声が見事に重なった。どうやら気に入ってくれたようで、二人は大いに喜んでいる。そのブローチには持ち主に僅かな幸運をもたらすと言う効果があるが、特に教える必要も無いだろう。
「所で、何処にお泊りになるんですか?」
「さくら亭にでも泊まろうかと、予約はしていないんですけど」
 アリサの問いに気軽に答える。今から行っても部屋は空いているだろう。もっとも、こんな事をパティに聞かれでもしたら大変な事になりそうだが…。
「じゃあ、ボク達はもう行くね」
「またあしたね〜」
 そう言って二人は家へと帰ってしまった。後に残されたのは二人を見送ったアリサとテディ、それにアーシィ。本当なら、アーシィもさくら亭へ行かなくては行けない時間になって来ていると思うのだが、先ほどのアリサの質問が何か訳有りと思いここに残ったのだ。
 実際その通りだったらしく、アリサが重々しく口を開く。
「初対面の人にこんな事を聞くのも何なんですが…除霊…出来ますか?」
「ええ。出来ますけど」
 にっこり微笑みながらアーシィが答える。所為かアリサの表情から幾分緊張が消えていく。
「その事でお願いが有るんですけど…よろしいかしら?」
「良いですよ。私に出来る事でしたら、何なりと」
 少々ふざけている様なアーシィの態度だが、本人は至って真面目だ。その事を分っているのか、アリサも気を悪くするどころか安堵のため息を漏らしている。
「ある幽霊屋敷の除霊なんですけど…場所は…」
実はアーシィにとって、これがジョートショップでの初仕事になるのであった。


次回予告

 銃を無くし、途方に暮れかけているアーシィにもたらされたのはアリサからの依頼だった。その内容は哀れな少女の自縛霊を束縛から解放つ事―。
 何とか前向きに行こうと決めた矢先に、さらなる悲劇が彼を襲う!?
 アーシィがアルベルトを“アル”と呼ぶ理由、アルベルトが知ることになるアーシィの想い…。知られざる事実が解き明かされる…かもしんない…
 結果は周知の事実だが、果たしてその中間は?
 それはこれから考えよう(笑)次回、たぶん後編。何時になるか判らないけど其れではそれ迄また今度。

悠久交差点 [HOME] [悠久ミニストーリー]