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Uncontrollable Force

エピローグ ペパーミントグリーンの真実

浅桐静人

(リサっ、避けてっ!)
 必死の祈りが通じたか、リサは間一髪のところで剣の軌跡から体を外した。
「いったいどういうつもりなんだ、パティ」
(そんなの、あたしのほうが知りたいわよ! いったいどうなってるの!?)
 ……
「私の魔法じゃ、焼け石に水だろうな」
 普段は絶対に吐かない弱気なセリフだった。
「なかなか的を得たこと言うじゃない」
(違う、違う、あたしが言いたいのはこんなことじゃない!)
 ……
 炎が自分の手のひらで収縮していく。
「無茶苦茶だな、いとも簡単に……」
「それで終わりなの? 邪竜の力も大したこと無いわね」
(エルの魔法でも敵わないの? あたしはどうしたらいいの?)
 ……
「行けえ、デッドリー・ウェッジ!」
 強大な魔力。避けようとしても体が動かない。いや、勝手に動く。ただ、避ける動作ではなく、魔力で対抗するような……。
(だめ、敵わない……)
 闇の楔が自分の体を貫く。そして、感覚が薄れていった。

「はあ、はあ、はあ……」
 パティは辺りを見回した。壁、床、窓、棚、ベッド、見慣れた景色、見慣れた部屋。
「夢?」
 目をこすって深呼吸する。そしてもう一度、部屋を見渡す。どう見ても自分の部屋だ。間違いない。
 立ち上がってドアノブを回し、部屋から出る。
「やあ、パティ。やっと起きたか」
「あ、うん」
 曖昧に返事をしながら、パティは店内を眺めた。いつもと変わらない。剣の傷も、魔力のぶつかった痕跡もない。
「夢、だったのかな」
「ん? どうかしたか?」
 リサは何気ない顔でパティを見た。
 パティの脳裏に、自分に向かって一直線にナイフを投げるリサの姿がよぎる。そして、彼の剣が自分に突き刺さる……。
「おい、どうしたんだい?」
「あっ……」
 パティは自分が膝をついて座っていることに気付いた。一瞬の想像の間に、力が抜けたんだろう。
 想像? 本当に単なる想像? 夢? それとも現実? 事実?
「なんか、あたしにナイフを投げるリサが……。それと、彼と……」
「あ? なんで私がパティにナイフを投げるのさ」
 リサは本気には受け止めていないようだったが、パティは続けた。
「あたしが、操られてたから。何かの力に。操られてたけど、ちゃんと記憶はあるんだから。リサと、エルと、あたしが戦って……」
 パティの声は次第に小さくなっていく。リサはため息を洩らす。
「だから? 記憶があろうがなかろうが、操られてたんだろ。だったらあんたが罪悪感、感じる必要はないよ」
 リサは「現実、事実」を肯定した。
「でも、剣を抜いたのはあたしの意志だし……」
 罪悪感を感じるのは当然だろう。だが、感じたところで喜ぶ者はいない。いるとすれば、あの魔剣くらいのものだ。
「ああ、そのことか。それなら……」
 リサは一芝居うつことにした。というか、パティが眠っている間に、もう筋書きは書いてある。
「魔剣は鞘に入っていると力を封じた状態になっているんだが、あの剣の場合は鞘から抜きたくなる――まあ、誘惑系の呪文がかかった状態だったらしい」
「なんでリサがそんなこと知ってるわけ?」
 パティの疑問は鋭いが、それもリサの思案の内だ。
「あの剣の持主――そういえば、名前聞くの忘れたな。――に聞いた」
「えっ? あの人に会ったの?――そういえば、あたしも名前聞いてないけど」
 どうやら、剣を手放した後のことは覚えていないらしい。それなら、そのほうがいい。
「ああ、剣を取りに来たんでね。ちゃんと返しておいたよ」
「そう……」
 パティは心なしか、寂しげな顔をした。
「無理してでも引き止めたほうがよかったか。立場はどう考えてもあっちが不利だったわけだから、『パティが起きるまで待ってろ』とでも言ってれば……」
 独り言のような、でもパティに聞こえるようなリサのセリフ。パティはあわてて口を挟んだ。
「別にいいって、そんなこと。ちゃんと助かったわけだし。会っても別に話すこともないし」
 聞きたいことはあるというのが本音。会わないで正解だというのも本音。
「ま、大騒ぎになったわけでもなし、早く忘れたほうがいいかもよ」
 リサの言うことももっともだ。落ちこんだり、罪悪感を抱え込んだりしてもしょうがない。いつものようにしているのがいちばんいい。
 カランカラン。
 ちょうど心の区切りもついたところで、来客を迎えるカウベルが鳴った。入ってきたのは、知らない男性。あの彼と似ている気もするが、別人だ。
 男はカウンター席に腰掛けた。
「ペパーミントティー、ありますか」
 丁寧な言葉遣い。この男性が彼ではないことにがっかりするパティと、彼でなくてほっとするパティがいる。
「はいよ。……どうした、パティ、注文だよ!」
 ぼーっとしていたパティを、リサが大声で呼ぶ。
 パティは一瞬、どきっとしたが、そんな素振りを隠すようにそそくさと厨房へ向かっていった。
「分かってるわよ。えっと、紅茶はたしかこっちに……あったあった。ちょっと待っててね、すぐ入れるから」

 彼にもう一度会って真実を聞きたい。でも、本当は聞くのが恐い。それなら、何気ない話をするだけでも……だが、会えば真実を聞くことになるだろう。
 そんな心の葛藤を知ってか知らずか、彼はパティの前に姿を現すことはなかった。


あとがき

 やっと終わりました。書き始めて約1ヶ月、落雷でモデム破損(修理に出したため、一週間パソコンが使えなかった)とか、アクシデントもありつつ、完成。
 このお話、「SSに初挑戦して書いたはいいけど行き詰まって破棄した」作品を、原案にしてるんで、当時の雰囲気が少しでています。こんなに暗くはなかったと思うけど。
 こういうのを書いてると、話が進むにつれて、軽いノリの話が書きたくなってきます。次はほぼ間違いなく、ノーテンキなお話ですね。(笑)


History

1999/01/28 「白い魔剣」を書き始める。
1999/03/07 「白い魔剣」を破棄。(笑)
1999/07/17 「白い魔剣」を原案として、書き始める。
1999/07/28 原稿の第1案(後半は紙上)完成。
1999/07/29 第2章(紙上)を書き始める。
1999/08/07 第1章を書き終える。
1999/08/09 第2章を書き終える。
1999/08/10 第3章を書き始める。
1999/08/16 エピローグを書き始める。
1999/08/17 第3章を書き終える。
1999/08/22 エピローグを書き終える。
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