安全に働きたい 検証・増える高齢者の事故

 NHKの関西ローカル番組「発信基地」は、1997年2月2日(日)午後6時10分から30分間、『安全に働きたい 検証・増える高齢者の事故』を放映しました。
 シルバー人材センターで働く高齢者が、危険な作業に従事するなかで労働災害に遭っていること、法的には「労働者」と扱われていないために、労災保険の適用がないことを検証するものでした。
 問題の解説者として私も出演しました。この番組を通じて、改めて高年齢労働者の無権利を痛感しました。労働法や労働政策の建て前がいかに現実から乖離した皮相なものか。批判的な分析の視点をしっかりと持たなかった労働法・社会保障法研究者の一人として不明を恥ずかしく思いました。
 広く、問題の所在を知っていただきたいと思いましたので、この番組の内容を簡単に要約して紹介します。


 

古屋キャスター

シルバー人材センターでの事故の急増
シルバー人材センターは22年前に作られた公益法人ですが、統計をとりはじめた1983年には、事故の件数 822、死亡 4名、1995年には、事故の件数4146、死亡30名。つまり、この13年間で件数が5倍以上に増えています。

シルバー人材センターの仕組み
シルバー人材センターは、高齢者を求めている企業から依頼があると、請け負って会員を紹介、高齢者が仕事にいくという形
職安を通じると企業との間に雇用関係が結ばれますが、シルバー人材センターの場合、「生きがいづくりのための労働提供」という趣旨のため雇用関係がない、つまり「雇用でない仕事」というちょっとなじみのない働き方になる。従って、万一の事故が起きたときも、誰がどう補償するかという問題も起きてきます。

実際の事故についてのレポート

加藤ディレクター

静岡・清水市の事故
 昨年10月、清水市の清掃センターで高齢者の事故
 シルバー人材センターから派遣された男性会員(67歳)が大型ゴミを砕く破砕機の下で掃除。誤って職員が動かしたため、逃げ切れず右腕を切断。
 危険だと本人が言っていたが、シルバーセンターは破砕機の掃除作業の危険について確認なし。
 清掃センターは責任を全面的に認め、男性会員と補償交渉中。
 シルバー人材センターの建て前:補助的短期的な仕事で、事故に結びつかない軽い仕事のみ。
 シルバー人材センターの事故多発→労働省の1991年に安全就業を求める通達
 通達にまとめられた事故例(プレス機械に挟まれて窒息死。3mの高さのリフトから転落死。)
 →クレーンやプレス機械などを使う仕事は重大災害に結びつくおそれがあるので、決して会員に紹介しないこと。         

兵庫県西部の事故
 95年5月、兵庫県でクレーンの操作をしていた男性会員が死亡。クレーン操作を誤り、吊り下げていた800キロの鉄骨の下敷に。
 シルバー人材センターは、労働省の通達を知らなかった。会員と工場の間に雇用関係がないので、労災保険は適用されない。
ある金属加工工場の例
 50人が働く工場。うち10人がシルバー人材センター会員。平均年齢67歳。1日8時間、月曜日から金曜日まで正社員と同様に働く。時給は800円。
 なぜ働くのか?「年金だけじゃ足りない。年金と給料全部使う」。職安では年齢の条件で外れる。工場側は、シルバーのほうが安上がり。
 この工場では、会員は平均して4年、長い人で11年間。不可欠の労働力。
労働省高齢者雇用対策課田宮課長の説明
 「安上がりとは、由々しき問題。雇用につながる仕事は違反。」 労働省としてはあくまで「生きがい対策」としてのシルバー人材センターの趣旨から
して雇用関係をともなうような仕事の紹介はやめるように指導している。

コメント       
古屋 シルバー人材センター設立の趣旨と働く実情には、どうも開きがあるような気がするが?
脇田 22年前は「生きがい対策」として出発したが、今は事情が変わってきている。高齢者の側は「年金だけでは足りない」「職安に行っても仕事がない」などの理由で経済的に「働かざるを得ない」人が、シルバー人材センターに登録している。企業側は「長引く不況」などで、安いコストの高齢者に頼らざるを得ない。
 一方、国は「生きがい就労に限るよう」通達を出すばかりだが、これではかえって就労の道を閉ざすことになる。
 必要なのは、実態にそって会員を保護することである。

古屋 高齢者に仕事を紹介する道はいくつかあるが、職安を通じる場合は、企業との間に雇用関係があるが。また、派遣業者を通じる場合は、派遣業者との間に雇用関係がある。
 しかし、シルバー人材センターを通じた場合、どこにも雇用関係がない、ということで万一のとき、非常に不安定になる。
 これをどう思われるか?
脇田 実態としては、正社員と同じような働き方をしている人も多く、れっきとした労働者である。
 労働省は「雇用ではない」という建て前で、シルバーの高齢者の場合「労災」とは認められない、とするが国の労働保険審査会などで、雇用の実態を認めて労災を認定した例が出てきた。つまり、建て前のほうが崩れてきている。
古屋 働く人の安全を守るために、シルバー人材センターのほうが変わらなければならないということか?
脇田 雇用ではないという建て前のために「安全衛生」の責任もはっきりしていない。
  労働行政としても事故が多発している実態を認めて、就労先での「安全衛生」を監督する必要があるし、万一のための「労災保険」も認めるべきだ。
古屋 高齢者の安全、安心を守りながら、働く場を作りだそうという試みもある。大阪で取材しました。
  
 この会社は今はほとんどが技術職ですが、少しずつ事務職や女性も雇用していきたいと話しています。脇田さんはどうご覧になった?
脇田 うまくやっているほうだ。実体のある請負として会社が使用者責任をきちんと果すことが大切だ。
 ただ、高年齢者多数雇用奨励金などの補助金はいずれも対象が65歳未満にかぎられているため、65歳以上の高齢者の雇用には問題が残る。
古屋 「高齢者が働く」ということが、日本では真剣に考えられなかったのではないか?

脇田 日本では、65歳以上の高齢者が雇用対策の対象になってこなかった。たとえば、「高年齢者雇用安定法」という法律でも、65歳以上については一言も触れられていない。その背景には、60歳以上になると「年金受給」を前提に考えているため、高齢者の仕事は補助的とされても仕方がないとされてしまっている。(主婦のパートタイマーが夫の収入を前提に安く抑えられているのと同様)
 しかし、現実には国民年金だけ(10万円以下)という人も多いし、厚生年金も65歳支給に移行することになった。
 65歳以上の高齢者でも労働をしている以上、労働者として労働法を適用することが必要となっている。
古屋 高齢者が安全でかつ正当に評価される労働力となるには、どう考えたらいいか?
脇田 欧米では、高齢者だから賃金が安くてもよいという考え方はない。
 同じ労働であれば、同じ賃金を支払うことが当たり前になっている。日本は現実に高齢社会に入っている。年金だけでは生活できない高齢者が少なくない。高齢者を安上がりに使うという発想ではなく、せめて最低賃金や労災保険の対象となるよう正当に評価しなければならない時代になっている。
古屋 最初にみてきた「シルバー人材センター」は会員数37万人で、21世紀には100万人を目指している。
 それだけ大切な場所であるだけに「安全に働ける」システムを早く作る必要がある。
  



シルバー人材センター高齢者の労働災害認定(毎日新聞記事)
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