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第133回  工房の 夏の日の午後  〜或いは、彼女と僕の夏〜 

     夏が、、、、。
          夏が行ってしまった。


  白い砂浜

      打ち寄せる波


その寄せてはかえす波を観ながら、彼女は言った。

「波って、哀しいよね。」

その言葉の意味がわからなかった僕は、彼女に問いかけた。

「どうして、そう思うんだい?」

すると、彼女は悲しそうに僕の方を振り向いて、

「そんな事も貴方はわからないの?」 と 呟いた。

僕は、ますます彼女の言っている事がわからなくなってしまい、
ただ、ただ、後をついて歩くだけだった。


モデルをしていた事もある彼女の歩みは速い。
男の僕でさえ、気を抜けば遅れてしまう。
晩夏の海岸は寂しかった。

「あっ。」

急に彼女が立ち止まった。

「可愛い仔熊、、。」 

彼女が見つめる先には、一匹の熊がいた。
波打ち際で波と戯れていた。
遊んでいるようにも、転がっているようにも見えた。
彼女はサンダルを脱いで、その熊に近付いていった。

僕は、何も言う事が出来なかった。


「こんにちは、仔熊さん。」
「こんにちは、お姉さん。」
「波と遊ぶのは楽しい?」
「うん、楽しいよ。
 お姉さんは楽しくないの?」
「そうね、私は、波を観ると哀しくなるわ。」
「ふ〜ん、そうかなぁ。」
「いつも、ただ単に、行ったり来たりの繰り返しなんですもの。
 波も、、、私も、ただ哀しいだけだわ。」

彼女の瞳は、仔熊を観て、そして僕を観た。
僕は、その瞳に宿る哀しみを初めて理解した。
そして、僕は、自分自身の甘さを知った。

「僕はそんなことは無いと思うなぁ。」

その声に、僕も彼女もその仔熊を観た。
小さな身体をいっぱいに使って、彼は話し始めた。

「来る波も、帰る波も、同じ波なんてないよ。
 大きかったり、小さかったり、真っ直ぐだったり、曲がっていたり、み〜んな違うんだよ。
 それに、、、。」

「それに、、、何?」 彼女が問いかける。

「海はこんなに大きいじゃない!」  仔熊が笑って言った。

「そうね。」 彼女が寂しそうに笑った。

その哀しい笑顔を見ながら、僕は、僕等の夏が本当に終わったのだと知った。

                                                   第134回に続く