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第132回  工房の 森で逢いましょう

「こまったなぁ、、、。」

  思わず、声に出してしまった輝豸雄だったが、
  実は本当に困っていた。



「やっぱり、立ち読みしていたのがいけなかったかなぁ〜。」
  輝豸雄は、一人後悔していた。
  くま女王さんの言い付けで御遣いに出た輝豸雄だったが、
  久し振りの遠出に、つい心が緩んだのか、道草のし過ぎで、すっかり遅くなってしまったのだ。

「早く帰らないと、陽が暮れてしまう。」
  思わず、速足になる。
  何処かで鴉の鳴く声が聴こえた。

「そうだ、この森を抜けていこう。」
  輝豸雄は、街外れの森の入り口に立っていた。
  街燈が無いから、ちょっと暗くて怖そうだったが、
  迷っている暇は無かった。
  この小さな森を抜ければ、随分と早く帰れるはずだった。

「よし、行こう。」
  輝豸雄は、森へ続く小路を急いだ。





「こまったなぁ、、、、、。」
  道は合っている筈だった。
  輝豸雄の計算では、5分も歩けば森を抜ける事が出来る筈だったのに。
  実際、今の輝豸雄には
  自分が、どれ位歩いたのか判らなかった。
  真っ直ぐ歩いているのか、いや、本当に工房に向かって歩いているのか、
  一体全体どうなっているのか、判らなくなっていた。

「ど、どうしよう、、、、。」
  輝豸雄は、独り、立ち尽くした。
  歩く気力も無くなってきた。



   その時、不意に甲高い少女の声が聴こえた。


  


「ねぇ、ねぇ、アルス。
 こんな処に見慣れないヤツがいるよ。」

  その少女は、宙に浮かびながら、輝豸雄を観ていた。

「食べちゃおうか? うふふ。」

  そして、「アルス」と呼ばれた少女が、輝豸雄を見上げながら、ゆっくりと言った。

「其処の少年。
 此処は御主の様な子供が来る所ではない。早々に立ち去られよ。」

  凛と透き通る様な聲だった。

「ぼ、僕、どうやら、道に迷ってしまったようで、どうやったら帰れるのか判らないんです。」

「解からないだと? そんな莫迦な?」

  アルスが、輝豸雄を見上げた。

「お、御主、、、、。」

「 ? 」

  アルスは、暫く輝豸雄を観ていた。

「そうか、、、、御主は、、、、。」

「な、なんでしょう?」

「い、いや、何でもない。この切り株の後に小さな穴がある。
 そこを通って帰るがよい。なに、それ程長いトンネルではない。
 入ればすぐに出口の明かりが見えるだろう。」

「ほ、本当ですか?」

「嘘は吐かぬ。」

「あ、ありがとうございます。助かります。」

「うむ。では、行くがよい。」

  輝豸雄は、ペコリ と御辞儀をすると、切り株に向かって走り始めた。






  アルスという少女の言う通り、切り株の後に小さなトンネルがあった。
  そして、驚いた事に、トンネルはほんの数十メートルくらいの長さしかなく、
  出口は、、、、森の端ではなく、工房の勝手口の前に繋がっていた。


「か、帰ってこられた〜。」
  安堵の声を出しながら、輝豸雄が振り向くと、其処にある筈のトンネルの出口は何処にも見当たらなかった。






”あの少女達はいったい何だったのだろう?”

  輝豸雄は、今でも時折思い出しては考えてみる。
  その後も、何度もあの森の小路を通ってみるのだが、彼女たちに逢う事はなかった。
  そこには、何の変哲もない只のありふれた森が広がっているだけだった。


                                                   第133回に続く