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第127回  工房の 其処 と 此処 の 距離

「おっ、キノコが出たぞ!
 1upのチャンスだぜ。」
「あっ、そ、そうだね。」


   工房の食堂に、新しく大型液晶テレビが入ったのは、
   先週の水曜日だ。
   新しく出来た商店街のくじ引きで、くま女王さまが当てたのだ。
   ただ、
   工房の食堂にはアンテナの配線が来ていないため、もっぱらゲーム専用モニタになっていた。


「ね、ねぇ、甘栗くん。」
「う?」
「あのさ、甘栗くん。」
「なんだよ、よそ見しないでしっかりやれよ。」
「うん。 そうだけど。」


   


「えいっ、
 ここで、きのこをとって、それから、3番目の土管に入って。」
「そうそう、そこのファイヤーバーに気をつけてな。」
「わかって、る、っ、あっ、って!」
「なんだよ、気を付けろって言ったのに。」
「ごめんなさい・・・・・・。」




「ねぇ、甘栗くん。」
「なんだよ。」
「あの、、その、、。」
「、、、、。  輝豸雄の事か。」
「う、うん。」
「気にするな。」
「えっ、でも、だって、。」
「俺たちが気にしたって仕方ないんだよ、、、。 だから、 気にするな。」
「でも、でも、でも、
 もう3週間も帰ってないんだよ。」
「・・・・。」
「メロンの季節だって終わっちゃたし、桃だって、栗だって終わっちゃたし、
 秋刀魚だって、茄子だって、紅葉饅頭だって、季節が終わっちゃうよ。
 輝豸雄くん、帰ってくるって言ったじゃないか。」
「・・・・。」
「ねぇ、甘栗くんてばっ!」


   次から次へと繰り出される麝弐猪の問い掛けを、甘栗は黙って聞いていた。
   やがて、麝弐猪の口からも、何も出て来なくなった。



   そのあまりの静けさに、麝弐猪は甘栗を見た。
   モニタを眺める彼の横顔は泣いている様にも、笑っている様にも見えた。


   ずっと、麝弐猪は、その横顔を見ていた。
   すぐ隣にいるのに、麝弐猪は甘栗に声がかけられなかった。


” すぐ其処にいるのに、、、。 甘栗くんが遠い所にいるような気がする ”
” 寂しいよ、甘栗くん。   哀しいよ、輝豸雄くん。 ”



” 此処に、此処に、輝豸雄くんがいたなら ”



   麝弐猪の頬を涙が流れそうになった時、甘栗が沈黙を破った。


「なぁ、麝弐猪。」
「・・・・・・・・。」
「輝豸雄だって、帰って来たいんだよ。
 栗だって、桃だって、秋刀魚だって、あいつの好物だもんな。」
「う、うん。」
「帰って来たいけど、今はまだ帰れないんだよ。」
「・・・・・。」
「心の距離は、物差しじゃ計れないんだよ。
 輝豸雄は此処にはいない。其処にもいない。
 でも、ココにはいるだろう、麝弐猪。」


   そう言って、甘栗は自分の胸を指差した。
   そして、ゆっくりと、麝弐猪の胸をさわった。
   甘栗の手はとても暖かかった。


「お前の その気持ちは、其処にいる輝豸雄には届いているはずさ。 きっとな。」


   甘栗は、そう言うと、食堂から出て行った。
   一人残された麝弐猪は、甘栗の手の温もりを思い出しながらも、
   溢れ出る涙を堪える事が出来なかった。


                                                   第128回に続く