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第115回  工房の 捨 て 猫 騒 動

その日は、今年一番の暑さだった。

日向は勿論、普段なら涼しいハズの木陰でさえ、
茹だる様な暑さだった。



  ”こんな日は、仕事にならない”

僕は、一人納得して、何とはなしに庭を眺めていた。

  ”蝉も鳴きやしねぇ”

よくよく考えれば、まだ蝉の鳴く季節では無かったのだが、
暑さがそれを忘れさせていた。



どの位そうしていただろうか、
僕は、子熊達の声で、我に帰った。

声の方へ目をやると、子熊達は庭の片隅で
昨日の七夕祭りの笹を片付けていた。
相変わらず、何をするにも賑やかな連中だ。
一心不乱に、笹を集めている。

  ”楽しそうだなぁ”

僕は、思わず呟いた。



「あっ。」

麝弐猪が僕に気付いた様だ。

「おっ。」
「はっ、」

皆が一斉に僕を見た。

「ヤバイっ」

輝豸雄が脱兎のごとく駆け出した。
何か大きな白い物を抱えている様だ。
つられて、他の子熊達も駆け出した。
どうやら、彼等は僕に見られたくない物を持っている様だ。

  ”さて、どうしてやろうか”

僕は無性に楽しくなってきた。





こんな時、彼等が何時も隠れるのは、工房の厨房だ。
何故か彼等は決まって其処に隠れるのだ。
僕は、彼等に気付かれない様に気をつけて、厨房の裏口に廻った。

そして、案の定、彼等は其処にいた。



話し声が聴こえる。
この一寸高い声は、麝弐猪だ。



「ねぇ、輝豸雄くん、正直に話した方がいいよ。」
「・・・・。」
「正直に話せば、くま旦那さんだって、きっと判ってくれるよ。」
「・・・・。」
「そうだよ、輝豸雄。確かにくま旦那は、ケチだけど、
 話せば判る奴だぜ。」
「だぜぇ。」
「・・・・。」
「ねぇ、輝豸雄くん。」
「うん、、、、。」
「なっ、言ってみようぜ、輝豸雄。」
「行こうよ、輝豸雄くん。 大丈夫だって。くま旦那さんは本当にケチだけど、
 いい人だから、きっと飼っても良いって言ってくれるよ。」
「るよぉ〜。」
「・・・・・。 そうかなぁ、、、。」
「大丈夫だって。 こんなに可愛い猫なんだもの。」
「う〜ん。」




  ”猫だって!”

物陰で子熊達の話を聞いていた僕は思わず声を上げそうになった。

  ”猫を拾ってきたのか、あいつ等”

僕は、体温が少しだけ上がった様な気がした。

  ”こらっ!生き物を拾って来ちゃあイケナイってあれだけ言っただろう”

僕は、そう言って驚かしてやろうと思い、立ち上がった。





      そして、僕は、言葉を失ったのだ。





  

「こんなに可愛いのにね、この猫。」
「珍しいよな、こんな色の猫。」
「なんて種類の猫だっけ?さっき学校の図書館で調べたんだよなぁ〜。」
「もう忘れたの、おおくま猫だよ。世界中でも珍しい猫なんだって書いてあったよ。」
「可愛いよね、このおおくま猫。」
「こんなに可愛い猫なのに、誰が捨てたんだろうね。」
「本当だよ、信じられないよ、こんなに可愛いのに。」


子熊達の無邪気な笑い声が、工房の厨房一杯に広がっていた。

                                                   第116回に続く