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第37回  工房の 通し稽古

「たいへんだぁ〜、たいへんだぁ!」
「遅れちゃぅ〜、遅れちゃぅ!」
「急がないと、急いで行かないと!」

しんと静まった講堂に、輝豸雄の声が響く。

「う〜ん、もう少し慌てた感じが出たほうが良くないかなぁ?」
「そうそう、それに、もっと軽やかに出てこないと。」
「うん、何か野暮ったいんだよね、現れ方がさ。」
「仮にも、兎 なんだから、軽やかに、ステップでも踏んで出てきて欲しいなぁ」
「うっ、、、でも、」
「でも じゃないの! 観客は輝豸雄くんじゃなくて、輝豸雄くんがどんな役を演じるかを観に来るんだよ!」
「観た瞬間に、「兎だっ!」ってわかる様に演技しなくちゃダメだよ」
「せっかくの僕の演出が台無しになってしまうじゃないの!」
「じゃぁ、もう一回。今度はちゃんと軽やかに入ってきてよ!」
「で、でも、、、。」
「グダグダ云わない!役者なら演技で答を出しなさい!」
「・・・・・・・・・」

「たいへんだぁ〜、たいへんだぁ!」
「遅れちゃぅ〜、遅れちゃぅ!」
「急がないと、急いで行かないと!」


「う〜ん、さっきよりは好いけど、まだまだだね。」

  

「ねぇ〜」
「何だヨぉ〜、俺の演出に文句があるのかヨぉ」
「そうだよ、輝豸雄くん、文句をいう前に演技するのが役者だよ!」
「俺に、お前の役者魂をぶつけるつもりで演技しろっ!」

その日の稽古は深夜まで続いた。
何度も「たいへんだぁ〜」と叫びながら、
輝豸雄は、もう少し小さな時計は無いのかしら?と、小道具係を小一時間ほど問い詰めたかった。

                                                  第38回に続く