もどる
第70回  工房の シュレーディンガーの猫

「おーい、秋刀魚が焼けたぞ〜!」
「しかし、今年の秋刀魚は出来がいいよねぇ。」
「本当だよな、この見事な脂の乗り、最高だよな。」
「刺身でも充分行けそうだな。」
「ばっちりだよ。」
「近海もの、築地市場で今朝仕入れてきたばっかり!」
「しかも、紀州備長炭で。」
「その上、七輪で。」
「最高だよな。」
「最高だよ。」


「う?」
「ん!」
「何かノリが悪いなぁ。」
「うん、調子出ないね。」


   

「お〜い?」
「どうしたんだよぅ、秋刀魚が、、、、」
「焼けた、、、ぞ、、。」
「?」
「?、、、。」
「どうし、」
「なぁ、、」

    「あぁ、今のぼくは、まるで生きている気がしない」

「ん?」
「はぁ?」

    「今のぼくは、焼いた秋刀魚が食べたいぼくと、
     刺身で秋刀魚が食べたいぼくが
     半分半分に混ざり合っているんだ。」

「?」
「!」

    「こんな気分のぼくは、まるで生きている気がしないんだ。」

「おいっ、一体何言ってんだよ。」

    「こんなに高くて蒼い空も、ぼくの疑問には答えてくれないんだ。」

「どうしたんだよぉ、何言ってるんだよぉ。秋刀魚は食べないのかよぉ。輝豸雄も何とか言ってやれよぉ。」



   ”人生は皆総て 「シュレーディンガーの猫」
    箱を開けてみるまで真実は混沌の中にある。”

   何処までも蒼い空を見上げながら、輝豸雄はそう思っていた。

                                                   第71回に続く