ご意見等は
まで
前作「CUBE」は、立方体からなる謎の構築物に閉じ込められるという突飛な設定と、 単純な幾何学性と色彩を強調した映像美と、 そして極限状態に置かれた人間の心理状態の緻密な描写という点で 非常に傑出した映画だったという印象があったので、 「CUBE2」は、どんな仕上がりになっているのかと、楽しみにしながら出かけた。
「CUBE2」も前回と設定はほとんど同じ、立方体からなる謎の構築物に 何人かの人間が閉じ込められて、脱出を試みるというもの。 前作では、それぞれの立方体にある様々な殺人仕掛けが強調されていたが、 今回はもちろん新しい仕掛けこそあるものの、 量子力学の多世界解釈に着想を得た、 それらの多世界が混合して起こる様々な異常な事象、 そしてそれによって生じる混乱に、 より重きが置かれていたように思う。 また前作と違い、部屋の色は白に統一され、 重力や時間の進み方が部屋によって異なるという新しい仕掛けも導入されていた。 その分、極限状態の人間心理の描写、そして「どうやって脱出するのか」という 謎の解決を待つ楽しみという点では、さすがに前作に劣るように思われた。 だから、思わせぶりな 60659 という数字の意味が明かされても、 CUBE からの脱出の方法が示されても、 そして最後の最後の結末についても、 全く私にとっては納得の行かないものであった。 やはり話題作の続編を作るというのは至難の技なのだろうか。
しかし、謎が明かされる前は、前作同様、 無機質で幾何学的な映像美に、そして、 様々な謎が生じる頭の混乱した状態に、何も考えず身を浸すという楽しみ方を することができた。 だから、前作を見た人には、それをどう見たかによって、 薦められるとも薦められないとも言える。 ただ、前作を見ていなくても大丈夫とはいえ、前作は見ておいた方が より楽しめるようには思えた。
見終わって、納得の行かない結末に 「これはやっぱり『CUBE3』があるのか?」と思ったが、 周りの観客の何人かも全く同じことを口にしていた。
(2003年9月13日観賞、執筆)
アメリカの高校で実際に起こった銃乱射事件を主軸に アメリカの銃社会を論じた、 最近非常に話題のドキュメンタリー映画(アカデミー賞も受賞している)。 見に行った恵比寿ガーデンシネマは当然のように満席であった。
まず驚かされたのが、 マイケル・ムーアの行動力である。 「カナダは治安がいいのでみんな家の鍵をかけない」というのが 本当か確かめるために、何軒かの家のドアをいきなり開けて 中の人に話しかけたり、 乱射事件に使われた弾丸を売っていたKマートに 被害者とともに行き、弾丸の取り扱いをやめさせたり、 最後には全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンの 家を訪ねて単独インタビューをしたりといったことを軽々としていた。
映画の重要な主題の1つは「アメリカではどうして、 銃による犠牲者が他の国に比べて圧倒的に多いのか」という問いであった。 かなり早い段階で「アメリカでは自分の身は自分で守るという伝統がある」 という語りが入り、 「おいおいそんなに簡単に答えを出していいのか?」と思ったが、 やはり話はそんな簡単なはずはなかった。 カナダの銃の普及率、 失業率など、銃犯罪を考えるにあたって重要と思われる要素 については、アメリカとほとんど変わりがないにもかかわらず、 カナダの銃による犠牲者はアメリカに比べて圧倒的に少ないという 事実が、この問題に対する単純な解答を与えることを不可能にしていた。 実際、この映画では最終的な答えを提示するということはなかった。
あと驚愕とともに印象に残ったのは、 銃乱射事件の直後、あるいは6才の子供が同じく6才の子供を 射殺した直後に、 現場のすぐ近所で全米ライフル協会の集会が行われたということであった (もちろん激しい抗議が起こっている)。 さらに最後のチャールトン・ヘストンのインタビューを聞いていると、 「ああいう盲目的な銃の擁護なんて、 頭の線が10本くらい切れてないとできんのとちゃうか?」 と思わずにはいられなかった。
銃社会という重いテーマを取り扱っているにもかかわらず、 全体は軽妙で洒脱なユーモアに彩られていて、 2時間全く飽きることなく見ることができた。 監督のマイケル・ムーアの見事なまとめ方には 脱帽させられた。 それに、この映画の主題がどうのという以前に、 純粋なエンターテインメントとして 非常に高い水準に仕上がっていることには、 ただただ感心させられた。
(2003年4月20日観賞、27日執筆)